第121回 京阪京津線などを乗りつぶし | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。

今回より2002年の乗りつぶしを紹介いたします。
2002年もいろいろありましたが、乗りつぶしは順調に進みました。

2002年の初乗りつぶしとなった1月8日は、『青春18きっぷ』を使って京都・滋賀方面へ向かい、大津地区の京阪線の総称『京阪大津線』の一部区間を乗りつぶしました。
今回の日程 2002年1月8日(火) 【前半】

加古川942(山陽→東海道本線・新快速)1057京都1113(東海道本線・新快速)1126石山(徒歩)京阪石山1149(京阪石山坂本線)1154石山寺1204(石山坂本線)1221浜大津1239(京阪京津線)1254御陵1310(京都市営地下鉄東西線)1316三条京阪1330(東西線)1339山科(徒歩)山科駅前バス停1345(京阪バス)1413四条京阪バス停 

【後半へ続く】
2002年になっても起きるのが遅く、朝食をパンのみにして急いで自宅を出発、『青春18きっぷ』にスタンプが押され、加古川駅を9時42分に発車する新快速に乗って京都を目指しました。この日の目的は京都市から滋賀県大津市にかけて展開する『京阪大津線』……京阪京津線と石山坂本線の乗りつぶしでした。

新快速を京都で下車…しましたが、ここからでは『京阪大津線』は遠い気がして、石山で京阪に乗り換えることとし、後続の新快速に乗り石山まで移動しました。

石山で下車後、朝はほとんど食べてなかったのでお腹が空きました。駅前のマクドナルドで早めの昼食を済ませ、いよいよ京阪の乗りつぶしに入ります。当時は橋上駅化されていなかった京阪石山駅の改札を通り、すぐにやって来た石山寺行きの電車は、小さい車体の600形2連でした。車内はガラガラでした。終点の石山寺には5分で着きました。


イメージ 1
石山寺駅にて。

石山寺駅では写真を撮影しただけですぐに電車に戻り、折り返しの電車で浜大津へ向かいました。車窓は市街地が中心でこれといった見所は少なかったです。本当は終点の坂本まで乗りたかったのですが、スロースタートが影響して時間が無かったので、泣く泣く途中の浜大津で下車しました。そして京津線の京都市役所前行き電車に乗り換えました。


イメージ 2
2009年撮影。

浜大津からは800系4連の電車で地下鉄との境界駅である御陵を目指します。車内は空いていて、余裕で前向きのクロスシートに座ることができました。
浜大津を発車してしばらくは路面を走り、途中から専用軌道に変わり、急な上り勾配で逢坂峠越えをして、トンネルで一気に抜けるJRの倍の時間をかけて京阪山科に着き、その後は地下に入って地下鉄南北線との合流駅・御陵に到着しました。この時点で京津線の乗りつぶし達成です!


イメージ 3
2009年撮影。

一応、会社境界駅でもある御陵で下車して地上に出て見ましたが、駅は京都市営地下鉄の駅そのものでした。少し駅前を散策した後、再び地下の改札を抜け、1本後の浜大津発京都市役所前行き電車に乗って、三条京阪駅まで行きました。これで御陵~蹴上間の京阪直通電車が使用する線路を乗りつぶしました!

この後は三条京阪駅の改札を一旦出場した後再入場し、地下鉄東西線に乗って山科まで戻りました。山科駅は地下鉄と京阪の駅が完全に分離されていますが、京阪三条方面から京阪山科駅まで乗車すると余計に運賃が掛かってしまうので注意が必要で、逆方向も同じです。但し、地下鉄の山科駅は地下ですが、京阪山科駅は地上にあるので便利といえば便利ですが…。

山科駅まで戻った理由は、路線バスに乗って京阪京津線の御陵~京津三条の廃線跡を辿ってみようと思ったからです。そして、山科駅前バス停から京阪バスに乗って京阪京津線の廃線跡の車窓を楽しみました。


イメージ 4
2009年撮影。日ノ岡~九条山間。写真奥が京津三条方。

結局、バスの終点の四条京阪バス停(四条駅前・現在の祇園四条駅前)まで乗り続け、四条駅から京阪電車に乗って乗りつぶしの旅を続けるのでした。

(つづく)


今回の新規踏破路線

路線名区間距離備考
京阪電気鉄道:石山坂本線京阪石山→石山寺(※1)1.4km
京阪電気鉄道:石山坂本線京阪石山→浜大津(※1)5.3km
京阪電気鉄道:京津線浜大津→御陵7.5km踏破達成!
(※1)2001年当時は京阪石山駅が現在地より0.2km石山寺方に存在したため、現在の営業キロと一致しません。

(参考:Wikipedia)