これからの舞台について
次回、中野の舞台では1/3~半分近く舞台上にいて、しかも周りには大勢の共演者が守ってくれるわけではない、自分にはとても過酷な状況です。
ぼくは今まで劇団員になったこともなく、舞台のオーディションにも積極的に参加してこなかったので、舞台俳優か? と問われればそれは判りません。
が、むしろ中野のキャパシティ(客席数)であれば、かえってそうした区別を超越したモノが現れる予感がしています。
前回のように登場シーンや出演時間の長さ、その他いろいろな理由をあげることはできません。ぼくは長く舞台上にいるし、戯曲自体をとても面白いと感じているからです。
共演者もほとんどいないので、それも言い訳にはならないでしょう。
前回、レギュラーがメインキャストに据(す)えられたのは至極当然のことですが、今回こうした役を宛(あ)てがわれたことは、ある程度認められ、チャンスをいただき、試金石となるべき状態にあるということを自覚しています。
他人に厳しい人間は、それ以上に自分に厳しくあるべきで。しかしそれが舞台上でバレてはだれもが興醒(きょうざ)めです。
ただ、だからといって追及の手を緩めることなく、気負わず模索(もさく)していこうと思っています。
ぼくは今まで劇団員になったこともなく、舞台のオーディションにも積極的に参加してこなかったので、舞台俳優か? と問われればそれは判りません。
が、むしろ中野のキャパシティ(客席数)であれば、かえってそうした区別を超越したモノが現れる予感がしています。
前回のように登場シーンや出演時間の長さ、その他いろいろな理由をあげることはできません。ぼくは長く舞台上にいるし、戯曲自体をとても面白いと感じているからです。
共演者もほとんどいないので、それも言い訳にはならないでしょう。
前回、レギュラーがメインキャストに据(す)えられたのは至極当然のことですが、今回こうした役を宛(あ)てがわれたことは、ある程度認められ、チャンスをいただき、試金石となるべき状態にあるということを自覚しています。
他人に厳しい人間は、それ以上に自分に厳しくあるべきで。しかしそれが舞台上でバレてはだれもが興醒(きょうざ)めです。
ただ、だからといって追及の手を緩めることなく、気負わず模索(もさく)していこうと思っています。
1000人中999人
一度は志(こころざ)した俳優業も1000人いたら、自分くらいの世代で999人は辞めていると思う。
残っているのは、よほど才能を自負(じふ)しているか、考えが足りないかのどちらかじゃないのか。
残っているのは、よほど才能を自負(じふ)しているか、考えが足りないかのどちらかじゃないのか。
