「大変!」
上ずった枝野みゆきの声に全員が顔を上げた。
年齢は一つ上だが、彼女は博之の三年先輩に当たる。
「関根君じゃないんでしょ? あたしが男だったら言ってやるのに!」
先日上司に、ありもしないことで叱責されたとき、彼女は博之の腕をつかんでそう言った。
入社当時の教育係ではなかったが、なにくれとなく世話を焼いてくれる、数少ない味方だった。
「お具合でも悪くされましたか」
「いえ、いつも通り家を出ましたが」
そんな会話がされたのだろう。
家人からの知らせが入ったのは夕刻だった。
「死んじゃったって」枝野みゆきの声は呟くようだった。
翌日、会社の同僚何人かと通夜の斎場へ向かった。損傷がひどかったのだろうか、先に荼毘に付されたと聞いた。
普段の生活では乗ることもない私鉄電車は、陽が落ちて暗く沈む河を渡った。
「自殺するような人には見えなかったよな」
「押されたんじゃないの、誰かに突き飛ばされたたとか。恨みを買ってたんじゃないの」
「だったら事件になってるよ」
「だよな。だとしたらめまいでも起こしたのかな。でもさ、自殺だったらとんでもない賠償金を取られるってきいたことあるけど」
「実質はそうでもないらしいよ。残された家族は悲しみに沈んでるんだしさ」
「まあ、自業自得っちゃ自業自得かもな。やなやつだったし」
「めったなことを口にするもんじゃないよ」
「俺、死んだらなんていわれるんだろうな。こええし」
「人一人が死んでこの会話、怖いよね」枝野みゆきが眉を曲げた。
上司の奥さんと子供を初めて見た。憔悴しきった様子の奥さんと、まだ小学生の女の子。
あの人も家庭を持っていたんだな。裕之は写真に手を合わせた。
あんたの言葉で、どれほど傷ついたろう。くそったれと何度呟いたろう。この世からいなくなればいいと、どれほど願ったろう。
でも今は、物言わぬ人になってしまった。自業自得って、なんだろう。顔を上げた博之は上司の写真を見た。
Manhattan Transfer - Twilight Tone
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