仲間を動かすなにか
だれかと一緒に何かを作ろうとしたとき、お互い励ましはしますが馴れ合うことはできません。仲間に優しくすることが結果、観客にとって厳しい結果になることは許されないからです。
だからたとえば、多くの言葉を費やす人がいたときには本当に、だれかを攻めたいからなのか? 優越感に浸りたいからなのか? たんにおしゃべり好きなのか? そう疑ってみることが大切です。
たぶん必要でない場合、だれしも労力を惜(お)しむのが普通なのです。
そして自分がその当事者になった場合、ひとつだけ気をつけていることがあります。
相手の意見を聞く、ということです。むしろぼくはいつでも、自分と違う意見、イメージを求めています。
こうしたことはつねにアイデンティティの根幹(こんかん)に触れる部分なので、大人の男性でもつい感情的になりがちですが、こちらが耳を傾けても、自分の意見を言えない人、ふてくされてしまう人、壁を作ってしまう人、切り捨ててしまう人、と続けていくのは困難です。
ただチームで物ごとを進める以上、言葉以外であれ“仲間を動かすなにか”は必要だと思っています。
だからたとえば、多くの言葉を費やす人がいたときには本当に、だれかを攻めたいからなのか? 優越感に浸りたいからなのか? たんにおしゃべり好きなのか? そう疑ってみることが大切です。
たぶん必要でない場合、だれしも労力を惜(お)しむのが普通なのです。
そして自分がその当事者になった場合、ひとつだけ気をつけていることがあります。
相手の意見を聞く、ということです。むしろぼくはいつでも、自分と違う意見、イメージを求めています。
こうしたことはつねにアイデンティティの根幹(こんかん)に触れる部分なので、大人の男性でもつい感情的になりがちですが、こちらが耳を傾けても、自分の意見を言えない人、ふてくされてしまう人、壁を作ってしまう人、切り捨ててしまう人、と続けていくのは困難です。
ただチームで物ごとを進める以上、言葉以外であれ“仲間を動かすなにか”は必要だと思っています。
シンプルな設定×ディティール
たとえば映画“バットマン”等のアメコミも、けっして子供向けではない。そもそも大人が耐(た)えうるバックグラウンドがあるからこそ、人々の心に居続けるのだろう。
しかしそれらを表現するには、意外と努力がいる。シンプルな設定には、ディティールが重要だ。
コスチュームだけに数千万円をかけることだってあるのかもしれない。キャスティングを含め大きな縛(しば)りがあるにせよ、こうしたウェイトを変えられるだけの実績(じっせき)は、必要と考えられた結果だと思う。
しかしそれらを表現するには、意外と努力がいる。シンプルな設定には、ディティールが重要だ。
コスチュームだけに数千万円をかけることだってあるのかもしれない。キャスティングを含め大きな縛(しば)りがあるにせよ、こうしたウェイトを変えられるだけの実績(じっせき)は、必要と考えられた結果だと思う。