第245回 石巻線などを乗りつぶし | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

前回の続き…

2003年12月27日~31日、年末年始の長期休みを利用し、主に『青春18きっぷ』を使用して4泊5日の行程で東北や関東の路線の乗りつぶしの旅に出かけました。
3日目は、盛岡から南へ、東北本線の一部区間と石巻線を乗りつぶした後、
東北新幹線で一気に東京へ移動しました。

今回の日程 2003年12月29日(月) 

盛岡808(東北本線・1530M)935一ノ関948(528M)1035小牛田1053(石巻線・1635D)1135石巻1216(637D)1244(※1)おながわ1300(1636D)1413小牛田1422(東北本線・1566M)1507仙台1518(仙台市営地下鉄南北線)1531富沢1547(地下鉄)1559仙台(徒歩)あおば通1620(仙石線・1621S)1621仙台1657(東北新幹線:やまびこ・こまち86号)1838上野

【宿泊】
この日は6時30分頃に起床し、7時からロビーでホテルからサービスで提供されるおにぎりを食べた後にチェックアウト。すぐに盛岡駅へと向かいました。そしてこの日も『18きっぷ』のスタンプが押されました。



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盛岡駅にて撮影。壁面には「もりおか 啄木」と書かれています。

盛岡駅からは東北本線を南下して、まだ未乗の区間を乗りつぶしました。まずは一ノ関行き1530Mに乗車です。車両はご当地ではお馴染みの701系2連×2で、車内は案の定オールロングシートでした。冬休みで通学の高校生が少ないからか車内は空いていて、私はロングシートのほぼ中央の席に座りました。人気がある戸袋部に座ると景色を眺められませんから…。
1530Mは盛岡駅を定刻に発車し、線形の良い東北本線を快調に飛ばして南下します。花巻まですぐ近くだと思っていましたが、意外と遠かったです。花巻の後も北上、水沢と中規模の都市に停車し、昨年(2011年)に世界文化遺産に登録された平泉を経て9時35分に終点の一ノ関に到着しました。

一ノ関では小牛田行き528Mに乗り継ぎました。今度は帯色が違う701系で、短い2連でした。私と同じ『18きっぷ』や、盛岡以北の3セク線も乗れる『北海道&東日本パス』の利用者が多いと見られ車内は満席でした。一ノ関以南は2002年に乗りつぶした区間ですが、私はドア脇で車窓風景を眺めました。一ノ関を発車後、結局ほとんどの乗客が乗り通した上に仙台方面へ出かける地元客が加わり車内が混雑した状態で終点の小牛田に到着しました。予想通り、ほとんどの乗客は仙台行きの列車に乗りついで行きました。



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小牛田駅にて撮影。

私はここで石巻線に寄り道しました。当初は一昨日に乗りつぶしていたはずなのですが、仙石線の電車が予想外の混雑で車窓風景を眺められなかったため、石巻線を諦めて仙石線を往復乗車してしまったので2日越しの再チャレンジとなりました。乗車した石巻行き1635Dはキハ48形の2連で、車内は空いていたので私はボックスシートを独り占めしました。小牛田を発車後は、前谷地まで昨日に気仙沼線直通の快速『南三陸1号』で乗りつぶした区間を進み、前谷地からは初乗車区間に入ります。広大な田園地帯を進み、やがて市街地に入ると終点の石巻に到着しました。



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石巻駅にて撮影。漫画家・石ノ森章太郎氏のキャラクターが描かれています。

(※1)おながわ行きの列車までは時間があったので、一度駅の外へ出てみました。駅前には「さくら野百貨店」の大きなビルがあったのが印象的でした(旧・ビブレ。後に閉店→現在は石巻市役所に)。そしてちょうどお昼時だったので駅構内の立ち食いそば屋にてラーメンを食べました。食後すぐに改札内へ戻りました。

次は(※1)おながわ行き637Dに乗車しました。車両は小牛田から乗った1635Dのキハ48形2連がそのまま女川行き637Dになっていました。早めに乗車したので海側のボックスシートをGETできましたが、発車直前になると仙石線電車からの乗換客で座席は大半が埋まった状態になりました。
637Dは定刻に石巻を発車し、はじめは山間部を通り、2011年の東日本大震災による津波で被災した渡波から先は海に近い所を走ります。そして、沢田~浦宿は万石浦(駅名ではない)の美しい風景を眺めることができたのですが…。そして浦宿からは峠を越えて終点の(※1)おながわ駅。石巻から28分で到着しました。駅のホームから改札へと続く階段の途中には、1960年のチリ地震の際にここまで津波が押し寄せたことを青色ペンキで示していまして、これでも相当な津波だなと思いましたが、昨年の津波は規模が違いすぎ、駅ごと丸のみしてしまいました…。



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(※1)おながわ駅。昨年の津波で駅は壊滅してしまいました…。
(※1)諸事情により平仮名表記とさせて頂きます。

到着後は一旦改札を出て駅周辺を散策し、すぐに駅に戻って、ガラガラの折り返し列車(1636D)に乗り、再び万石浦の景色などを眺めて小牛田駅まで戻りました。

小牛田駅からは再び東北本線を南下して仙台を目指しました。仙台行きの1566Mは719系の2連×3で、夕ラッシュ時の輸送に備える送り込み列車を兼ねているのか、データイムにしては長い6連でした。一ノ関方面からの電車と接続していないこともあり車内はガラガラで、固定式クロスシートの進行方向席に難なく座れました。そして松島~塩釜間で松島湾や仙石線を眺めたりしながら仙台までの車内でのひとときを過ごしました。

仙台駅到着後は、仙台市営地下鉄南北線に乗り換えました。一昨日に撮影失敗した富沢駅での写真を再び撮影するためでした。富沢駅に着いて写真撮影をし、リベンジを果たしましたが、後日自宅のパソコンで確認したところ、ホームで撮影した写真はまたブレていて失敗しました…orz 当時はデジカメのディスプレイが小さくて細かいブレまで現地で発見できなかったのが悔やまれます…。



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富沢駅にて撮影。写真奥(駅の南側)には車庫があります。

そして仙台駅まで戻り、今度は仙石線のあおば通駅へ。今度は仙台駅までの1区間のみデュアルシートに座って移動し、地下にある仙石線東口で改札を出て仙台駅の2階ペデストリアンデッキまで戻りました。そしてお土産を買ってから『みどりの窓口』へ。この日は東京で宿泊する予定で、『18きっぷ』を使って在来線で移動しても何とか当日中に着くことができたのですが、疲れがたまっていて東北新幹線で一気にワープすることにしました…。私は全席指定の『はやて』ではなく『やまびこ』の自由席で移動する事にして、新幹線南口からホームへ向かいました。

仙台から乗車したのは東京行き『やまびこ・こまち86号』。多客期に運転される臨時列車で、『こまち』号は盛岡駅ではなく仙台駅で『やまびこ』号と連結しました。車両は『はやて・こまち』と同じE2系10連とE3系を連結した16両編成で、私は空間の広いE2系『やまびこ』の1号車A席に座りました。運の良いことに?車内はガラガラで、BC席には誰も来ませんでした。



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仙台駅にて2011年撮影。E2系新幹線電車です。

そして仙台を発車すると大宮までノンストップ! 前年(2002年)に八戸延伸開業するまで東北新幹線のフラッグシップ的役割を担っていた『やまびこ・こまち』の往年の走りを堪能できました。そして車内では仙台駅にて購入した駅弁『牛たん弁当』を食べました。ひもを引っ張ると蒸気が出て一気に温められる仕掛けがあり、温かい状態で駅弁を食べられました。

途中の大宮駅から乗ってくる人はなく、さらにガラガラの状態になり、地下ホームの上野駅に到着しました。私はここで下車し、長い上りエスカレーターを上り、改札を出ました。そして運動がてらコンビニに寄りながら歩いて2002年から東京での常宿?にしている「御徒町ステーションホテル」へ。実は直前に上野駅で電話予約していて、料金の高いタイプの部屋しか空いていないとのことでしたが、何とか空室があって良かったです…。部屋へ入るといつも泊まっている安いタイプの部屋と大して違わないような気がしましたが、気のせいでしょうか…。もう疲れていたのでチェックイン後はすぐに入浴。おそらく21時ごろには眠ってしまったと思います…。

(つづく)


今回の新規踏破路線

路線名区間距離備考
JR東日本:東北本線盛岡→一ノ関90.2km
JR東日本:石巻線前谷地~(※1)おながわ44.9km踏破達成!
(※1)諸事情により平仮名表記とさせて頂きます。

(参考:Wikipedia)