![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/60/ba/j/o0550053214425343189.jpg?caw=800)
【踏破後、廃線…】の第27回目は、2003年4月に乗りつぶしをして、利用客減に伴う経営悪化から2006年4月に全線廃止となった北海道東部(道北)の十勝管内・池田~オホーツク(旧:網走)管内・北見を結んでいた転換第三セクター鉄道路線、
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(池田~北見)を簡単に紹介します。
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(池田~北見)を簡単に紹介します。
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は、元々は道央と網走を結ぶ路線として建設され、網走本線の路線名称が与えられていましたが、石北線に「本線」の座を奪われて「池北線」というローカル線に成り下がってしまいました。そして国鉄改革時に特定地方交通線に指定されましたが、1989年に第三セクター鉄道の北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線として再出発し、とりあえず廃線は免れました。しかし、乗客減に歯止めはかからず、惜しまれつつ2006年4月20日の運行をもって廃止となりました…。
ちなみに、現在は帯広~池田~北見を代替バスが走っていますが、途中の陸別で乗換となります。陸別での接続は比較的良好です。
尚、今回も写真が少なく、めちゃめちゃな写真しかありませんが、何卒ご了承願います。
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/3d/e0/j/o0640048014425343203.jpg?caw=800)
路線名 | 区間 | 営業キロ | 備考 |
北海道ちほく高原鉄道:ふるさと銀河線 | 池田~北見 | 140.0km | 2006年廃止 |
踏破達成時・撮影時 | 2003年4月 |
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/6b/78/j/o0550038914425343259.jpg?caw=800)
快速『銀河』は帯広~北見の都市間連絡列車としての役割を担っていました。
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/b0/7c/j/o0550041214425343270.jpg?caw=800)
池田駅はJRとの共同使用駅で、改札は分離されていませんでした。
ふるさと銀河線の列車は切り欠き式の4番線を使用していました。その痕跡は今も残っています。
池田を発車すると根室本線を滝川方へ進む感じで根室本線と並走し、すぐに分かれます。その後は両側に山並みを見ながら利別川に沿って広大な十勝の畑作地帯を見ながら北へ進みます。また、国道242号と並行して進みますが、池田~置戸で242号とずっと並走することになります。そして市街地へ入ると本別に着きます。
本別を発車後は少しずつ山がちになりますが、まだまだ畑の中を走り、市街地が現れると足寄(あしょろ)に到着します。鈴木宗男氏や松山千春さんの出身地として有名ですね。
本別を発車後は少しずつ山がちになりますが、まだまだ畑の中を走り、市街地が現れると足寄(あしょろ)に到着します。鈴木宗男氏や松山千春さんの出身地として有名ですね。
足寄を発車すると段々と山並みが接近してきて、山間部へ近づいていきます。しばらく走って市街地へ入ると陸別に着きます。代替バスはここで十勝川と北見側(網走側)が系統分割されています。
陸別を発車後は山間部へ入り、池北峠を越えると十勝管内からオホーツク管内へと変わり、同時に利別川(十勝川)水系から常呂川水系へと変わります。その後も山間部を走り、山の中に市街地が現れると置戸(おけと)に着きます。
置戸を発車後は国道242号と分かれ、常呂川沿いに東へ進みます。段々と平地へ出てきて市街地へ入ると訓子府(くんねっぷ)に着きます。
訓子府を発車後は広大な農村風景を見ながら走り、やがて市街地へ入ると北見トンネルから出てきた石北本線と合流して終点の北見に到着します(北見トンネル区間の旧線跡探訪記事はこちら)。
訓子府を発車後は広大な農村風景を見ながら走り、やがて市街地へ入ると北見トンネルから出てきた石北本線と合流して終点の北見に到着します(北見トンネル区間の旧線跡探訪記事はこちら)。
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/60/ba/j/o0550053214425343189.jpg?caw=800)
廃止後、切り欠き式ホームは取り壊されて、当時の4番線が3番線に変更されました。
![イメージ 5](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/6f/56/j/o0465055014425343289.jpg?caw=800)
![イメージ 6](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/10/55/j/o0550041214425343307.jpg?caw=800)
右側だけを切り取ってJRに渡しました。残りの部分は記念に持ち帰れるように配慮されていました。
![イメージ 7](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/15/s-limited-express/99/35/j/o0550041214425343322.jpg?caw=800)
JR駅舎右側に北海道ちほく高原鉄道の本社社屋があったのですが、撮影せず…orz
私が北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線に乗車したのは2003年4月の一度きりでした。存廃問題が出ていたので、1回目の北海道乗り鉄時に池田→北見の順に踏破しました。
私が乗車したのは快速『銀河』だったのですが、全区間通して乗る人も多く、私は全区間でロングシートでの移動を余儀なくされましたw
帯広~北見を3時間少々で移動できたと記憶しており、ローカル線の列車にしては表定速度が高かったです。快速を充実させればもう少し乗客を呼び寄せられたかもしれません…。
帯広~北見を3時間少々で移動できたと記憶しており、ローカル線の列車にしては表定速度が高かったです。快速を充実させればもう少し乗客を呼び寄せられたかもしれません…。
また、ほとんど写真撮影をしなかったことを後悔しています…。
(参考:Wikipedia)