風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -43ページ目
色はそれぞれ固有の波長を持っている。その波長の長短で色は決まる。

けれど、それを持たない色がある。
馴染みの深いマゼンタ(ピンク)がそうだ。この世に存在しない色。波長のない色。



ピンクは赤と青(紫)の光を混ぜた色。波長の両端を同時に見ると生まれる、神が作り忘れた忘却の色。

可視光線はすべての色の源。けれど、光さえあれば色が存在するのではない。
色は“光”と“視覚”と“脳”が見せる幻想だから。

この世は幸福色のマゼンタの存在しない世界。
あの日の君のように、モノクロームに沈む世界。

だからこそ、ひっそりとしっかりと自分で作る色。
神を超えて作る色。


池田聡/モノクローム・ヴィーナス



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今夜は月を見つけられなかったけど、昨夜の月は、ややふっくらとした半月だった。東の空低くオレンジがかった月があった。
建物の間から不意に見えた姿に驚いた。

でかっ! こ、怖っ!

月を怖いと思うなんて珍しい。どうしてなんだろう。
そしてまた見えた。

でかっ! こ、怖っ!

立ち止まって見ていて気がついた。この月、どうも長いぞ。
目をぎゅっと小さくした。
あ、そんなに大きくない。

僕の乱視は縦にぶれていたのか、と今更ながらに気がついた。
1.5倍ぐらいに見えていたのだ。僕は、人の1.5倍ぐらい驚いていたのだ。
看板で試してみた。ぎゅっとまぶたを小さくすると縦に縮む。

おいおい、乱視が更に悪くなったんじゃないのか。だからといって人の顔が長く見えたりはしないだろうけど。

低くかかる月が赤っぽく見えるのは、どう考えても夕日が赤いのと同じ原理だろうね。
光が通過する大気層が長くなるから、波長の長い赤が勝つんだ。

だから、天空高く昇る月は白い。
通過する大気層が短いから偏った色にならないんだね。

でも、月が青いってどういうことを言うのだろう。
けっして青くなんて見えないし……。

薄暗くなると青みが勝つのは……なんて現象だったろう、忘れちゃったな。調べている時間もない。
確かに、夕方になると青系のものがはっきり見えて、赤系のものは沈んで見えるんだよね。

そのことなのかな。
それともそれとも、月の周りが青っぽかったりするのかな。

それって、青空ができる理由と同じなのかも。
波長の短い青が大気中のチリや水蒸気で跳ねてるから。
月は青空を作ろうとしているのかも。

調べている時間がないと、どうにも推測になってしまうな。
でも、半分くらいは当たっているかな。


いい歌だなと思ったら、竹内まりやの作詞作曲だった。
うんうん、ふとしたフレーズで確かにわかる。

じゃじゃ馬娘と鳴らした日々も

「日々」の音の選び方は明らかに竹内まりやだ。

しかし、ある一定年齢以上の皆様には、なんともいえぬ違和感を感じる名前。

何を言う~~~早見
やめとこ、某お方に特許で訴えられたらかなわん。


早見沙織「夢の果てまで」



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電撃文庫は日本最大のシェアを誇るライトノベルのレーベル。豊富かつ安定した作品の供給を行い、メディアミックスをあらゆる分野で行うなど貪欲な経済活動が特徴。

電撃文庫レーベルの文庫本がメインだが、電撃の単行本としてハードカバーの作品もリリースしている。その他にもB6ワイド版のビジュアルノベル本もある。
自前の新人賞に電撃小説大賞がある。


─ニコニコ大百科より─

なるほど、ラノベ系なんだろうとは思っていたけど、やっぱりそうだったか。

なぜこんなことを書いているのかというと、有川浩の『塩の街』を読み始めたからだ。
彼女は電撃文庫の出身のようだ。そう、これは電撃小説大賞を受賞している。



僕が絶賛した七月隆文も電撃文庫でデビューしているけれど、大賞は獲っていないようだ。

読み初めてすぐに気がついた。視点がぶれていることに。これはもっともやってはいけないことだ。

『レインツリーの国』を読んでそれは感じなかったから修正されてきたんだろう。

それとも、である。
それは最初の章だけの話かもしれない。まさかまさかで、そこにすごい秘密が隠されているのかもしれない。

最後までこの状態だったら、僕は電撃文庫の編集者を罵倒しなければならない。

どうしてこんな状態で世に出すのだ。編集者は何をやっているのだ。
作家愛はないのか。読者愛はないのか。
そんな編集なら、辞めてしまえ! プロの資格なんてない!

それとも、若者向けだからいいというのか!
そんなものを読ませていたら、若者たちが文章馬鹿になるじゃないか!
あんたたち、佐藤正午を読みなさい、と。

ただ、『塩の街』のストーリーは面白そうだから読むけど。
さて、レビューは絶賛かこき下ろしか。

以前も書いた気がするけど、僕の一日の読書時間は帰りの電車の15分だけだ。
休みの日に公園でする読書に、活字中毒の僕が全力投球をするのはそのためだ。

部屋で読めばいいんじゃないの?
いえいえ、そんな時間の余裕はないのです。

Amebaの皆さんは気がついているはずです。
時間がないゆえに、僕がめったに訪問できない不義理男だということに。


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全能者は自ら全能であることを制限し、全能でない存在になることができるか。

全能者は「重すぎて何者にも持ち上げられない石」を作ることができるか。


この問いかけの意図はこうだ。

そのような石を作れないなら全能ではない、それを作って「持ち上げられない」のなら全能者ではないことになる。

パラドックスにいちゃもんを付けるのはどうかと思うけれど、この考えには大きな間違いがある。
神は何かを持ち上げる手を有している、という勘違いだ。

何者も持ち上げられない石を作ることはできるだろう。
それを、手を使わずして持ち上げることも容易いはずだ。
神は「ひと」ではないから。

宇宙を誰かが持ち上げられるだろうか。問うまでもない。
神ならばどうだろう?

できるはずだと僕は思う。
神は宇宙の中ではなく、外にいるはずだから。

けれど、宇宙の中にもいる。
僕達一人ひとりの中にも。


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昨日の続き。

小休止をするため文庫本を閉じて周りを見る。黄色く、赤く、葉が色づいている。枯れ葉が一枚なんの風情もなくまっすぐ落ちて、カサっと音を立てた。

この陽気は小春日和と呼んでもいいのかな。12月も後半になるとそう呼べなくなるからいいのかも。気象予報士が言わなくたっていいや。ひとり小春日和だ。

足元を見る。やや前方にカメムシだ。止めた自転車の後輪あたりを左から右へ歩いて行くクサギカメムシ。
それを、やーなものを見る目でじっと見つめる僕。


Wikipediaより拝借

突如カメムシは立ち止まった。
「なに?」カメムシが尋ねた気がした。
「いや、な……なんでもないよ」僕はおどおどとする。

「なに?」
ネジネジと90度角度を変えて右前方から歩いてくる。その距離およそ1メートル。僕に向かっているわけじゃないから、まあいいけど。

たんぽぽの葉をよじ登り、僕の座る熊本城の武者返しよりきつい植え込みのコンクリートを楽々と登ってくる。よく落ちないもんだな。

ん、このまま登ってきたらまずいんじゃないの。
おいおい、やめてくれよ。
ダメだって! 来るなって!

僕の願いが届いたのか、クサギカメムシは向こう側の面に歩いていった。よしよし。
それでも気になる僕は、そこをじっと見ていた。

そういえば、カメムシ大量発生って何かで見たような記憶があるな。よく考えてみれば、東京でカメムシを見るのは初めてのような気もする。

「なに?」
うぉ!
あろうことか向こう側から顔を出した。

そのまま真っすぐ僕の座る場所へ向かってくる。
僕は必死でカメムシの前で四本指の爪を立ててコンクリートを叩く。けれど、まったく気にするようすがない。

ズンズンと迫るカメムシに、ついに僕は立ち上がった。ダメだって! 来んなって!
だけど指先で弾くなんてことはできない。座っていたクッションシートの端でカメムシを軽く弾いた。

着地したアオギリの木の植わった土の上を、まったく気にする様子もなく歩いて行くカメムシ。

何考えてんだかわかんないけど、カメムシ強っ!

日差しが木々に隠れ、僕は場所を移動してまた文庫本『その日のまえに』を開いた。

余命──それはとても残酷な宣言だ。
けれど、と思う。世の中には余命も知らされず、突如命を終わる人が多いのではないのかと。

僕だったらどうだろう……。
病を得たなら、やはり余命は知りたい。身辺整理もしたいから。

その時僕は気づいた。頭のなかで流れるピアノの旋律に。
タイトルを忘れてしまっている曲を探すのは大変だ。
口ずさんで尋ねてみる人が近くにいるならまだしも、不可能に近いことだ。

クラシックだ。なんだっけ、誰だっけ、ショパンだったかな。
それが手がかりで早く見つかった。

ショパン:即興曲第4番 嬰ハ短調 「幻想即興曲」op66
森本麻衣 Wikipedia アメーバブログ



即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66は、ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンが作曲したピアノ曲である。

ショパンの4曲の即興曲のうち最初に作曲され、ショパンの死後1855年、友人のユリアン・フォンタナの手により『幻想即興曲』(Fantasie-Impromptu)と題して出版された。

ショパンの作品のなかでもっともよく知られる作品のひとつである。

─Wikipediaより─

ショパンの『幻想即興曲』
いろんな人の演奏を聴いてみたけど、この人のピアノが一番しっくり来るかな。
自分の期待するリズムとずれがない。いい人見つけちゃったな。

いかにも、ほらほら速弾きうまいでしょ! って感じは聴いてて息苦しいから嫌だ。

人はそれぞれリズムを持っている。それが合えばしっくりくる。
それは会話でもそうだろうし、命だってそうなんだろうな。


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生と死、そして家族の幸福の意味を問う。
男女が出会い、夫婦になり、家族をつくって、幸せな一生なのか。消えてゆく命の前で、ただ静かに妻を見送る父と2人の息子たち。
─あらすじ─



僕たちは「その日」に向かって生きてきた―。昨日までの、そして、明日からも続くはずの毎日を不意に断ち切る家族の死。消えゆく命を前にして、いったい何ができるのだろうか…。

死にゆく妻を静かに見送る父と子らを中心に、それぞれのなかにある生と死、そして日常のなかにある幸せの意味を見つめる連作短編集。

─「BOOK」データベースより─

「生きること」と「死ぬこと」、「のこされること」と「歩きだすこと」を、まっすぐに描いてみたかった。
─著者あとがきより─

○ ひこうき雲
○ 朝日のあたる家
○ 潮騒
○ ヒア・カムズ・ザ・サン
○ その日のまえに
○ その日
○ その日のあとで

7篇からなる連作短編集。
最初の2篇は、正直あまり面白くなかった。まだ読んでいない違う文庫本にすればよかったと後悔したぐらい。

『潮騒』から引き込まれていった。じわじわと涙が視界をぼやかす。もちろんうつむいて本を読んでいるから涙がレンズに落ちたら面倒だ。メガネケースにはメガネ拭きが入っているけど、普段は使わないから。

心理描写のうまい作家さんだろう。いるいる、こんな人いる、と頷いてしまう登場人物も多い。

おすすめ度は中くらい。
重松清の名作はもっとあるから。
多作な作家さんになるだろう。そのせいなのかどうなのか、強いインパクトには欠けるかな。
けれど、いいテーマだった。

小休止で文庫本を閉じ、缶コーヒーを飲み、タバコに火をつける。
景色を眺め、思いを巡らす。

そのとき、僕の頭のなかでピアノの旋律が流れていたことに気がついた。
これは、なんて曲だったろう。

つづく。


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日本人にとっては、ビートルズより馴染みが深いのがベンチャーズではないだろうか。もちろん世代にもよるのだろうけれど。

結成から50年以上経過した現在でも高い人気を誇るおじさんバンド。日本に空前絶後のエレキギターブームを巻き起こし、彼らの虜になった青少年たちがその後の日本のポピュラー音楽を担うことになった。

そういう点でいわば日本の音楽を形作ったといえるバンドである。 また、渚ゆう子の「京都の恋」、和泉雅子&山内賢の「二人の銀座」、欧陽菲菲の「雨の御堂筋」などを作曲したことでも知られ、日本の歌謡界に与えた影響も大きい。
2008年に本国アメリカでロックの殿堂入り。2010年には旭日小綬章を受賞した。


─ニコニコ大百科より─

The Ventures/ Diamond Head + Caravan


メンバーの入れ替わりはあるものの、今現在も活動を続けているベンチャーズ。


この頃のちっちはまだ子供だ。なのにものすごく上手い。


そんなちっちはセーラー服少女になった。いまはどうだろう。成人したかもしれない。


ちっちバースデーライブ


村下孝蔵も弾いている。


これが、ベンチャーズだ。

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日付が変わってしまったから昨日になるけど、文化の日は亡き兄の誕生日だった。
今頃あの世で何をやっているんだろう。父や母とはちゃんと会えたんだろうか。

僕が思い出しているということは、直ぐ側に来ているのかもしれないけど。

随分と大変な人生を歩んだんだな、と思う。最後は孤独死だったしね。

飲んだくれと切り捨ててしまえば簡単なのだろうけれど、飲まずにはいられなかったんだね。
それを弱いと言ってしまえば身も蓋もないかな。

ここに来たよね。僕の部屋に。東京で働くといって、何故か上京してきちゃった。

ペペロンチーノを作ってあげたら、美味しいと言って口の端から床にポロポロこぼしてた。
もう、壊れかけてたんだよね。

最後にさ、羽田空港で怒ったことを苦く思い出すんだ。鳩が豆鉄砲を食ったような目をしてた。それはそうだ、なんでも言うことを聞いていた弟に怒られたんだから。

あの世に還ってさ、人生は振り返ったのかな。それでもいいんだよって、やさしく歌ってもらえたのかな。

兄貴の歳はとっくに追い越しちゃったよ。

僕は時々、カズフミ、カズフミって呼びかけることがあるんだ。
抱きしめたくなる時があるんだよ。

奇跡が起こるならもう一度だけ、一緒に酒を飲みたいんだ。


ROBERTA FLACK / Killing Me Softy With His Song
ロバータ・フラック/やさしく歌って



Strumming my pain with his fingers
Singing my life with his words
Killing me softly with his song
Killing me softly with his song
Telling my whole life with his words
Killing me softly with his song

彼の指は胸の痛みをかき鳴らす
なぜなら 彼の言葉は私の人生そのものを歌っていたから

彼の歌はこの胸を締め付ける
やさしく私を殺してゆく

彼の歌はこれまでの私の人生のすべてを語っていたから
彼の歌の虜になっていく私がいる

*内容はハズレてはいませんが、訳詞としては参考にしないでください。そんなのわかってるか(^▽^;)

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寄り添うために必要なのは針を寝かせること。それがお互いのため。そんな簡単なことは、ハリネズミだって知っている。

世の中にはそれができない大人たちがいる。人を傷つけて平気なひとがいる。
嘆かわしいことだ。

そんな奴らは、これでも喰らえ!
って、そんな人間が僕のブログを読んでいるはずもないか……。

秦 基博 / 70億のピース



作詞 / 作曲 秦 基博

遮断機の向こう側 途切れる景色に
今朝のニュースが ふと よぎった

歩き出せば 消える 他人事(ひとごと)の悲劇
なんとなく 君と また 手をつないだ

愛の歌が届かない 暗い闇もあるの

70億のピースが 描き出す 世界のパズル
誰かと隣り合えた意味
かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても
でも 互いが 離れないよう 寄り添えるんだ

半径5メートルも ままならないまま
日々は続いてる あやうく

あの映画みたいに 小さな幸せが
拡がればなんて やっぱ 綺麗事かな

その横顔 閉じ込めたくて カメラを向けた

無邪気な君のピースサイン いつも僕を照らす光
明日もここで生きてく意味
かたちの違う僕らは 近づくほど 傷つくけど
でも 互いの 温もりにも 気づけるんだ

70億のピースが 描き出す 世界のパズル
誰かと隣り合えた意味
かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても
でも 互いが 離れないよう 寄り添えるんだ


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マスコミというのは、人々が食い付くのは、暗い、悲惨なニュースだと信じ込んでいるのだろうか。

それとも、僕の思いとは裏腹にその考えが正しいのだろうか。だとするなら、なんと悲しいことだろう。

このテーマについては、Amebaに来る前から何度も書いてきたような気がする。

僕は暗いニュースなんて見たくない。悲惨なニュースなど耳にしたくはないのだ。
だからといって、理想ばかりを見て現実から逃げているわけではない。

しかし、すべてのマスコミがそれ一色で埋め尽くされてゆくさまは、狂気としか思えないのだ。

今はどうだろう。明るいニュースといえば、せいぜいが上野のシャンシャンぐらいではなかろうか。



すべての新聞、すべてのテレビ局が気づくときだろう。みんながみんなそれを望んでいるわけではないことに。

一日に数時間、一局だけでも、心温まるニュースだけを流し続けたら素敵なことだと思う。
採算度外視を考えれば、それはNHKになるのだろうか。

でも、民法でやれたらそれに越したことはない。若い人はNHKなんて見ないだろう。僕だってチャンネルを合わせることは殆どないのだから。



もしも世界が心温まるニュースで溢れたら、この世界はもっとやさしくなるはず。


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