おいでませ流星堂。 -3ページ目

例大祭

3月14日の例大祭参加が決定しました(*´ω`*)

て-27aにて霖之助メインの小説を頒布予定です。

一応前回の阿求の本も持っていくつもりなので、

そちらもよければご覧になって下さいませ。


やまなしおちなしいみなし

「神様が見えますか」

その言葉は変だった。

どこかに根拠があるように、強い口調で言い切ったのに、それを否定される事を恐れているようで。

私はそれを否定することもなかった。

けれど、肯定することもない。

カミサマ、と自称する連中に会ったことはある。その多くは不思議な力を持っていて、

いや、持っているように私は見えた。

確かに私にはそう見えたのだけれど、それは種無しの手品なのかと聞かれると、

深くを見ようとしない私には、そうだとはとても言い切れない。

「神様は見えますか」

今度の声は、さっきよりもずっと、弱い。

もしかして私の態度を見て、自信をなくしているのだろうか。

すごく、なさけない気持ちになった。

原因はきっと私にない、けれど悲しませてるのも私。

どうにかしてあげたいけれど、どうすることもできない私。

それは、優しくないから。

でもきっと、そうは思われてない。私が黙っているのは、傷付けないように気遣っている。

そんな風にきっと思われている。

ほんとうは、なにも考えてないだけなのに。

「神様を、見ているの?」

私が何か考える前に、その言葉は出てきていた。

それは失敗だったのだと思う。

私は何も言えないで、誰も何も言えなかったから。

あぁ、そんな悲しそうな顔をしないで。

けど、それでも、そんな悲しそうな顔をしてても、その声は凛としたひびきをもっていた。

「はい」

この人は、うつくしい。そう思った。

きっと私には見えないものが見えていて、私には信じられないものを信じていて。

少しだけ、うらやましい。

この人は今までいくらのかなしみを知って、どれだけのかなしみをもったのだろう。

私には、それがない。

悲しみも愛しみも、ぜんぶぜんぶからっぽで、なんにもつまっていないのだから。

だから、ちょっとだけ頑張ってみる。

この人の見るせかいに、少しでもふれてみたかったから。

「なら、私にも見えると思う」

かなしそうな顔が、少しずつ、笑顔に変わっていく。

まるでつぼみがひらくみたいで、それがまた、この上なくうつくしかった。

少しだけ、満足。

なぜって、彼女を、この人を笑顔にさせたのは、ほかの誰でもなくて、この私なのだから──。






「神様って名乗るやつだけがカミサマじゃないの。

 その人にとって、そうなりたい、少しでも近付きたい──

 ──そう思わせる存在こそがカミサマなんだと思う。

 だから、神様は居て、私にも見える。

                 ……そうでしょう? ねぇ、早苗」


大姦は忠に似たり

(バサバサとけたたましい風音がして、一人の乙女が白髪の女性の前に現れる。
 一見では白髪の女性の方がいくつか上に見えるものの、先に頭を下げるなど態度を見るにそうでないらしい。)


「というわけで椛、大天狗様の承認も得ましたし地底へ取材に行きます」
「はぁ……文様、私の覚えでは『地底に敬うべき鬼在り、濫りに立ち入るべからず』との御達しが出されていたと思うのですが」
「だから許可を頂いたと言っているでしょう。勿論椛の同行も承諾を頂いてるので気にする事はないわ」
「要領の良い事で。しかし私を連れて行く理由、大天狗様に何を言ったのかが皆目見当が付きません」
「それも簡単な事。私射命丸文が地底の鬼へ挨拶回りに向かいましょう、と持ちかけたら一発よ。
 椛が必要な理由はインタビュアー。ちょっと対話形式の取材がしたくて」
「文様がやれば良いのでは……あぁ嫌なんですね分かります。あちらの妖怪は陰険だと聞きますし。
 しかしよく文様のような平の鴉天狗が大使などと言う重役に就けましたね。全く運だけは良い」
「口の悪い部下には後でその分働いてもらうとして、それも当然なのですよ。
 なんせ地下の鬼から挨拶くらいしに来いとの要請があったらしく上は随分揉めていました。そこでちょいちょいと」
「分かりました分かりました、つまりは私利私欲も満たせる上に恩まで売れると。
 それだったら文様のような狡い上に傲慢で上司部下不幸者が飛びつかないはずありませんよね」
「……今日はやけに口が悪いですね。もしかしてアノ日でしたか」
「恰好見て分かりません? 今日は非番でこれから人に会いに行く予定だったのですけど」
「それは悪い事を、まぁすっぱり諦めますか」
「とちらを?」
「そちらを」
「ですよね……また今度謝らないとな。あ、文様代わりに謝る気ありません?」
「ありませんよ。椛が何方と合う予定なのかは知りませんけど、千年天狗である私が頭を下げるなんてのは仲間内からすれば良い笑いものでしょう」
「そうですか、そうですね。文様は他人より人一倍矜持がお高いのですものね」
「そうですそうですその通りです。序でに早さも人一倍ですのでしっかり掴まってくれませんと身の安全は保障しかねます」

(言い終わるとともに身の丈ほどもある翼を広げ、乙女は現れた時のようにバサバサと大きな音を立て離陸の準備を整える。
 その腰に白髪の女性が間髪を容れず飛びつく。ぐぎゃぁという声。
 乙女は意趣返しと言わんばかりに突風を吹き荒らし、一拍の後、旋風の中心には誰の影もなかった。)




(所変わって、二人の女性が洋風の屋敷を見上げている。一人は優しげ、もう一人は嫌そうに。
 緑眼を持つ娘は踵を返し、気怠そうにその場を離れる。遅れて金髪に見事な赤を交えた女も。
 先行く娘に追いついた女はその方を抱き、何事か囁くとそのまま娘ごと向きを変える。
 娘はそれを良しとしたようだが、肩に置かれた手は叩くようにして掃い、一人で歩いていく。
 そんな娘さえ愛しそうに、手を擦りつつ女は後を追う。
 二人の姿が見えなくなった頃、彼女らの逆の方向から二人の女達が現れる。けたたましい音を立て、着陸。)

「さぁ着いた。ここに地底の主が住んでいることは確認済みだから、後は取材するだけね」
「取材は分かりますが、鬼の方々への御挨拶は宜しいので? 何人か既に通り過ぎてますけど」
「あちらは気付いてませんし。大体誰が好き好んで行くもんですか。そんなものは最後にちょちょいと顔を見せて、適当な口実を作りさっさとおさらばが賢いやり方というものです。
 椛が個人的に飲み交わしたいのと言うのなら止めませんけど、その時は巻き込まないように」
「折角ですが遠慮します、まだ肝をやられたくはありませんから。私は文様のように腹の中が既に真っ黒にはなっていないのですよ」
「言うわねぇ……けれどその気概は良しとしましょう。これから会う相手にはそれなりの胆力が必要なので」
(たのもーといいう間延びした声。その傍らで女性は屋敷の窓を眺めている。窓には色硝子が嵌め込まれ、何かの花を模っているように見えなくもない。
 暫くしても返事はなく、しかし扉は開いている)
「あれ? 文様、扉、開いてますよ」
「言われて見れば、何方が開けてくれたのでしょうか」
「それはあたいさお姉さん方、して地上の者が如何用だい?」
「おぉ貴方はあの時の。お顔合わせは初めてですが私の声には聞き覚えありません?」
「あーあーあー、その時の天狗さんか。じゃ、山の方からさとり様に?」
「いえいえ、本日は私用です。此方を紹介する記事を作りたく、今日はその取材に参りました」
「ふむふむ、そちらさんも同じ目的かな。何にせよ地底が明るくなるのは良い事、歓迎してくれると思うよ」
「いやいや、この人はこんな事を言っておりますが実在はゴシップ──むぐっ」
「さぁ向かいましょう行きましょう、『閉ざされた地底とその主、闇に埋もれたその姿を照らす!』
 くーっ! わくわくしてきましたよぅ!」
「うーん、でも変な事考えるのは止めといた方が良いよ? さとり様はアレで結構おっかないし」

(思い思いの足取りで三人は屋敷へ入っていく、口を塞がれた女性はその相手を恨めしげに見つめるが、其方は女性に目も向けない。
 首から上だけががっちりと固定され、引き摺るようにして運ばれる女性。おさげの少女はそれを気にせず進んでいく。
 歩く事暫し、三人は他より大きめの扉に突き当たる。と、一声かけることもなしに少女はその允を下げた。)




(中に居たのは一人の女。安楽椅子に腰掛け悠々と本を読む姿に表れる風格は、案内を務めた少女とは比べられぬほどの年季の差がある。
 この館の主と思わしきその女は開いた扉に顔を向けることもない。
 が、胸に蠢く目玉はぎょろぎょろと不躾に三人を眺めていき、白髪の女性と目が合った時、一際大きく目蓋を開く。
 一寸の間それと女性は睨み合っていたが、先に視線を外したのは目玉の方。新たに向いた先には会話を終え、主に一礼をする少女の姿が目に映る。
 案内した少女は退室し、早速と黒髪の乙女は写影機を取り出し螺子を巻く。面識があるのかと呆れる女性と主を置いて。
 構え、カチッという音。ジーというフィルムの巻かれる音は、操る乙女の声によって掻き消される。)

「さて本日は──」
「閉ざされた地底の住人とその生き方。特集は残り二人、絶滅危惧種の覚妖怪。もう一人は捉まらない。恩も売れる。
 文文。新聞は如何。良い事尽くめ。……ですか。やはりというか忙しないですね、貴方は」
「あやややや、話が早いのは助かりますが出来れば口に出すのは頂けません。インパクトが失せるので」
「主に椛に対する。それにしても嫌な性格。竹林の医者ならあるいは。……お断りしましょう。ああ暴言については咎める気など持ち合わせておりません。いつもの事ですから」
「射命丸様? 私が話に付いていけないのは兎も角として、せめて紹介くらいした方が宜しいのでは」
「ああ、改めて言いますが今日の取材対象は彼女で、インタビュアー、言うなれば取材者は椛という事になっています」
「分かっていますが拒否権は? ありませんか」
「パワハラ。駄目だこの天狗。部下を玩具か何かと。自分の体を張るべき。こんなんだから新聞も売れない。……ご愁傷様です。私にとっても」
「そうですね。全く、心中お察しします。私は覚ではありませんが」
「お上手ですね。朱に交われば、という事でしょうか」
「それはどうも。で、、射命丸様、取材と申しましたが何をお聞きするのですか?」
「言ってなかったっけ? あぁ大丈夫大丈夫、そんな顔しなくとも台本はちゃんと持って来てありますし」
「私としては射命丸様の頭の中にあるだけというのが望ましいので今からでもそうしません? 物理的に」
「幻想郷最速を誇る私からそれを奪えるのならどうぞ。ちなみに渡した後に破り捨てなんぞしたら繋ぎ合わせてでも使ってもらうから」
「どうあっても私にやらせる心算なんですね分かります。最悪それ奪われそうになった時に押し付ければ良いだけじゃないですか」
「つまりはそういう事。そこまで理解している頭の宜しい椛なら協力した方が早く終わるってのも分かるわよね? 私がメモ探す間に用意宜しく」
「そんなんだから太るんですよ。足回りとか」

(がさごそと乙女は手提袋を漁っていたのだが、背後より投げかけられた言葉に一瞬手を休める。
 止めた手はすぐにまた動き始めたものの、その指が掴み上げるのは文具、折り畳みの鏡、鴉と目当てのものとは程遠い。
 とうとう癇癪を起こしたのか、乙女は袋の底を摘み、中の物を全てひっくり返す。転がり出る帳面。
 満面の笑みを浮かべ手に取ると、乙女は完成されているはずのそれに何事かを書き殴る。
 そのまま渡された紙には、沢山の折れ皺と、『覚えてろよ』の文字があった。)




(会話の場を設けるため、がたがたと机椅子を片付けていく。動いているのは女性一人だが。
 主と乙女はその部屋の端で暢気にお茶を啜っており、手伝う気など毛頭見受けられない。
 それでも数分もすると音が止み、長机を挟む形で一脚ずつの椅子が用意され、女性はその片方に既に座っている。
 談笑に夢中となり気付かない二人へ女性が咳払いを打つのは、数分後の事となる。)

「では宜しいですか?」
「えぇ、すみません。お待たせしましたね」
「いや構いませんよ。では早速ですがこの地霊殿の──」
「使わなくなった旧地獄に人妖から迫害された者を集め収容したのがまず一つ。
 閻魔の命で私達もここに移住しました。その中でも最も忌み嫌われていた私が今尚主を努めさせて頂いております。
 当時は荒れていましたので、私や家族を護る城が必要だったのが二つ。
 私が頂点となったのは能力よりも性格を買われたのでしょう。家族なら貴方も出会いましたよ。そう、彼女もその一人です。
 最後に、統制のために省庁となる建造物が──どうかしましたか?頭を抱えて」
「いえ、話の展開が早すぎて。あぁでも私が理解する事もありませんね」
「こんな話は一部の好き者以外には退屈でしょうし仕方ないと思います。しかし質問がもう……自由会話? はぁ、行き過ぎた話題でなければ」
「射命丸様何を考えていらっしゃるのですか。それは完全にゴシップ記事にしかなりませんよ」
「良いの良いの、プライベートから分かる地底の彼是だってあるはずでしょう。あ、突っ込みすぎた質問を彼女がしてしまった場合でも責任の所在は当方に在りませんので。
 さぁ椛、テンプレは済ませましたしどんどん聞いてくれて構いませんよ!」
「今のでその気が全く失せたのですが? っと、だからといって突っつかないで下さい。分かりましたよ」
「素直な椛は大好きですから」
「はいはい有難う御座います。何故動物を飼っていらっしゃるので?」
「正確には飼っているのではなく住ませていると言えましょう。私は能力柄動物に好かれることが多くて。
 ──人なり知能を持つ者には好かれませんが」
「では人型を取っている彼女もやはり」
「元は動物です。こんな所に住んでいたから妖気に当てられたのでしょう。彼女には悪い事をしました。
 いえ、邪魔だなんて。有り難いことに灼熱地獄の管理をしながら今も私の傍に居てくれています」
「見直した瞬間それですか。椛、質問は口に出してくれないと文字に出来ないって事知ってます?
 困るのは私なんですけどねぇ……」
「はいはい。では今は何故。それで妖怪化したのですね。知能を持つと扱い辛いのでは。何にその知能を、また嫌われるという事は」
「うん、ありがと。じゃぁ続けて」

(紙を擦る音が止み、暫しの静寂。女性は顎に手を当て物思いに耽る。主は喉を潤すため紅茶を一口啜る。
 が、形の良い眉をぴくりと跳ね上げ、カップを置く。それから一拍の間を空けて、女性は再び口を開く。)

「妹さんとはどのような間柄なのですか」
「なぜ、それを?」
「いえ、知り合いの河童にそのような事を言っていたのが居りまして。地底の覚には妹が居る、と。」
「そうですか……いえ、何でもありません。お応えしましょう」
「有難う御座います」

(耳に入った言葉を一言一句とて逃すまいと、乙女は忙しなく筆を動かす。興奮しているのかその音は荒い。
 対して主は滔々と語る。その過去を。その罪を。その生を。だから二人は気付けない。
 部屋の端、窓辺に片付けられた椅子が一つ、独りでに引かれ、それからおのずと軋むのを。
 気付いたのはただ一人。しかし、切なげに雫を零す姿を、女性の目は映していたが見なかった。)




(話は終わり、部屋の中溢れていた音が止む。記者は文具を仕舞い、主は喉を潤すと僅かに顔を綻ばせる。
 為す事もない女性はもう一度窓辺の椅子を見やるが、そこにはもう誰の姿もない。ただあるのは僅かばかりの水滴で、きらきらと差し込む光を受け輝くそれを、女性は自らの袖を使い丁寧に拭き取る。
 乙女にその行いを見止められ、尋ねられても答えることはせず、いつの間にか開いている扉を見やるのみ。
 その態度に辟易とし、女性をさておき乙女は帰り支度を始める。そんな彼女に主は、声を。)

「今ので最後ですか?」
「そうですね、とても良い話を聞けましたし」
「それだと申し訳ないのですが、今の話、掲載の許可は出せません。貴方の手に掛かるといいようにはならないでしょうから」
「それだと残念なのですが、もう遅いのです。幻想郷、引いては地上でも言論の自由は認められておりますので。
 ──英語で言うとフリーダム・オブ・スピーチ」
「おぉうざいうざい」
「あぁうざいうざい、と。まぁ発刊した場合それなりの対処を取らせて頂きます」
「ふふん、圧力に屈するとお思いで? 自慢ではありますが千年天狗であるこの──」
「記事のスクラップ帳。イの第二季。八月十三日、大安。ほう、これは古い。わざわざ送ったその日の所に挟んで保管して、宛名は……」
「あーっ! タ、タンマです。お待ちになって──」
「その貴重な原文がここに!」
「む、先程の。一体何……それは手紙ですか? 随分古いようですけど」
「という訳ですがどうでしょう。内容は頭に入っていますし、それを微塵にしてお隠れになった所で無駄であるとも伝えておきます」
「だから言ったじゃんかおねーさん。さとり様怒らせるべきじゃない、って。……まぁ怒らせなくてもこれは持って来てたけどさぁ」
「ふふっ、腐っても一国一城の主がそう組し易いとお思いで? 自慢ではありませんが誰からも恐れ忌まれる覚妖怪であるこの私が?」
「さとり様、ちょっと訂正して下さい。私やお空、ここの皆は恐れても嫌っても居ないんですから」
「慕われてるのは本当でしたねぇ。で、射命丸様、どうするんです?」
「えぇ侮っていましたよ。本当に、私の目も劣化していたという事でしょう。
 数々の無礼誠に申し訳ありませんでしたこの記事は廃棄させていただきます──椛ィ! 帰るわよ!」
「分かりました。が、その前に一つ。さとりさん、地下の美味い飯屋を教えて頂けないでしょうか。
 折角此方に来たのですし一度くらいは味わっておきたかったのですが」
「それなら旧地獄の三丁目辺りが良いでしょう。燐、案内してあげなさい」
「任されましたー。じゃ、門の所で待ってるからね」
「椛、早く帰りたいのではなかったのですか?」
「確かにそうですが、どうせ早く帰っても大天狗様への御報告がありますし先に何かしら食べておいた方が宜しいかと。
 私が空きっ腹というのも理由の一つですが。まぁ、順当ならにとりの家で食べてたんですけどねぇ」
「ふむ、一理ありますね。私も丁度呑みたかった所ですし、椛のおごりでぱーっとやりましょう! 拒否権ありませんから」
「……お二人とも、お忘れのようですが燐が待っていますので早く行ってあげて下さい」
「そうですね、お先失礼しましょう」
「はい、色々と有難う御座いました」
「お達者で。こちらこそ。では、後は頑張って」
「そこまで酷い事にはならないと思いますけどね」
「もみじー、置いてきますよー?」
「もうあんな遠くに……失礼します」

(呼ばれて女性は勢い良く駆け出していく。後ろを振り返ることもせず、よって扉は開いたまま。
 それを閉めようと主は手を伸ばすものの、その前にゆっくりと戸は閉じる。ばたんという音と、暫しの静寂。
 無味乾燥な部屋の中を彩るのは窓から差し込む人工の灯り。それが二つの長い影を作る。
 已然として、主以外の姿は見えない。そしてその光景に合わせるかのように、影も一つに重なっていった。)




(がやがやと騒がしい町並みを三人の女性らが歩いていく。先頭を歩くはおさげの少女。
 それが彼方此方を指差しては後ろの二人へ言葉を投げかけ、四方山話に華を咲かす。
 と、突然少女が走り出したかと思うと立ち止まり、一軒の店の前で手を拱く。
 釣られて二人が駆け寄り見るとそこにあるのは木彫りの札で、黒々とした墨文字が『安楽亭』とのたくっている)

「安楽亭、ね。というとお燐さん正に招き猫といったところかしら」
「言う事がうまいねお姉さん。でもあたいに招待されると、残念ながら安楽とは真逆の方向になるんだなぁ」
「と、言うと?」
「あたいらが炉にくべた魂は消滅して輪廻の環から外れてくの。悪人の魂ってのは転生し過ぎて汚れが落ちなくなった魂の事だから。
 ま、そうすると今度はどこかに真っ白けっけな奴が生まれるそうだけどね」
「へぇ、面白いもんですねぇ。文様も誘われてみたら如何です。資格は充分に──へぶっ」
「そんな事言うのはこの口? それともこの頭かなー? んー?」
「いた、いたたたた、割れ、割れますって文様!」
「……楽しそうで何よりだけど、そろそろ中へ入っていいかい?」
「あぁ御迷惑をお掛けしてしましたね。椛、最後に一つだけ」
「なんですか?」
「私今日財布持って来てないから」
「首にぶら下がってるそれは?」
「ガマちゃん」
「いや財布だろどう見ても」
「まぁまぁ、大丈夫だってお二人とも、御代はさとり様が持つそうだから。その代わり──」
「おっしゃぁ呑みますよ椛ィ! この世にただ酒ほど美味いものはなーい!」
「──相席だけどね、ついでに代打も勤めろってさ。おーい勇儀姐さーん、天狗が来たよー」
「…………は?」
「おぅおぅおぅおぅやっと来たかぁ! 遅かったから心配してたんだよ? あんたら山の奴らに何かあったんじゃないかってさ。
 しっかしアンタがくるとはねぇ、まっ、今日はとことん付き合ってもらおう!」
「え、ちょ」
「では勇義さん、後はお任せします」
「あたいもそうするよ。それと、私は行けないけど代わりにその天狗を可愛がってあげて、ってさとり様から」
「いやー悪いね、この後友人と会うんだろ? それなのにわざわざ見送りに着てもらってさぁ」
「いえ、私も一度会って話してみたい、と思っていましたので。酒の方は弱いのでお付き合いできませんが」
「じゃねー勇義姐さん。あ、後でお空が来るかも知んないからそん時は宜しく」
「こ、こら待ちなさい椛。上司を置いていく奴がありますか!」
「何ですか射命丸様、こちとら友人を待たせてるんですよ。貴方のせいで」
「ぐっ……確かにそうかも知れませんがそれでもしかし声を大にして言いたい、上司とのこういった関わりは積極的に取るべきだと!」
「パワハラです」
「まぁまぁ文、確かに上司との付き合いも大事だが友はそれより大事だろう?
 種族を超えて親交を持つのは中々簡単なものじゃない、それを知ってるなら見送ってやるべきさ」
「勇義さん、お気遣い有難う御座います」
「じゃあたいは椛さんを送っていくよ。道すがら話していきたいし」
「んっ、分かった。しかし珍しいねぇ、さとりが代理出すだけでもだけど、その代理が地上の天狗、しかも私の知り合いとは」
「ま、まさか……」
「射命丸様も半信半疑だったんですよ。けれど、勇義さんが居て良かったです。ねぇ、射命丸様?」
「おーい、椛さん。そろそろ行こうよ」
「謀りましたね椛ぃ!」
「何の事だか。あ、燐さん待って、置いていかないで下さいってば──」

(安楽亭の敷居を、二人の獣耳をつけた女性達が跨いで行く。その後姿を恨めしそうに羨ましそうに乙女は視線を送るが、ぐいと腰に回された手んみよって現実に引き戻される。
 ゆっくりと振り向く乙女。そこにあるのは飾り硝子のような美しさを持ちながらも、見る者を圧倒する鬼の笑み。
 真っ青な顔色にも気付かれないまま座敷の奥へと連れて行かれる乙女の姿を、遠くで楽しそうに獣耳の少女らが眺めていた。)




(橋の上を二人の少女が会話しながら歩いていく。いつもならここで道を塞ぐ番人が現れるのだが、生憎今日は不在である。
 地上の話、地底の話、それらを交互に語っていき、それが途切れる事もない。
 種族こそ違うものの、同じように笑い泣く彼女らはまるで姉妹のようにも見える。)

「へぇ、河童ってのは凄いんだねぇ。姿が見えなくなる道具かぁ、こいし様の能力みたいなものかな」
「私も良く分からないんですけど、どうも違うみたいですよ。ぶつかっても気付かれないようになんてなれるかー! とか騒いでましたし」
「でもそいつらは役得だ、その機械が上手く出来てるか試してみたりするんでしょ?」
「それはそうだと思いますが、なぜ?」
「ほら、椛さんみたいな可愛い子を覗いてもバレないし、もしバレても気付かれないか実験してた、って言えば一応の瀬は立つでしょ?」
「……立たないと思いますけどね。私がされたら文様に訴えますし」
「げ、それは酷そう」
「酷いと思いますよ。そういう事したせいで山に居れなくなったのも居たみたいですから」
「ひえー、怖い怖い。あたいだったら地霊殿を追い出されるようなものだもんね、そうはなりたくないよ」
「ですよね。ま、私は立場が立場ですからそんな事はないと思いますけど。
 ん? そう考えると雑用も今の位置を作るのに一役買ってるのかな? まあ何にせよ、立場は上手く使いましょうという事で」
「おー、悪女だねぇ椛さん。そういう経験あるからあんまり人に言えた義理でもないけどさ」
「燐さんは何を? 良ければ聞いてみたいですが」
「いやー、さとり様の身の回りの世話を頼まれてるからさ、洗濯物とか、食器のお片付けとか。
 でも一番は朝起こしに行く事かなぁ。さとり様は寝起き悪いからちょっと悪戯しても気付かれないし」
「その心、読まれて無いと良いですけど」
「あ゛」
「……もしかして、分かってて見逃してたんですかね」
「いやさとり様の前でそういう事考えた覚えはないしお片付けだってお洗濯だってさとり様が居ないところでやってたはずだもの朝のアレだってさとり様は寝ぼけてる事多いからきっと覚えてない大丈夫うん大丈夫だよきっとうん」
「燐、さん?」
「……椛さん、地霊殿に居れなくなったらそっちにお世話になっても良いかな? あたい、迷惑は掛けないからさ」
「そんな遠い目でネガティブな事を言わないで下さい。だ、大丈夫ですってば」
「そうかなぁ、あたい、見放されたりしない? するよね?」
「もし見放されるのならとっくに見放されてると客観的には思いますよ。
 つまり、逆を言えばお燐さんはもしそうだとしても見放される事はないという事では?」
「そっかぁ、そうだ。そうだよね! うん、椛さんありがと!」
「い、いえ、どう致しまして。っと、結構明るくなってきましたが」
「それじゃもう地上は目と鼻の先って所かな。案内はここまででいいね?」
「えぇ、有難う御座います。燐さんはこの後どうするので?」
「帰ってさとり様に報告しなくちゃ。そっちは河城さんに会いに行くんだよね? そんならさ、地下からも宜しくって言っておいて」
「あぁ、知り合いなんです?」
「怨霊騒ぎの一件でちょっと。あの時は顔を合わせなかったんだけどその後の宴会で合って話したのさ」
「そうですか、ええ、確かに伝えておきます」
「じゃ、これで。あんま地下には来れないかもしれないけど、これからも宜しくね」
「こちらこそ、では失礼します」

(赤毛の少女は人の明かりの灯る旧都の方へ、白髪の女性は陽の差し込む山の方へ歩を進める。
 途中、振り返りお互いがお互いに手を振るなど、別れの挨拶を交わしながら。
 洞穴から完全に抜け出し、陽光を体いっぱいに浴びながら女性ははてと考える。)




(その友人は未だに自分を待っているか、もし待っていればどんな顔で自分を迎えてくれるのかを。
 暫しそこで女性は腕を組み、顎に手をあて熟考するが、ふと笑みを浮かべそれを止める。
 人の良い彼女なら、最初に怒りはするものの結局は許してくれるのではないだろう。それか何も無かったかのように、自分を迎え入れてくれるだろう。)
 どちらにせよ友人である自分を、そんな無碍には扱うまい。そう思って、友人という立場を盾にする自分に苦笑する。
 本物の悪党は果たして自分の上司のような人なのか、それとも自分のような──?
 どちらだとしてもそれはそれで構わない。悪党だろうがなんだろうがそれで円滑に生きていけているのだから。
 つまり今やるべきことは唯一つ。出来るだけ早く友人の前に顔を出すこと。
 その為に、女性は一際強く地を蹴った。)