昨日の続き。
小休止をするため文庫本を閉じて周りを見る。黄色く、赤く、葉が色づいている。枯れ葉が一枚なんの風情もなくまっすぐ落ちて、カサっと音を立てた。
この陽気は小春日和と呼んでもいいのかな。12月も後半になるとそう呼べなくなるからいいのかも。気象予報士が言わなくたっていいや。ひとり小春日和だ。
足元を見る。やや前方にカメムシだ。止めた自転車の後輪あたりを左から右へ歩いて行くクサギカメムシ。
それを、やーなものを見る目でじっと見つめる僕。
Wikipediaより拝借 突如カメムシは立ち止まった。
「なに?」カメムシが尋ねた気がした。
「いや、な……なんでもないよ」僕はおどおどとする。
「なに?」
ネジネジと90度角度を変えて右前方から歩いてくる。その距離およそ1メートル。僕に向かっているわけじゃないから、まあいいけど。
たんぽぽの葉をよじ登り、僕の座る熊本城の武者返しよりきつい植え込みのコンクリートを楽々と登ってくる。よく落ちないもんだな。
ん、このまま登ってきたらまずいんじゃないの。
おいおい、やめてくれよ。
ダメだって! 来るなって!
僕の願いが届いたのか、クサギカメムシは向こう側の面に歩いていった。よしよし。
それでも気になる僕は、そこをじっと見ていた。
そういえば、カメムシ大量発生って何かで見たような記憶があるな。よく考えてみれば、東京でカメムシを見るのは初めてのような気もする。
「なに?」
うぉ!
あろうことか向こう側から顔を出した。
そのまま真っすぐ僕の座る場所へ向かってくる。
僕は必死でカメムシの前で四本指の爪を立ててコンクリートを叩く。けれど、まったく気にするようすがない。
ズンズンと迫るカメムシに、ついに僕は立ち上がった。ダメだって! 来んなって!
だけど指先で弾くなんてことはできない。座っていたクッションシートの端でカメムシを軽く弾いた。
着地したアオギリの木の植わった土の上を、まったく気にする様子もなく歩いて行くカメムシ。
何考えてんだかわかんないけど、カメムシ強っ!
日差しが木々に隠れ、僕は場所を移動してまた文庫本『その日のまえに』を開いた。
余命──それはとても残酷な宣言だ。
けれど、と思う。世の中には余命も知らされず、突如命を終わる人が多いのではないのかと。
僕だったらどうだろう……。
病を得たなら、やはり余命は知りたい。身辺整理もしたいから。
その時僕は気づいた。頭のなかで流れるピアノの旋律に。
タイトルを忘れてしまっている曲を探すのは大変だ。
口ずさんで尋ねてみる人が近くにいるならまだしも、不可能に近いことだ。
クラシックだ。なんだっけ、誰だっけ、ショパンだったかな。
それが手がかりで早く見つかった。
ショパン:即興曲第4番 嬰ハ短調 「幻想即興曲」op66
森本麻衣 Wikipedia アメーバブログ VIDEO 即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66は、ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンが作曲したピアノ曲である。 ショパンの4曲の即興曲のうち最初に作曲され、ショパンの死後1855年、友人のユリアン・フォンタナの手により『幻想即興曲』(Fantasie-Impromptu)と題して出版された。 ショパンの作品のなかでもっともよく知られる作品のひとつである。 ─Wikipediaより─
ショパンの『幻想即興曲』
いろんな人の演奏を聴いてみたけど、この人のピアノが一番しっくり来るかな。
自分の期待するリズムとずれがない。いい人見つけちゃったな。
いかにも、ほらほら速弾きうまいでしょ! って感じは聴いてて息苦しいから嫌だ。
人はそれぞれリズムを持っている。それが合えばしっくりくる。
それは会話でもそうだろうし、命だってそうなんだろうな。
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