風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -98ページ目

チャウシェスクを憶えているだろうか。1960年代から80年代にかけての24年間にわたり、ルーマニア共産党政権の頂点に立つ独裁者として君臨した、あの男である。

1989年12月に起きたルーマニア革命で政権は崩壊、チャウシェスクは失脚し、12月25日、逃亡先のトゥルゴヴィシュテにおいて、革命軍の手によって妻エレナとともに公開処刑(銃殺刑)された。
ああ、もうそんな前の出来事だったのかと、感慨深く思う。



こんな男の縮小版たちが、日本にもたくさんいることだろう。
そう、どんな内容であろうと独裁者の声は絶対なのだ。

つい先日、こんなことがあった。

「赤ちゃんにミルクを……」後の方はよく聞き取れなかったが、こんな声が聞こえた。
若い女性スタッフがそれを丁重に断っている。振り向くと、赤ちゃんをだっこした若いお母さんの姿。

ああ、ミルクを溶くのにお湯が欲しいんだなと理解した僕はすぐに歩み寄った。
「どうぞ、お使いください」

お礼を述べたお母さんがお湯を入れているときに、女性スタッフが小さい声で言った。
「いいんですか?」
いいも悪いも、へったくれもない。右も左も、上も下も、正義も悪も、この際無しだ。
恐ろしい、実に恐ろしい。これがマニュアルの恐ろしさである。

それは当たり前のことだ、お湯をタダで提供する店などない。
けれど、それを判断するのが現場にいる人間のすることなのだ。でなきゃ人間なんていらない。

「君もやがて結婚して、子を持つんだろう? 世の中杓子定規に考えると生きづらくなる」
僕はそれだけを口にした。

そして後日、その話を聞き及んだおばさんが話を蒸し返した。
僕はてっきり同意するものだと思っていたら、
「熱湯で溶いたって、そんなもん熱くて飲めないのにね。まあ、お水は買って足せばいいけど」
このおばさん、50代だけれど、結婚経験のない独身だ。それに、某S学会員だ。

お前ら、そろいもそろってアホだ。
掟破りの僕をネタに何か言ってればいい。ああゆうこと勝手にされても、困るのよねえ、とか言ってればいい。

断っておくが、僕はきわめてまともだ。どう考えたってこれが普通なのだ。お前たち洗脳されている。

小さな独裁者、質の悪い洗脳者たちは、小振りながらも、かなりのアホを生み出してゆく。

はっ! ここか! ここだったのか!

昔から変わらず、下には慕われても、上には疎まれる僕の境遇の原因は。

だって、白いものは白いし、黒いものは黒いのだ。
生きるって難儀だな……。


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あなたに一番近い猫は…

あなたに一番近い猫は…

アメリカンショートヘアとは驚いた(@_@)



赴くままに、どこまでも 自由気ままタイプ
まあ、そう言われれば否定できないけど。

アメショって子猫のうちはかわいいけど、大人になったらどうだろう?

キジ猫とかとあまり変わらないように見えるんだけどなあ……。



さてさて、君は何猫かな о(ж>▽<)y ☆

クリックされるとアメショは喜びますヾ(@^▽^@)ノ

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「バーボンを、そうだな……ソーダ割りでください」
「しゃれたの?」
「なにが?」
「じゃないんだったら、いい」女性はクスッと笑った。

スーツにネクタイの男性客と、ふわりとしたワンピース姿の女性客のやりとりに、私は微笑んだ。

「銘柄の指定はございますか」
「逆になにが合いますかね、ソーダ割りには。普段はそんなこと考えずに、ロックで飲んだり水割りやソーダ割りにするんです。訊かれてちょっとびっくり」

「そうでしたか。個人的には I・W ハーパーがおすすめです。ウィルキンソンの炭酸とよく合います」
「じゃあ、それをください」

年の頃は、男性30代半ば、女性20代後半といった辺りか。同伴女性を前にして、知識を振り回したりせず、素直にバーボンの銘柄を訊いてくるあたり、性格的にも好ましい男性客に写った。

「あたしは、ジントニックを」
「はい、かしこまりました」
「ジンにもトニック・ウォーターとの相性ってあるんですか」

「トニック・ウォーター自体が、原料にジンに似た柑橘類の皮や香草で作られますから、抜群の相性です。後はお好みですね。ジュニパーベリーの香りを強く求めるならゴードン・ロンドン・ドライジンがよいかと思います」

ジュニパーベリー

「ジュニパーベリー?」女性が首をかしげる。
「杜松(ねず)の実です。正確には西洋杜松でしたか。ケヤキ科のジュニパーという低木に成る実です」

炭酸水に各種の香草類や柑橘類の果皮のエキス、糖分を加えて調製したトニック・ウォーターに、ジュニパーベリーをメインに柑橘類の皮、香草類などを加えて蒸留したジンはよく合う。

「ああ、ジンの香りってそれだったんですね」
「そうです。ジュニパーベリーの実は、松葉のようなウッディな香りがします。ジンが松ヤニのような香りと表現されるのもそのせいですね。アロマに詳しい方には馴染みの名前のようです」

「アロマの、あの字も知らないがさつさを暴露しちゃったわ」女性は笑った。
「いえいえ、それは好みのジャンルの違いですから」

「あ、ステージが始まったよ」男性の声がする。
バーボンソーダをステアして男性の前に置く。続いてジントニックを女性の前に置いた。

この耳で捉えた歌声は切なげだった。そうか、今夜はみずきさんのステージだった。

「あ、この曲なんてタイトルでしたっけ」
女性客の声に私は応えた。

「You'd Be So Nice To Come Home Toです。お二人にお似合いの曲が流れました。ラッキーでしたね。今宵のジャズ・シンガーは、ファンの多い安斎みずきです。どうぞごゆっくりお過ごしください」

あなたの待つ家へ帰れたらどんなにかホッとするのに
あなたが暖炉のそばにいてくれたらどんなにうれしいでしょう

高く舞うそよ風が、子守唄を歌ってくれる
そうね、私が求めるものはひとつ、それは、あなただけ
冬の寒さに震える星の下でも
空で燃えさかる八月の月の下でも

帰って行く場所、そして愛する相手として、あなたがいてくれたらうれしくて、それは楽園のようでしょう


You'd Be So Nice To Come Home To
Helen Merrill with Clifford Brown

やはりこれが、この曲の決定的名演ですね。

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僕がずいぶんと若い頃の話だけれど、会社を休んで久しぶりの帰省をしたときのことだ。

家に帰り着いて庭を見ると、掃き出しのサッシ窓の向こうでエスが尻尾を立ててこっちを見ている。その表情は期待に満ちあふれている。

「エス!」僕は走り寄り、サッシ窓を開けた。
外に足を投げ出し両手を差し出すと、エスは大喜びで僕の腕の中に来た。

「エス、元気だったかあ!」
僕は頭といわず、首元といわず、ボディといわず、乱暴になで回した。

目の横を引き延ばして細目にしたり、眉間を指で押し上げて情けない顔にしたり、頬を指先でつまんで笑い顔にしたりして、久々の再会を喜んだ。



「エスさあ、お風呂に入れてる?」母を振り返った。
「ううん、最近入れてないわね」←方言は訳してあります。
「だよねえ、ちょっと臭いもん。よし、後で風呂に入れてやる」

「○○、それ、あのエスじゃないのよ」
「は?」
「違う犬なの」僕の背筋を寒いものが這い上った。
「ウソだ」
「ううん、ウソじゃなくて、あのエスは死んじゃったのよ」

「ウソだ……じゃあ、なんでこんなに懐いてるの」
「不思議ね、知らない人が来るといつもすごく吠えるんだけど」

僕はエスのあごを持ってまじまじと顔を見た。見分けが付かない。舌を出して「ハッ! ハッ!」と相変わらず嬉しそうにしている。
「ウソだよね」
「ウソじゃなくて、全く違う犬なのよ」

じゃあ、生まれ変わりだ……僕は呟いた。
またここに来たのかお前。
エスは相変わらず嬉しそうにしていた。

その夕方、僕はエスをお風呂に入れてあげた。
「ほら、ブルブルすんなって、まだ終わってないからブルブルすんなって」

僕が小学生だった頃のエスは、エス! って呼ぶと縁の下から大喜びで這い出してきた。
けれどそのとき猫を抱いていたりすると、横を向いて「フン! フン!」と鼻面を上下させた。

名前を呼んでもこっちを振り向くこともなく、フン! フン! と鼻息を吐くその動作を繰り返した。
犬も焼き餅を焼くんだと、僕はそのとき初めて知った。

*これはすべて実話です。

ミント君のご冥福をお祈りします。

あなたが生まれたとき、あなたは泣いていて周りの人達は笑っていたでしょう。

だから、いつかあなたが死ぬとき、あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている。そんな人生を送りなさい。

ネイティブアメリカンの教え


ミントはその教えを守って天国へ旅立ったようだね。良い家族たちと過ごせて幸せだったね。


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「パパ、どっち?」
「そっちだよ!」

振り向くと小学校の3.4年生と思われる女の子が、狼狽えた様子でおろおろとしている。
背中を向けて遠ざかる父親が見えた。

「そっちって……」
「だから、そっちだってば!」振り返った父親が、イライラとした様子で人差し指を上下に振った。

作業の手を止めて何を探しているのか声を掛けようとしたとき、売り場を行き過ぎたことに気がついたようだ。

「パパがこっちを指さしたから……」
女の子が一心に商品棚を見つめる。
「だから、そっちだって言ったろ!」

商品を見る女の子の顔が楽しそうであるはずもない。それでも懸命に選んでいる。
「ほら、早くしろ!」遠くから声がする。

あまりにも苦しくて、あまりにもかわいそうで、僕はその女の子の横顔を見つめていた。
「ほら、早く!」

「いい……もういい」女の子は商品棚に背を向けた。
「もういい」父親の方へ歩き出した。女の子はお菓子やおもちゃを選んでいたわけではない。欲しかったのはおにぎりだ。
きっとお腹をすかせていただろうに。

僕の胸は痛んだ。
この記事を書くことさえ躊躇うほどに、僕の胸は潰れた。

仲むつまじい親子を見るのは喜びだ。心和む風景だ。
今日の朝、駅の改札を通った辺りで見かけた親子。母親と手をつなぎ、左手を父親に伸ばし手をつなぐ女の子。それはもう、安心と喜びに違いない。
僕はその光景を見て、頬を弛めた。

けれど、こんな赤の他人のことにひどく心を痛める僕は、かなりおかしいんじゃないかとも思う。

そしてふと思った。母は穏やかな人だったけれど、僕の父親が異常なほどにせっかちな人だったことに。

だから、僕は幼い頃に、何かひどく心が傷つくことに出会ってはいなかっただろうかと。
これはトラウマというほどのものではない。トラウマはそんな生やさしいものではないことぐらい知っている。

けれど、普通ではないと、自分では思うのだ。
幼い子供のことに関して、僕はやはり、尋常ではない。

次々と思い浮かぶ出来事たち。それも、幼い子供が絡む赤の他人の風景たち。

それは前世に遡れば分かるのだろうか。
そして、解決するのだろうか。
僕の心はきっと、悲鳴を上げている。


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「クラリネットを壊しちゃった」じゃないけど、キーボードのとある文字が昨夜から打てないのです。クラリネットをくれたのは誰なのかも打てないのです。

で、今新たに気づいた。カギ括弧の最初も出ない。
だから文字(打てない……)レットから出したんだけどね。

キーボードがおかしくなって、古いのをひ(打てない……)り出して使っていたんだけどそれもついにダメになった。

Microsoft Sculpt Ergonomic Desktop L5V-00022↓↓↓↓
この打ちにくいキーにようやく慣れたころに変になった。愛称マンタだったっけな? 薄(打てません)らいキーボードです。

僕が長年使っていて、よく使うキーの文字がかすれて見えなくなった愛機。
Microsoft Natural Ergonomic Keyboard 4000 B2M-00028↓↓↓↓
他人様の評価は分からないけれど、僕は古い愛機が好きです。(打てない)ームレストに肘をついてもびくともしないし、キーボードに何かを乗せても平気です。

まあ、それだけタッチが軽くないということだけど、前傾姿勢を取ってディス(打てない)レーを見ながら、何かと闘うがごとくにガシガシと叩く僕にはいいキーボードです。

マンタの進化形か、愛機との中間辺りのキーボードがあるといいなあ……。

昨夜は寝ていてたくさん汗を掻きました。そのためにルームウェアーの上にフリースを羽織って、暖ったかモコモコ靴下を穿いたまま寝ました。期待通りでした。

熱が上がって、寝ているうちにたくさん汗を掻く。風邪にはこれが一番だね。
朝には平熱に戻りました。



クリックお願いします。←いつも通りには打ててません( ´艸`)

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一昨日の夜は送別会だった。
人手が足りているので17時過ぎには仕事を終えた。

行きたくない僕は、理由をつけてぶっちした。
でも、結局呼び戻されちゃった。

送別会をキャンセルする男って冷たいですか?
でもね、それはこれまでのつきあいの中で分かってもらえてると思うんだ。

女子なのに、僕の相棒とまで呼ばれたんだし。

相棒と呼ばれたのに、送別会に行かないのはおかしいんじゃない?
いいんだ。また次の機会に気の合う人だけで集まればいいことだし。

23時に終わればいいな、と思っていたけど終わるわけもない。
直通電車で帰りたいな、と思ったけど、帰れるわけもない。
夜は少し寒かった。

ダウンベストを着ていかなかったことを後悔した。
そして僕は睡眠不足の上に、風邪を引いた。

今日は仕事中に寒気がした。
葛根湯とホカロンをそれぞれ別の人からもらって、休憩時間に机に伏せた。
そのおかげか、寒気は消えた。でも、恐ろしく怠い。

でもね、帰ってきてズボンを脱いだ瞬間に、またぞくっと寒気が。
今も寒いです。
咳のしすぎで腹筋も痛いし。

僕はね、若い頃からそうなんだけど、飲み会で仕事の話をするのが大嫌いです。
予想通りの展開だったな。メインが誰だか常に頭に置いておけよ! 独演会ぶっこいてんじゃないよ!

僕が呼び戻されることになってしまった事の顛末の、裏切り者は誰だ! 余計なことをするんじゃない!

さてさて、具合が悪いのでもう寝ることにします。
おやすみなさい。


O'Jays " Back Stabbers "
オー・ジェイズ「裏切り者のテーマ」


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─第2夜─

案内をされてカウンター席に腰を下ろしたのは、小柄で細身の老夫婦だった。
ちょっと首をかしげて案内係を見ると、指で○を作った。ここでいいのだという意味だろう。

「ようこそ、いらっしゃいませ」私は頭を下げた。
「ボックス席の方がよろしいんじゃないですか」念のために訊いてみた。

「いえ、こちらをお願いしたんです」
「そうですか」
ボックス席が満席の時は2.3人の客が案内されたりもするが、ここに座るのは一人客か、馴染みのカップルが多かった。



「いえね、ここには以前お邪魔したことがあるんです。そのときに、遠目でしたがあなたをお見かけしたんですよ」

確かにカウンターバーは、ステージから一番遠い場所にある。カウンターの上で両手を組み合わせたご主人の目は、とても穏やかだった。

「私を、ですか」
「はい。訊いてみたいことがありましてね、それで今夜は来たのです」
「私にですか? はい、何なりと」私は背筋を伸ばした。

「初恋フィズって、ご存じではないですか」ご主人は隣に座る奥さんの方を見る。
「ずいぶん昔に飲んだことがあるんですよ」奥さんは期待を込めた目をした。
「ああ、なるほど」

「どこのお店で訊いても知っている人がいないんです」ご主人が言葉を引き取る。
「で、キャリアのありそうなあなたなら、ご存じじゃないだろうかと思いまして、今夜来てみた次第です」

「そうでしたか。そうですねえ……私自身ご注文を受けたことも、提供したこともございませんが、知っております」
「そうですか!」
「ああ、やっぱりここに来て正解だった」夫婦は砂漠にオアシスでも見つけたように、安堵と喜びの笑みを浮かべた。

「それを、今作れますか」
「はい、かしこまりました。お二つでよろしいですか」
「ええ、ついでに私も飲んでみたいので」ご主人はちょっと恥ずかしそうに笑った。

材料をシェイカーに入れ、シェイクする。ああ、いい音だこと。それにあの細いお髭、クラーク・ゲーブルみたい。ほら、風と共に去りぬのクラーク・ゲーブルよ。奥さんの声がする。

こちらに聞こえていないつもりの自分の話は気恥ずかしい。

タンブラーに移し、ウィルキンソンの炭酸で割る。
軽くステアしてレモンスライスを添え、カウンターに乗せた。

居住まいを正した奥さんは「ああ、確かにこんな色でした」と頷いた。
グラスの縁で乾杯した二人は、感慨深げにそれを眺め、ゆっくりと口をつけた。
「ん? カルピスが入っていますか」ご主人がいち早く気づいたようだ。

「そうです」私は微笑んだ。
「ああー初恋の味ですね」
「そうです。初恋の味カルピスです。カクテルブックに載っているようなカクテルではないですが、私たちと同じような年代の人なら知っている可能性のある名前でしょうね」

同じような年代という言葉に反応したのだろうか、奥さんは、また口に手を当てて、ふふっと笑った。

「今回はややドライなビーフィータージンを使いました。奥様は、ジンフィズをご存じですね」
「はい」
「量を無視して乱暴に言えば、ジンフィズにカルピスをくわえたものが初恋フィズです」
「そうなんですか!」



「ご主人に飲ませてもらったのですか」
「いえ……」奥さんは、ちょっと言葉に詰まった。

「家内の昔つきあっていた人です」ご主人が口を開く。
「その男は、私の友人でしてね。しかし、若くしてガンで亡くなったんです。まだ23歳でした」
「そうですか……若い人のガンは進行が早いと言いますからね」

二人が口を開くのならとことん聞いてやろう。話さないならここで静かに過ごさせてあげよう、と、私は思った。

「ラグビーをやっていた、がたいのいい、気の優しい男でした……今日はね、そいつの誕生日なんですよ。だから、ここに来ました」
ご主人の言葉を噛みしめるかのように、奥さんはゆっくりと頷いている。

「生きていればおじいちゃんなのに、そいつは若いままなんです。それがうらやましくもあり、悲しくもあるんです」

今夜はじっくり聞くこととしよう。3人の思い出話を。


風と共に去りぬ/タラのテーマ Gone with the Wind Tara's Theme


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─第1夜─

この店名がニューヨーク・マンハッタンにあるジャズクラブの名前から取ったことは確かだろう。その名の由来は 「モダン・ジャズ(ビ・バップ)の父」である巨匠・Charlie Parker のニックネーム、 “Bird (バード)” から付けられたようだ。

東京の繁華街にあるこの店の名を、ジャズの名曲「バードランドの子守歌」から連想する客も多いに違いない。
カウンターの中でグラスを拭きながら、今夜も老バーテンダー棚橋慎二朗は客を待つ。

彼は求められれば最高のものを提供することを惜しまない。けれど、何も求められなければ静かに過ごさせることをモットーとしている。

酒を求め、ジャズを求め、彼を求めて、今宵も様々な客がやってくる。




「慎さん、今夜は冷えるねえ」
中年の常連客がひとり、両手をもみながらカウンター席に腰を下ろした。
「ええ、ええ、昼間は暖かでしたが、日が落ちてめっきり冷えてまいりましたね。花冷えでございますね」

「何か体の温まるものをもらおうかな。といってもホットウィスキーとかじゃなくて……あれを飲むとむせちゃって」

体が温まるお酒。

客の要望に応え、私はショットグラスにブランデーを注ぎ、スライスしたレモンをかぶせ、メジャーカップで形を整えた上白糖を乗せた。

リキュールグラスで提供する店もあるが、飲みやすさを考えてショットグラスにしている。どんな形で出そうが、それはチーフバーテンダーである私の自由だ。

「どうぞ」
「慎さん、何これ」
「ニコラシカです」



「どうやって飲むの」
「両端を持ってレモンスライスをきゅっと丸めてください。そして噛みしめて酸味と甘みが広がったときにブランデーを一気に口に入れてください。そして噛みしめつつ飲んでください」

男は言われたとおりにそれを口にした。
「旨い! これ旨いね慎さん」まるで手品の種でも眺めるように、ショットグラスを手の先で回した。

「すぐに体が温まりますよ」
「これなら家でもできるね」
「ええ、ええ、これは単品飲みにも耐えられる、そこそこのブランデーを使っていますが、家でやるときはいいブランデーなんて必要ないのです。安物で充分。ドイツのハンブルク生まれのカクテルです」

「へえ、ちゃんとしたカクテルなんだ。で、今使った銘柄は?」
「ヘネシーのVSです。口中で作るサイドカーとでも言いましょうかね。酸いも甘いも噛み分けて、ブランデーと合わせて飲み下す。まるで人生のようでございましょう?」

店内の一角が明るくなる。本日一回目のステージの始まりだ。

「ああ、今夜は安斎さんのステージなんだね。どうりで客が多いと思った」
「ええ、あの方の時は、平日でも客の入りが違いますね。コンサートを開いても結構な客を集めるそうですから、飲食代だけですむここは、ファンにしては嬉しいでしょうね」
「ステージ周りのボックス席は満員御礼だね」

安斎みずき。
とてもいい雰囲気を醸し出しているジャズシンガーだ。週に一度はこの店のステージに立つ。

Lullaby of Birdland, that's what I always hear when you sigh
あなたが溜息をつくといつも私の耳にバードランドの子守唄が聞えてくる


Lullaby of Birdland「バードランドの子守歌」
森川七月 Natsuki Morikawa 


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バーテンダーを見ると、お決まりですか? そんな目をして微笑んだ。

黒いベストに、嫌みにならない程度に糊の利いたワイシャツ。襟元には長年使い込んだ風情の蝶ネクタイ。髪の大半を白いものが占め、同じ色合いの細い口髭(ひげ)が老練な雰囲気を醸(かも)し出している。

この店を訪ねるのはずいぶんと久しぶりだったが、かつて彼と言葉を交わしたことはない。いつも静かに、客の邪魔をせぬように、必要なときに必要なことを提供するバーテンダーだった。

「ブランコのテキーラは冷えてますか?」
「あいにくと冷えたものはございません。2年前までは冷やしてあったのですが」
昨日や一昨日ならいざ知らず、2年前とはおかしなことを口にするバーテンダーだ。

「じゃあ、グレンフィディックのオンザロックをダブルで。それと、隣にブランコのテキーラのオンザロックと、ライムを半分に切ったものと塩を」

「はい、かしこまりました」
「あ、私も一杯だけテキーラをもらえますか。グレンフィディックはその後でいいです」

ふっと笑ったみずきの息が聞こえる。

「かしこまりました。サングリアはつけますか?」

即座にサングリアと口にする辺りは、やはり手慣れたバーテンダーだ。サングリアと言っても、赤ワインにフルーツを入れたものではない。トマトジュースに唐辛子や塩などを加えものだ。
口に含んだ田舎くさいテキーラとこいつを口中でクツクツとシェイクするとえもいわれぬ芳醇な味になる。

「いえ、同じくライムと塩でいいです。メキシコに?」
私の問いに老バーテンダーは、ずいぶん昔ですがと苦笑した。このやりとりだけで今夜は上等な夜だった。

「どうぞ」隣の席にテキーラとライムと塩を置きながらバーテンダーは軽く頭を下げた。

「早いものです」同じく私の前にテキーラとライムと塩を置きながらバーテンダーが眉根を寄せた。

「今日は命日でしたね」
「ご存じでしたか」私は思わず、カウンターに身を乗り出した。

「ええ、私も密かにあの方のファンでしたから。あの人の歌はよかった。魂と……なんと言いますかね、人の心の根幹を揺さぶりました。だから、あなたのこともよく存じ上げているのですよ」

「あぁ、私を知っていたんですね。でしたら悔やみ酒で一杯だけおつきあいしていただけませんか」
「飲み過ぎはダメよ」即座にみずきの声がする。私は左の頬だけで笑ってみせた。

ベストのポケットから金色の懐中時計を取り出したバーテンダーは、はい、と口元を引き結んだ。掟破りですがと。

バーテンダーが自ら入れたアルマニャックのグラスと、目尻の辺りで乾杯をする。
「では遠慮なくいただきます。乾杯」バーテンダーはカウンターに置かれたみずきのテキーラに軽くグラスを合わせた。



「本当に早いものです。もう2年が過ぎてしまいました」
吐息のような言葉を吐いてテキーラのグラスを回すと、カランと音がした。

バーテンダーは誰もいないステージに顔を向けた。そして、そこで歌っている人を見るようにきゅっと眼を細めた。横顔がボトル棚の光りに照らされて、細いシルエットになった。

「あの方はね、あなたがお見えにならない日はいつもこれを飲んでいました。ステージの終わった後に、よく冷えたテキーラにライムに塩。背中を丸めて、ぽつねんと、どこか寂しげにね」

そのときようやく、2年前までブランコのテキーラを冷やしていたという意味に気がついた。

「そうでしたか……昼間は仕事をしているから気にならないんですが、夜になると、もうどうしていいのか分からないぐらいに辛いんですよね」
「分かります。ご結婚は?」
「いえ、まだです」
老バーテンダーはふむ、と息を吐いた。

「もう一度あの人の歌が聴きたいものです」バーテンダーは再びステージを見た。



「聴きたいです。夢でもいいから聴きたいです。あんなにも近くにいた人が、もう手の届かないところにいるなんて。失って初めて気づくなんて、愚かしいことをしました」

「分かります。私も聴きたいです……みずきさんの歌が」

バーテンダーの声に隣を見た。減らないテキーラ、囓られることのないライム、何かが存在するはずなのに、大切な誰かがいない空虚な空間。

その席にそっと手を乗せた。温もりのないレザーチェアーの感触だけが、左の手のひらを押し返してきた。

「みずき、飲みなよ。ほら、な、飲みなよ」
声はもう、返ってこなかった。

─FIN─

ルパン三世・愛のテーマ/EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX



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