あることが必ず起きると確信して行った行為は間違いなく「故意」であるが、状況から考えて行為と結果の間の因果関係が100%でない場合は、一般人的な考えでは「故意」とは言い難い。そこで出てくるのが「未必の故意」である。
行為の結果が生じる可能性が100%でなくても、0%でないという認識があり、結果が生じることを期待して行った場合は「故意」が証明されなくても「未必の故意」と認められ、「故意」に準じた扱いがなされる。
─ニコニコ大百科より─
ニュースでよく耳にするのは『殺すつもりはなかった』という犯人の声です。
ナイフで刺しておいて『殺すつもりはなかった』とは、どういう了見だ⁉
そう思いませんか。
殺すつもであったら、明らかに「殺人罪」に問われます。
そのつもりはなかったと認められれば「未必の故意」になる。
この差は大きい。
侮辱されて、頭にきて殴ったら相手が死んでしまった。
これは「未必の故意」だ。
まさか死ぬなど予想外だから。
これとは別に『過失』というものもある。
「死ぬかもしれない」とは思いながらも「まさかそんなことになるはずはない」と考えてその行為を行った場合は、「過失」とされます。まさかと否定していても、死ぬかもしれないという「認識ある過失」ですね。
なんでこんなことを書いているかというと、今日、ふと思ったのです。
僕たちは、「未必の故意」を、過去に幾度か犯しているのではないかと。
それはもちろん、罪に問われるほどのことではない。
相手の体を傷つけたり、命を脅かしたりなどの暴力的な事柄とは遠く離れているから。
だから、認識していないことたちが、あるのではいなだろうか、と……。
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