渡部遼介オフィシャルブログ「Ryosuke’ Note」powered by アメブロ -164ページ目

殺陣と演技

殺陣の注意を聞くたびに演技と根本は変わらないと感じる。

多くの殺陣師は、ここぞとばかりにアクションチックに魅せがちだ。

でもそれはカメラマンが美しい景色のように人間を撮りたがったり、俳優が演技で説明を始めてしまうくらいよくあること。

本当はすぐれたミュージカルのように、演技とダンスのあいだに温度差がないといい。

こんどの舞台ではそれを共感しあえそうだ。

殺陣(たて)の時間

日曜日は殺陣(たて)の時間。

殺陣師集団があつまり、刀や素手での動きをつけていく。


都内でも殺陣の集団は数多くあり、近年ではネットにあげる環境も整っている。

基本的な所作(しょさ)以外に、実際の舞台本番シーンも載せているサイトも多い。

事前にDVDやそうした情報での動きを参考にしてはいるが、たいていはどれも似たようなもの。

実際プロの作業でも想定内の動きがほとんどだ。


ぼくたちは日常、あまり剣術での動きを見ない。

だからといって、殺陣やアクション、ダンスのような目先の違うシーンを増やすだけでは、観客の目をすこしの間でも釘付けにすることは難しい。


とくに映像では事前の打ち合わせ時間が短く、また実写ではそれほど嘘をつけない。

あまりに突飛(とっぴ)な設定やひとを食った動作は、かなり丁寧に映し出さないと観客を一気に置いてけぼりにしてしまう。

豊富なアイディアは撮影の時間を奪い、予算を圧迫し、たいていは最終的に削られていく。

現場で求められない才能は、長い間にはついに衰退(すいたい)している。


今回の殺陣は非常にユニークだ。

手合わせが複雑だからではない。

表面的ではない意外なアイディアがたくさん含まれている。


じぶんも役作りをするときには同じような研究をするのに、一部のアクション映画以外はみな同じに感じていたので、殺陣とはこんなもんだろうとハッキリ言ってナメていた。



殺陣師によってはこんな動きになるのか!



だが多くの場合と同じように、満たされたシーンには役者が満足しがちだ。

役者にはどんな場合にも、そのヒダを広げ埋めていく作業が求められる。



いつの時代にも名作には、かならず多くのポジションのアイディアで満たされているのだ。

4月4日〜4月10日に投稿したなう



てにどう『ブレックファスト・コメディ』シアター711観劇。この作家がいることを日本中が知ってほしい。
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