カフェの奥まった席、
玲奈と友梨奈は向かい合っていた。
カフェの喧騒とは隔絶された、
静かで緊張した空間。友
梨奈は、盗み出したデータ、
そして事件の真相を語り始めた。
その口調は淡々としており、
まるで他人事のように聞こえた。
「井上知子は『黒い霧』日本支部の幹部。
資金洗浄と情報収集が彼女の役割でした。
組織は、彼女が資金を横領したと疑い、
粛清指令を出した。実行犯が室田敦です」
友梨奈は、
まるで報告書を読むかのように事実を述べる。
感情の起伏は一切感じられない。
玲奈は、その冷たさに、改めて友梨奈という人間への
何か理解しがたい感情を覚えた。
「公安は以前から
『黒い霧』日本支部の動向を追っていました。
しかし、組織は深く潜伏しており、
なかなか尻尾を掴めなかった。
井上知子の殺害事件は、
組織を壊滅させる絶好の機会だったのです」
友梨奈は、そこで初めて玲奈を見た。
その視線は冷たいながらも、
どこか決然とした光を宿していた。
「井上知子の部屋に侵入し、
組織の情報を盗み出す必要があった。
そのためには、彼女の娘、井上和に近づくのが
最も早い道だったのです」
「だから、あなたは和さんに…」
玲奈は言葉を詰まらせた。
言葉にするのが憚られるほど、
友梨奈の計画は冷たくて計算高かった。
「利用した、という表現が正しいでしょうね」
友梨奈は躊躇なく言い切った。
その言葉に、
罪悪感や後悔の色は微塵も感じられない。
「和ちゃんに近づき、恋人関係になったのは、
完全に計画通りです。彼女の警戒心を解き、自
宅に招き入れてもらう。そして、一夜を共にする。
その間に、母親の部屋に侵入し、
パソコンからデータをダウンロードする。
すべて、スムーズに進みました」
友梨奈の言葉は、
玲奈の胸を冷たい水で洗い流すように、
冷たく響いた。和の純粋な心を利用し、
踏みにじったことを、
友梨奈は何の感情も抱かずに語る。
「あなたは…人間じゃない」
玲奈は、絞り出すように呟いた。
それは、怒りなのか、軽蔑なのか、
自分自身でも分からなかった。
「任務のためなら、何でもする。
それが公安の人間でしょう?」
友梨奈は、当然だといった口調で言い返した。
その言葉には、
揺るぎない信念のようなものが感じられた。
「…でも、任務が遂行したのに
和さんとつき合っているの?
情報は手に入れた。任務も完了した。
もう和さんを利用する必要はないはずよ」
玲奈は、以前から抱いていた疑念を口にした。
友梨奈が和に近づいたのは任務のためだとしても、
その後も関係を続けていた理由が分からなかった。