もうすっかり夏ですね。



一日24時間が、あっと言う間です。



息子も無事進級し

今は学校の勉強と並行して

将来の事を考え、就活に備えて

新たに資格を取るべく勉強を始めています。



資格も大事だけど

何より卒業できてこそだからね。

単位を落とさない程度にお願いします。



夜勤のバイトをしていましたが

ワタシに似て朝型の上に

夜勤明けで車を運転して学校へ

と言う事の危険さと大変さで

他を探している所です。



来年の成人式に向けての相談で

最近また中学の仲間と集まるようになり

ワタシもまたあの子達と再会出来て嬉しい限り。



頭のいい人も頭良過ぎて

凡人には理解できない事を考えたりしますが

うちの、凡人もどうしたことか

ある日突然



息子『おれ、Youtuberになる』



とか、言い出した。

えっーーーーー???(  ゚ ▽ ゚ ;)



ワタシ『黙って、おこづかいは、バイトで稼げっ。

     じゃなきゃ、お母さんも仲間に入れてっ!』←



入れて!は、わざと言いましたが

即効、却下です、勿論w



何を考えてるのか理解できません。

でも、そこに乗っかった友達もいるのでw

けい●つの世話にならなければ

とりあえず、なんでもやってみればいいよ。

どうせ、すぐ飽きる←DNA



娘も中学生活最後の1年をスタートさせました。

社交的ではないし内弁慶。

毎年のクラス替えは、ほんと心臓に悪い。

仲良しの子と一緒になれてるといいな・・・。

意地悪な子、いないといいな・・・。



始業式はとにかくドキドキ。

帰って来た娘の顔色である程度わかる。

ドキドキしながら娘の顔を見ると

ビミョーーーーーな顔。



どうだった?とワタシ

仲良しの子、全員と離された。と娘



マジか(^▽^;)



ひきつり笑いのワタシを見て、娘が言った

『でも、嫌な子一人もいなかったから、いいや』

って。



消去法の女、万歳。

それでいい。

上を見過ぎないところが、この子のいい所でもある。



そりゃ、目標や理想は高い方がいいのかもしれない。

でも、今までの思い出したくもない経験から

どこかで半ば諦めの精神があるものの

それが決して絶対ダメではないとワタシは思う。

これも彼女なりの自分の防御なんだと。



ワタシより年上で独身の

女の先生が担任と聞いた時には

正直、女の嫌な部分ばかりのヒステリックバ●アか・・・

と落胆しましたが

懇談会で話して見て一安心。

どちらかと言うと、男寄りの←失礼

がっちりした体格のさっぱりした体育会系の先生でした。

最後の1年、頼みます!



来月の中総体を最後に引退して受験へ向かいます。

土日ほど早起きで

4時半起きでお弁当作って、始発で送り出す生活も

残りわずか。

ここへきて、肘を痛めてしまいましたが←テニス肘

悔いのないように、肘が壊れてもやる!

そうなので、見守るのみです。

大柄前衛は、相手チームにも邪魔な存在であると信じて。



ワタシは相変わらず、仕事に振りまわされた生活です。

年明けに新しく入った派遣さん。

初日で、これはもしかしたらヤバい・・・。

と感じたあの何とも言えない気持ちは

やっぱり当たってました。



お友達には愚痴を聞いてもらったりして

ほんとに有り難かったな。



ワタシ、一人の肩にぽんと乗せられて

いつまで経っても尻拭いばかりで

限界が来ていました。

ストレスで体調崩し

胃通に悩まされ、不眠もあり

ついでに肋間神経痛になり

呼吸するのも痛くて痛くて。

深く息を吸えないので

浅く、すーっ、すーっ。

寝返りは出来ないわ

寝たら痛くて起き上れないわで。

しんどかった。



午前に教えたことは、午後には忘れてる。

これ当たり前。

朝、お願いした仕事は夕方になっても出来てない。

これも当然。



ほんと言いたくないけど気も利かないので

ごみがたまってても捨てに行ってくれないし

他の人のカップを洗うこともしない

お客様が来ても対応はしないし

宅急便は受取らない

FAXが届いても知らんぷり。



業務の仕事が100としたら

割り当て的に、彼女の分は5もない。

のに

『終わりました。何かやる事ありますか?』

なんて、今まで一度も言われた事はない。



一日中、忙しそうにしてるから

敢えて、仕事は振らないようにしてるけど

何してるんだろう。



基本、取引先とのやり取りはメール。

言った言わないをなくすために文書として残すため。

でもこれもいつも電話で済ます。

そして、言った言わないで、もめる。



そのくせ、●日、お休みします。

と言う報告はメールで支店長にする。

目の前に座ってても・・・。

口で言えばいいのに。



発注ミスをしても、上に報告は絶対しないから

してくださいねって言ったら

また、メールで報告した。

目の前に上司がいるのに。

口で・・・どうして・・・。



4ヶ月経ち、普通ならもう独り立ちさせなければいけない。

でも前進どころか、日々後退。

辛うじて出来てたものが出来なくなる。

何度言っても間違えて、4回も5回も修正したり。



ワタシはワタシの通常の業務も勿論ある。

締め日や月末月初は経理の書類で

机の上もごった返すのに

この派遣の子守。

彼女の仕事の確認と尻拭いで

ほんとに自分の仕事の時間を奪われてる状況。



即戦力だから派遣の時給は高いと聞いた。

ワタシにこの派遣の分もくれっ!

1人でも充分こなせるわ!

って、常に思う。

じぶんの1.5倍もお給料もらってる人に

仕事を教えて、挙句の果てにこれ。

胃もおかしくなるってもんです。



もう誰も住んでないけど

自宅が石巻の沿岸にあり

家も流され、ご近所さんも沢山亡くしたんだと聞きました。



そして、一人で子供2人育てています。

下の子はまだ小さくて

困った事に、しょっちゅう休みます。

それでも

ワタシは、放っておけませんでした。



父子家庭で育ち、一人親の大変さも

痛いほどわかります。

石巻が生まれということも、

これも何かの巡り合わせなんじゃないかと

そう思うようにして、どうにかしてあげようと

あの手この手、手を変え品を変え

飴と鞭を使い分け、試行錯誤しながらやってきました。



が、3ヶ月を過ぎたある日

教えながら、電卓で計算させていた流れで

『この金額の消費税はいくらになりますか?』

って聞いたら

『・・・・・・・わかりません・・・・・』

って、へらへら笑うんです。



へらへら、してんじゃないよっっっっっ!ヾ(。`Д´。)ノ←心の声



計算は電卓がやってくれます。

でも、彼女は電卓に数字を置けないんです。

掛け算なのか割り算なのか、わからないんです。



消費税込みの計算は出来るんです。

最初に見積書の作成の仕方を説明した時に

合計金額×1.08=税込金額です。

と教えたので。



頭で理解した訳じゃなく

1.08を掛けると言う、その式を丸暗記しただけの話だから

消費税だけの計算は出来なかったんでしょうね。

0.08を掛けたらいいだけだったのに・・・。



きっと、この人に伸びしろはない。



ぶっちゃけ、会社からは使えないようなら早目に決断して

と、ずっと言われてました。

でもワタシは、本人がやりたいと言うのなら

その意思を尊重したかったし

ワタシがやり方をあれこれ変えてるうちに

しっくりはまる方法が見付かるかもしれないと

自分の肩に更に錘を乗っけて

もう少しだけ、やらせてみてくださいとお願いしていました。



見捨てるのは簡単。

でも、育てるのは困難・・・悔しいけど。



契約は更新しない事になり来月いっぱい。

ただ、このまま辞めては

どこに行っても雇ってもらえないし

契約を更新してもらえないと

ワタシの中で思ってるので

もう少し形になるようにして終わらせてあげようと

思って、色々やっています。



子供2人を路頭に迷わせたらいけないよ。

と、また頼まれもしないのに勝手にね。



お節介ババアの

貧乏くじ・・・。






今日、仙石線が全線開通しました。

4年とちょっと。

長かったです。

でも、確実に1歩進みました。



震災後、現実を目にするのが

恐くて恐くて仕方なくて行けてなかった方面へ

お友達のおかげで行けた事。

連れて行ってもらって、現実をしっかり見れたあの日。

思い出しても涙が出ます。



石巻まで、バスでの乗り継ぎなしに1本で。

津波で流された線路を

内陸に移動して。

とぎれとぎれに運行してたこの路線が

1本で繋がりました。





毎週、ヤクルトを持ってきてくれるヤクルトレディーさん。

いつも笑顔で大きな声ではきはきしてて。

とっても明るく話しやすく感じがいい。

元気いっぱいで、こちらまでスカッとする。



何気ない話の流れで

震災で自宅アパートを津波で流され

この辺に越してきた事を聞きました。



仮設で暮らしていたけど、不便を感じ

泣く泣くおんぼろアパートを見付けて引越しした矢先

御主人が脳卒中で倒れ体が不自由になり

働けなくなったんだと。

震災と仮設でのストレスらしいって・・・。



旦那さんがいても、一家を支えなきゃいけない女性もいる。

でも彼女はそんな苦労を微塵も感じさせない。

たった週に一度だけど、ワタシは彼女が来てくれるのを

心待ちにしています。

元気が貰える。パワーが貰える。

愚痴愚痴言ってないで、がんばろって思える。

これもご縁、きっと。





点と点が繋がったら1本の線。

そう思っていました。



でも、金井くんが教えてくれたんです。



点と点を結んだ糸が繋がれば【縁】



だって、事を。



ご縁を大事にしよう。



そして、これからも



繋がっていけますように。









15歳の誕生日を迎えて間もなくだった、あの日。



先月、息子は19歳になりました。



あれから4年です・・・。







テレビで目にすることもめっきり減りました。



3/11が近付くと、あちこちで放送し始める。



それにも慣れました。



道路を隔てた隣の地区には

集団移転して来て住宅がかなり増えました。



でも、近くの仮設住宅は今もそのままです。



仙台の中心部を見たら

震災があったなんて想像も出来ないでしょうね。

すっかり元気です。



でも、そこだけじゃ

ダメなんだよね。



ワタシはあの日から

不思議なご縁に導かれてる気がしてなりません。



そう感じる出来事が、なんでかよくあります。



『わすれないで』



『わすれるなよ』



そう言われてるように。



仕事は、正直辛いです。



逃げ出したいです。



でも、そこを最後の最後で

引き留めるもの。



『1軒でも多く・・・』



その想い。


それだけ。



建設関係に携わってるワタシが

何も出来ずに今まで来ている自分を

ちょっとだけ許してあげられる瞬間。

単なる自己満足にかわりはないけど。



自分の関わった家が建って行く過程を想像して

完成したその家に笑顔が溢れてるに違いないと信じて。

ドキドキして、勝手に胸が熱くなる。



石巻に現場が増えた。

南相馬市にもぞくぞくと建っている。



南三陸、女川、気仙沼、亘理

いわきに、相馬、楢葉まで。



完成した家を見ることはないけど

関われた事だけで満足。

救われる、勝手に。



事務所の窓から海岸沿いが見える。

松の木林だったところに

松の木がまばらに・・・見える。



『わすれないで』



『わすれるなよ』




毎日、言われてる気がする。



そんな場所にある事務所

もし次があるのなら・・・

そう考えると震えてしまう。



遮るものは何もない。

盾になるものは何もない。



でも、そんな中でも

生きて行かなければいけない

生きて行くしかない



今日もワタシが出来る事を

続けるだけ



『1軒でも多く・・・』



この想いで。



『音楽で人を幸せに出来るとは思ってはいない

でも

音楽で辛い事を減らしてあげる事はできる』



ある日
ラジオから聞こえて来た言葉で
立ち止まった。



足し算だけじゃいけない

時には

引き算が大きな役割を果たす事もある。



寄り添うって

簡単なようで

難しい。



でも、寄り添わなきゃ。

心だけでも。



わすれないで

まだ、時が止まったままの地があることを。





14時46分

黙祷・・・。



義祖母が、旅立ちました。



全てを終え、帰りの新幹線に乗り込み

席に付き、ふ~と一息。

葬儀中、電源を落としていたスマホを起動し

LINEを開いたら、飛び込んできた

妹のお姑さんの訃報。



なんで・・・。



絶句して固まっていたワタシに気付いて娘が声かけてきた。

『●●のおばあちゃん、亡くなっちゃったよ』

って、言ったら同じように絶句して固まる。



なんで・・・。







義祖母は苦しみ続けた3ヶ月の入院生活でした。

ワタシは義父から何度も相談を受けていました。



『もう見てられないんだよ、かわいそうで。

楽にしてあげたいって、先生に言ったらダメかな』って。



その度にワタシは

『昏睡状態でもなく意識もあるんですよ

それに、おばあさん生きようと頑張ってるし。

もしその時が来たら先生の方から言われるはずだから

こっちからは言わない方が・・・』

って、何度も何度も言いました。



きっとワタシは血の繋がりもなく第三者的な

優しさのかけらもない言葉を発していたのかもしれません。

息子の想いは違うのに。



でも義父は2度、医師に相談しました。

そして2回目には叱られたと言っていました。



『●●さんは、こんなに頑張ってるんです!

二度とそんなことは口にしないでください。

私達も最後まで諦めずに全力で戦います。

もしもの時は、こちらから言いますから』って。



『ほら!だから言ったじゃない!』

って、心の中では思ったけど

『良い先生に出会えて、おばあさんも幸せでしたね』

と、口からは出ていました。



お歳だからね~

って、ちゃんとした診察もしてくれなかった最初の病院。

だから余計に、最期をここで迎えられたことが

おばあさんにとっては良かったんだと思えた。



息子しかいなかったおばあさんは

孫嫁であるワタシをほんとに可愛がってくれた。

そして、いわば、運命共同体←

義母のターゲットになる運命共同体。

よく、おばあさんの部屋で傷を舐め合ったな。



つわりが酷くて何も食べられなかったワタシに

季節外れの高価なみかんを

毎日買って食べさせてくれた。



あちこち連れまわして

ご近所や親戚に紹介して歩いてくれたのも

おばあさんだった。



この年まで、お盆とお正月はお小遣いをくれた。

『これだけが楽しみで待ってるんだよ!

洋服買うなり、自分の為だけに使いなさい』って。



もう貰えないんだね。



貰えないのが残念なのではない。

欲しくて言ってる訳じゃない。

当たり前のことが

当たり前じゃなくなって

いるのが当然だったのに

もういないなんて。



妹のお姑さんも

母を早く亡くして義母ともうまくいってなかったワタシには

ほんとに母親のようでした。

太陽のような、とっても明るく可愛いお母さんだった。



ワタシの事も娘のように

子供達の事もほんとの孫のように

接して扱ってくれて

お年玉ももらうし、帰る時にはいっぱいお土産持たせてくれるし

色々教えてもらった。

ワタシも、お母さんの家に行くのが当たり前だった。

自分の実家のように・・・。



うちの方だけなのかもしれないけど

自分の家の不幸事があった時は

四十九日を過ぎないと、よその葬儀等に参列できない

しきたりがある。

よその葬儀に参列したら、自分の家の神様仏様に

何日か向かってはいけない決まりごともある。



きっと、胸騒ぎだったんだろう。

妹夫婦が、うちのおばあさんの葬儀の日程を聞いてきた時に

ワタシは、来させちゃいけない気が物凄くした。

不幸事を暗示してるかのようで、表立って口にはしなかったけど。



『親でもなく、おばあさんだし

会社休んでまで大丈夫だよ

落ち着いてから、ゆっくり来て手を合わせてあげて。

義父さんには、来るって言ったのを

ワタシが断ったって事を伝えとくから』

って言って。



その時、こう言っといて良かった

って、ほんとに思う。

しきたり通りなら、妹達は

お母さんを見送れなくなるとこだったもの・・・。



そして、ワタシは

最後にお礼も言えずお見送りも出来ない事になった。

悔しい。



ありがとうございました。

って、伝えたかった。

ちゃんとお見送りしたかった。



帰ってからも休む間もなく

感謝の気持ちを想いを伝えるべく

参列は出来ないけど、出来ることをしたいと思い

あれこれ手配に追われていた。



親のいない妹が

肩身の狭い思いをしないように

姉であるワタシが親の代わりに・・・

そう思って。



妹の旦那さんと相談してる時

言ってくれたんだ

『●くんと●ちゃんも(うちの子)、孫と同じだから

他の孫達と連名でお花飾らせてもらっていいかな』

って。

自分からは言えなかったけど

そう思ってもらえてる事が

嬉しかった。



口だけは最後まで元気だったけど

元気なふりしてたでしょ?知ってるよ。

心配掛けないように、見せないようにしてたこと。

そうやって、周りに最後まで気を遣い続けたお母さん。



行けない理由もあるし

きっとお母さんはわかってくれてる。

自分より、人を大切にする人



ごめんなさい。

ありがとう。

を、伝え続けるよ。



お盆に無理な日程で

めちゃくちゃ疲れたけど

おばあさんにも、お母さんにも

会いに行けてよかったって心から思います。








キセキにキセキが重なり

毎度定番のギリギリまでのドタバタ劇の中

『TREASURE05X  2014』

行って来ました。



色んな物を抱えながら

腰痛も抱えながら

円ちゃん←も引き連れて。



姐さんには何から何までお世話になりっぱなし。

ワタシが少しでも楽で居られるように

快適で居られるようにとの配慮。

嬉し過ぎる。ありがと。



何度か、電話もあり

現実に引き戻されながらだったけど

楽し過ぎた。

楽しくて、楽しくて、楽しくて。



夢だったから、いつかトレジャー。

叶ってしまったよ。



娘の文化祭もあり、一度は諦めたんだ。

でもBIGMAMAの出演日が判明した時

文化祭終わりで、飛べばいいじゃん!

って、もう一人のワタシが囁いて

飛行機もホテルもポチっ。

チケもお願いして。



あの景色は圧巻。



ステージから見たら、そりゃ凄いでしょ。

来ちゃったんだ、ほんと。

夢の中のようでした。



音楽を楽しむことは勿論。

でも、心が疲れているワタシは

MCでの言葉一つ一つを拾っていて

それを噛みしめる。自分に言い聞かせる。

叱咤激励していました。



実は、この日3度、隠れて涙を流した。

隠す必要なんてないんだけど。

姐さんにも言ってないし、見付かってもないはず←



1度目はROTTENGRAFFTY。



ぶっちゃけ、名前も知らなかった。

初めて観るだけじゃなく初めての音。

何もかも初めてでノーマーク。

でも、大雑把なワタシの括りでは

間違いなく大好きな音楽。

とにかく楽しかったー。



最後に言ったんだ。

『明日を考えるな!今日を生きろ!』って。



この先に押し寄せるであろう数々の不安に

押しつぶされそうになりながらの毎日。

ぐさっと突き刺さる。



そうだよね、今日だよね。

今を楽しまなきゃ。



2度目はACIDMAN。



前日、当日の雨で前方のエリアはぐちゃぐちゃの泥んこ。

そこを避けるように、音楽を楽しんでた会場に向かって

大木さんが叫んだんだ



『ちっちゃいこと気にしてんじゃねぇ。

汚れたら洗えばいい

それでだめなら買い直せばいい』って。



ほんと、気にしすぎ。

もしかしたら起こるかもしれないけど

何も起こらないかもしれない



その時は、その時。

ダメなら、その時考えればいい。

良い方法を見付ければいい。



さっきのロットンといい

叱咤されてる気分。

でも、嫌じゃない。

激励と受け取る。



ちっちゃいこと気にしてんじゃねぇ

って言ってた大木さん

ローファー、泥で汚してたらしいけど。笑



3度目は、BIGMAMA。



このトレジャーで

トリでMAMAを観るのが夢でした。

号泣する予定だったんだけど

でも始まってしまえば、楽しいー!!!!!

って気持ちがぐんぐん勝ってしまって。



Sweet Dreamsのイントロは終わりの合図。

もう終わるんだな・・・

でも、来れて良かった

って、空と海とステージを眺めてた。



アンコールで再び出てきた時

金井くんが言いました

『昨日より、今日

今日より、明日

今年より、来年だよ』



そんな想いもいっぱい込めて作ったと言って

『I Don't Need a Time Machine』を。



ワタシが一番大好きで大好きで

DVDが擦り切れちゃうんじゃないかって思うくらいに

聴いてる曲。

まさか、フェスで聴けるなんて思いもしなかったから

嬉しくてたまらなかった。

一緒に歌えるなんて思わなかったー。



先の事ばかり考えても始まらない

でも、後ろを振り返ったところで

何も変わらない

とにかく今を

今日を一番大事にしよう。

なんでも、諦めたらそこで終わりだもんね。



都合よく、自分勝手な受取り方をしてしまってるのかもしれないけど

この日、ワタシは

こうやって、叱咤激励されたんだ。

そう思いたい。



一気に色んな事が駆け足でやってきて

それに追われて、まだまだお休みは

させてもらえそうにないけど

やってみる。



最後まで、生きる。って事に

真正面から向かって行ってた

おばあさんにも、お母さんにも

きっとこの先、見守ってもらえてると思って。



今までありがとう。



今日を大事にします。