義祖母が、旅立ちました。
全てを終え、帰りの新幹線に乗り込み
席に付き、ふ~と一息。
葬儀中、電源を落としていたスマホを起動し
LINEを開いたら、飛び込んできた
妹のお姑さんの訃報。
なんで・・・。
絶句して固まっていたワタシに気付いて娘が声かけてきた。
『●●のおばあちゃん、亡くなっちゃったよ』
って、言ったら同じように絶句して固まる。
なんで・・・。
義祖母は苦しみ続けた3ヶ月の入院生活でした。
ワタシは義父から何度も相談を受けていました。
『もう見てられないんだよ、かわいそうで。
楽にしてあげたいって、先生に言ったらダメかな』って。
その度にワタシは
『昏睡状態でもなく意識もあるんですよ
それに、おばあさん生きようと頑張ってるし。
もしその時が来たら先生の方から言われるはずだから
こっちからは言わない方が・・・』
って、何度も何度も言いました。
きっとワタシは血の繋がりもなく第三者的な
優しさのかけらもない言葉を発していたのかもしれません。
息子の想いは違うのに。
でも義父は2度、医師に相談しました。
そして2回目には叱られたと言っていました。
『●●さんは、こんなに頑張ってるんです!
二度とそんなことは口にしないでください。
私達も最後まで諦めずに全力で戦います。
もしもの時は、こちらから言いますから』って。
『ほら!だから言ったじゃない!』
って、心の中では思ったけど
『良い先生に出会えて、おばあさんも幸せでしたね』
と、口からは出ていました。
お歳だからね~
って、ちゃんとした診察もしてくれなかった最初の病院。
だから余計に、最期をここで迎えられたことが
おばあさんにとっては良かったんだと思えた。
息子しかいなかったおばあさんは
孫嫁であるワタシをほんとに可愛がってくれた。
そして、いわば、運命共同体←
義母のターゲットになる運命共同体。
よく、おばあさんの部屋で傷を舐め合ったな。
つわりが酷くて何も食べられなかったワタシに
季節外れの高価なみかんを
毎日買って食べさせてくれた。
あちこち連れまわして
ご近所や親戚に紹介して歩いてくれたのも
おばあさんだった。
この年まで、お盆とお正月はお小遣いをくれた。
『これだけが楽しみで待ってるんだよ!
洋服買うなり、自分の為だけに使いなさい』って。
もう貰えないんだね。
貰えないのが残念なのではない。
欲しくて言ってる訳じゃない。
当たり前のことが
当たり前じゃなくなって
いるのが当然だったのに
もういないなんて。
妹のお姑さんも
母を早く亡くして義母ともうまくいってなかったワタシには
ほんとに母親のようでした。
太陽のような、とっても明るく可愛いお母さんだった。
ワタシの事も娘のように
子供達の事もほんとの孫のように
接して扱ってくれて
お年玉ももらうし、帰る時にはいっぱいお土産持たせてくれるし
色々教えてもらった。
ワタシも、お母さんの家に行くのが当たり前だった。
自分の実家のように・・・。
うちの方だけなのかもしれないけど
自分の家の不幸事があった時は
四十九日を過ぎないと、よその葬儀等に参列できない
しきたりがある。
よその葬儀に参列したら、自分の家の神様仏様に
何日か向かってはいけない決まりごともある。
きっと、胸騒ぎだったんだろう。
妹夫婦が、うちのおばあさんの葬儀の日程を聞いてきた時に
ワタシは、来させちゃいけない気が物凄くした。
不幸事を暗示してるかのようで、表立って口にはしなかったけど。
『親でもなく、おばあさんだし
会社休んでまで大丈夫だよ
落ち着いてから、ゆっくり来て手を合わせてあげて。
義父さんには、来るって言ったのを
ワタシが断ったって事を伝えとくから』
って言って。
その時、こう言っといて良かった
って、ほんとに思う。
しきたり通りなら、妹達は
お母さんを見送れなくなるとこだったもの・・・。
そして、ワタシは
最後にお礼も言えずお見送りも出来ない事になった。
悔しい。
ありがとうございました。
って、伝えたかった。
ちゃんとお見送りしたかった。
帰ってからも休む間もなく
感謝の気持ちを想いを伝えるべく
参列は出来ないけど、出来ることをしたいと思い
あれこれ手配に追われていた。
親のいない妹が
肩身の狭い思いをしないように
姉であるワタシが親の代わりに・・・
そう思って。
妹の旦那さんと相談してる時
言ってくれたんだ
『●くんと●ちゃんも(うちの子)、孫と同じだから
他の孫達と連名でお花飾らせてもらっていいかな』
って。
自分からは言えなかったけど
そう思ってもらえてる事が
嬉しかった。
口だけは最後まで元気だったけど
元気なふりしてたでしょ?知ってるよ。
心配掛けないように、見せないようにしてたこと。
そうやって、周りに最後まで気を遣い続けたお母さん。
行けない理由もあるし
きっとお母さんはわかってくれてる。
自分より、人を大切にする人
ごめんなさい。
と
ありがとう。
を、伝え続けるよ。
お盆に無理な日程で
めちゃくちゃ疲れたけど
おばあさんにも、お母さんにも
会いに行けてよかったって心から思います。
キセキにキセキが重なり
毎度定番のギリギリまでのドタバタ劇の中
『TREASURE05X 2014』
行って来ました。
色んな物を抱えながら
腰痛も抱えながら
円ちゃん←も引き連れて。
姐さんには何から何までお世話になりっぱなし。
ワタシが少しでも楽で居られるように
快適で居られるようにとの配慮。
嬉し過ぎる。ありがと。
何度か、電話もあり
現実に引き戻されながらだったけど
楽し過ぎた。
楽しくて、楽しくて、楽しくて。
夢だったから、いつかトレジャー。
叶ってしまったよ。
娘の文化祭もあり、一度は諦めたんだ。
でもBIGMAMAの出演日が判明した時
文化祭終わりで、飛べばいいじゃん!
って、もう一人のワタシが囁いて
飛行機もホテルもポチっ。
チケもお願いして。
あの景色は圧巻。
ステージから見たら、そりゃ凄いでしょ。
来ちゃったんだ、ほんと。
夢の中のようでした。
音楽を楽しむことは勿論。
でも、心が疲れているワタシは
MCでの言葉一つ一つを拾っていて
それを噛みしめる。自分に言い聞かせる。
叱咤激励していました。
実は、この日3度、隠れて涙を流した。
隠す必要なんてないんだけど。
姐さんにも言ってないし、見付かってもないはず←
1度目はROTTENGRAFFTY。
ぶっちゃけ、名前も知らなかった。
初めて観るだけじゃなく初めての音。
何もかも初めてでノーマーク。
でも、大雑把なワタシの括りでは
間違いなく大好きな音楽。
とにかく楽しかったー。
最後に言ったんだ。
『明日を考えるな!今日を生きろ!』って。
この先に押し寄せるであろう数々の不安に
押しつぶされそうになりながらの毎日。
ぐさっと突き刺さる。
そうだよね、今日だよね。
今を楽しまなきゃ。
2度目はACIDMAN。
前日、当日の雨で前方のエリアはぐちゃぐちゃの泥んこ。
そこを避けるように、音楽を楽しんでた会場に向かって
大木さんが叫んだんだ
『ちっちゃいこと気にしてんじゃねぇ。
汚れたら洗えばいい
それでだめなら買い直せばいい』って。
ほんと、気にしすぎ。
もしかしたら起こるかもしれないけど
何も起こらないかもしれない
その時は、その時。
ダメなら、その時考えればいい。
良い方法を見付ければいい。
さっきのロットンといい
叱咤されてる気分。
でも、嫌じゃない。
激励と受け取る。
ちっちゃいこと気にしてんじゃねぇ
って言ってた大木さん
ローファー、泥で汚してたらしいけど。笑
3度目は、BIGMAMA。
このトレジャーで
トリでMAMAを観るのが夢でした。
号泣する予定だったんだけど
でも始まってしまえば、楽しいー!!!!!
って気持ちがぐんぐん勝ってしまって。
Sweet Dreamsのイントロは終わりの合図。
もう終わるんだな・・・
でも、来れて良かった
って、空と海とステージを眺めてた。
アンコールで再び出てきた時
金井くんが言いました
『昨日より、今日
今日より、明日
今年より、来年だよ』
そんな想いもいっぱい込めて作ったと言って
『I Don't Need a Time Machine』を。
ワタシが一番大好きで大好きで
DVDが擦り切れちゃうんじゃないかって思うくらいに
聴いてる曲。
まさか、フェスで聴けるなんて思いもしなかったから
嬉しくてたまらなかった。
一緒に歌えるなんて思わなかったー。
先の事ばかり考えても始まらない
でも、後ろを振り返ったところで
何も変わらない
とにかく今を
今日を一番大事にしよう。
なんでも、諦めたらそこで終わりだもんね。
都合よく、自分勝手な受取り方をしてしまってるのかもしれないけど
この日、ワタシは
こうやって、叱咤激励されたんだ。
そう思いたい。
一気に色んな事が駆け足でやってきて
それに追われて、まだまだお休みは
させてもらえそうにないけど
やってみる。
最後まで、生きる。って事に
真正面から向かって行ってた
おばあさんにも、お母さんにも
きっとこの先、見守ってもらえてると思って。
今までありがとう。
今日を大事にします。