「魔法の指輪? 透明人間?」
「ほら、ここを回すとさ、指輪をしてる人間が周りから見えなくなるんだよ。だから人前でやっちゃダメだよ。瞬間的に消えてなくなるから事件だよ。戻すときは逆に回すんだ。当然だけど、これも人前でやっちゃったら事件だ」
凄い秘密を打ち明けるみたいに小声になったホームレスがおかしくて、博之は付き合ってみることにした。
「じゃあさ」思い切り声をひそめた。「物も盗めるの?」
「ん?」ホームレスが耳に手のひらを当てた。声が小さすぎたようだ。
「も、の、も、盗めるの?」
「うんうん、お安い御用さ。それを手にした瞬間にそのもの自体も他の人から見えなくなる」
「へえ」
「だってそうじゃないとバレちゃうだろ?」
「バレる?」
「盗んだものがぷかぷか宙を移動してたら変だろ」
「ああ、なるほど。じゃあなんでおじさんは使わないの」
「俺はさ、こう見えても善人なんだよ。この姿になる前は、天使だったんだから」
ウィンクをしたホームレスの顔がおかしくて、博之は声を立てて笑った。
「天使が盗みを許しちゃダメなんじゃないの」
意味ありげに笑って首を傾げたホームレスは、あ、そうだとばかりに言葉を足した。
「それ、3回しか使えないから。時間は30分ともたない」
薄暗い路地に入り指輪を回してみた。消えやしない。博之はくたびれた靴を履いた自分の足元を見てふっと笑った。お茶目なホームレスだ。
けれど異変はすぐに起きた。商店街の向こうから歩いてくる人たちが、誰も博之を避けないのだ。もしもこの状態で渋谷のスクランブル交差点を渡ったら、事故が続発するに違いない。
試しに小さなケーキ屋のショーケースを覗く女性の近くに立ってみたが、気づく気配がない。
さらに近くに寄ってみた。女性は変わらずケーキに見入っている。息がかかるほど近くにいるというのに。
一回目は使ってしまった。残るは2回。
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