おいでませ流星堂。

例大祭お疲れ様でした。

四月まではまったり充電期間に充てたいなぁ。


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おだいはなし

ざわざわと、沢山の人が話す音が聞こえる。

何かに興奮しているような、それを伝えたくて堪らないと言うような、そんな感じのする声だった。

それに混じるようにして、僕にも覚えのある声がいくつか聞こえてくる。それはどうやら、友人達の声のようだった。

「なぁ、まだまだ並ばなきゃならんのか?」

「そうね、列は動いてないしもう暫くはこうじゃない?」

片や特徴的な男言葉、片やぞんざいな話し言葉を使う二人は、れっきとした女声であり、また女性でもある。

どちらも僕に迷惑は掛ける困った常連客だった。

「うーん、まだかなぁ。待ちくたびれるぜ」

「我慢が足りないわよ。確かに待つのは疲れるけどさ」

性格から言って、魔理沙は何事かを我慢するというのは苦手な方だろう。霊夢だって得意とは言えない。

それなのに大人しく我慢しているとは、一体何が彼女達をそうさせるのだろう。

「まだ、なのかね」

「まだ、みたいね」

見れば、彼女達の並ぶ列はまだまだ先が長い。先の方が見えなくなるほどではないにしろ、進むのも早くはないし下手すれば四半刻くらい掛かるのかも知れない。

「……長いな」

「……長いわ」

それでも動かない列と言うのもない。列の中の彼女達の位置も、時間と共にゆっくりゆっくりと前へ動いてはいるのだから。

「でも、ちょっとわくわくするぜ」

「うん。それには同感できるかな」

そう言って、お互いの顔を見合い二人は笑う。

他の人だってそうだ、口では何事かの文句なりを言っているように見えて、その実この雰囲気を大事にしている。

「短いに越した事はないんだけど」

「それはそれで情緒がない気がする」

確かに僕もそう思う。

労力と達成感の割合は、どっちが重くても軽くてもいけない。

「なぁ、れい」「まだよ」

言葉を先読みされた魔理沙は肩を落として意気消沈。親友のそんな姿を見て、霊夢は少しだけ楽しそうだった。

「お」

「そろそろかしら?」

二人の視線に釣られて先の方を見てみると、言う通り横へ抜けて行く人々の姿があった。

その内訳は様々で、人間から妖怪、果てには妖精や神様の姿も見える。

しかし、彼女達は一体何を目指してここに並んでいるのだろう。

「やっと私たちの番か」

「勿論、品物は残ってるわよね?」

列の終わり、そこには人がふたりも並んだら窮屈そうな長机のモドキみたいなものが置かれていて、その上にはいくつかの 商品と、値札や宣伝文句が並んでいる。

そしてその机の向こうに、佇む姿が一つ。

「あぁ、まだ随分と余裕がある。焦る必要もないよ」

──そこに居たのは、僕だった。

そこで僕は唐突に理解する、あぁ、これは夢なんだと。

よくよく考えてみれば僕が浮いているような位置に居るのも変だし、周りの風景なんて雪のように真っ白だ。

我ながら手抜きな夢を見るものだなぁと、他人事のように感心してしまった。

しかしそれでも、思うところは幾らかある。

「ようやく見れるんだな、我慢して並んだ甲斐があったぜ」

「全くよね。もう少し何とかならないかしら」

例えばそれは、普段僕に向けては滅多に見せない彼女達の笑顔であったり、

「これを橙へのお土産にしましょうか」

「きっと喜ぶでしょうね」

胡散臭い妖怪とその式の、屈託のない微笑であったり、

「これでまた図書館の在庫が一つ増えたわね。あれ? 蔵書って言うんだっけ?」

「……蔵書が正しいわ。でもこれは私の私物」

「何にせよ、パチュリー様のお目当てが買えて何よりです」

我侭な吸血鬼にその友人達の他愛もないお喋りであったり、

「食べ物の事は書いてないのかしらね?」

「読めば分かる、ですよ幽々子さま」

気紛れな亡霊と真っ直ぐな従者の楽しげな会話であったり、

「まったく、自分が行けないから代わりに買ってきて下さい、とはまた可愛い頼みを聞いてしまったものだよ」

やれやれといった様子で帰路に着く鼠の、満更でもなさそうな

声色だったりと色々である。

そして僕は視線を戻す。と、そこで二人は買ったばかりの本を歩きながら読み始めていた。

その内容を一目見ようと、僕は後を追いかけようとして、

「おや、貴方は買わないのですか?」

──不思議そうな顔をした、『僕』に呼び止められた。いつの間にか僕も列に並んでいたのか。

けれど残念な事に僕の持ち合わせはないようだった。この時ばかりは自分の手抜き加減に腹が立つ。

「おや、お金をお持ちではないのですか」

憤りつつ困るという珍しい光景を前にしながらも、うろたえない辺りは流石『僕』と言った所か。

「安心して下さい。お金などなくとも見てくれるだけでも僕は満足できる。だからもし申し訳ないと思うのなら、いつかまたこの本を見かけた時、都合が着けば買っていって下さい」

そう言って『僕』は本を差し出してくる。その題字は──。



 .

「なんだか、不思議な夢だったな」


目覚めると、そこはいつもの香霖堂だった。


寝る前に帳簿でも付けていたのかカウンターの上には紙が散らばっていて、頬には寝ている間に押し当てられた筆の跡が見事に付いているようである。


それでも寝起きが良好なのは、いい夢を見たからかも知れない。


といっても、内容全てを思い出せるわけではない。ただ脳裏に漠然と浮かぶ光景があっただけだ。


加えるなら、その光景がとても魅力的だったというだけ。

「……ふむ」


魔理沙、霊夢、紫、藍、レミリア、パチュリー、咲夜、幽々子、妖夢、それにあれはナズーリンと言ったか。


その誰もが笑顔で、楽しそうにお喋りをしていた。


──片手に、僕の売っていた本を持って。

「あるいは、天啓だったのかもな」


惜しむらくは本の内容を見る前に起きてしまった事だろう。


それはこれからする事の用立てにしたいからではない。


単純に、彼女達をあれほど楽しませた書物を、僕が見れないまま機会を失ってしまったからだ。

「ま、それもいい」


逆に考えれば、その内容は全くの白紙であるという事になる。

ならば僕がこれから書き起こしてやれば良いだけの事。

おあつらえ向きに、僕の目の前には材料が転がっている。

まっさらな紙と使い慣れたペン。それに、僕という幻想の書物を夢に見た証人が。

「さて、題字だけ決めておくか」


夢の中の『僕』が、その書物に付けた名前。


それを改めて僕が付ける事で、この幻実は現実になる。


万年筆の先を墨に浸し、その簡潔な五文字の漢字を僕は白紙に形作った。


 ◇ ◇ ◇


「あれ? 香霖が書き物なんて珍しいな」

「魔理沙か。ちょっとした夢を見てね」

「ほう、夢日記って奴か。後で見せてくれ」

「どちらかと言うと夢遠野かな。まあタイトルは違うけど」

「それを言うなら夢十夜だろ? と言うか小説なのか」

「あぁ、そうだな今春発売予定にでもしておこう。目標は実現の為に大事だし」

「ますますもって意味不明だぜ。そりゃ置いとくとして、なんて言う小説なんだ?」

「それは──」


「──『東方香霖堂』。もし見かけたら買えとは言わないが、出来れば見て行ってくれると嬉しい、かな」











もう今日

「ねぇねぇ、もうすぐかしら」

「まだまだよ。大体始まるのは明日の十時でしょう?」

安アパートの一室で夜中だというのにきゃいきゃいと騒ぐ少女が二人。

青と茶の目の色も、金と黒の髪の色も、お互い共通点など全くないのに、何故か一緒に居るのが自然なのだと周りに思わせる彼女らは、変わった帽子に変わった眼を持つ、変わった倶楽部の部員だった。

「今は三月十四日の二十三時四十七分十二秒、あと八百二十三秒で明日になるわ」

「だから、なってもまだ意味無いでしょう?」

「それでもよ。もう三万七千秒弱でそのお祭が始まるって事じゃない」

そう明るい声で断言してまた夜空を見上げる友人に、片方の少女はため息を零す。

あぁ、どうしてこの親友はこんなにも元気が有り余っているのだろう、と。

正直言えば、朝にも弱く低血圧気味な彼女には、こんな夜遅くまで起きていた挙句、朝早くから乗り物で移動などというスケジュールを建てた友人を、結構本気で自分と違う種類の生き物なのではないかと本気で疑り始めていた。

そんな彼女の思いを露知らず、明るい少女は窓の外の夜空に眼を向ける。

「楽しみだわ。そのお祭って境界がよく歪むらしいんでしょ」

「ネットの話だとね。そのお祭自体はもう無くなってるし眉唾ではあるけど、未だに噂は立つみたい」

「えーっと、確か……」

「『春のある日曜日、誰も居ないはずの朽ちた神社から祭囃子が聞こえる』、よ」

「面白い事もあるものねぇ、ただのポルターガイストって訳でもないようだし」

「何にせよ、行けばはっきりすると思うわ」

「そう、その通り。秘封倶楽部は不思議を自らの五感で感じ取る実践派サークルだからね」

無い胸を張り堂々と夜空に向かって宣言する少女の傍らで、もう一人は呆れたように再度ため息を吐く。

その直接的過ぎる態度に流石に興が削がれたのか、困ったように笑顔を崩した。

「……どうしたの? テンション低いわね」

「そりゃそうよ、一応境界暴きは違法スレスレの活動なんだから。それに、矢鱈滅鱈にテンション高い私なんてのも気持ち悪いと思わない?」

「確かにそうかも。でも今のままが一番いいかな」

「それはどっちの事を言ってるんだか」

「さぁ? どっちだと思う?」

付き合ってられないとばかりに金髪の少女は肩をすくめ、黒髪の少女は残念そうに眼を窓の外にそらす。

そうして暫く時間が流れた後、窓際の少女はぽつりと言葉を零した。

「零時零分零秒」

「この場合、挨拶するとして何を言えば良いのか分からないわね」

まさか返事をされるとは思わなかったのか、星を見ていた少女が弾かれたように向き直る。

それから少しだけ驚いた顔をした後、ふにゃりとその相貌を柔らかく崩した。

「お休みなさい、が一番じゃない?」

「確かに、違いないわ」

いつもの調子の親友に小さく笑みを浮かべ、あふ、と小さな欠伸をする。

それを合図に、二人は部屋の電気を消した。

「じゃあおやすみなさい、蓮子」

「ええおやすみ、メリー。明日の例大祭は楽しむわよ」


幸せな夢を、楽しげな明日を、窓から覗く空に映して。

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