(Wikipediaの写真を使用)
今回は、国鉄(現:JR西日本)の福知山線【JR宝塚線】の篠山口駅(当時は篠山駅)と丹波篠山(ささやま)の中心地を結んでいた短距離鉄道路線で、戦時中に並行路線となる国鉄篠山線の開業と同時に廃止となった、
篠山鉄道線の廃線跡について簡単にレポートします。
篠山鉄道線の廃線跡について簡単にレポートします。
篠山鉄道線の経緯ですが、広域輸送路線である福知山線は、建設時に市街地通過反対運動のために篠山城下の市街地からかなり離れた場所を通過してしまいましたが、結局時代の流れに取り残されてしまった篠山の中心市街地と国鉄線を結ぶ目的で前身の篠山軽便鉄道により鉄道路線が建設され、1915年に弁天~篠山町(初代)が開業しました。起点の弁天駅は国鉄篠山駅(現在の篠山口駅)から少し離れた位置にありました。1921年には福住方面への延伸を目論んで篠山町駅を移転の上で路線を篠山城跡北側まで延伸し、1925年には社名を篠山鉄道に改めて、弁天駅から篠山駅まで延伸されて国鉄福知山線と接続されました。その後も頑張っていましたが、戦時中に国策として建設された篠山線の築堤が篠山鉄道線を遮断してしまう事態になり(工期短縮のために立体交差を建設する余裕がなかった可能性あり?)、結局、国鉄線の建設が優先される事になり篠山線の開業前日をもって運行を終了し、翌日の1944年3月21日に篠山鉄道線廃止となりました。
現在は篠山口駅と篠山市街を結ぶ神姫バスが篠山鉄道線を実質的に代替しています。
現在は篠山口駅と篠山市街を結ぶ神姫バスが篠山鉄道線を実質的に代替しています。
今回は篠山口駅から篠山町駅の順にレポートします。
尚、今回の区間は徒歩でサラッと辿っただけなので調査が不十分なことをお詫び申し上げます。
(Yahoo!地図を使用)
路線名 | 区間 | 営業キロ | 備考 |
篠山鉄道線(正式路線名不明) | 篠山~篠山町 | 4.9km | 1944年3月21日廃止 |
探訪・撮影時 | 2012年9月 |
(1)篠山鉄道線の起点駅だった篠山口駅にて。
篠山鉄道線は国鉄線の東口側に乗り入れていました。痕跡は残っていません。
尚、開業時は少し離れた場所(駅前すぐの場所らしいですが)に弁天駅を設置して国鉄駅と徒歩連絡していました。
篠山鉄道線は国鉄線の東口側に乗り入れていました。痕跡は残っていません。
尚、開業時は少し離れた場所(駅前すぐの場所らしいですが)に弁天駅を設置して国鉄駅と徒歩連絡していました。
(2)篠山口駅を出た篠山鉄道線は福知山線と並行して北上した後右へカーブしていました。
この付近の廃線跡は道路に転用されています。鉄道路線らしいカーブの具合です。
この付近の廃線跡は道路に転用されています。鉄道路線らしいカーブの具合です。
(3)道路転用された廃線跡は住宅地や田園の中を北東へ進み、廃線後に開通した舞鶴若狭自動車道をアンダーパスします。
わざわざ廃線跡の部分にガードが設けられていて、篠山鉄道線が復活できる配慮(?)がなされています。
国鉄篠山線も篠山鉄道線との交差部にガード(空間)を設けていれば、篠山鉄道線の廃線は免れたかもしれませんが…。
わざわざ廃線跡の部分にガードが設けられていて、篠山鉄道線が復活できる配慮(?)がなされています。
国鉄篠山線も篠山鉄道線との交差部にガード(空間)を設けていれば、篠山鉄道線の廃線は免れたかもしれませんが…。
(4)舞鶴若狭自動車道をアンダーパスした後は、左手にスーパー「さとう」のバザールタウンを見て田園の中を進みます。
(5)そして篠山鉄道線を廃止へと追い込んだ篠山線の廃線跡と交差しますが、
その部分の篠山鉄道線の廃線跡は道路転用されず、迂回を余儀なくされます。ちなみに篠山線の築堤は廃止後に撤去されました。
篠山線の廃線跡を過ぎると篠山鉄道線の廃線跡は道路として復活します。
その部分の篠山鉄道線の廃線跡は道路転用されず、迂回を余儀なくされます。ちなみに篠山線の築堤は廃止後に撤去されました。
篠山線の廃線跡を過ぎると篠山鉄道線の廃線跡は道路として復活します。
(6)その後は田園風景の中を進みます。写真の地点では緩やかな左カーブを描いています。
(7)さらに北東へ進むと、東吹駅跡に着きます。痕跡はありません。
(8)東吹駅跡を過ぎると県道36号線を渡り、廃線跡は右へカーブします。
道路は右へ急カーブしていますが、篠山鉄道線はもう少し緩やかに右カーブしていました。
築堤区間だったと思われる廃線跡は水田へと戻り(?)ました。
道路は右へ急カーブしていますが、篠山鉄道線はもう少し緩やかに右カーブしていました。
築堤区間だったと思われる廃線跡は水田へと戻り(?)ました。
(9)さらに進むと、篠山鉄道線は加古川水系の篠山川を渡っていました。
見づらいですが、ここに橋脚の一部が残存していました。
見づらいですが、ここに橋脚の一部が残存していました。
(10)篠山川を渡り終えた地点には、橋台の遺構が残存していました。
篠山鉄道線の遺構はこの辺りに集中しています。
篠山鉄道線の遺構はこの辺りに集中しています。
(11)橋台のすぐ東側、写真の辺りには岡野駅がありました。ホームだけだったそうです。
(12)開業当初、篠山鉄道線は岡野駅から東北東へ直進し、市街地西側に位置する篠山町駅(初代)が終着駅でした。
現在は面影がありません。
現在は面影がありません。
(13)1921年には福住方面への延伸を目論んで路線付け替えを実施し、市街地東側に位置する篠山町駅(2代目)まで実質的に延伸されました。
写真の辺りに西町駅がありましたが、やはり痕跡はありません。
写真の辺りに西町駅がありましたが、やはり痕跡はありません。
(14)西町駅跡を過ぎると市街地へと入ります。廃線跡は辿れたり辿れなかったりといった状態になります。
写真の辺りの廃線跡は道路転用されています。
写真の辺りの廃線跡は道路転用されています。
(15)そして廃線跡は篠山城下のお堀の北側を東へ走っていました。廃線跡は道路転用されています。
お堀の西側辺りには魚の棚駅がありました。
お堀の西側辺りには魚の棚駅がありました。
(16)お堀区間が終わると市街地の中を走るようになります。篠山町駅跡はもうすぐです。
(17)写真中央の辺りに篠山町駅の駅舎があり、車庫も併設されていたようです。
(おしまい)
私が篠山鉄道線の廃線跡を探訪したのは2012年の1度だけです。徒歩で探訪して篠山城跡を見学後、バスで篠山口駅へ戻りました。途中まではほぼ忠実に廃線跡を辿れましたが、戦時中に廃止されたため遺構はほとんど見当たりませんでした。また、篠山市街では廃線跡が宅地などに転用されていて、廃線跡を辿れない上に場所を特定するのも困難でした。
廃線跡の距離は4.9kmで、徒歩ですと片道1時間半~2時間ほどを要します。復路(または往路)は神姫バスを利用できます。路線バスの本数はそこそこありますが、念のために事前に利用するバス停と時刻の確認をお願いいたします。
食料・飲料について、コンビニが篠山口駅西口側、舞鶴若狭自動車道のアンダーパス東側、岡野駅跡付近、篠山町駅跡(2代目)のやや北側にあり、スーパーは舞鶴若狭自動車道のアンダーパス東側のバザールタウン(飲食店あり)、岡野駅跡近くにラ・ムー(格安弁当あり)があります。飲食店は少ないです。意外と店舗が多く、心配でなければ事前に用意しなくても構わないです。
丹波篠山を観光の際は、ぜひ一度探訪されてみて下さい!
接続駅 | 接続路線 |
篠山口駅(篠山駅) | JR西日本:福知山線(【JR宝塚線】尼崎・大阪方面、福知山方面) |
(参考:JTBキャンブックス『鉄道廃線跡を歩くⅣ』、地理院地図、Wikipedia)