もう、旦那に

『M字ハ●、範囲が広がった!!!』

とか、言いません。



もう、支店長の事、かげで

『ハ●たぬき』

とか、言いません。



もう、隣りの会社の社長さんの事、こっそり

『うみぼうず』

なんて、言いません。



口は災いの元。

返ってくるんだね、自分に。






もう何年も通いなれた美容院の店長さんが

独立して店を離れたのは5月。



店長さんにやってもらいたい気持ちもありながら

家の近くにあって

スタッフさんとも仲良くなって

通いなれたお店を離れられず2回行った。



でも、癖のある場所が一か所だけある

ワタシの面倒くさい髪の説明をするも

思うように仕上げてもらえず

毎日の作業に手こずっていた。



何気に

『やっぱり、店長さんのとこ行ってみようかな~』

って、ふらーっと会社帰りに立ち寄る。



積もる話もしつつ、盛り上がってたら突然

『何かありました?』

って、聞くの。



意味もわからず

『何もないけど、どうして?』

って、聞いたら



『ここの所、ちょっと薄くなってるんです・・・』



『え?・・・・・・・・・・・・』





円形脱毛症。





言葉が出ない。

余りにも突然やってくるんだもん。

あ・・・突然じゃないか。

ワタシが気付かなかっただけだから。

頭が真っ白。



『でも、耳より上に出来たものは治りが早いし

そんなに大きくないですよ

これくらい』

って、手でやって見せた。



もう、うっすら産毛も生えて来てるらしくて

触らないようにだけ言われた。

せっかく生えた毛がこすれて無くなったりするからって。



息子にLINEした

『美容院来たら、円形脱毛見付かった!

かわいそうな、お母さん。

ストレスだらけで』って



そしたら、即効

『お疲れ様』

って返ってきた



まるで

『ご愁傷さま』

って言われてるみたいな感覚に

『は?』って送ったら



『いつもお仕事お疲れ様って意味』

って、慌てて返って来た。

ほくそ笑む。



娘にも同じものを送った。

びっくりしたようで

泣いてるスタンプが送られてきた。



驚かせちゃったな。

悪いことした。反省。



って、思いながらも

旦那にもメール。



『俺が、会社、誘ったからかな・・・だよね・・・。』

って。

だから



『きっと、そうです』

って、返した←



妹にもLINEした。

『あの時、

円形脱毛になってるのにも気付かずに

もう、田んぼの稲くらい生えて来てるんだよ

って、聞いて

なんで、そこまで気付かないの?全く、鈍感なんだから~~

って、笑ってごめん』

って。



ワタシも、全く気付かなかったから。

ストレスだけは半端なかったけど

まさか、こんな・・・。



そしたら妹は

『良かったじゃん?生えてきたんでしょ?

生きてる!生きてる!

生えてこない人もいるんだよ?

全部白髪が生えて来る人もいるんだって

生きてて良かったね!!!

ワタシも生えてきたよ!生きてた!生きてた!』



って、まー能天気な。

良かったって、言われたら

そうなのか?良かったんだ

って、思えてしまって不思議。



でも、見ない

って決めた。

やっぱり恐いから。

現実、受け止めずに

そうなった事だけ心に置いといて。



って、思ってたのに

風呂上がりに、忘れて髪を乾かしながらかきあげたら



おぉぉ・・・・・・・・・・・。



以外に、デカイ。

店長さん、気を浸かって小さい丸で示してくれてたんだ。

ありがと。



一度、見てしまったら気になって

娘を呼び寄せて

ほんとに毛が生えてるかどうか

それが白髪じゃないかどうか確認させた。笑

酷だったかな。



もしかしたら、髪をかきあげた時

風に吹かれた時

寝てて頭がぐしゃぐしゃな時

周りの人には見えてたのかもな~

って、思ったら凹むけど

現実は現実。

出来たものは仕方ない。



ほんと、重なってたから、あれもこれも。

思ってる以上に体は悲鳴をあげていて

ワタシはそのSOSに気付かなかった。



もしかしたら、前回美容院に行った時には

すでに出来てたのかもしれないけど

気心知れてない人には言いにくくて

スルーしてたのかもしれない。



ふら~っと立ち寄ったお店のおかげで

知ることが出来たんだから

良い方に向かってるって思いたい。



会社でこの日

人を人とも思わずに

まるで人を物のように考えてる支店長に

苛立っていた。



『とりあえず一人で後の事はやってくれ

いよいよ、どうにもならずに白旗を上げた時には

次の人を手配するから』って。



いよいよな時が来て

白旗を上げた時

ワタシは元気ですか?



そう、思った。



もう使えない、必要ない

って、ポイってされ

返されても

病んだりしても

ワタシが貧乏くじを引いただけで終わる。



なんなんだろう。



今も何も解決されてない

ストレスは解消されてない。



でも、タイミングが合って

横浜の女性上司に話を聞いてもらう機会があって

正直に想いを伝えたら

少し、軽くなった。楽になった。



口は悪いし

なんでも思ったこと、口にしてるように思われがちだけど

実は、そうでもないよ←

抱え込む性格は、改善しなきゃいけないな。



抜け落ちた場所を遠目で鏡で見て

ちょっとだけ、可愛く思えた。

お友達も言ってたな。笑



弱い自分の姿がそこに見えた。

もう少し、自分の事

可愛がらなきゃ。

大事にしなきゃ。

そう思った。



調べ好きの←息子が

円形脱毛には何がいいか、また調べて

色々教えてくれた。



『ストレスを溜めないことが一番だから

好きなことしたらいいよ』って。



してるけどね。笑



行くしね。トレジャー。



行けるかどうか怪しかった。

って言うか、今でも腰は良くない。

でも

行かない!

って、選択肢はない。



行く!

這ってでも。



金井くんに、慰めてもらう←勝手に

癒してもらうんだ。←勝手に



娘の文化祭終わりに飛行機に飛び乗って。

久しぶりに会う姐さん家族にも

元気にしてもらおう。



月曜日は、また空港から会社に直行と言う

ハードスケジュールだけど

行かないって言う選択肢はないし

行かない、理由もない。



最高のストレス発散。

ワタシの、ちょっと遅めの夏休み。



きっと、帰ったらふさふさだろうな。

それはないか。笑



蒲郡、初上陸。行ってきます。






夢を見ていました。金井くんの。

ここ最近では覚えがない位に腰を痛めて

全く動けず寝てばかりの時に。



『お前の大好きな奴、来てたぞ?もう会ったのか?』



って、目がなくなるくらいにっこり笑いながら

ワタシに声かけてきた、去年の夏にいなくなった幼馴染。



『会ったよ!!さっきまでずっと隣りで話してたもん!』



って、今では想像できないほど目をキラキラさせて

可愛く答える中学生のワタシ。



内容は覚えてないけど、ほんと

いっぱいいっぱい話したんだ、金井くんと。



でも、嬉しいはずなのに

なんでか、嬉しさよりもせつなくて。



そして、なぜこのコラボ?

って思った時に

今、ワタシの頭の中にあった2人が

ごちゃごちゃに

一緒になって、元気付けにやって来てくれたんだと

勝手に想うことにしたのです。






5月に夢だったBIUGMAMAのワンマンを

地元仙台で迎えることが出来て

幸せでいっぱいで

余韻に浸って、余韻を楽しんで

地に足が付いてない、ふわりふわりとした状態の中

義祖母が急に体調を崩し容態が急変し危ないと連絡を受けた。



心の準備をしておくように言われる。

でも、もう94歳。大往生。

悲しいけど、仕方ない現実。



でもそこで、もの凄い勢いで姑から

理不尽極まりない言葉を投げつけられ

『嫁のくせに!』

と吐き捨てられた。



ワタシの中で、何かがプチっと切れた。



その日から、電話には出ないと決めた。

20年目の反乱・・・。

居留守。

ナンバーディスプレー、最高。



そもそも、ナンバーディスプレーにしたのも

そう言えば、姑の干渉から逃れる為だったな・・・。



急用だったら、息子に直接電話が行くでしょ

的な、ワタシのまぬけな考え。

それでも反抗せずにはいられなかったんだ

言葉の暴力に耐えるのも疲れた。



電話に怯えながら

悪い知らせが来なければいいと願いながら

夏が来た。



会社でのストレス。

派遣さんと旦那への。

酒に溺れるやさぐれた毎日。



でも息子の病気をきっかけにお酒は辞めた。←一時

仕事に慣れてきて、まわりに目を配る余裕が出てきた時

少し、会社でのストレスも軽減されてきてることに気付く。



旦那=上司。

でも間違ってることに気付いたり、見抜けたりして行くうちに

指摘・・・じゃなくて、訂正してあげて

指図・・・じゃなくて、教えてあげて←



これを派遣さんにも繰り返して行くうちに

ワタシへの態度が一変して

いい方向へ向き始めた。

嫉妬。では、なくなった。



が、彼女は解雇通告。

9月で去るらしい。

何ヶ月か前のワタシなら、手放しで喜んでいたかもしれない。

でも、補充はなし

2人でこなしていた業務をワタシ一人でやる。

そうだ・・・。

経理に、受発注に現場管理・・・結局、営業以外全部。

ふふっ・・・笑える。訳がわかんなくて。



8月に入って、いよいよ義祖母が怪しいって

また電話が来た。

お盆に帰省して、またその時も帰ってくることになったら大変だから

お盆は様子見て帰省しなくてもいいよ

って義父。



有難い。

有難いけど、お墓参りは旦那の家だけじゃなく

ワタシの実家だってある。



それに、去年のお盆過ぎから体調を崩していた

妹のお姑さんも入院していた。

もう手の施しようがない状態で。



ワタシが、義母に罵られたり、理不尽な仕打ちを受けた時

いつも、話を聞いて味方になってくれた。

可愛がってもらった。

年に2回しか会えないけど

お母さんに会って、顔見て、話して、笑ってる時間は

母親に縁のないワタシには、財産。



意識のあるうちに、会いたかったんだ、どうしても。



ずっと行けずにいた

去年、亡くなった幼馴染の家にも行きたかった。



ワタシには、やりたいこと、やらなきゃいけないことがいっぱいある。

それに、義祖母も見舞いたい。間に合うなら・・・。



家族の予定を調整して、1泊だけでも帰れる日を作らなきゃ。

って、考えてるところへまた電話。



『来るんでしょ?』って、義母。

来なくていいと、言われた矢先なのに

まただ、なんで2人で相談して電話してくれないのかな。



義父とのやりとりを話して、予定を調整してることを伝えてる途中で

食い気味に

『●●(旦那)、だけでいいから帰して。おばあさんに会わせたいから』



・・・・・。



旦那だけで、いいって、会わせるのは。

ワタシと子供達は、会いたかったら来ればいいらしい。

会いたいから、調整してたのに。

いつだって、こうなんだ。

人の話は聞かず、一方的に自分の考えを押し付ける。

こうしたら?って提案ではなく

こうしてみる?って、伺いでもなく

命令。



何言われても笑ってなさい。

背を向けた時に、舌を出してもいいから

絶対に、笑ってなさい。



って、ずっと叔母に言われたことを守ってきたつもりだったけど

家のことも、子供のことも、学校のことも、地域のことも

全部一人で抱えてやってきて

息子の病気、仕事のストレス、大事な人達の体調不良・・・

今のワタシには、もう抱えきれない



バケツから、水が溢れちゃったんだ。

それでも、どんどん注がれ続けて垂れ流し状態。

パンクした。



言い合いしてしまった。

でも、自分の考えは話した。
すっきりなんて、どう考えてもしないけど

話せた事は、それでも良かったと思う。

嫁失格!と思われても。



息子のバイトや予定をキャンセルして帰省した。

ほんとは顔も見たくなかったけど。

事前に着時間も告げてたのに

一緒に行く予定で居たお墓参りには置いて行かれ、

ワタシ達だけで行った。

お墓参りから戻ると

1万円札を渡され、晩御飯代と言われた。

炊飯器に御飯は一粒もなかった。



ワタシは、こんな思いをする為に来たんじゃない・・・。



妹のお姑さんを見舞った。

小さく、小さくなっていた。

自分でも余命は知ってると聞いていたので

下手な言葉は言わないように気を付ける。

『早く元気になってね』とか・・・。



『口が元気そうだから、安心したよ』

って、憎まれ口を叩いた

何を言っていいのか、言葉が出てこなくて困る。

でも、顔を見れて良かった・・・って、凄く凄く思った。



『今年は会えないと思ってたから、嬉しいなぁ~

よく来てくれたね、みんなで』

って、とっても喜んでくれた。

涙を堪えるの、苦手だけど、頑張った。



『ありがとう』を言うべきかどうか

悩んだけど、今は言えなかった。

言うべきだったのかもしれないけど

どうしても、言えなかった。

一番、伝えなきゃない言葉なのに・・・。

辛いな・・・。



幼馴染の家は空き家になっていた。

奥さんが職場でいじめにあって

耐えられなくなって、自分の実家近くに引っ越して行ったらしい。



小さい子4人も抱えて、必死に頑張ってるのに

いじめってさ。

同情しろとか

哀れんでくれとか

言ってる訳じゃない。

優しい気持ちで、見守って

って、言ってるの。



『これで、良かったんだよ

その方が、俺も安心する』

って、メッセージだったんじゃないかと

夢の中に出てきた笑顔の彼を思い出して勝手に感じた。



実家から高速で2時間の病院に入院してる義祖母を見舞う。

言葉は出なかったけど

目を見開いて、何かを言いたそうだった。

おしゃべりなおばあさんだったからね。

こっちからの問い掛けは、理解してるようで

うんうん、頷く。



元気とは言えないけど

ちゃんと会えて良かった。うん、良かった。



息子の検査での数値も落ち着かなく

なかなか下がらない。

不安は、決してゼロにはならない。



一つずつ、一つずつクリアして行こう。

そう思えば思うほど

クリアするという事の意味を考えてしまう。



クリアすると言うことは

誰かの死を待ち、そこを過ぎることも含まれてしまう。

そんなの、おかしい。



もがく。



1週間前に痛めた腰を、更に3日前に上乗せして痛めてしまい

寝るのも、座るのも、歩くのも、起き上るのも

声を出してしまう生活。

踏んだり蹴ったり、蹴ったり踏んだり。



それでも主婦には家での仕事がある。

そして、職場での一挙に押しかけた仕事の責任もある。

神時間だったワタシの就業時間は

今はもうない。

休みはない、休めない、良くならない

悪循環。



最近、笑えてないな・・・。



でも、そう思ってた矢先

舞い込んできたご縁。



ちょっとの時間だけでしたが

仮設住宅に暮らす方々とのふれあい。

楽しい、楽しい、時間。



抱えてることを忘れて、腰の痛みも忘れて

大笑いしてるじぶん。


こんなご縁がなければ

ワタシなんかがこの空間に足を踏み入れることはなかったはず。

笑顔がいっぱいの場所にいられたことで

何かが変わってくれそうな気がするよ。



逃げられないことばかり

じぶんでどうにか出来ないことばかり



だけど

足踏みは辞めて

これは、真正面から立ち向かうしかないな

って、半ば開き直り。



地べたに這いつくばっていたワタシを

引っ張り起こしてくれたご縁に感謝。



とりあえず、今はこの腰をどうにかしなきゃ。

じぶんが健康でいなきゃ

回るものも回らない。



1週間後に迫ったお楽しみに向けて

残念ながら、焦りしかないけど

キセキを信じてみる。



土俵際の女だったし、ワタシ



きっと、間際にキセキの回復をして

あの場所で嬉し泣きしてるじぶんをイメトレ。



課題も残ったまま

夏が終わる。



でも、それでも

今年の夏も、やっぱり

いい夢みたい。



ワタシの夏休み。

叶いますように・・・。







『酒、飲まなくても病気になるんだからさ・・・・・』



息子のボソッと言った言葉で

目が覚めた。

こんなお酒に頼った生活

もう辞めなくちゃ・・・。

ほどほどにしなよ?

って、ワタシへの警告だよね。







なんで?なんで?って、思う。



人間の代わりが出来るロボットが現れたり

宇宙旅行まで出来てしまう世の中になっているんだから

選手交代のように

『はい!代わります!』

って、代わってあげられたらどんなにいいことか・・・。



なんて、無茶苦茶な事を

でも本気で

考えていました。

いや、今もいます。





なんで、あの子は

花粉症はあるものの、風邪もなかなか引かない

普段はとっても健康体なのに

こうも、毎年毎年

どかーんっ!と大きな荷物を背負いこむのかな。



うちのリビングのライトは電球色で

灯りは真っ白じゃなくて、オレンジ色。

そんな、ある意味薄暗い部屋の中で、ある日の夜

何気にワタシが放った言葉がこんなに大きく展開するとは思いもしませんでした。



『目、黄色くない?』



そんなに子供の顔をまじまじと見る方ではないのに

何気に目について口から出た言葉。

でも、ワタシはほんとに軽い口調で言ったので

その後は言ったことも忘れて普通に生活。



ただ、言われた息子は気になる。

また、ネットで調べる。

よくない病名が頭を過る。



『病院行きたいんだけど・・・。』



いつもと同じパターン。

ワタシが言ってから1週間が過ぎていました。



『付いて行くよ?』

って言うと

お決まりの

『大丈夫、一人で行ける』



わかったらLINEで連絡するってことで

ワタシは仕事へ行きました。



『血液検査したから、明日また結果聞きに行く

 黄疸じゃないかなって言われた』



やっぱり・・・肝臓か・・・。



すぐ上司に事情を話して

出社時間を遅らせてもらい

明日は病院へ付いて行くと決めて家に帰りました。



なんでもすぐに手軽に調べられて

とっても便利な世の中。

でも調べたせいで不安で押しつぶされそうにもなる。



なんで?なんで?

なんで、またあの子なの?

答えを教えてくれよー・・・。



帰るなり、父の遺影の前に直行して

『ワタシはもうそれなりに生きたから

明日どうなっても構いません。

いや、なんなら今すぐにでも代われます。

だからお願いです。

どうか、どうか、助けてやってください。』

何度も祈る



そんなことしか、出来ないんだよ

親のくせに。

身代りにもなれないんだよ?

ワタシがいいって言ってるんだから

代らせてくれてもいいのに。

何にもしてやれないんだから。



息子が帰って、色々話した、病気のこと。

『もし●●って病気なら

5年生存率80%らしいわ

だから、大丈夫でしょ、80あるし。』

って言う。



堪らなくなって、ついつい言ってしまった

『もし、残りの20%なら5年、生きれないんだよ?

まだ18なのに、5年って・・・』

って言うと

食い気味に



『10年生存率は70%らしいから、10年はいけるでしょ』

って、笑った。



笑えるか・・・そんなもん。

笑えないけど、悲しい顔はしないように耐えた、必死で。



でも心の中は

悲しくて、悲しくて、悲し過ぎて。

まだ18年しか生きてない子に

死を覚悟させる、

死というものを頭の中が過るなんて

辛すぎる。



生存率とか、そんなこと言わないでよ・・・。



『疲れは取れないし

たまに貧血もあるんだよね・・・

もしかしたら、リンパも絡んでてのやつかもしれないな』



なんて更に言うから

調べた、すぐに。



そして、目の前が真っ暗。

2年前のリンパの病気がここへきて?

確かに、有り得ない話ではない。

黄疸は、病気や疾患に伴う一つの症状であるから

その先に病気がある。



悪いことは考えたくない

のに

悪いことしか考えられない



仕方ない。

って、あの子は言う。



慌てず騒がず、静かに受け止めてるように見える。

こんなところで子供の成長を感じたくはないけど

ワタシよりも、ずっとずっと大人。

嬉しくもあるけど、複雑でしかない。



眠れない夜を過ごし朝を迎える。

付いて行く為に着替えをして準備をしてると

『何、準備してるの?

一人で行けるって!

子供じゃないんだから、ちゃんと説明も聞けるから』



また、置いて行かれた。



付いて行ったって

家で待ってたって

ドキドキは一緒で変わりはない。

けど、キツイ・・・待つのはキツイ。



緊急を要する場合は電話が来るのかな?

なんて思ってたら、電話が鳴った。

心臓がこぼれ落ちそうなほど、飛び出しそうなほど

ドキドキ、ドキドキ。

ふらついて電話に出ると、

旦那の前会社からで、退社後の後処理の催促・・・。



(全く、あいつ!!!!!!!!紛らわしい上に、腹立たしいったらない!!!)



朝、会社に行く前に

体調不良で検査したことを伝え←頼りにならないので毎回事後報告

検査結果聞いてから出社すると伝えた。

のに、無言。



洗面所へ向かった奴をとっ捕まえて

『子供が検査したって言ってるんだよ?

なんで、無言なの!!!

普通だったら、驚いたとしたって

どこが悪いの?何の検査?今、体調はどうなの?

とか、聞くでしょ?え????』

って、ブチ切れて言ったら



『なんて声かけていいかわからなくて』



・・・・・・。第三者か。



お友達だって、もっともっと心配して

優しい言葉かけてくれるわ!!!!

ほんと、情けない。



そのくせに

『結果、わかったら連絡して』とか言うので

『返す言葉が見つからないと思いますので、連絡しません!』

とワタシも意地になって突き返した。←子供



息子を想う気持ちと

こんな奴だったなと改めて実感しつつ悔しくて悔しくて

顔を洗いながらお風呂で号泣した。

娘に

『目が真っ赤だよ』って言われて

『シャンプーが目に入った』とだけ伝えて。



想像していた時間よりも押して

息子が戻って来ないので、益々心配になって不安で仕方なくて。

そんな時、エントランスを通った時に通知される

『帰宅されました』

って、音がインターホンから鳴り響く。



とにかく深呼吸。

落ち着こう。落ち着いて、全てを受け止めよう。



ガチャッとドアが開いたので玄関に目を向けた。

また深呼吸して。



『忘れ物、取りに来たよ』



・・・・・・・・。空気読め・・・。



奴だった。



(ふざけんなっっっ!ほんと、紛らわしいんだよっっっ!!!!)

飛び蹴りの一発でも見舞ってやりたい気分。



こんな事に振りまわされて

もはや、ワタシの心臓はすでにボロボロ。



それから間もなくして息子が戻る。

『やっぱり黄疸だったよ。

その先の病気を調べる為に、また血液検査してきた。

2本も抜かれてふらふらする』って。



その先の病気って

肝炎や肝臓がん?

・・・・・・・・・・・。



『1週間後に検査結果が出るから

その結果を聞きながら、エコーで見たり詳しい検査をするらしい』

そう言って、プルーンを食べた。



落とせない授業があるからってことで

出社前に息子を大学まで送り届ける。



疲れや、ストレスも原因らしい。

息子は学校は楽しいけど通学にストレスを感じてるんだと言った。

電車とバスの乗り継ぎが3回。

都会なら、それくらい!って思うかな。

田舎の乗り継ぎは、乗り継ぎと言っても

次が来るまでに20分とか30分とかかかる。

最初の電車でトラブルと

さらに後続で遅れて、また遅れて。

電車もバスも満員だから、学校着くまでの何時間かは

待ち時間も含めてずっと立ちっぱなしで窮屈なところに閉じ込められてる感がある。



甘えんな!

って、突き放せたら楽。

でもそれも原因で体調がすぐれないのであれば

そこは取り除いてあげないといけない。



甘やかしたい訳じゃない。

出来ることは、出来るときに

出来るうちにしてやりたい。

それだけ。



『先生、言ってたよ

よく気付いてもらえたねって

自分じゃなかなか気付けないから

見付けてもらえて良かったねって』



運転しながら、うるうるしてしまった。

ワタシには、魔法のような言葉だった。

その言葉に救われた。

慰められた。



たまたまでも、早く気付いてあげられたこと。

この先、何が待ち受けてるかわからないけど

不幸中の幸いで

きっと良い方向に向かってる証拠なんだと思い込みたい。

御守りになる。



ワタシの泣ける場所は

車の中とお風呂の中。

出勤前は怪しいから帰りだけ。

毎回毎回、よく目にシャンプー入れるな

って思われてるかな。



心の中は嵐で大荒れだったけど

普通を装った。

いつも通りに、がさつで口の悪い母ちゃんでいようと

少しでも気が紛れるように

少しでも病気のことを考える時間が少なくあるように



それに、あの子

ワタシの前では、絶対平気なふりするんだ。



今、何かをやり遂げようとしてる訳でもないし

すごくやりたいことが見付かってる訳でもない

結婚してる訳でもないし

彼女がいる訳でもない

守るものもないし、何かの途中でもないからって・・・。



志半ばじゃないって言いたいの?

悲しませる人がいないから、いいって言うの?

違うよ、それは、絶対違う。



ワタシは、ある程度やってきたよ。

とりあえず結婚もしたし、出産もした。

大好きな音楽にも出会え

こんな歳で大切なお友達も沢山できた。

きっとこの先、もうこれ以上のお友達には出会えないだろうな

そう思ってる。

最後のお友達だって。



だから

いつだって身代にだってなれる。

なれるけど

でも、出来るなら、欲を出せば

子供達の成人式も、結婚式も見てみたいし

孫も抱いてみたいよ。



だから、そんなこと

言うなよ・・・・・。

お願いだから、言わないでよ・・・・・。



心の中でしか泣けない

辛い。

でも、ほんとに辛いのは本人。



隠れてこそこそチェックしてる息子のツイッター



『こえーよー・・・・・・・』



って、呟きを見付けて大泣きしました。



基本、へたれでビビりなんだもの。

高所恐怖症だし、絶叫系も苦手

虫も恐くて、大騒ぎして妹に退治してもらうくらい

緊張しーで、本番に弱くて。



だから、だから

相当、恐いはずなんだ。

恐くて恐くて堪らないはずなんだ。



だけど、絶対言わない。

余計な心配させないようにしてくれてるんだろうな。

平気なふりして。



検査してからの1週間は

妙にテンション高い自分がいた。

心の中では号泣してるのに。

誰かといるときは、有り得ないほど明るく振舞ってる自分。



何がそうさせてるのかわからない。

振舞ってるだけで

頭の中は空っぽ。

会話も覚えてない。

そして、一人になった時の落差が激しかった。



馬鹿の一つ覚えのように

肝臓にいいって食品を購入した。

それ中心でご飯も作った。

何かにとりつかれたように。



助けたい一心で。



今更でもね。



結果が出る日

きっとまた置いて行かれるんだろうと

予想してはいたけど

案の定、置いて行かれた。



おまけに、その足で学校向かうから

家には戻らないって言う。

そんな・・・蛇の生殺し状態。



確認したけど

目の色は、やっぱり黄色い。

不安でしかない、不安しかない。

でも夏休みで部活に行く前の娘がいたのが

驚くほどに心強かった。



少しでも・・・と体に優しいお茶を飲み始めていて

水筒に入れてたのに忘れて行った。

届けるふりして、病院行ってしまおうか・・・

でも、勝手に行ったらまた怒られるんだろうな。

そう思いながら、LINEした



『水筒忘れてるよ。届ける?』

『いらない』

でしょうね。

そう思ってたよ。



そして、その後に続いてた



『悪い方の数値は上がってなかったから

悪い病気ではないって。

エコーで見る限り、肝臓も大丈夫みたい。

体質性じゃないかって言ってた。

ただ、全体的な数値自体はまだ下がってないから

来月もう一度検査して、そこでも下がってなければ

紹介状もらって専門病院で更に詳しい検査になった』



決して、不安が全て解消された訳ではない

そして、毎度お決まりの

要観察。

また一つ追加・・・。



でも

悪い方じゃなければ

良くなるって事だと決めつけた。



まだまだ安心はしちゃいけないけど

とにかく第一関門クリア。

そんな気がする。



母が亡くなった時

母方のおじいちゃんがワタシに泣きながら言ったんだ。



『●●●、ごめんよ。

じじが代わりになれたら良かったのに

代ってやれなくて、ごめんよ』

って。



親って、そんなもんだよね。

子供だろうが大人だろうが

いくつになっても、子は子で。

年老いたって、親は親で。



順番通りになれたら、それが一番だけど

そうでもないこともいっぱいある。



自分勝手だし、すぐ上げ足とるし

口も悪いし、態度も悪いし

減らず口だし、屁理屈や言い訳ばっかで

普通に生活してたら

優しさのかけらもないような子なんだ。



小さいときは、あんなに優しかったのに

って、よく想い

なんで、こんなになっちゃった?

って不思議に思うほど。



でももしも、双方の合意の元

病気も含め、何に関しても選手交代が出来る

物凄い世界になったとしたら



『代るよ』

って、ワタシが息子に告げたとしても

多分、代ってはくれないだろうな

って、想えたんだ。

想いたいだけかもしれないんだけど。



病気するたびに感じる。

あの子は、結局何も変わっていない。

普段、全く見せないけど

こんな風に追い込まれた時に見せる優しさがあるなら

それで、勘弁してやろうって。←



この先、いつかは家を出て行く。

行かないといけない。

でもその時、大切な誰かが

傍にいてくれたらいいなって

つくづく思う。


ワタシはいつまでも近くにいて気付いてあげられない。

もう、なんなら家族を作ってくれたら

とさえ思う。

守るものが出来たら

きっと、もっと強くなれる。

生きよう、生きたいって思う。



大事に生きなきゃ。

一緒に過ごせる時間には限りがあるから。

でも、この先もいつも通り

喧嘩して、喧嘩して。

出来るうちに、喧嘩して。



病気の度に、大事なことに気付かせてもらう

大切なものが見える。

そして、それは忘れたころにやってくる。



ワタシがお友達に支えてもらったように

息子も、ワタシに言えない本音を聞いてもらって

友達に助けてもらって来たんだろう。



やっぱり、生きるって

奇跡の連続だ。



父の遺影に報告した。



『だから、言っただろ?

お前はいつも考え過ぎなんだ。

大丈夫!大丈夫!』

そう言って笑ってるように見えた。



いつも、苦しい時に父の顔を見て話しかける。

会話にだってならないし

返事なんてもらえるはずもないんだけど・・・。



元気な時

なんでも相談してきた。

頼れるのは父だけだったから。



そうすると、いつだって最後には

『大丈夫!大丈夫!

頑張れ!頑張れ!』

って笑ってた。



遺影の父もそうだった。



ワタシも、そんな親になりたいと思う。

そんな親でありたいと思う。

目標。



子供に育てられてるんだよね。

育ててやってるんではなくて。



自分の命が消えてしまっても

一番大事なものって

永遠に変わらない。

大事にしなくちゃ

やっぱり、代りはいないから。