チラシの出欠欄の出席が少ない。働いている折にも声をかけまくった。中には同じ人に気付かずに何度も声をかけた。「前も言ってましたね」と。

幹事としての抱負としては、「社交パーティ」。ポスト苦烈婦のベロー〇ェには、「神」がおわしました南〇袋店の時責連、ビルのオーナーの都合上閉店を余儀なくされた北〇山店からのディアスポラが参入し、多様な、国際性豊かならぬ「店際性豊かな」様相を呈していた。

しかし、多様な現代社会にもある相互の不理解が少なからず見られた。特に苦烈婦時代は一挙手一投足、一サジ向き一ミルク配置まで苦烈婦の管轄下におかれた我が〇町店である。それを凌いできた〇町派の人たち(特に時責)にとって他者の差異は認めにくいものであった。

こうした状況を踏まえ、自分は相互交流の場として花火見物を企画したかった。〇町派の馴れ合いの場は私の望むところではない。

ところが、出席者は〇町派の面々ばかり、北〇山・南〇袋は軒並み欠席ではないか。「天道是か非か」おお、サラ・コナー...

悲劇は続いた。出席者は〇町派ばかりの8人であったが、大会の数日前からドタキャンが地滑り的におきた。某政党の凋落派閥さながらである。抵〇勢力に私は同情する。そういえば自分は野〇広務のファン(注1)であった。

企画の基層的な崩壊をなんとか食い止めつつ、お天道様への抵抗を続けた。大会一週間前、ビニールシート、座布団代わりのタオル(注2)を購入した。そして二日前には酒屋と雑貨店で酒とツマミを入手、荷造りも着手。

大会前日、幹事を指名した「鉄人」とその彼氏両名の欠席の報を接しつつ、荷造りを終える。総重量18キロである。

注1:所詮そのレベルの政治意識である。悲しい。

注2:タオルとくれば、そのスジの者は用意せざるを得ない。そう、「E.YAZAWA」........!!

先日は東京湾華火大会をベロー〇ェの面々で観に行った。幹事は自分である。


ベロー〇ェではこのところヒステリカルなまでにイベントが続いている。前述の六本木のクラブを皮切りに、町田や新宿で飲んだり、牛角や池袋のナンジャタウンで食べたり、靖国神社のみたま祭りに行ったり....二ヶ月で7回は数えるのだろうか。

理由は錯綜しているが、苦烈婦の圧制後の解放感は確実な要素である。「イベント多すぎ。大丈夫なのか、緩み過ぎじゃないのか」と憂慮していた。ところが、いち早く気付くべきだったのは、この憂慮を最も向けるべき対象が、自分自身であったことだ。


しかし、この花火見物は自分の発案である。それは、「靖国神社のみたま祭りに一緒に行こうよ」と「鉄人」(注1)誘われた際の対案であった。国民国家の人為的装置に警戒する、いち民主的人士としては承知しかねるイベントである(注2)。

ところが連中は、浴衣が着たいというのが魂胆のようだ。デリカシーと恋愛経験のない自分にとってはにわかに理解しにくいところである。そもそも国民動員は一見政治とは無関係のところから及んでくる。祭りなどその典型だ。


「それよりも花火大会はどうでしょう?浴衣着れるでしょう。」あくまで国家の謀略を防ぐための誘導で、彼女らはきっと花火大会を企画するだろう。それならば、自分も参加できる。思想的独立を維持しつつ、浴衣の女の子たちを見れる、まさに一石二鳥。


ところが、「じゃ、た〇ち(注3)企画して」と鉄人。


かくて自分の発(/失)言によって幹事にさせられ、花火見物のイベントが始動した。候補として、隅田川花火大会、神宮外苑花火大会、東京湾華火大会がある(各市・区でやる花火は地理的にみんなの都合がつきにくい)。

大学一年のとき、隅田川花火大会を見に行ったが、川を渡るのに一時間かかるほど混雑し、おまけに花火は木陰で見えない最悪の結果であった。外苑よりは海を舞台での東京湾華火大会の方がいい。


ターゲットが決まれば下調べ。ネットで日時、正確な場所、注意事項を確認する。そして大会の一ヶ月前には実際に現地を下見した。そこで、場所のポイント候補を決めさえしたのである。

もっとも埠頭という埋立地によくありがちな、清掃場があるだけのだだっ広い荒れ広場である。当日どんな状況になるかわからない。清掃場脇のレクリエーション施設を訪ね、恒例の大会模様を教えてもらう...我ながら凄い念の入れようである。


PRにも念を入れた。チラシ作成に当たっては、文言を時責の一人に検討してもらい、それにさらに手を加えてワード入力、字体や字の太さにも多様性を持たせる。それをプリントする。そしてネットで会場周辺の詳細地図を複数枚印刷し、既に決めたポイント候補、下見で分かったことを記入する。それをベロー〇ェの休憩室に置いた。我ながら用意が早い。


なぜここまで念を入れるのか。それは「自分が幹事(/会計)役を任されたらろくなことが起こらない」というMyジンクスゆえである。

大学一年の時、最初で最後のクラス内コンパを幹事したが、三分の二欠席。サークルでは夏休み中、会計が自分一人であった飲み会があって、手腕が期待されたが、なぜか別役が出てきて、自分はいつも通りビール運びしか許されなかった。サークルの同期飲みでは出席者半分であった。従来お天道様は、私のプロデュース/マネージメント能力の発芽を阻んできたのである。


「運命なんてない、未来は自分で切り開くもの」。サラ・コナー(ターミネーター2、リンダ・ハミルトン)の信念を奉じて、私は天道に抗おうとしていた。


注1:ベロー〇ェ№1の美人でもある。

注2:が、結局行ってしまった。何のことはない女の色気に屈しただけのことである。北朝鮮に弱みを握られているという政治家、異国で美人局(当国の公安の策動)に遭い、スパイ協力を強制されようとした日本人研究者を馬鹿にしていた自分が情けなく、悲しい。煩悩によって大志を葬る、あるいは小事でもって大事をおろそかにする。私は典型的な堕落の路を辿っているのだろうか。あの「K」(@漱石『こゝろ』)を思い出さずにいられない。

注3:ベロー〇ェ内での自分の他称。前述。











顔とかじゃなくて、ちょっとした心遣いとかで気持ちがグッとくるんですよ。たとえば『今日は髪型がすこし違うね』とか。嬉しいんですよね。」


ベロー〇ェ〇町店の時責(男ではまだいない)、mは眠気を紛らわす会話の中でこういった。


「いやー、僕もですね、20何年生きてきて、そういうことをせずにきましたから。そうしなくてもいいような環境でしたから。今その重要性を認識しつつあります。」


最近ではこうした会話をこなせるほど、私はチョづいていた。もっとも、この店では私はネタのサンドバック扱いである。したがってこの発言もいくらかネタ性が含まれていた。


とはいえ、これにはいくらかの真面目な主張と、親切な忠告があったことは認めねばならない。しかし、きわどい癇癪玉である。それはクリーンヒットであり、その銛は気づかないほど静かにではあるが、しかし確実に私の心臓に的中した。全く以前この店最強の時責、「鉄人」の発言以来である。 「あー、でもタ〇チ(このあだ名は不可解にも私の兄の名と一致する)には女の子を扱ったことがないか」。 自覚しなかったが、その時の私の顔は真っ赤であったらしい。


mの発言の伏線は三日前の六本木のダンス・クラブにある。バイト仲間でダンスを嗜んでいる t  がそこで出演するのを、mと私など計5人で 見に行った。そこで私の陰口(後にそう判定された)がmに伝わったのである。


「mさんの格好って、地味ですよね」。


それは、あくまで同行していたmの同窓生に、その格好がケバい(私の趣向に一致しない)のを、物は言い様でmとの比較を用いて述べたまでである。もっとも普段からネタにされていたから、ネタ返しの意もなくはなかった。


しかし、私の全て、一挙手一投足がネタとなるのが日常である。いわんやこの発言は「暴言」とされ、その二日後の苦烈婦宴でメインディッシュに昇華され、白洲に引き出された。「暴言」生産者の私は説明を求められた。


「でも僕は地味な方が好きなんですよ。・・・・・!!」


しかし私の赤心の披露は誤解された。どうやら本音を言うことに、その発言の時機と私の表情は調和していなかったようである。

m以下、判事の見解は全員一致した。


「馬鹿にしてるっ!!」


その晩私は、ネタのオブラートに包まれた和やかさを浴び続けた。しかし、そのオブラートが少々きつかったのか、私は明るさを保っていたものの、しょげてしまったのである。その7時間後、早朝の開店準備を控える店で私はmと再会した。


「僕もあれから考えまして、あの発言はまずかったと思います。ようやく気がついたんですけど、今まで他人の身になって考えるといったことをしていなくて。    …すみませんでした。」


「いや、いいんですよ。あまり気にしないでください。半分ネタですから。」



最近、私は各方面で自信を喪失している。今回は、男としての自信が著しく減退したようである。

昨夜、後輩からのメール。

「まん〇く祭りやりますからきてください。」

コップ三杯、一時間1500円でも構わないとのこと。


しかし、それは罠であった。

まず、まん〇く亭ではなくだ〇まだった。 

そしてコップではなくジョッキ・・・・

またお約束の3、2、1、タ〇ケこーる

あげくに「羽賀道場?もういいじゃないですか」


ああ、そういうことなのね、お前らくたびれた気弱な先輩呼んでおいて

結局後輩に借金3000円、帰りのタクシー使用。今も二日酔

でもね、羽〇道場いきます。これから

ひさしぶりに後輩の顔見ました。

しかし、後から来た後輩はお金かしてくれた人含めて

まったく記憶がない、いや意識はあったが

あまりに酔って正視できんかった。


こんなに悲しいことがあるか、お前ら!

顔を正視できない分彼ら後続は昨夜の善玉、最初からの奴は悪玉

決定です。勝手だね、人間て


 今までのベロー〇ェ店長(以下苦烈婦。注1)は、少数精鋭(注2)で店を運営し、重箱のスミにまで介入しないと気がすまなかった。 新入の社員は配属の際人事にこう言われたという。「気をつけて。あの店長のもとでイビられて、お客さんの目の前で泣かされたり、円形脱毛症になったていう話よくきくから」  現店長の御話「いやその、何と言うか・・・軍隊式でね。普通じゃない。」  また時責や社員に時間外労働を強いていた。時責「あの頃は時間外労働しなければいけないって感覚だったから」 。

 一方で絶対的忠誠と服従を常に求め、また猜疑を忘れなかった(注3)。結局あまりにダメだしをしまくるため、プチ苦烈婦を増殖させた(注4)。他にも色々あるが以前にもこのブログで書いたし、ここでは言わない。

 そのような殺伐とした空気に嫌気が差し、それが臨界点に達しつつあった。まさにこの時期、苦烈婦は異動となったのである。私は苦烈婦を送り出す際、色紙に「社会人の怖さを教えてもらいました」と一文を寄せつつ、プレゼントを差し上げた。それは私なりの「苦烈婦時代」へのけじめであった。


 それでは代わりに異動してきた現店長は? まさに神である。 別に今の私はねらーでない。上述した新入社員の話。「会社の人から神様みたいな人だよって言われました。ほんとに神様が舞い降りたという感じです。近々社員の異動があるらしいですが、私はこの店に留まりたいです(念)」。 苦烈婦の「次来る店長は私と違って”店員を増やす店長”で有名な、やさしい人だから。よかったわね、うるさいおばさんが消えて」 の言葉は嘘ではなかった。 

 神はアメリカのようなエセとは違って徹底的な民主主義者であらせられる。店長という人の上に立つ立場でありながら、相手の立場を最大限尊重なさる。以前の陋習を変えたり新商品の発売をしたりする際、連絡ノートの告示だけでは決して満足なされない。店員一人一人を個別に事務所にお呼びになり、時間をおかけになって変更点を丹念に御説明し質疑をされるのである。 

 また決してダメだしをしなされない。むしろ逆に「申し訳ない」を連発なさる。極めて腰の低い御振る舞いであり、かえってこちらがまごつくのである。あげくにはあたかも新人のように御自身の仕事を逐次御報告なさるのである。「今、これ(5分とかからない)をやってきます。大変申し訳ないが、それまで頑張ってください。」 「お待たせして申し訳ない、もう大丈夫です。」  恐悦至極!晴天の霹靂であり、空いた口が塞がらんばかりである。 

 時間外労働など言語同断。むしろ神は必ず日曜日お休み遊ばされる。なぜなら社会人でサッカーをなさるためである。神は連絡ノートにこう御記しになっている。「社員のみなさん、休みたい日があれば何時でも仰ってください。ちなみに私も日曜は休みをとらせて頂きます。」(注5) なんという爽やかさ! 私は反例としてかつての母校の顧問を思い出した。彼はジャージを着ていて、スポーツマンらしい爽やかさを演出していたが、稽古中のシゴキや授業中の叱責によって、旧日本軍にも似た剣道・教育界特有の狭量を露呈させた。 しかし、神はスポーツマン的、紳士的爽やかさにおいて他の追随をお許しになられなかった。

 しかし何といっても神は魔法の杖、リーサルウェポンをお持ちであった。店員におごって下さるのである! 何たる御慈悲であろうか。私はお釈迦様の糸を占有せんとするカンダタの如く、他の店員を凌いで6回もそのお恵みを享受してしまった。

 

 今から思うと苦烈婦に色紙に一文を寄せ、贈物をした私は少々センチメンタルになっていたと言える。神降臨以後、私は以前に比べ、明るく口が軽くなった。苦烈婦時代、私のこうした状況は飲みの時しか現出しなかった。それも普段圧迫感を感じているがゆえの、酒席での反動である(注6)。「風紀がゆるいのはあれだけれども(注7)、気が楽になった」というのは店でよくきく話だ。

 

 しかし人は業の中でしか生きられないのか、問題は果てしない。歴史に見るように独裁的キャラクターの退場が、抑圧されていた者の増長と対立をもたらすのである。私は今や「チョづいて」(注8)おり、私を見下す他の仲間の態度に不満を覚えていた。この店の男女率は1:4で、まさに「女の天下」、「女社会」である。時責全員が女であるのも自然であった。そもそも私の心の中に男尊女卑の思いが亡霊の如く抜きがたく巣くっている。したがって店の人間関係は私にとってやや息苦しい(注9)。この状況を何とかしたいと思った(注10)。これは私を成り上がりたらんと促す一要因である。もう一つの要因というのは神降臨とベロー〇ェの一店の閉店に関係する人間関係である。


もう何時間も書き込んでるためここで切る。これから明日の課題6p分の英文和訳をやらねば。卒論同様、追い詰められるとブログに逃避したがる。いやはや情けない。


midiで今はまっているのは、八木節 、 江刺甚句 。アナーキーなまでに左派な私に潜む保守的な右派傾向・・・。


 注1: クレップ、007シリーズの最高傑作「ロシアより愛を込めて」に登場するスペクターの№3。KGBトルコ局長でありながら、スペクターに寝返った凄腕のおばさん 

 注2: この店ができたとき50人いた。今残っている者のはその内私を含め4人。働き者か時給泥棒である。とにかく店に粘り強く居座ることで共通。

 注3: 連絡ノートには社員のお詫びの記述が残っている。「本当に申し訳ありません。肝に銘じ以後このようなことが絶対にないよう全力で細心の注意でもって気を付けます。」 些細な業務ミスに対してはいささか大げさな感がある。業務用の連絡ノートにここまで書くことに当時の状況が窺える。 一方苦烈婦の猜疑心は日常的だ。ある時私が仲間と私語(苦烈婦の運営からしてそれが如何にささやかであったか)をしていると、事務室から苦烈婦が帰ってきた。開口一番は「何の悪口をしてたの?」であった。

 注4: この構造は、かつて丸山真男をはじめとするリベラルな知識人が分析した天皇制に小さからぬ類似を示す。彼らは日本社会の基層には小天皇(例えば土建業者の親方。或いはいわゆる家父長)がいて、それを核とする細胞が天皇制そのものを構成していると主張した。  苦烈婦は、ダメだしをしつつ、店員に絶対的忠誠とポジションの堅持を要求して止まなかった。またできない社員を排撃した。その結果、店において「使える」存在(と時に勘違いする)ならば、同僚(時に社員)を平気で見下し、ダメだしをしまくる輩が出現した。私は自給泥棒の根性が抜けないゆえ、必然的にダメだしをされる立場であった。

 注5: 苦烈婦は年に手で数えるほどしか休みを取らなかった。絶対的忠誠を強いられている社員の休暇の少なさは想像に難くはないだろう!

 注6: 一同私のギャップに驚いたらしい。「〇川さんのマシンガントーク」と言われた。

 注7: 苦烈婦主義が店員にも浸透していたことを示す証左。 

 注8: プチ苦烈婦に成り果てたかつての仲間の言葉。「調子づいている」の略と思われる。

 注9: 「彼は、王龍が女を連れて近づくのを知っていたが、わざと動かずにいた。女に目をとめたりしては、男としての体面にかかわるからだ」 (『大地(一)』 パール・バック著、新居格訳、新潮文庫、1997年、p30)。   私が店で小耳にはさんだ時責二人の会話。「ていうかさー、K君(*:もちろん私ではない)チョーかわいいんだけど。マジ癒される。」 「Kならあたしがもう唾つけたわよ」 「うそ~、マヂで(苦笑)」

 注10: とはいえ人体というのは半分は獣である。例外に洩れぬ私はこの女ばかりの世界に毒されたかもしれない。だからこそ剣道が腑抜けになり、一ヶ月の三分の二をここで消費して勉学をおろそかにしているのか。沽券にかかわる!!・・・・・・・といいつつ気持ちよかったりして