今までのベロー〇ェ店長(以下苦烈婦。注1)は、少数精鋭(注2)で店を運営し、重箱のスミにまで介入しないと気がすまなかった。 新入の社員は配属の際人事にこう言われたという。「気をつけて。あの店長のもとでイビられて、お客さんの目の前で泣かされたり、円形脱毛症になったていう話よくきくから」  現店長の御話「いやその、何と言うか・・・軍隊式でね。普通じゃない。」  また時責や社員に時間外労働を強いていた。時責「あの頃は時間外労働しなければいけないって感覚だったから」 。

 一方で絶対的忠誠と服従を常に求め、また猜疑を忘れなかった(注3)。結局あまりにダメだしをしまくるため、プチ苦烈婦を増殖させた(注4)。他にも色々あるが以前にもこのブログで書いたし、ここでは言わない。

 そのような殺伐とした空気に嫌気が差し、それが臨界点に達しつつあった。まさにこの時期、苦烈婦は異動となったのである。私は苦烈婦を送り出す際、色紙に「社会人の怖さを教えてもらいました」と一文を寄せつつ、プレゼントを差し上げた。それは私なりの「苦烈婦時代」へのけじめであった。


 それでは代わりに異動してきた現店長は? まさに神である。 別に今の私はねらーでない。上述した新入社員の話。「会社の人から神様みたいな人だよって言われました。ほんとに神様が舞い降りたという感じです。近々社員の異動があるらしいですが、私はこの店に留まりたいです(念)」。 苦烈婦の「次来る店長は私と違って”店員を増やす店長”で有名な、やさしい人だから。よかったわね、うるさいおばさんが消えて」 の言葉は嘘ではなかった。 

 神はアメリカのようなエセとは違って徹底的な民主主義者であらせられる。店長という人の上に立つ立場でありながら、相手の立場を最大限尊重なさる。以前の陋習を変えたり新商品の発売をしたりする際、連絡ノートの告示だけでは決して満足なされない。店員一人一人を個別に事務所にお呼びになり、時間をおかけになって変更点を丹念に御説明し質疑をされるのである。 

 また決してダメだしをしなされない。むしろ逆に「申し訳ない」を連発なさる。極めて腰の低い御振る舞いであり、かえってこちらがまごつくのである。あげくにはあたかも新人のように御自身の仕事を逐次御報告なさるのである。「今、これ(5分とかからない)をやってきます。大変申し訳ないが、それまで頑張ってください。」 「お待たせして申し訳ない、もう大丈夫です。」  恐悦至極!晴天の霹靂であり、空いた口が塞がらんばかりである。 

 時間外労働など言語同断。むしろ神は必ず日曜日お休み遊ばされる。なぜなら社会人でサッカーをなさるためである。神は連絡ノートにこう御記しになっている。「社員のみなさん、休みたい日があれば何時でも仰ってください。ちなみに私も日曜は休みをとらせて頂きます。」(注5) なんという爽やかさ! 私は反例としてかつての母校の顧問を思い出した。彼はジャージを着ていて、スポーツマンらしい爽やかさを演出していたが、稽古中のシゴキや授業中の叱責によって、旧日本軍にも似た剣道・教育界特有の狭量を露呈させた。 しかし、神はスポーツマン的、紳士的爽やかさにおいて他の追随をお許しになられなかった。

 しかし何といっても神は魔法の杖、リーサルウェポンをお持ちであった。店員におごって下さるのである! 何たる御慈悲であろうか。私はお釈迦様の糸を占有せんとするカンダタの如く、他の店員を凌いで6回もそのお恵みを享受してしまった。

 

 今から思うと苦烈婦に色紙に一文を寄せ、贈物をした私は少々センチメンタルになっていたと言える。神降臨以後、私は以前に比べ、明るく口が軽くなった。苦烈婦時代、私のこうした状況は飲みの時しか現出しなかった。それも普段圧迫感を感じているがゆえの、酒席での反動である(注6)。「風紀がゆるいのはあれだけれども(注7)、気が楽になった」というのは店でよくきく話だ。

 

 しかし人は業の中でしか生きられないのか、問題は果てしない。歴史に見るように独裁的キャラクターの退場が、抑圧されていた者の増長と対立をもたらすのである。私は今や「チョづいて」(注8)おり、私を見下す他の仲間の態度に不満を覚えていた。この店の男女率は1:4で、まさに「女の天下」、「女社会」である。時責全員が女であるのも自然であった。そもそも私の心の中に男尊女卑の思いが亡霊の如く抜きがたく巣くっている。したがって店の人間関係は私にとってやや息苦しい(注9)。この状況を何とかしたいと思った(注10)。これは私を成り上がりたらんと促す一要因である。もう一つの要因というのは神降臨とベロー〇ェの一店の閉店に関係する人間関係である。


もう何時間も書き込んでるためここで切る。これから明日の課題6p分の英文和訳をやらねば。卒論同様、追い詰められるとブログに逃避したがる。いやはや情けない。


midiで今はまっているのは、八木節 、 江刺甚句 。アナーキーなまでに左派な私に潜む保守的な右派傾向・・・。


 注1: クレップ、007シリーズの最高傑作「ロシアより愛を込めて」に登場するスペクターの№3。KGBトルコ局長でありながら、スペクターに寝返った凄腕のおばさん 

 注2: この店ができたとき50人いた。今残っている者のはその内私を含め4人。働き者か時給泥棒である。とにかく店に粘り強く居座ることで共通。

 注3: 連絡ノートには社員のお詫びの記述が残っている。「本当に申し訳ありません。肝に銘じ以後このようなことが絶対にないよう全力で細心の注意でもって気を付けます。」 些細な業務ミスに対してはいささか大げさな感がある。業務用の連絡ノートにここまで書くことに当時の状況が窺える。 一方苦烈婦の猜疑心は日常的だ。ある時私が仲間と私語(苦烈婦の運営からしてそれが如何にささやかであったか)をしていると、事務室から苦烈婦が帰ってきた。開口一番は「何の悪口をしてたの?」であった。

 注4: この構造は、かつて丸山真男をはじめとするリベラルな知識人が分析した天皇制に小さからぬ類似を示す。彼らは日本社会の基層には小天皇(例えば土建業者の親方。或いはいわゆる家父長)がいて、それを核とする細胞が天皇制そのものを構成していると主張した。  苦烈婦は、ダメだしをしつつ、店員に絶対的忠誠とポジションの堅持を要求して止まなかった。またできない社員を排撃した。その結果、店において「使える」存在(と時に勘違いする)ならば、同僚(時に社員)を平気で見下し、ダメだしをしまくる輩が出現した。私は自給泥棒の根性が抜けないゆえ、必然的にダメだしをされる立場であった。

 注5: 苦烈婦は年に手で数えるほどしか休みを取らなかった。絶対的忠誠を強いられている社員の休暇の少なさは想像に難くはないだろう!

 注6: 一同私のギャップに驚いたらしい。「〇川さんのマシンガントーク」と言われた。

 注7: 苦烈婦主義が店員にも浸透していたことを示す証左。 

 注8: プチ苦烈婦に成り果てたかつての仲間の言葉。「調子づいている」の略と思われる。

 注9: 「彼は、王龍が女を連れて近づくのを知っていたが、わざと動かずにいた。女に目をとめたりしては、男としての体面にかかわるからだ」 (『大地(一)』 パール・バック著、新居格訳、新潮文庫、1997年、p30)。   私が店で小耳にはさんだ時責二人の会話。「ていうかさー、K君(*:もちろん私ではない)チョーかわいいんだけど。マジ癒される。」 「Kならあたしがもう唾つけたわよ」 「うそ~、マヂで(苦笑)」

 注10: とはいえ人体というのは半分は獣である。例外に洩れぬ私はこの女ばかりの世界に毒されたかもしれない。だからこそ剣道が腑抜けになり、一ヶ月の三分の二をここで消費して勉学をおろそかにしているのか。沽券にかかわる!!・・・・・・・といいつつ気持ちよかったりして