風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -139ページ目


「おやっとさぁ(お疲れさま)ごわす。おいは明後日の第2次総攻撃に決まりもんした。先に靖国に行っとっで、杉浦さぁ(さん)も、きばいやったもんせ(がんばってください)。冥土への道には迷わんようになぁ」


昭和20年4月6日、『皇国の興廃はまさに此の一挙にあり』という、かの有名な連合艦隊指令長官の訓示を受けて、15:20戦艦大和は水上特攻部隊の旗艦として徳山港を出港した。

海軍の立てた計画は、4月6日と7日の第一次航空総攻撃で打撃を与え、戦艦大和が敵の上陸海岸に攻撃を仕掛けつつ、沖縄を守る第32軍が敵を海に追い落とすというものだった。制空権を失い、火力兵力の圧倒的な差から明らかに無謀な作戦だった。陸軍は総攻撃と呼び、海軍は菊水作戦と命名した。

重油の枯渇により、大和は片道の燃料しか積み込んではいなかったとされている。沖縄を往復するための4000トンに対して、軍令部は2000トン以内としたからだ。
が、その命令を現場の軍需部は黙殺した。武士が刀を抜き去った時、すでに刀を収めるべき鞘(さや)を捨てるという行為を、現場はさせたくなかったのに違いない。空タンクに残っている重油を手押しポンプを使って必死で揚げて、大和に搭載したのだ。
しかし軍需部の願い空しく、大和は出港の翌4月7日午後、米艦載機386機の波状攻撃を受けて沈没した。


鳴海は粗末な布団から起き上がった。奇妙な浮遊感と共にめまいが遅う。

「冥土に行く時は、親しかった誰かが迎えに来るそうだ」
「じゃったら、おいが迎えに行きもんそ。三途ん川の手前までなぁ」髭面が笑った。
「短い間じゃったが……」差し出された外園の手を握った。
「おいどんたちは最後まで戦友じゃっでな。時は違えどお国のために見事に散りもんそ。こいまであいがとさげもした(これまでありがとうございました)」
にこやかな顔だった。彼らは本気で、崖っぷちの日本を守ろうとしたのだとその表情から伺える。
「サチは」
「あぁ、もうあん娘(こ)らは帰ったど。杉浦さぁ、熱は下がりきらんでも、明日は富屋食堂でしょちゅ(焼酎)でん飲みもんそ。最後のだいやめ(晩酌)じゃ。トメさんにお別れもせんばならんでな」


               ☀☀☀


「寒くないかいすみれ。雪は止んだよ」
白い布の盛り上がりから、その手が胸の辺りで組まれていることが分かる。経過時間からして筋肉はすでに硬直しているだろう。
何度もそばまで手を寄せたが、その手に、その体に触れることは、やはり出来なかった。冷えた硬いすみれの体をこの手に覚え込ませることはどうしても出来なかった。
柔らかな温もりだけを記憶しておくことが、すみれの供養になると思えた。それこそがすみれだったから。
さよならをしないままいなくなってしまったすみれ。明日は楽しみにしていたお休みだったのに、あのスーパーの100円ショップやゲームコーナーに、すみれの笑顔が弾けることは2度とない。

2年前からではなく、きっと生まれた時から、自分は父親失格だったのだ。それをすみれが伝えてきた事故死だったのだ。

「鳴海さん、まだ熱が下がっていないのでおやすみになったほうがいいですよ」看護師の声がした。


               ☀☀☀


腹に響くエンジン音がとどろき、プロペラが巻き起こす風が耳当てを揺さぶる。翼に乗ると狭い操縦席に桜の小枝が飾ってあるのが見えた。それを口にくわえ、操縦席に乗り込んでからそっと膝の上に乗せ、結ばれていた紙を解いた。


君死にたまふことなかれ

またお会いしたいです。
杉浦中尉殿 それまでお元気で 中村佐智


与謝野晶子か、鳴海はふっと笑った。それにサチは中村佐智という名だったのか。しかし、死にゆく者にお元気でとは。
またお会いしたいとはどういう意味だろう? 杉浦の実家があるという東京に墓参に行くということだろうか。それとも靖国神社だろうか。杉浦という人物と中村佐智はこれまでどんな会話を交わしてきたのだろう。

夢から覚めればすみれのいない現実が再び待っている。妻の早紀にもそれを伝えなければならない。隼の機内には、少女たち手作りのマスコット人形が揺れている。鳴海は青く染まった知覧の空を見上げた。


「杉浦中尉殿、今までありがとうございました。ご武運を祈ります!」引き結んだ唇をぷるぷると震わせる整備兵に手を差し出した。遠慮がちに握り返してきたその手は、ごつごつとしていた。
「こちらこそありがとう。隼の調子はどうですか?!」エンジン音に負けないように鳴海も大声を出した。
「最高であります!」
「ありがとう。感謝します!」
プロペラが巻き起こす風によろめきながら、翼の上で整備兵が敬礼をした。鳴海も敬礼を返した。

外ではハンカチが振られる。ゆっくりと、あるいは小刻みに。中には盛りを過ぎた桜の小枝を手にする者もいる。もんぺ姿の知覧高等女学校の生徒でつくる『なでしこ学徒隊』だ。彼女らは校章の撫子からその名前を付けたそうだ。

鳴海は日の丸が描かれた鉢巻きを両手で引き絞った。兵舎を受け持った少女たちの名前が書かれている血染めの日の丸だった。彼女たちは小指を切り、滴る血で日の丸を描き、めいめい名前を書いた。
中村佐智。体に似合わずひときわ大きい朱文字が目に入った。それを額に当てぎゅっと締めた。

整備兵が帽子を回す。隼がゆっくりと風に向かって滑走を始めた。スロットルを全開にした機はゆるゆると滑走路を走る。横一列に並ぶ彼女らの中から、二歩、三歩とつんのめるように、小柄な姿が走り出た。
佐智だ。左手で口元を押さえ、千切れるほどにハンカチが振られている。鳴海は隼から敬礼をした。

「さよなら!」右手を挙げ、鳴海は微笑んだ。
隼の翼に追いすがるように小さな体が走ってきた。
「ダメじゃっち! ダメじゃっち!」隼の翼の後ろを併走する佐智。
「さよならは、ダメじゃっち!」
「佐智! 危ないぞ!」鳴海は声を張り上げた。
つまずいて、どうと倒れたその姿を置き去りにするように、滑走路を走る振動が薄れ、やがて伝わってこなくなった。隼は地上を離れたのだ。

沖縄までの距離は650キロ、飛行時間は2時間あまり。向かう先に薩摩富士と呼ばれる開聞岳(かいもんだけ)が見える。鳴海は身を乗り出すように後ろを振り返った。兵舎の上によじ登り、多くの女学生がまだハンカチを振り続けている。その中に佐智を探したが見つけられなかった。
左に遠ざかって行く開聞岳を、鳴海は何度も振り返った。大隅半島から先は海原だ。点在する島々が時折見えるだけで、これが最後の九州の地になる。

眼前には春の東シナ海が広がっている。もう地上へは戻れない。二度とこの足が大地を踏むことはない。海で泳ぐことも、飯を食うことも、布団で眠ることもない。いや、しかしこれは夢なのだ。

隼の操縦桿を握りしめ、「と号空中勤務必携」を暗唱する。
「─衝突の瞬間─頑張れ神も英霊も照覧し給うぞ 目などつぶって目標に逃げられてはならぬ 目は開いたままだ」
「と号」とは特別攻撃隊を意味する。機体もろとも敵艦に突撃してゆく兵士に目をつぶるなとは……。

               ☀☀☀


病室に行くと、ひとり部屋の静かな空気に溶け込むように、早紀は目を閉じていた。そばまで歩み寄りその顔を見つめた。意識が戻ったらなんと言えばいいのだろう。

すみれとの対面を終え病室で少し休んだ。その間に考えを巡らせたが、言葉は堂々巡りをするばかりで伝えるべき姿を現すことはなかった。
すみれが死んだことを早紀は噛み砕き、受け入れるだろうか。その葬儀にすら出られないことを納得するだろうか。窓の外は先ほどまでちらついていた雪が止み、濃淡を織り交ぜた灰色の空が広がっていた。

「あなた」妻の声に鳴海は不意を喰らった。
「ごめんなさい。あたしのせいで」
「いや、無事で何よりだよ」
「すみれはまだ治療中だそうです。まだ子供だから急激な加療はできないらしくて、時間がかかるそうです。様子を見に行くことはできるのかしら」早紀の声はか細く、その頬はやつれたように見えた。
「先生に訊いてみよう。それより体調はどうだい?」
「ええ、頭が重いけど大丈夫。あたしが会いに行っていいかどうかも訊いてください。意識が戻っていたらかわいそうだから、早く会いに行ってあげなくちゃ。あの子」早紀が窓の外に頭を向けた。
「あなたに似て寂しがりやだから」
言い終わるやいなや、妻は意識を失うように眠りに就いた。後遺症が残らないことを祈るだけだった。






応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ


$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-雪景色




「中尉、杉浦中尉」呼びかける声に意識が引き戻される。
「穴沢です」頭上で声がした。
「あぁ、穴沢さん」鳴海は腰を折る声の主に向けて寝返りを打った。
「具合の悪い時にすみません。明日出撃します。それでご挨拶に」
「聞きました。いよいよですね。どうぞお座り下さい」はい、と頷き穴沢少尉は少し離れたところに腰を下ろした。
「短い間でしたが、ありがとうございました。焦るな。〝生きるべきときは生き、死ぬべきときにのみ死ぬことこそ、真の勇気である〟これまでご縁はありませんでしたが、中尉の言葉は胸に染みました」
「水戸光圀の言葉です。新渡戸稲造の武士道“BUSHIDO,THE SOUL OF JAPAN” からの受け売りです。〝戦場に飛び込み、討ち死にするのはいつもたやすきことにて、身分の賎(いや)しきものにもできる。生きるべきときは生き、死ぬべきときにのみ死ぬことこそ、真の勇気である〟横になったままで失礼します。ひどくめまいがするもので」
「いえ構いません。こちらこそ押しかけてしまって」
「ご武運を祈ります」
「はい。必ずや敵艦を沈めます。今日は我々二十振武隊の12人と六十九振武隊、三十振武隊のお別れの会が富屋(ふや)食堂であります」
「最後の夜を、どうぞ存分にお楽しみ下さい。まさしく死ぬために我々が今ここにいるのも、時世時節(ときよじせつ)で致し方のないことですから」

「中尉。最後にひとつ訊いておきたいのですが」
「はい。なんでしょうか」
「中尉は、その、何というか……飛行第64戦隊にいらっしゃったのですか?」
「あはは。多少操縦が上手くて隼に乗っていたら、加藤隼戦闘隊ですか。誰に聞きましたか?」
「いえ。誰というのではなく、みんながそう噂しています」
「それは残念でしたね。僕は59戦隊にいた人間です。ひとつ言い訳めいたことを言っておくとしたら、一番最初に隼を装備したのが僕たち59戦隊です」
「もちろん知っています! 64戦隊と共に、華々しい戦果を挙げた、あの59戦隊の方でしたか!」
「まぁ、華々しかったのは最初の方だけですがね」
「そんな腕利きのパイロットがなぜ特攻に……」
「最初は満州でしたね。2枚プロペラの九七式でした。その後はノモンハンでしたが、大した戦果は上がりませんでした。隼に乗り換えて、仏印コンポントラッシュに行きました。64戦隊と共にマレー上陸戦支援をしました。シンガポール攻略、パレンバン侵攻、ジャワ島攻略に参加しました。ニューギニアでの戦いは苦しかった。有能なパイロットを多く失いました。
三式戦闘機に乗り換えましたが、僕は我が儘を言って二式に乗り続けました。それから本土防空任務につきました。そして4月からここ知覧に来たのです。特攻の掩護(えんご)と突入経路の確保のためです」

「そうでしたか……それがなぜ特攻に?」
「グラマンが飛んできました。隼衰えたりといえども何機も撃ち落としました。しかし、やられて海に落ちる特攻機もありました。分かりますか?」
穴沢は首を傾げた。
「彼らは海に突撃したのです。己の命を捨てて特攻を掛ける若者たちを、僕は導くことができなかったのです。どんなに悔しかったことか。どんなにか無念だったことか」
「しかしそれは、やむを得ないというか、そんな機もあります」
「はい。その通りです。ですが……申し訳が立たないのです」
「だから、自らが飛ぼうと?」
「はい。そのひとたちの無念をも背負って飛ぼうと、そう決めました。もちろん止められましたが、僕が言い出したら聞かないことはみんな知っています」
言葉が捜せないのか、穴沢は小さく小さく何度も頷いた。
明日死ぬ男と近日中に死ぬ男。様々な思いを載せて静かな時間が流れた。

「ところで、もう遺書はお書きですか」鳴海は片肘で起き上がった。
「はい。拙いものですが書きました」穴沢は照れるように両手で腿を叩き、撫でさすった。
「智恵子さんの心にも届くでしょう」
「え? 中尉にお話ししましたでしょうか」どぎまぎとするその様子は、やはりまだ23歳の若者だった。
「学生時代からのおつきあいだったとか。僕の耳は、案外大きいのですよ」
「あはは。ええ、中央大学に通っていた頃で、かれこれ4年になります」
「穴沢さんは一式三型の隼でしたね」
「はい」
「僕も必ず後に続きますから、焦らずひるまず突撃して下さい」

穴沢少尉は飛行マフラーの下に彼女のマフラーを巻いて出撃した。
穴沢の日記にはこう記(しる)されている。
「智恵子よ、幸福であれ。真に他人を愛し得た人問ほど幸福なものはない」


知覧の地に〝特攻の母〟と称された人がいた。
知覧飛行学校(大刀洗陸軍飛行学校知覧分教場)ができた時に軍指定食堂となった富屋食堂の鳥浜トメである。指定とはいえ健全で清潔で安心して軍人が立ち寄れる所だと推薦してくれるだけのことだったが、数日後には死んでいく金の少ない少年兵たちに、トメは着物や家財道具を売りながら食事を振る舞い、母として尽くしていた。

過酷な訓練に明け暮れ、たまの日曜日に外出しても何の娯楽もない知覧。その少年兵たちにとって富屋はたちまち心のよりどころとなった。
少年兵たちは畳の部屋に寝そべったり、トラン プや将棋に興じたり、郷里に手紙を書いたり、トメの手料理に舌鼓を打ったり、時には風呂で背中を流して貰うこともあったという。

多くの特攻兵たちは様々なドラマを抱えていた。幼い頃に両親と日本に渡り、京都薬学専門学校を卒業した光山文博少尉は、自ら「僕は朝鮮人です」とトメに名乗った。なぜ朝鮮人が特攻なのかといえば、当時の朝鮮半島は日本と運命を共にしていたからなのだ。
特攻の前夜、普段はおとなしいその光山少尉が、あぐらをかき帽子の庇で顔を隠すように、祖国の歌「アリラン」を大声で歌った。トメの娘たちもこの歌を知っていたので一緒に歌い出したが、途中で泣き出してしまった。

昭和18年の朝鮮での特別志願兵の応募者は30万人以上で、 採用枠6300人の50倍近くだった。大戦中は24万2341人の朝鮮人青年が軍人・軍属として戦い、2万1千余柱が靖国神社に祭られている。特攻隊員として出撃・散華した朝鮮人軍人は光山少尉を含め14名である。

新潟出身の宮川三郎軍曹(20歳)のエピソードは「ホタル帰る」として有名だ。
20歳の誕生日を迎えた特攻の前夜、「死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくるよ」と言い残して宮川軍曹は出撃した。
翌日の夜、約束の9時に食堂に一匹の源氏蛍が入ってきた。トメはそのとき初めて泣き崩れた。トメの2人の娘や特攻兵たちは、宮川の希望どおり「同期の桜」を歌った。

戦後のジャーナリズムが軍国主義を否定する立場から、特攻隊員たちを冒涜するような言動を弄(ろう)した。それにより、トメはひどいジャーナリズム嫌いとなった。自らの命をかけて特攻をした彼らに罪はないのだ。
時代が変わるように常識も変わる。日本国内で大名同士が血で血を洗って領土拡張を図ったのと同じく、世界にも同じ時代があった。そしてそれを身をもって守ろうとした人たちもいたのだ。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、あまたの大名がいまだに尊敬されるのに、なぜ特攻は、靖国神社は疎まれるのか。
靖国神社は日本のために命を散らせた者たちの眠る場所。靖国参拝は日本国内の問題である。他国にとやかく言われる筋合いはない。


               ☀☀☀


「地下ですから。ふらつきますか? ゆっくり行きましょう」腕を支えるように看護師が促した。
この病院の地下にすみれは眠っているのだ。誰の温もりも腕枕もなく、ひとりぼっちで。
エレベーターが開き光りが差す。思いの外明るい廊下を進むと遺体安置所の矢印があった。遺体安置所1、遺体安置所2とある。辺りには線香の香りがかすかに漂っていた。
「こちらです」
指し示されたドアを鳴海は見つめた。耳を澄ませた。鼻をひくつかせた。しかし、すみれの声は聞こえず。暖かな温もりも薫らなかった。

勇気を振り絞って開けると、狭い部屋だった。小さな祭壇があった。出口はもう裏口にしか残されていない場所にすみれは横たわっていた。その空間にはもう、動くものなどなにも存在していなかった。笑っていたのは今朝のことなのに。

すみれにも、ちょっとした反抗や我が儘が出ることがあった。親でもない子でもない、その関係が憎かった。自分とは一切関係ないその存在が悔しかった。無表情のままその頬を親指と人差し指で掴んで横に引っ張った。すみれの目が驚きで見開かれ頬が伸び口が歪み、やがて泣き出した。
うるさいよ。冷たく言い放ち頬を叩いた。
さらに泣いた。うるさいんだよ。手の甲側で再び頬を叩いた。訳が分からず泣くすみれ。お前は俺の子供じゃないんだ! 大声で怒鳴りたい衝動に駆られた。
「黙れ! あっちに行け!」
「いやだぁ」
泣きながらそばを離れないすみれは、あのとき3歳になっていた。この家族は世界にひとつだけだったのに、自分はそれをないがしろにした。




応援クリックポチポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ



href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120622/12/ryosuke-u/df/02/j/o0640040512040900308.jpg">$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-穴沢機

なでしこ学徒隊に見送られる穴沢機



$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-穴沢少尉

一番手前が穴沢少尉 マフラーが膨らんでいる


「杉浦さぁ(さん)のあんべ(案配=具合)はどげんな?」
「まだ熱が高かようです」
「風邪じゃろかい? 夜はまださんか(寒い)でなぁ、こいでもし飛べんごとなったら、ぐらしかぁ(かわいそうだ)」
「体ん弱かとですか?」
「うんにゃ、知らん。ここで知りおうたでなぁ。しかし、こん人の飛行技術は並じゃなか。歴戦のパイロット。たたき上げの飛行機乗りじゃろ。そいが、ないごて特攻になぁ」
「優しか顔をしとるばってん……」

「あぁ、明日でよかで、靴下ん穴がほげっ(開いて)しもうたで繕いをしてくれんか」
「今やりましょか」
「明日でよかが。洗濯いつもあいがとな。さっちゃんな、こまんか(小さい)体でよう気張っちょ。かろうた(背負った)カバンに押し潰されんごとせんとなぁ」
「外園さんが太りすぎじゃっち」
「やじょろしかぁ(うるさい)」爽快な笑い声が遠ざかり、枕元で小さい笑い声がした。
またこの夢か……。
 
「目が覚めもしたか? 外園さんの声は太かから」
「ここは……知覧(ちらん)だね」
「知覧じゃなかったら、どこじゃっちゅうんですか。杉浦さんなおかしか」サチと名乗った娘はくくっと笑った。

東京に住んでいた学生の頃、夏休みを使って鹿児島に旅したことがある。ゼミの先生の「日本人であるなら、一度は知覧を訪ねるべきだ」という言葉に押された形だった。観光をかねて鹿児島市内に宿を取り、維新の英傑西郷隆盛最期の地、城山に登り、桜島に渡った。
何を買おうとしたのかは忘れてしまったが、天文館近くの店にいるときに鼓膜が圧迫される不思議な現象に襲われた。
「噴いた噴いたぁ。夏じゃっでへがふっど」
鹿児島の言葉は九州全般のものとは異なっている。津軽弁と並んで日本で最も分かりにくい方言としても有名だ。
へがふっど。灰が降るよ。どうやら観光客だと見抜いた自分に向けて発した店主の言葉だった。夏だから東風に乗って市街地に火山灰が降る。そう言っていたのだ。その言葉どおり、やがて町は灰色に霞(かす)んだ。

高をくくって外を歩いていた鳴海は、目が開けられなくなりビルに避難した。その中を地元の人たちはサクサクと歩いていった。
雪道になれない人はよく転ぶ。しかし、地元の人間は何の苦もなく歩いていく。あれに似たことだった。

その旅のメインイベントとして知覧を訪ねた。知覧特攻平和会館は胸が痛むような資料が数多く展示されている。

九州の南、薩摩半島南部の中央にその町はある。武家屋敷が多く残り、薩摩の小京都と呼ばれる山間の小さな町だ。
盆地になったその町外れの小高い丘に、陸軍知覧飛行場が完成したのは日本軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争(大東和戦争)が開戦した1941年(昭和16年)のことだった。今は畑になっているが、広さはおよそ200ヘクタール(1km×2km)という広大な敷地だった。

知覧は戦争末期の1945年(昭和20年)、戦局の悪化に伴い沖縄戦における本土最南端の陸軍特攻基地となった。日本各地で飛行訓練を積んだ彼ら特攻兵は、知覧の地で4.5日間の訓練の後、特効を掛けるべく沖縄を目指した。
陸軍の沖縄戦で散華した特攻隊員は1.036名、そのうち知覧から出撃したのは436名だった。
20歳前後の少年航空兵や学徒航空兵たちが、250キロ爆弾を抱えた陸軍一式戦闘機「隼」や三式戦闘機「飛燕」、四式戦闘機「疾風」の操縦桿を握りしめて飛び立っていった。
特攻といえば「神風特別攻撃隊」として広く認識されている。しかしそれは海軍の特攻隊の名称であり、陸軍は振武隊と呼んだ。

この地で特攻が始まったのは3月。米軍が沖縄本島に上陸したのが4月1日。6月11日5時20分、悪天候を突き3機の特攻機が飛び立ったのが、知覧における最後の特攻出撃となった。そして8月には戦争が終わった。

満開の桜の花が一度に散るように潔く死ぬ。特に戦死することを「花と散る」という。しかし、負け戦が決定的になった時期の彼らの死を「散華」と呼んでいいのだろうか。かつて平和会館を訪れた鳴海はそんなことを思った。

「サチさん、熱で頭が変になったようだ。今は何月かな?」
「4月ですよ、4月の11日です。杉浦さん、ほんのこて(ほんとうに)大丈夫ですか?」

航空戦力の枯渇した沖縄戦の末期には、九九高練や二式高練。海軍の練習機『白菊』のような練習機までが特攻に投入されていったという。『赤トンボ』の愛称で親しまれていた海軍の複葉の中練までも投入されたという記述も読んだ記憶がある。特攻は学徒動員があって初めて成り立った戦法だった。

「じゃあ、まだ隼があるね」
「杉浦さんの飛行機は隼ですがね。僕の愛機だよ、一式戦の二型だよって初めて会うたときに言うとったじゃなかですか。しっかりしてください」
あぁそういうことか、杉浦という人物は生粋の飛行機乗りなのだな……鳴海は苦笑した。
一式二型か。隼なら、杉浦という人物はなんとか成功させるだろう。

旧日本軍の戦闘機といえば海軍の零式艦上戦闘機、零戦があまりにも有名だ。攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの零戦は、戦闘能力はずば抜けていたものの、防弾性能は紙と呼ばれるほどに脆かった。米軍にしてクレイジーと言わしめた戦闘機だった。
一方、陸の零戦と呼ばれた隼は防弾性能が高く、航続距離と旋回性能とある程度のスピードを実現したバランスのとれた陸軍の名機だった。エンジンは零戦と同じものを積み、航続距離は驚異的な3.000kmを誇った零戦よりも長かったとも言われている。
しかし、もうこの時期は敵国の戦闘機の性能には及ばなくなっていた。最高速度は515km/hしかなく、武装は大口径20㎜砲を搭載した零戦に比べ12.7mmの機関銃2門のみであり軽量化のための犠牲は機体にも及んだ。
そのもろさを見抜かれてからは敵の戦闘機は急降下で逃れた。隼で無茶に追えば、翼の振動が加速度的に増すフラッター現象で翼がもぎ取られ、空中分解を起こす。
しかし、可憐な乙女を思わせるもろさと、じゃじゃ馬並の加速力と旋回性能は魅力であった。
鳴海はふと疑問を抱いた。これを考えているのは鳴海修作だろうか、それとも杉浦という人物だろうかと。

零戦と隼がなければ、日本はもっと惨めな負け戦になっただろうとさえ言われる。陸軍初の引き込み脚の戦闘機。海軍の零戦に比べ華奢な姿だったが、初期の頃は連合軍に零戦と誤認された。
連合軍のコードネームはOscar・・・

               ☀☀☀


「鳴海さん」
うっすらと開けた目に、明るい室内が見えた。
「先生がみえました」看護婦の声に縁なし眼鏡を掛けた医師が小さく頷いた。
「妻は、どうなんですか」
「一時的ですが奥様の意識は戻りました。日に何度か高圧酸素療法を施します」医師の声に鳴海は頷いた。
「お子様の事をご心配されていたので、今治療中だと伝えました」
「娘も治療中なんですか?!」
「いえ、やはり回復しませんでした。手遅れだったと言わざるをえません。しかし、最善はつくしました」
鳴海は白い天井を凝視した。早紀にすみれの死をどう伝えればいいのだろう。
「後遺症の症状が現れることもありますので、経過を見る必要はあります。場合によっては通院の可能性も。ただ、発見が早かったのが救いでした」

「先生、どうすればいいでしょうか」
「お子様のことですか?」
鳴海は頷いた。医師は一度窓の外に目をやってから小さく息を吐いた。
「むろん隠し通すことは出来ません。縁起でもない話ですが、奥様がもうだめな状態でお子様の心配をされているなら、助かりましたと伝えてもいいでしょうが……ちなみにですが、高圧酸素の治療は数日続けます」  
「数日ですか? 妻は娘の葬式に出られないのですか?」
「回復次第ですが、無理かと思います」

報いだ。
自分を父と慕うすみれに、俺はお前の親ではないと、冷たく告げる自分を幾度も想像した報いだ。
もう二度とあの笑顔に接することはできない。繋いでくる小さな手もこの腕の中で笑う声も聞くことは叶わない。4年とちょっと。何と短い人生だったのだろう。人生の半分は、父と信じていた男に素直に愛されなかった子。
その未来へと続くあの子だけの橋は、わずか1500夜ほどで崩れ落ちた……。

「分かりました。ありがとうございました」鳴海はぎゅっと目を閉じた。両の目尻を涙がするす
ると這い落ちた。
「娘さんは霊安室にお移しします。お会いにいけそうですか? 心の整理はつかないでしょうが葬儀社のリストもありますので」
「選ばなくてはなりませんか」
「料金も違いますのでそのほうが良いかと思います。手頃な業者さんをこちらで指定しても構いません」
「じゃあ、それでお願いしていいですか」
「分かりました。ご主人の体調も万全ではありませんので、明朝の搬送がいいかもしれません。詳しくは葬儀社の担当と相談して下さい」
「冷たいですか」
「はい?」
「霊安室は冷たくはないですか。すみれが……寒がりませんか」
「ひんやりとはしていますが、それほど寒くはありません」





応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ


$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-隼

「こりゃあ、ずいぶん積もったな」鳴海のひとり言は盛大な白煙となって眼前を舞い、すぐに消えた。
昨夜は吹雪いたせいで雪は厚みを増していた。この冬は随分と長い。雪国にはまだ春の足音が届く気配はなかった。
物置からプラスティック製の赤いスノーダンプを引っ張り出し、玄関前と簡易の屋根付きの駐車場周辺を雪かきしたあと、車のウィンドウに吹き付けた雪を払いのけた。

「気をつけて行きなさいよ。轍(わだち)が消えてるかもしれない」
背中を見せて洗い物をする妻の早紀に声を掛けた。
「大丈夫よ、ゆっくり行くから」妻は振り返って頷いた。
「すみれ、パパ出かけるからね」女の子座りをしてテレビを見ていたすみれの背後から近づき頬にキスをする。
ぐふふぅとくすぐったそうに身をよじったあと、すみれは「うん」と元気よく手を振った。


               ☀☀☀


職場に電話があったのは9時半過ぎだった。
「あ、鳴海さんですか? お忙しいところすみません。めぐみ保育園ですが」聞き覚えのある保育士の声に嫌な予感がした。
「はい、どうしました」
「まだすみれちゃんが来てないんですけど、今日は何かご予定がありましたか? ご自宅の電話もお出にならないので」
心臓がトクンと跳ねて、流れる血液が肌の表面を虫のように撫でた。

「いえ、今日もいつも通りです。ちょっと様子を見てきます。ひょっとしたら娘が急に熱でも出して病院に行ったのかもしれません」
「あ、そうですか」
そんなはずはない。それであれば妻が電話一本入れればいいだけの話だ。二人は連絡も取れない状況に陥った。そう考えなければならない。
「状況が分かったら連絡しますので」
「はい、分かりました。具合が悪いようでしたらお大事になさって下さい」電話は切れた。

携帯に応答がないことを確認してから、鳴海は上司に事の次第を説明して会社をあとにした。白く染まった景色の中を震える手をハンドルに押しつけるようにスバルのレガシィ・アウトバックを走らせた。
事故だ。それに違いない。妻の早紀は雪道には慣れているとはいえ、決してドライブテクニックが上等とは言えない。

保育園に通じる道路へ右ハンドルを切った。念のためにこの道路も確認しておかなければならない。保育園が見えたところで車を止め、携帯電話を取り出した。
「いえ、すみれちゃんはまだ来てません」保育士の心配げな声が聞こえた。
鳴海は車をUターンさせた。鼓動の音が耳の奥でうるさく鳴った。ハンドルにしがみつくように前傾姿勢をとり、自宅への道をひた走った。

駐車場に止まっている車が見えた。あぁ、事故じゃなかったんだ。鳴海はアウトバックを止めて車外にまろび出た。屋根にうっすらと雪の降り積もった4WD車にはエンジンがかかっている。
ワイパーでも故障したか。あるいはウィンドウォッシャー液が切れたか。しかし、時間が経ちすぎている。それに携帯に応答はなかったのだ。
駆け寄った車内に見えたのは安全ベルトを肩に掛けたまま頽(くずお)れている妻と娘だった。119番を押す指が震えた。

「高圧酸素の治療をしていますが奥様はまだ意識不明です。お子様は非常に危険な状態です……」
マフラーに雪が詰まったことによる一酸化炭素中毒だった。ゆらりと景色が上昇した。
「鳴海さん大丈夫ですか?! ストレッチャーを!」


               ☀☀☀


額がひんやりとする感触に、鳴海はうっすらと目を開けた。
あぁ、早紀、もう朝か?
「さっちゃんですか? 今、洗濯をしちょいますが。呼んできましょうか?」
ぼんやりとした景色が焦点を結び始めた。目に映る天井は斜めに迫る木造だった。そしてこちらをのぞき込む少女の顔があった。
「さっちゃんなもう、ひったまがって大変だったですがね」
さっ……ちゃん?
「杉浦さんが死んでしもうっちゅうて、なっかぶっちょいました。あたしが今呼んできますが」
小走りに遠ざかる後ろ姿は、お下げ髪にもんぺ姿だった。

さっちゃん? 杉浦? なっかぶっちょい?
首を曲げると粗末な寝具がたたまれている。長方形に切り取られた入り口からコンクリートの階段と明るい日差しが見えた。その景色の中に黒い影が現れた。

「さっちゃんな、急用が出来たちゅうて家に帰ったそうです」
先ほどの娘が戻ってきたようだ。
「さっちゃんって誰?」痰が絡んで声は出なかった。鳴海は咳払いをひとつした。
「なっかぶっちょいって何?」
「あぁ、なっかぶるって、半べそ? 泣きそうになるとかそんな意味ですがね」娘は口元を押さえて笑った。
「むっちゃん、呼んだ?」
さらに人影が現れた。
「さっちゃん戻ったとね。杉浦さんな、さっちゃんの看病じゃなかとダメんごたる。さ、あたしも洗濯をせんといかん」むっちゃんと呼ばれた娘が笑いながら走り去っていった。

「さき……ちゃん」
「いやだ。杉浦さんな寝ぼけっしもうたとですか? サチですがね」枕元にしゃがみ込みながら自分の鼻先を指さした。
「ここ、は?……」鳴海は再び明るい屋外に目をやった。
「ここはって、三角兵舎ですがね。杉浦さん、お熱が出て倒れっしもうたとですよ」

三角兵舎?……
「風邪んときは、体ば温(ぬく)めて、水ばたくさん摂ると良かって死んだじいちゃんが言うとりました。さ、水ば飲んでください。あとでまたお薬も飲みましょう」サチと名乗った娘は五角形にたたまれた紙包みを頬の辺りで振った。
「こいは、苦かばってん効くとですよ」眼(まなこ)をくりっと大きくして頷き、一呼吸置いたあと外を向いた。
「明日は穴沢少尉さんたちが出撃します」
「出撃?」
「はい。今度こそはと意気込んでいらっしゃいます」ふぅと息を吐く音がする。
「杉浦中尉さんが出撃する日が来んようにと、あたしは祈ります。こん戦争が早く終わりますようにと。あ、これは内緒ですよ。非国民ち言われますから。スパイっち。杉浦さんにはいろんなことを教わりました。とても優しくしてもらいました」

穴沢少尉……穴沢少尉……
婚約者に遺書を残した、あの穴沢利夫少尉の事か?……

「洗濯の途中ですから。お薬ん時はまた来もんで」すっと立ち上がり、小走りに遠ざかる後ろ姿は、三つ編みにやはりもんぺ姿だった。年の頃は十代半ばか。
妙な夢だ。鳴海は天井を眺め、目を閉じた。
これは夢だと気がついている夢。白日夢? いや明晰夢だったろうか。

今日は何曜日だったろう?
スノーダンプを掛けなくちゃ。
スノーダンプ……
スノーダンプ……
吹雪……
一酸化炭素中毒……


               ☀☀☀


目を開けると白い天井が見えた。辺りを見まわすと並ぶベッドと入院患者の点滴を取り替える看護婦の姿が見えた。こちらに気がついたその若い看護婦が歩み寄ってきた。
「鳴海さん熱が高いですよ」
「あぁ……ひょっとして倒れたんですか」
「痛むところはありませんか?」
鳴海はベッドの中で足を動かし両腕を伸ばしてみた。
「大丈夫だと思います。それより妻と娘は? 娘は、助かったんですか?」
鳴海の問いに、看護婦は壁掛け時計に目をやった。鳴海もそれを目で追った。11時を少し過ぎていた。
「妻は助かるんですか?」
「あとで先生がお見えになると思います。これ以上熱が上がるようだったら座薬を入れますね。それとお昼の食事は用意しませんけど大丈夫ですか? 動けるようだったら一階に食堂がありますし売店もありますので」
看護婦では埒(らち)があかないか。ベッドに肘を突き、起き上がろうとした鳴海はひどいめまいに襲われた。ふぅ、とため息をつき、少女の残像の残る瞳を閉じた。





応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ


あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-三角兵舎


4歳になる娘のすみれが食卓でトーストを頬張っている。妻の早紀は、「すみれ、パンだけ先に食べちゃダメよ」と、ウィンナーエッグを焼きながら肩越しに声を掛ける。
咀嚼(そしゃく)にリズムを合わせるように頷きながら、すみれは足をぶらぶらさせている。
一足先に朝食をすませた鳴海修作は、吹雪いた庭にスノーダンプを掛けなくてはと時計を気にしていた。

換気扇のファンの音。フライパンで弾けるオイルのリズム。朝の何気ない家族の風景。ありふれた食卓の香り。
どこにでもいる家族。しかし、どこにもいない組み合わせ。ここにしか芽吹かない日溜まりに寄り添う野辺の花。

幸せという名の、たやすく尺度を変えるあやふやな定規は、対象物を失って初めてその存在に気づくもの。幸と不幸の境界線は0と1との二進法。
問われたことも、立ち止まって考えたこともなかったけれど、幸せかと訊かれれば、確かに幸せだった。何疑うことなく、心穏やかだった。

失ったのではなく、実は得てさえもいなかったもの。
その正体は、あまりにも惨(むご)かった。

鳴海の視線に気がついたすみれが満面の笑みを浮かべた。口の端にイチゴジャムを付けたまま。


               ☀☀☀


「鳴海さん、まったくいないというのではなく通過障害も考えられますので造影検査をしましょう。それで見つかる場合もありますので」
医師は小さく頷きながら、少しの憐れみと、少しの励ましを含んだ老練な笑みを浮かべた。
「通過障害……ですか?」
「ええ、精管と精巣の造影検査をして原因を探ります。たとえば精索静脈瘤といって、まあコブですが」医師は紙にボールペンでイラストを書いてゆく。
「それが妨げになって精子が送られていない可能性も考えられます。閉鎖性の無精子症ですね。大げさな手術ではありませんが検査入院をおすすめします」
「精子がいるかもしれないということですか」
「ええ、見つかる場合もあります」

「いえ、結構です」
眼鏡を押し上げ怪訝そうに眉根を寄せた医師に、鳴海修作は慌てて言葉を継ぎ足した。
「というか……今仕事が忙しくて休むわけにはいかないんです。落ち着いたらまたお願いしたいと思います」
「そうですか。そのときはまたご連絡下さい」笑顔を浮かべた医師に鳴海は問いかけた。
「先生、急になることってあるんですか? たとえば、この一年二年の間にそうなってしまったとか……その、無精子症ですが」
「いえ、それは考えにくいですね。というか、ないと思って下さい。それにそもそも、精子の有無さえ検査をしてみないと分かりませんのでね」


               ☀☀☀


「たっくんがねぇ、ここんところ」
作業用のジャンパーを羽織りながら食卓を見ると、すみれがおでこを指さしている。
「お怪我しちゃったんだよ」
「あらそう」
「でねぇ」
「ほらよそ見しない。話はいいから早く食べちゃいなさい!」
ちょっと動きを止めたすみれは、不器用な手つきでフォークを操りウィンナーを刺した。
俯き加減に何気なさを装うその横顔は、およそ天真爛漫ではるはずの子供のものとは思えないほどに影を含んでいた。
子供の話は聞いてやれ。喉まで出かかった言葉を、鳴海は飲み込んだ。

妻の早紀がときおり見せる素っ気ない態度は、いつの頃からだったのだろう。育児疲れが出たのかもしれないが、違う可能性もまた考えられた。
食卓からは皿とフォークがふれあう音だけがした。

東京の大学に通っている時に2人は出会い、惹かれあって結婚した。その後、なかなか子宝に恵まれなかった。同棲を始めた頃から計算すると10年近く子供が出来なかったことになる。
母からの電話で、早紀さん子供はまだ? と訊かれるのが一番辛いと打ち明けたことがある。そのときは、気にするなと慰めた。これは親の人生ではなく、自分たちの人生なのだ。子を授かったならその道を、授からなければその道を歩め。そういうことなのだ。だから一切気にするな。そう言った。母にも釘を刺しておいた。授かりものを要求するなと。
不妊治療もしなかった。それどころか検査さえしなかった。それでいいのだと、鳴海は考えていたから。
川の流れのように、何ものにも逆らわない生き方をすべきだと思った。穿(うが)つべき道筋があるのなら、何事も前向きに捉えて生きていけば自然に開けるだろう。だから、これも運命なのだ。

半ば諦めていた子供だったから、妊娠したときの早紀の喜びようは尋常ではなかった。
名前は二人で色々と考えた。そして、謙虚、誠実、温順などの花言葉を持つすみれと命名した。その名の通り、駄々をこねて困らせるということもさほどなく、素直な子だった。
そんなある日のことだった。すみれと二人で入浴しているとき、ふと疑念が頭をかすめた。すみれは自分の子ではないのではないか? そんなあり得もしない想像だ。
子というのは、どちらかにより似ていることはあっても、片親の要素をまったく引き継がないことはないのではないか? バスタブの中でアヒルのおもちゃに話しかけるすみれを見て、面差しが自分にまったく似ていないことにあらためて気がついたのだ。

そういえば妊娠前、パートの仕事で、今日は欠勤者が出て急に呼ばれたなどとよく口にしていた早紀の様子を思い出した。
思い返してみれば、服の趣味も変わったような気がした。鳴海が家に帰り着いても、まだ化粧を落としていない時もあった。今日は疲れていると夫婦の営みを拒否することも多くなっていた。
そうだそうだ。すみれがおじちゃんとよく口にしていた時期があった。近所の商店主かもしれないけれど、すみれの実の父親だったのではないか。
雪の塊が傾斜を転がり大きくなるように、疑念が新たな疑念を呼び、深読みがさらなる深読みを生んだ

たまりかねて泌尿器科を受診したのは2年前だった。そう、10年子が出来なかった原因が自分にあったとしたら……。
あの日のことを今でもよく覚えている。いや、よく覚えてはいないが受けた衝撃の大きさだけは記憶の中に深く刻み込まれた。目の前の医師が発した言葉は、まるでドラマの脇役が発する台詞のように耳に届いた。

湧いたのはめまいを覚えるほどの怒りだった。その後に訪れたのは闇夜にぽっかりと口を開けた深くて暗い穴だった。
すみれは自分の子供ではない。それはこの身に重くのしかかり、夜ごと心を苛(さいな)んだ。柔らかな髪も、ふくよかな頬も、人形のような手も、こちらを真っ直ぐ見つめる黒々とした瞳も、すべては自分と無関係の生き物だったのだ。
夫婦はそもそも赤の他人だ。それが絆で繋がっているからこそ他人の域を超えるのだ。しかし、今目の前にいる二人は全くの赤の他人だった。守るべき家族を失った鳴海の魂は死んだに等しかった。彼岸と此岸(しがん)の間には冷たい氷の壁が冷気を振りまいていた。

ついつい深酒にもなっていった。すみれと早紀が床に就いた後も、一人で酒をあおった。あの二人と暮らしていくことに嫌悪感を覚えた。どうするべきか考え抜いた。それは長く辛い葛藤だった。
適切な距離感を掴みかねたまま時が過ぎた。公園で遊ぶすみれの姿もはしゃいだ声も、遠い異国の異人の振るまいだった。すみれの呼ぶ声に条件反射的に口元で笑顔を作るだけだった。鳴海は季節を失ったまま一年が過ぎた。

診察を受けた日に、医師から診断書をもらった。精子の有無は検査に委ねるとして、この状態では妊娠をさせることは不可能だというただし書きももらった。それにより生殺与奪の権はこの手にした。この家族を維持するも打ち捨てるも自分の最終判断にすることができた。
いますぐ悩むことをやめることができる。妻の裏切りに対して報復をすることができる。それは爪の先ほどの慰めであったが、悲しい安堵でもあった。

あれが生まれたての乳飲み子であれば冷たく切り放すこともできたであろう。しかし、僅かばかりでも積み上げた本物と疑わなかった父娘としての歳月があった。

いびつにはめ込まれたジグソーパズルはいつか必ず破綻する。それを食い止めることが出来るのは自分だけだ。何も急いで完成させることなどないのだ。最後のひとかけらなど捨ててしまえ。終わり無き旅路の一部、それが人生というものだ。
そうだ。耐えきれなくなったら、明日にでも、いますぐにでも、この家族を地上から消し去ることができるだから。
そうやって二年が過ぎた。
だがしかし、と思う。
すみれが長じて会話を避け始めたとき、自分は冷静でいられだろうか。自分はこの子を愛せるだろうか。妻の不貞で生まれた血のつながりのまったくないこの子を守れるのだろうか。

「こぼしちゃダメでしょ!」
「うるさい! すみれに罪はないんだぞ!」
妻の早紀とすみれがびくりとしてこちらを見た。
「すみれ、こぼしたっていいんだよ。拭けばいい、洗えばいいんだから大丈夫だよ」
テーブルの隅の布巾を手に取り、鳴海はすみれのこぼした牛乳を拭き、ティッシュで口元を拭った。
「すみれ、カップは大きいから両手で持とうね」
すみれはこくりと頷いた。
「おまえの子だろ? 大事にしろ」
あえて自分たちの子とは言わなかった。早紀の顔色が白みを帯びた。

「たっくんがお怪我をしちゃったのか?」
「うん、走っててドアにどーんって」椅子をギシギシと鳴らしてすみれがその様子を表現した。
「ごめんなさい」妻が目を伏せた。
「いや、こっちこそ怒鳴ってしまって」





応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ







$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」


マンションの集合ポストを覗くと、カラフルな宅配ピザ屋のメニューに隠れるように定形外の大きめの封書が一通入っていた。表書きは「片倉和樹様」と丁寧な文字で書かれている。
裏を返して僕は鞄を落としそうになった。差出人の住所は世田谷区上北沢3丁目とある。京王線の上北沢だ。学生の頃友人が住んでいて何度か遊びに行ったことがある町だ。各駅停車しか止まらないらしく、電車がどんどん通過していくので困った記憶がある。
僕が鞄を落としそうになったのはほかでもない、差出人の名前だった。僕は急いで部屋に入り、封を開けるのももどかしく中身を見た。出てきたのはさらに一通の封書だった。


謹啓
初秋の侯
皆様におかれましてはお健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます。


そのとき携帯が鳴った。

「届いた?」
「はい?」
「もう着いてると思うんだけど。あ、まだ帰宅の途中だった?」
「えーと、間違い電話では?」
「何言ってるのよぉ」
「片倉ですが、間違い電話じゃないですか?」
「あたしもまだ片倉ですが」電話の向こうで鼻息が鳴った。

僕は、「あー」と間の抜けた声を出した。
「思いっきりの身内になんだけど、刷り上がりも見て欲しかったから一応送っておいたからあとで見てね。披露宴の二次会はおまかせだけど、何か企んだりしてないわよね」
この人はこんな声をしていたのか、こんないたずらっぽいしゃべり方をする人だったのか。
「あ、ううん」僕は肯定とも否定とも取れる返事をした。しらを切るもなにも、その出席者すら分かっていない。
「神崎君がさ、披露宴でも二次会でも、わきにはしゃべらすなってうるさいのよ。絶対変なことを言い出すって。これは伝言ね。俺は同僚とはいえおまえの義理の兄になる、黙ってろ、ですって」あははと電話の向こうで笑い声がする。

「でね、もし何かやらかしたら、わき、おまえの結婚式はぶっ壊す。だそうよ」
なるほど、それは取引としてはそつがない。僕も一つだけ伝言を頼んだ。
「きんじゃなくて、金(かね)の草鞋(わらじ)だからちゃんと覚えろって」
「なにそれ……あ~あたしのことね? まぁひとつ年上の女房じゃなくて4つも上だけどね」再びあははと笑い、
「食事はきちんとするのよ、お金はあるの?」と、母より思いやりを感じる言葉を残して電話は切れた。

僕は上着を脱ぎ、ベッドにダイブした。そして封書の裏書きの「片倉七海」と書かれた文字を何度も撫でた。鼻の奥がつんとした。僕は流れ出る涙を引き寄せたタオルケットで拭った。拭っても拭っても涙は溢れてきた。僕はきっと22年分の涙を流した。

ベッドにうずくまったまま僕はふと不安になった。今のは夢ではなかったのか。
バネ仕掛けの人形のように起き上がり、緩めたネクタイを引き抜き、手にした携帯電話の着信履歴からコールをした。

「なぁに、どうした」よかった、なっちゃんの声が返ってきた。
「ひとつ訊いていいかな」
「ひとつと言わずどうぞ」
「昔千葉の外房で、僕たち溺れかけたよね」
「うん、そうそう、大変だったわ」
「どんな様子だったっけ?」
「うーん、あたしが波にのまれた和君を見失って、パニックになって砂浜を見たけどお父さんとお母さんのいる場所が分からなくて。知らない間にあたしたち、ずいぶん砂浜を移動してたんだね。走っては転び走っては転ぶ和樹を追いかけてね」くっくっと姉は笑った。

「誰が助けてくれたの?」
「知らない人。あたしが助けを求めて、で、ついでにあたしも溺れたんだって、間抜けよね。でもさぁ、よくも二人も助けてくれたわよ」
「明叔父さんを覚えてる?」
「もちろん覚えてるわ。あまり鮮明ではないんだけど、とてもかわいがってもらった記憶がある。
でもさ、今の私より若かったんだよね。ひょっとすると和君と同じぐらいかもよ。でね」と少し言葉を切った。
「助けてくれた人、明叔父さんに似てたのよ。だからね、明叔父さんって叫んじゃった。かず君を助けてって、溺れちゃったって」

「単に似てるだけだった?」
「あたしの記憶違いだと思うんだけどねー、その人、なっちゃんって声を掛けてくれた気がするのよ」うーんと唸るような息を吐き、
「だからあたし、明叔父さんだと認識した気がするんだなー」と言ったまま黙り込んだ。
「でもあり得ないわね。叔父さん死んじゃってたし、お父さんにもお母さんにも確認したけど、海に行ったのはあたしたちだけだったんだって。
もちろん近所に親戚とかがいる場所じゃなかったから、あたしの名前を知ってる人なんているわけないのよね」

「その人、助けてくれた人だけど、助けたあと、どこに行っちゃったんだろう?」
「それがついに分からなかったらしいわ。警察も捜したし、地元誌でも報じられたけど、結局どこの誰かは分からずじまいだったのよ。あたしはね、あきらおじちゃんだ、あきらおじちゃんが助けてくれたんだって、ずっと言い張ってたらしいわ」
「叔父さん、僕に似てるかな?」
なっちゃんは、うーんと語尾を上げた。母と同じ反応だ、やはり似てはいないのだ。

「似てないと思う。叔父さんは顔も体もごつい感じの人だった。和君みたいな優男(やさおとこ)じゃなかったわ」
「三十路前でよかったね」
「ん?」
「結婚」
「ああ、そうね。和君が、ちょっと変だけどいい奴がいるって言ってくれたおかげだわ、ありがとう」

「なっちゃんさぁ」僕はベッドに腰掛けた。
「なぁに」
「なんていうか」僕はちょっと乾いた唇をなめた。
「初めて背負ったランドセルはどうだった? 重くなかった? 嬉しかった?」
「どうしたの急に」
「聞いてみたくてさ」
「そうねぇ、入学前から何度も背負ったわね、鏡の前でしつこいくらいに。それでね、母にその辺の本とか入れてもらって、お辞儀をしたら中身がドサッと落ちるのをやりたくてやったわ。父にはウケなかったけど」可笑しそうな笑い声がする。

「中学校は楽しかった? 高校生活はどうだった? 大学ではどう過ごしたの?」
「どうしたのよぉ」なっちゃんはそういったあと、楽しかったわよと笑った。
「僕たちはさぁ」
「うん」
「あれからずっと、仲のいい姉弟だった?」

今度もし夢であの坂道に立ったとしても、僕はもう動くまいと決めた。答えは明白、失敗は許されないからだ。
しかし、とまた違う考えも浮かぶ。僕が二人を助けなければどうなるのだろうと。
喧嘩もしたけど、仲のいい姉弟だったと思うわ、というなっちゃんの言葉をリフレインしながら僕はパソコンの前に座りヘッドフォンを取り上げた。

そのとき僕の心にどこからともなく奇妙な安心感が湧いてきた。なんの根拠もなかったけれど、僕はもう二度とあの場所に行くことはないのではと思えた。
もしもまたあの坂道に立つことがあったとしたら、そのとき僕がどう動くべきであるかは、迷い苦しまずとも、きっと明叔父さん決めてくれる。そんな気がした。僕とは似てもにつかない、顔も体もごつい明叔父さんが。

─FIN─



応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ






レミオロメン 3月9日

作詞・作曲 藤巻亮太

流れる季節の真ん中で
ふと日の長さを感じます
せわしく過ぎる日々の中に
私とあなたで夢を描く

3月の風に想いをのせて
桜のつぼみは春へとつづきます

溢れ出す光の粒が
少しずつ朝を暖めます
大きなあくびをした後に
少し照れてるあなたの横で

新たな世界の入り口に立ち
気づいたことは一人じゃないってこと

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらにいることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい

砂ぼこり運ぶつむじ風
洗濯物に絡まりますが
昼前の空の白い月は
なんだかきれいで見とれました

上手くはいかぬこともあるけれど
天を仰げばそれさえ小さくて

青い空は凛と澄んで
羊雲は静かに揺れる
花咲くを待つ喜びを
分かち合えるのであれば それは幸せ

この先も隣でそっと微笑んで

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらにいることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい



$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」



「お願いがあるんだけど」電話の向こうで母がちょっと気兼ねをしたような声を出した。
「なに? 聞ける程度のお願いだったなんなりと」
「虎屋の羊羹を手配してくれないかしら」
「虎屋のようかん? ねえ、ひょっとしてさぁ、それ法事の引き出物?」
「そう」ばつの悪そうな声だ。
「まだ注文してなかったの? だってもう、6日だよ」
「近所のお店とか通販のカタログも見てみたんだけどさ、海苔とかお茶とか。でもお年寄りも多いから羊羹がいいかなぁって。羊羹と言えば虎屋でしょう」
「予算は?」
「3000円ぐらいでいいかな。あぁ2500円ぐらいでないのかしらね」
「ネットで注文できるんじゃない?」
「できるのかしら?」
「今時ネット注文できない大手の店なんてあるのかな」
「注文失敗したらどうしよう。取り返しが付かないわ、到着日とかさ、予算とかさ」
「じゃあ僕がやるよ」
「虎屋って、赤坂にあったわよね」
「銀座にもあるよ、デパートにも入ってるはずだよ。でも、持って帰るのは嫌だからね。値段はさ、たとえば2000円ぐらいで見栄えのいいのがあったらそれでもいいかな」
虎屋で羊羹なんて買ったことがないからまるっきり見当がつかない。
「その辺は任せるわ。季節柄水羊羹のいいのがあったらそれでもいいし」
「分かった」


          ☀☀☀


僕は四度(よたび)の坂道に立った。深呼吸をひとつして、よしと坂下をにらむ。頼むぜ、太ももを両手でパンパンと叩き、転びそうになりながら坂道を走った。細い通りもまっしぐらに走った。しかし、ビーチサンダルは走りにくい。
同じ店に立ち寄り、前回と同じく水中メガネと水着と浮き輪を買い、ちょっと考えてバスタオルを買った。トイレの陰でTシャツを破きそうな勢いで脱ぎ、水着に着替えて砂浜を走り波打ち際に向かった。
見覚えのある辺りを走ったが、なっちゃんの姿は見えない。こんな所までは来なかったはずだ。辺りを見回しても似たような景色が広がるだけだ。もっと正確に場所を覚えておくべきだった。
あの坂道に立ったのがぴったり同じ時間だとしたら、なっちゃんと僕はまだ海に入っていなかったのではないだろうか。きっと早すぎたのだ。僕は息を切らせて引き返した。

今度は海辺だけではなく、砂浜も確認しなければならない。もしも二人が波打ち際で遊んでいたら、近くで見守っていればいい。いや、そんなのんびりしたことでいいのだろうか。夢が覚めてしまわないだろうか。目覚まし時計が鳴らないことを祈った。辺りは潮の香りが濃厚だ。僕は左右を見ながら小走りになった。

目の前に現れたのは、やっぱり同じシーンだった。
「なっちゃんどうした!」
「あきらおじちゃん、かず君を助けて! 溺れちゃった!」
「かず君は助けるから心配しないで!」再びなっちゃんを抱え上げ砂浜に降ろした。
「なっちゃん、万歳しなさい」
万歳をした震えるなっちゃんのお腹に僕はバスタオルを巻き付けた。
これならなっちゃんが言いつけを守らず海に入ってきても、浮き輪から滑り落ちることもないだろう。
浮き輪を押し込み、立てた人差し指を振った。
「砂浜にいなさい」
僕はまた海に向かって走り、勢いよく飛び込んだ。
何度か潜って見当違いではと辺りを見渡す。時間がない。大きく息を吸い込み、再び海中に潜る。視界が悪い。見えない。海面に出ると浮き輪が立っている。バシャバシャとしぶきを上げ手足が動いている。

なっちゃんだ。
なっちゃんはやっぱり来た。水面からあごを上げ小さな手でゴシゴシと顔を拭い、また水に顔をつけバシャバシャとしぶきを上げる。彼女の必死さが伝わってくる。
バスタオルを巻いたから今度は大丈夫なはずだ。水を吸えばふくらんで余計にずり落ちにくくなるだろう。
僕は再び潜り水底近くを泳ぎ回った。しかし、見つけられない。時間だけが過ぎてゆく。

再び浮上したとき、声がした。
「かず君がいたっぼっ」
声の方を振り向くと買い与えた浮き輪だけが浮いていた。
もしや、なっちゃんは浮き輪から滑り落ちたのではなく、自らの意志で海中に入ったのではないのか。
僕を見つけたなっちゃんは、足の届かぬ深さに沈んだ2才の子を6才の子が潜って助け上げるという、大人ならどう考えても不可能なことをやろうとしたのではないのか。

これは想定外の出来事だった。僕を思うなっちゃんの心が鋭くとがったガラスの破片のように突き刺る。
僕は息を吸い浮き輪を目指して潜った。
ひらひらと海を舞うバスタオルは遠くからも目に入った。もがきながら沈んでいくなっちゃん。
すでに沈んでいる僕の姿を確認したあと、体を反転させてなっちゃんを抱き上げ、その下に沈む僕を片腕に抱え、光る水面をめがけて水底の砂を蹴った。海面に出るとどこまでも続く青い空が見えた。
「なっちゃん息はできるか!」
「できうっ!」
僕はうおーともぐおーともつかぬ声を張り上げて岸を目指した。
仰向けにした小猿のような僕を左腕に、華奢で壊れそうななっちゃんを右腕に抱いて。






応援クリックポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ



$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」


「叔父さんの名前はなんて言うの? あのほら、お母さんの弟で、死んじゃった叔父さんだけど」
「あら、どうしたの突然、ひょっとして和樹ったら信心深くなっちゃたの?」電話の向こうで母は笑ったあと、あの子はやんちゃだったのよと付け加えた。
「松山にいたんでしょ」
「違うわよ、近くよ」
「近くって?」
「行田(ぎょうだ)よ」
行田とは僕の実家のある場所だ。埼玉県行田市。埼玉の北部にあり、すぐ隣は群馬県になる。であるなら、なっちゃんと叔父さんはお互いの顔を見知っていたはずだ。
「生きてればもう五十も越えたわねぇ」感慨深そうに呟いたあと母は黙り込んだ。

「あ、名前だったわね。あきらよ、明るいと書くあきら」
鼓動がトクンと耳の後ろで跳ねた。
「原因はなんだったの?」気持ちを抑えて尋ねた。
「ゴムボートが転覆してね、といっても乗ってたわけじゃなくて、岩場で釣りをしてたらしいんだけどね。明は釣りが好きだったから、休日になると車に乗ってあちこちよく出かけてたわ」

母の話によると、転覆したボートを目撃した叔父さんが海に飛び込んだのだという。ずいぶん沖だったから、磯遊びのつもりが潮に流されたらしい。子供二人を助けた後、再び海に向かい二度と戻らなかった。

「そうだったんだ」
「人の運命って分からないものね、泳ぎは達者だったのに大好きな海で死ぬなんてねぇ」と母は言葉を切った。
「ううん、泳ぎに自信がなかったら今頃何事もなく生きてたのかもね。でもまぁ、奥さんや子供がいなかったのが不幸中の幸いね」
「それはいつだったの?」
「和樹が生まれた年よ」
ということは、なっちゃんが4歳の時だ。
「僕が生まれてから死んだの?」
「ううん、生まれる前よ、明は夏に死んだのよ、7月。あんたが生まれたのは11月でしょ。今度は男の子だったらいいねって、あんたが生まれてくるのをそれはそれは楽しみにしてたのよ。どっちかというとお父さんよりも興奮してたくらいよ」

「叔父さんは、なっちゃんのことをかわいがってた?」
「そりゃあもう、目に入れても痛くないってあんななんだなぁって思ったわ。家に来るたんびにおもちゃやらお人形やら服を買ってきてね」
「なっちゃんも懐(なつ)いてた?」
「うん、まるで親子かうんと年の離れた兄弟みたいだったわ。今日は叔父ちゃんが来るよっていうと飛び跳ねてたものよ」母は思い出すように笑った。

「でも、近くにいたわりには写真が残ってないよね」
「そうそう、なぜだか明は写真嫌いでねぇ、撮ろうとすると俺はいいよっていつも外れてたわ。それにそもそも和樹のアルバムには残ってないわよ。だって映ろうにもいないんだから」
「僕と叔父さんって似てる?」
「あんたと?」うーんと語尾を上げた。きっとあまり似てはいないのだ。
「今度写真を見せてあげるわよ。ちょっと困ったときに眉と口元をひん曲げるところは似てるかな? ま、それは顔じゃなくて癖だけど」

翌日帰宅すると複合プリンターに母からのファックスが届いていた。これが明、とクルクル矢印がついている。その下に拡大された新聞記事も付いていた。
写真が古いせいかプリンターのせいか、あまり鮮明ではない。しかし、似ていない。体つきも顔もまったく似ていなかった。

【子供らは無事救助・救助に当たった男性と父母は行方不明】
17日午後1時25分ごろ、磯遊びをしていた親子4人が乗ったゴムボートが転覆。近くで釣りをしていた埼玉県行田市の会社員坂本明さん(25)が救助に向かい、子供2人を助けた後、再び海に飛び込みそのまま行方不明になった。
坂本さんの釣り仲間が近くの臼井さん宅に駆け込み110番通報。臼井さんの無線連絡で石川県漁協所属の底引き網漁船「第3住吉丸」が救助向かったが、3人を発見することはできなかった。助かったのは……

携帯電話も海上保安庁の118番通報もなかった時代を僕は思った。

そして端っこにはこう書かれていた。
「明も和樹と同じことを言ってたわ。夢の坂道。明はそこから動いたことがなかったって」


          ☀☀☀


僕は三度目の坂道に立った。細い通りを過ぎ二車線の道路に出る。以前の店に立ち寄り、水着と共に今度は水中メガネと子供用の浮き輪を買った。今回僕は明確な意志を持っていた。
前回なっちゃんは浮き輪をしていなかった。浮き輪を持たず二人で戯(たわむ)れていたのか、あるいはパニック状態になって浮き輪をどこかへ置き去りにしたのか、いずれにせよ役に立つだろうと思った。前回と同じく着替えをして浜に急いだ。めり込む砂に足を取られながら走った。そして見つけた。

「どうしたなっちゃん!」
「あきらおじちゃん助けて! かず君がいなくなった!」
「おじさんが助けるから安心しなさい」そう、僕は死なないのだ。
胸まで浸かるなっちゃんを抱え上げた。その体は片手で持てるほどに軽く、腕も足も細かった。睫毛(まつげ)にためた海水とも涙ともつかないものが日差しに光った。その華奢な体は僕の腕の中でがたがたと震えている。
砂浜に下ろし、万歳しなさい、そうなっちゃんに言い、浮き輪を上からかぶせた。
「おじさんが助けるからそこにいるんだ」
浮き輪を抱えたなっちゃんの瞳には、起こったことに対する驚愕と祈るような悲壮さあった。今年の命日は、この幼い命を奪ってしまったことに深く詫びなければならない。

勢いよく飛び込んだ海の透明度はやはり低い。何度潜っても探し出すことはできない。僕は沖に向かった、海水温が驚くほど低くなる。

「かず君がいたっぼっ」
声の方を振り向くと買い与えた浮き輪だけが浮いていた。なっちゃんは僕を助けようと相当深いところまでやってきていた。そして見つけたに違いなかった。
僕は潜った。視界が悪い中、くり返し潜った。足に当たるものがあった。勢いよく潜り引き上げると僕だった。

砂浜へ寝かせ「誰か誰か」と声を張り上げ、今度は救命措置を施さずに海に向かった。
何度か潜るうち、海の底でゆらりゆらりと揺れるものを見つけた。大人でも背の立つ深さではなかった。思ったよりも早く沖に流されたのだ。背後から脇に手を回し抱え上げ全力で水面に向かった。

仰向けにしたなっちゃんをお腹に乗せ、陸に向かった。何度か足を下ろしてみたが、
なかなか足の立つ場所に行き着かない。離岸硫か? 僕は両足に渾身の力を込めた。そしてようやく足のつく高さになったとき、なっちゃんを抱え砂浜へ急いだ。

しかし、途方もない時間を費やしていた。
浜に戻ると「僕」は横たわったままだった。夢の世界は誰も動いてはくれない。僕は絶望的な気分に襲われた。
カーラーの救命曲線が頭に浮かぶ。心臓停止後3分で死亡率約50%。呼吸停止後10分で死亡率約50%。
二人とも遙かにそのラインを超えていると思われた。






応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ




$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」



八月に入ってすぐに、僕は再びあの坂道に立った。この坂からの眺め以外の世界が、まさしく夢のようにその姿を変えるのか、あるいは確固とした場所として存在するのか、それを確かめるためにも前回向かった坂を上がってみることにした。

右手にあるコンクリートの階段も左にある民家も変わらずそこにあった。右側は土手になっている。おそらくこの上にも民家が密集しているのだろう。
ここからすでに、ずっと先にある民宿の看板も見えることに気がついた。間違いない。その風景は変わってはいなかった。

きびすを返し坂道へ向かって進んだ。カーブを描く坂を下りてゆく。坂道を下りきったところで道が二手に分かれ、辺りには民家が建ち並んでいた。真っ直ぐに進む道は細く、車は入れないようだ。左に曲がる道は坂道と同程度の広さでその先がT字路になっている。おそらくどちらへ進んでも海岸線の通りに出るように思われた。

僕は真っ直ぐに進む細い道を選んだ。石を組んだ上にイヌマキが生い茂る生け垣もあれば、ブロック塀もある。コンクリートを巡らせた上に茶の木で覆われた生け垣からは民家が見え隠れし、薄桃色のヒルガオが垣根の根本に絡みついている。
路地もある。その路地先にうち捨てられたようなうす緑色のガラスの浮き球があった。ここはどうやら漁師町のようだ。辺りを見回してこの景色に覚えがないか自分自身に訊いてみるが、答えは出ない。
道路に落ちる影から日が高いことが分かる。路面を切り分ける濃さからもおそらくは夏であることも。違和感を感じて空を見る。坂を下るときは限りなく灰色だった空も、いつの間にか晴れ渡っていた。

通りに出ると海の匂いがした。コンクリートの防波堤が道路沿いに続いている。道路を渡り破堤防の上に立ち、紛れもなくここが夏の海辺であることを確認した。
その海沿いの二車線の通りを右手に歩くとのぼりを立てた商店があった。このまま浜に下りようかとも考えたが、再び道を渡り、そこで水着を購入した。膝丈ほどのネイビーブルーのシンプルなものだ。

砂浜に出る前に、川の近くに建つトイレの陰で水着に着替えた。その時初めて、僕がジーンズにTシャツスタイルだったことに気がついた。
足下にはビーチサンダルを履いている。脱いだジーンズとTシャツをビーチサンダルの上に置き裸足で砂浜に下りた。こちらからは見えないが、右手の川の向こうにも海水浴場があるのだろうか。
思ったよりも浜は遠くまで延びていて、あちらこちらにビーチパラソルが立ち、僕たち家族を探すのは容易ではないことに気がつく。沖には貸しゴムボートもいくつか波に揺られていた。

僕はパラソルの下で休む人影に父と母を捜し、波打ち際にも注意を向けながら歩いた。僕たち一家が遊びに来たのがこの夢の日である確証はない。突き詰めれば、この場所である必然性もない。しかし探してみようと心に決めた。だが歩いて探すにはこの浜は長すぎる。前方を見やり、海と砂浜を見渡し途方に暮れた。

ここは入り江になった浜のようで、外房の割に波もそれほど高くはない。ところどころ昆布のようなものが浮いているように見えるから、ここ二、三日のうちに海が荒れたのかもしれない。
ゆっくりと歩きながら砂浜と海面を確認する。それほどきれいな砂浜とは言えないのだけれど、左手には海の家が建ち並び、海水浴客が指定した場所にパラソルを立てる海の家の若者が見える。

陽の光を弾く海面を見ていた時だった。胸の辺りまで水に浸かり、何事か言いながら両手で水をかき分けて歩いている子供を見つけた。
ひまわり模様の水着が肩口から見える。頭には同じくひまわり模様の水泳帽。なっちゃんだ。僕は砂を蹴り走った。そして呼びかけた。
「どうしたなっちゃん!」
写真で見覚えのあるなっちゃんはこっちを見た。そして、握り拳にした両手を挙げ、しゃがみ込むように力を込めて叫んだ。
「あきらおじちゃん助けて!」
なっちゃんは明らかに僕を見ている。肩から上をがたがたと震わせて、歯の根も合わぬ様相だ。ひまわりの水泳帽が脱げそうになっている。
「かず君がいなくなった!」

僕は水に入り潜ってみた、しかし透明度が悪く見えない。どのへんだ、なっちゃんどのへんだ、そう言いながら夢中で水の中を歩き回った。
「そのへん、そのへん」鼻を垂らしたなっちゃんが泣きながら歩き回る。
水が首元まで来た頃、足に当たるものがあった。僕は息を吸い頭から海中に潜った。水の底にスパイダーマンのように漂う小さい影を見つけた。夢中でそれを抱え上げ肩に乗せ浜に急いだ。
浜に横たえ、顔を見るとぐったりとした小さい僕だった。和樹、和樹と呼びかけたが意識はない。
うつぶせにし、膝に抱え左こぶしで胃を圧迫し、背中を叩く。壊れそうに小さな体に躊躇いを覚えたが手加減はしていられない。何度かやるうちに水とともに嘔吐物を吐いた。
仰向けにして左手で頭の生え際あたりを押さえ、右手の指で顎を持ち上げて気道を確保する。耳を口元にあてて呼吸を確認する。
よかった。うっすらとではあったが呼吸を開始した。嫌な予感がして海辺を振り返ると、日差しを跳ね返す海面からなっちゃんの姿が消えていた。







応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ


$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」





あの日、病院で目覚めた僕の第一声は、なっちゃんは? という問いかけだったそうだ。自分が溺れたことなどおそらく忘れ、父母のそばに、僕の隣に、なっちゃんがいないことに違和感を覚えたのだろう。

なっちゃんの死を僕がどう受け止め、どう咀嚼していったのかは記憶の中に埋もれてしまったけれど、二人で寝ていた布団の中で、なっちゃんが大切にしていたクマのぬいぐるみを抱き毎夜泣いていたそうだ。
きっと、そのクマのぬいぐるみに残るいつまだ待っても帰ってこない、なっちゃんの優しい匂いを嗅ぎながら。


          ☀☀☀


「坂道あったわよ」テレビを見ていると松山に滞在中の母から電話があった。
「そこって、坂の上から見ると右にカーブを切ってる?」
「うーん、どちらかというと、くねってるわね」
「じゃあ違うね。でももういいんだ」
「諦め早いのねぇ」
「じゃなくて、想像上の坂道だってことが分かったんだ」
「あら、こっちは案外まじめに探してたっていうのに、やっぱり夢だけの坂道ね」母があきれた声を出した。
「どうなのそっち」
「うん、法要も無事終わったし、のんびりしてるわ。やっぱりいいところよここは」
「親父は帰ったの?」
「いるわよここに、電話代わる?」
「いいよ、別に話すことないし」
あー、母が声を出した。
「夢っていえば、和樹と同じことを言ってる人がいたわ」
「誰?」
「忘れちゃった」あはは、じゃあね、と笑いながら電話は切れた。


          ☀☀☀


二度目の坂道がやってきた。今度はエアコン点けなきゃいいけどなぁ、夢の中でそんなことを思った。
片足を上げてみたらちゃんと上がった。動けそうな気がした。空を見上げると一面濃淡を織り交ぜた灰色の雲が渦巻き、今にも降り出しそうな気配だった。坂の上に行くべきか下に降りるべきか迷ったが結局上を目指した。

歩き始めると、確かに急な坂ではあるけれど思っていたほどひどい傾斜ではなかった。ギアチェンジの付いていない自転車で登り切ることは厳しそうだが、これなら現実に存在し得ない坂道ではない。
カーブを曲がり終えると真っ直ぐで緩やかな傾斜が続いていた。車二台なら譲り合えばなんとか行き交えるだろう。
右手には長いコンクリートの階段が上に続き、左にはブロック塀に囲まれた平屋の民家がある。
直線道路を進んでゆくと宿の看板が見えた。宿というより民宿と呼んだ方がいい佇(たたず)まいだ。その辺りでまた道は左に曲がりその先は見えない。
民宿の前までたどり着くと、さらに右手に登りの小さい坂道があった。そこは土と石ころがむき出しの道路だった。轍(わだち)の跡があるから、近隣の人たちは車も乗り入れているのだろう。

そして左手を見て僕は息を呑んだ。
海だ。
海岸線は家々の屋根や木に隠れているが、海は鉛色のグラデーションを描き沖は藍色に沈んでいる。
そしてひとつ胸を潰すような考えが浮かぶ。ひょっとしてここは、家族四人で出かけた海ではないのか。なっちゃんが死んだ海ではないのか。

遠くで鳥が鳴いている。その鳴き声はだんだん大きくなる。僕ははじかれるように頭をもたげ枕元の目覚まし時計のスイッチを切った。


          ☀☀☀


どうやら父は三日ほどの滞在で松山から帰ったようだ。あと四、五日くらいは松山に残ってのんびりすると母から携帯メールが入った。
父に訊いてみようかと携帯電話を開いた夜も幾度かあったが、それを思いとどまらせたのは母の言葉だった。それは、なっちゃんはお父さん子だった、というものだった。

僕の知る父は寡黙な人だ。ひいきのプロ野球チームが逆転ホームランで勝利したって歓声を上げるでもなく、食事をしても美味しいともまずいとも言わず残さず食べる人だった。
写真に残る若い父は、僕の知る父ではない。なっちゃんを膝に抱えて満面の笑みを浮かべている。その前で僕は遊び疲れた小猿のようにだらりと横になっていたりする。
母がその話をするのは姉の祥月命日の恒例だった。父は気恥ずかしそうに口元をほころばせるだけだったが、その抑えたような笑みが、過ぎ去った日々の苦悩を物語っていた。

幼い頃の僕の映像はDVDにコピーしてあるが、姉の物はない。存在しないはずはないのだが、見せてもらったことはないし、せがんだ記憶もない。
なっちゃんの映像の封印は僕への配慮もあったのだろうし、父母にとっても、深手を負った心を守る手段だったのかもしれない。
僕にとってこれは、夏の日差しに白く溶け込む遠いおとぎ話の物語でも、父にしてみれば、さほど昔の話ではないのではないか。その思いが電話を断念させた。

「あのさ」
「なに?」
「なっちゃんが死んだのはさ」僕の言葉に受話器の向こうの母がすっと息を吸ったまま黙り込んだ。
やはり禁句なのだ。どれほどの年月が過ぎようとも、母は痛みを忘れていないのだ。何気ない姉の思い出話ならいざ知らず、死んだと言ってはいけないのだ。それでも僕は吐き出すように口にした。
「どこの海なんだっけ」
母はやはり押し黙ったままだった。口に運んだビールはひどく苦かった。

「和樹、あんたなにか、なんというか、まだ責任を感じてるの? だったらやめた方がいいわ。なっちゃんはね、小さいままで星になったんだから」
「責任を感じてるとかじゃないんだ。ただ、知りたいと思ってさ」耳元で母の吐く息がぼろぼろと鳴った。
「うっかりと昼寝をしてしまったあたしたちが悪いのよ。責任は親にあるの。全部お父さんとお母さんにあるのよ。なっちゃんは天国に行ったの、和樹が気に病むことはもうないのよ」
もうどちらからも話しかけるきっかけは失われたようにみえた。ちゃんと食事をしなさいよ、そう言って電話が切れてもおかしくはなかった。

電話口で細く長く息を吸う音がして、それをため息のように吐いたあと、
「外房だったはずよ」と、残りの息で吐ききるように母が口にした。
台所の冷蔵庫がブーンとうなりを上げた。
「勝浦の近くじゃなかったかしら、それとも鴨川辺りだったかなぁ、御宿だったかなぁ」母が突然明るい声を出した。
「和樹は覚えてないかもしれないけど、あちこち行ったのよ、あたしもお父さんも若かったからね。お父さんが車を飛ばしてさ、ほうぼう行ったものよ。あの頃はお母さんの水着姿も捨てたもんじゃなかったわ。捨てたものじゃないって、視線で分かるのよ」うふふと笑った。
人は嘘をつくとき早口になる。そして多弁になる。母が忘れているはずはなかったが、僕はそれ以上、お腹を痛めたわが子を亡くした人を傷つけるわけにはいかなかった。

八月に入りうだるようだった暑さも幾分収まってきたようだ。なっちゃんの祥月命日8月10日が近づいていた。
僕はもう一度あの夢を見たかった。坂を下りてあの海に行ってみたかった。もし会えるのなら、22年前に写真に閉じ込められたまま動けなくなったなっちゃんに会いたかった。遠くからでも、せめて一目でもいいから、ひまわりの水着ではしゃぐ、動いているなっちゃんを見てみたかった。





応援クリックポチッとお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ




$あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」-曇り空の海