渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -254ページ目

喜劇だから

有名な戯曲のヒロインに、眼鏡で出っ歯の女優をキャスティングして喜劇を演出するのは賛成できる。

ただし彼女には劇中、複数の男性からのアプローチがある。

そしてさらに悪いことに、熱演するほど美しさから遠のいていく感覚があり、上手(うま)いのだろうけれど後半のシリアスなシーンではすでに感情移入ができなかった。

かりに、もし彼女がこの役を望んでいても、与えてはいけなかった。

当事者のスキルがいかに優れていようと、できる役とそうでない役は、やはり存在する。


喜劇だから、でよいのだろうか。ナンセンス。

うまく言えないけど。。。

いくら親愛の気持ちを示し尽(つ)くしたとしても、相手の心を拾うセンスがなければ、結局は少しも相手のためにはなっていない。

たとえばそうした細かい部分が、演じ手の善(よ)し悪(あ)しを決めているような気がする。

俳優にとって最大の義務のひとつ

脚本を読み込むことは、俳優にとって大きな課題のひとつ。

個人的に、頭でっかちになるからといって文字を避(さ)けるのは好ましくないと思っている。

一流のサッカー選手は、プレッシャーを受けながら、華麗なパス・シュートをする。

身体が動かないからといって、考えないで走る選手がいたなら、それは使い物にならない。