風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -128ページ目

─磯崎さん─

「自分の妊娠と友達との約束と、どっちが大事なんだ、まったく」くたびれた鞄を手に取った私は、眉間にしわを寄せた。
「それは約束が大事でしょう。だって何人も集まるらしいから」冷蔵庫にしゃがみ込んだ妻が視線を向けた。

「そんなもんか」
「別に具合が悪いわけでもないんだし、明らかに妊娠だと分かったわけでもないし」
「まあ、それはそうだけど」
娘の妊娠と聞いて、私など、仕事が手に付かなくなりそうな勢いなのに、命を産み落とす女同士だからなのか、なんと淡々とした受け答えだろう。

それは別にしても、喉元まで出かかっているのに、それが思い出せない。そんなもどかしさは続いている。
妻が髪を留めているバレッタを見た瞬間、モヤがかかっていた顔と、謎の言葉の一部を思い出していた。

そうだ、磯崎さんだ。

「302号室だったかなあ、磯崎さんって知ってる?」
「302号の磯崎さん?……」妻は首を曲げた。冷蔵庫がボムッと閉まった。

「40代ぐらいの、頭のてっぺんにバレッタをしてる女の人」
「ああ、小太りの?」立ち上がった妻は、両腕を曲げて脇でOの字を作った。見た目はそこまで太ってはいなかったのだが。
「そうそう!」
「そう言えば一度、趣味の集まりがあるとかなんとか、誘われた人かしらね。お断りしたけど。その人が何か?」

あの人、実在するんだ。

「いや、ならいいんだ」右手を振った。
「あなた、今夜は何にしますか」
「なんでもいいさ」
「じゃあ、カレーにしましょう」

今日を最後と思って、日々を大事に生きてください。

「それはいいね。で、何時ごろ出かける予定だ」
夢ははっきりとした形を見せてきた。その夢の中で、妻は死んだのだ。
そのせいだろうか、そうですねぇ、と、壁掛け時計を見上げた妻の横顔を、愛おしいと感じた。

利他の心で生きてください。

「いつも2時頃ですからね。でも今日はカレーだからお昼過ぎぐらいにしましょうかね。ちょっと寝かせたぐらいが美味しいし」
「じゃあ、今日は午前中にしなさい。それがだめなら、いつも通り2時にしなさい。これは絶対だ。絶対だからな。帰ってきたらレシートで確認するから」

夢で妻の死亡が確認された時間は、午後の1時半過ぎ。

「あらあら、おかしな要求だこと」
「絶対だからな」私は右手の人差し指を、指差し点検をする駅員さんよりも、しつこく振った。
「はいはい、わかりました」
再び壁掛け時計を見上げた妻は、記憶に刻み込ませるように、午前中か2時ね、と呟いた。

「うん、そうしてくれ。いつもありがとう」
「あら!」
「うん?」妻が指さした後方を、私は振り返った。
「雪が舞ってます」
「えぇ!」ベランダに向かって二、三歩歩み寄った。
「嘘です」



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ベランダ

部屋を出た僕は、駅の近くの花屋に立ち寄った。
冬に咲く花は多くはない。水仙の切り花があったけど、僕はシクラメンの鉢植えを慎重に一つ選んで、レジに向かった。

そう、今日は君の大切な日だから。

見上げた空はあくまでも青く澄み渡っていたけれど、一月の風は頬と耳たぶを刺し、鉢植えを下げた指なし手袋からのぞく指先を、凍えさせた。

駅の改札の前に立ち、僕は人の波を見つめた。鉢植えを足下に置いて、めくったダウンジャケットの袖からのぞく腕時計に目をやると、午前11時を少し過ぎたところだった。再び鉢植えを手に持ち、また改札を見つめる。

こちらに向かって手を振る君の姿を想像して、僕はわくわくして、口元がゆるむ。

でも、肩にネイビーブルーのバッグをかけ、シクラメンの鉢植えをぶら下げた風采のあがらない男は、少し間抜けに見えるかもしれない。
時計は12時半を過ぎてしまった。

寒さが身に凍みた僕は駅の西口に移動して、太陽の日差しを浴びた。たちまち背中と肩の筋肉がゆるみ、少し楽になる。

再び改札に戻った僕は手を振った。思い切り右手を振った。君の笑顔は変わらない。
きっと、僕の中で永遠に変わらないのだろう。僕は少し涙が出る。

何か食べていく?
君の反応を見て、僕はすかさず、じゃあ、スーパーに寄ったらまっすぐに帰ろう、と口にする。君の好きなイチゴのショートケーキがあるといいね、と。

部屋のドアを開け、君が微笑む写真立てにシクラメンの鉢植えとイチゴのショートケーキを捧げる。これは二年前のお正月に明治神宮で撮った写真。大鳥居の前でピースサインをして微笑む君は、何も恐れず、明日を信じた顔をしている。

社会的な契りなど結んでいなかった二人に、将来を誓った証も、君が存在した証も、君が消えた証明もない。

改札の前で君を待ち続け、繋がらない携帯をいじり続け、夜になったあの日を僕は忘れない。ついに君に、新年のおめでとうをいえなくなったあの日を忘れない。

電話一本繋がらないだけで状況すらつかめない、何てあやふやで不完全な仲なのだと呪った、あの日を。

今日は大切な日。一周忌の後の、君の初めての祥月命日。

来年もまた僕は、君の笑顔を、あの改札口で待つのだろう。もしも、僕が引っ越ししてこの町からいなくなっても、この日はまたこの町にやってきて、改札の外で待つのだろう。

ここで待っていないと、君が絶対に悲しむと、僕には思えてならないから。




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赤羽駅


MY LITTLE LOVER Hello,Again ~昔からある場所~

─朝に不似合いな食べ物─

「ハヤシライス?」
起き抜けでくぐもった声は、部屋の空気をゆらりとも動かした気配はなかった。再び枕に顔を埋めた私の鼻腔に、それでもやはり、香りが漂ってくる。

違う。ハヤシライスじゃなくてカレーだ。
そうか、カレーだったか。納得しかけた私に疑問がわいた。ハヤシライスとカレーって、香りは似て……ないんじゃないのか?
それにそもそも、カレーの香りなどするはずが……ないじゃないかと。

ぼんやりとする私の頭は、枕の上で夢の中を漂い始めた。
夢の中で私は、目覚めていた。



出勤の身支度を整えた私は、ダイニングテーブルに腰を下ろし、朝の食卓に似つかわしくないそれを、じっと見つめていた。
頭がもやもやとする。思い出せそうで思い出せない。のど元までそれが出かかっているのにその名前がついぞ出ない。そんなもどかしい感じに襲われていた。これはやはり歳のせいなのだろうか。

しかし、なぜ朝にビーフシチューなのだろう? 私はそれをなおも見つめた。

今日を最後と……

ん……なんだ?

ああ、そうだった。昨夜の夕食に私がリクエストしたビーフシチューだった。同僚と酒を飲みに行ってそれを食べなかったのだ。
それなら今夜の夕食に回せばいいものを、なぜ朝なんだろう?

今日を最後と……

今日を最後? 頭に浮かんだ言葉を反芻した。これなんだったっけ?

私はフォークを手に取った。今日を最後?

頭に去来する色んなことを思いながら、噛み締めながら、私はそれを食べた。美味しい。朝の出がけの突然のリクエストにもかかわらず、夕食にここまでの味に仕上げるとはやはり並の腕ではない。しかし、今は朝。私はフォークを置き妻に声をかけた。

「悪いな。美味しかったけど、朝からこれはちょっと食べきれないかな」
「いえ、こっちこそ。絵里から電話があったりしたものだから」
「絵里から? どうせまた、夫婦げんかの愚痴だろう?」
「それが」妻は意味ありげに微笑んだ。

今日を最後と思って……

「まだはっきりしないけど、妊娠したかもって」妻は自分のお腹をぐるぐると撫でた。
「本当か!」立ち上がった途端、椅子が音を立てた。これが妊娠なら初孫になる。
「いえいえ、はっきりしないんですよ。妊娠検査薬が微妙だって。だから、明日にでも病院に行くそうです」

「そうか。で、なんで今日じゃないんだ」座りなおした私はコーヒーを口に運んだ。興奮で心なしか手が震えた。

「ビーフシチューに日本茶は変だと思って、コーヒーにしました」
「うん大丈夫だ。いい味に淹れてある」
「豆を挽く時間もなくて、インスタントですけど」妻はにゅっと笑った。
インスタントか。私は少し、恥ずかしさを覚えた。まるで腕の悪いソムリエみたいだ。

「それに絵里は、今日はお友達と食事会ですって」
これはあたしのお昼ご飯。妻はそう言いながら、私の食べ残したビーフシチューを台所に運んで行った。




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カレーライス

─ミシュアの正体─

「妻が信じたイエスも救世主ではないと……」
もちろん、私はそれを信じていたわけではなかった。
そもそも宗教などには興味を示さない、ごく一般的な日本人だからだけれど、教祖様に会って考えが変わった。神なるエロヒムが天地を作り、人類を創造した。そして今度は、地球を新たなる楽園に変えてくれる。

ただ、日曜のミサに足繁く通い、妻が敬い愛し求めたイエスが、彼女が期待した存在ではなかったことに、哀れを感じた。

「救世主などいません。地上に降り立ったのは教師たちです。あなた方日本人にはなじみ深いゴータマ・シッダールタ。釈迦とも釈尊ともブッダとも呼びますが、あの方もそうです」
「イエス・キリストもそうだと」
「その通りです」
「私と決して意見は合いませんでしたが、私は止めたことはありません。妻が信じたものですから。けれど、妻は間違ったものを信じたんですか」


慈しみ深き 友なるイエスは 罪咎(つみとが)憂いを取り去り給う
こころの嘆きを 包まず述べて などかは下ろさぬ負える重荷を……


家事の合間に聞こえてきた賛美歌が、耳の奥に蘇る。妻の背中が見える。色の白いほっそりとした手が見える。彼女が信じ、求めたものは嘘だったというのか。胸が痛い。

「イエス自身が間違いを犯したわけではありません。そもそも彼は、告解も贖罪も説いてはいないからです」
「こっかい? しょくざい?……」
「告解はいわゆる懺悔と言われたりするものです。贖罪とは、イエスが十字架上で死んだことにより、本来罪人であった人間の罪を贖(あがな)ったとするものです。
告解にせよ、罪さえ明かせば何も学ばなくとも赦されるとは、不思議なことだとは思いませんか。贖罪と言ってみても、自身の罪をいったい誰が贖えるというのでしょう。
永遠の命は、それらに従わずとも保証されています。
あり得ないことですが、神がその命を閉じれば、きっと我々も消えてしまうでしょうが。
それに、罪などというものはそもそも存在しないのです。ですから、神の命令に背いたとされるアダムとエヴァの原罪もないのです。
神は何者に対しても、どんな現象に対しても、命令しません。裁きません。ただそこに存在して、愛を放射するだけです」

「そんな論争をしたいとは思いません。聞いても意味が分かりません。天地と人類を創造したエロヒムが楽園を作るのです。それだけは確かです」
「それは失礼しました。ただ、わたくしは利他愛を示しただけに過ぎないのです。人のために自分を役立てることを……」
「わたくし?」私は耳を澄ませるように、小さく首をかしげた。
「はい、わたくしがそう言うのですから」

私の抱いた疑問に答えるように、ミシュアが言葉を発した。
「わたくしは、あなた方が知るところの、ナザレのイエスです。もちろん元が付きますが。
地球時間の二千年ほど前、大工のヨセフと妻マリアの間に降り立ちました。もちろん、種として当然の営みの元に。それは人類を救うためではなく、導くために。邪悪なるものではなく、唯一絶対神の望みに沿うために。しかし、願いは時を経て捻じ曲がっていきました。それが地上に混乱を生んでいるとしたら、心の痛むことです。
大いなる存在を崇めることに、何らの儀式も装飾もいりません。むしろ崇めることすら不要です。ただ、愛せばよいのです。一人ひとりが利他の心で生きることです。そこに神が顕現します」

「もしもあなたがイエスだとするなら、望むものは何でも叶えられるというのですか。エロヒムよりも力があるというのですか」

「もう一度言います。エロヒムは創造神ではありません。そして、わたくしは救い主ではありません。それに卓越した超能力者でもありません。神の法則を他の人より上手く使えた者に過ぎません。神の愛を説きに地球に舞い降りた、ひとりの人間に過ぎないのです。
ですから、あなたの希望をすべて叶えることなどできません。しかし、一部はきっと……あなたの選択次第で」

「選択、次第……」
「あなた方を手助けしようとする善なる存在たちは、何も要求しません。指一本曲げることすら求めません。あなたはあなたらしく、あるがままに」



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キリスト

─神はサイコロを振らない─

「ようこそおいでくださいました」
その声は朗々として胸に響き、その柔らかさは、心に染み入るようだった。

「私は別に、来たくて来たわけではない」
思ったよりも憮然とした声になったことに自分でも驚いた。状況を飲み込めず、不安を覚えた私の、素直な反応だった。

「それはごもっともで」ミシュアと名乗った存在はふっと笑った。

「それにここは、いったいどこなのですか」光り輝きながらも、まったくまぶしさを感じさせない奇妙な空間を見回した。

「地球から少し離れた場所です」
「地球から離れた場所?」
勤務先の新橋ではなく、地球から離れた場所? 新橋から瞬時に浜松町へ移動することも、それはそれでおかしいことだけれど。

「すぐにすべてを理解することが難しいことはよく分かります」

ミシュアの周りには誰も見えないのだが、多くの気配を感じる気がした。
それはたとえば、飲み会に一人参加しただけで、場を一瞬にして盛り上げてしまうパワーを持った人がいるけれど、それにどこか似ていた。
その人が帰ると、数人が抜けてしまったような静けさになる、あの雰囲気に。

「あなたはいったい、この私に何がしたいのですか」
「わたくしはなにもしません」ミシュアは微笑み、ゆっくりと首を振った。「それに何も要求しません。あなたが選択するのです」

「妻は死んだんですよ! クリスチャンだったのに、酒酔い運転の車に轢かれて死んだんです。子育ても終わって娘も結婚して、これから何か趣味でも始めようかなんて言っていた矢先なのに、酒を飲んで車を運転するなどという常識外れで馬鹿な若者に殺されたんです!」
握った拳が怒りでぷるぷると震える。

「なぜなんですか!」
相手違いの理不尽な質問をぶつけているような気がした。しかしそれは、私の胸の中で湧き続けた、答えの出ないやるせなさだった。

ミシュアは黙って聞いていた。それを見て、私の言動はどこか、親に拗(す)ねる子供の心境に似ていると、ふと思った。
町で出会ったあの男も、どこか逆らえない雰囲気をまとっていたが、目の前の男は格段上だった。

「生まれいずることが必然なら、死もまた必然です。宇宙のあまねくところ、偶然などという目を出すサイコロは存在しないのです。そしてあなたのパートナーは死んだのではなく、夢から目覚めただけです」

「夢から、目覚めただけ?」

「そうです。あなた方にとっての現実が、実は夢なのです。
クリスチャンということでさらに申し上げれば、旧約聖書に出てくる神はまがい物です。あのようなものが神であるはずはないのです。神どころか、邪悪であるとさえ言えるでしょう。
神はかつて一度たりとも、人類に直接メッセージを送ったことはありません。そして、その姿を見せたこともありません。そんな必要はないからです」

ミシュアはこちらの疑問を読んだかのように、さらに口を開いた。
「あなたもわたくしも、神の一部だからです。右手を動かすときに、あなたはその手に、動きなさいと命令をするでしょうか」私はゆるゆると首を振った。

「でも、しかし、それが本当なら、妻は予定して、喜んで、そして死んだというのですか!」

「嫌々ながらに生を終える人というのは、実際にはいないのです。自らの役を終えれば、舞台を降り、先に楽屋に戻った人たちのところへ帰る。それだけです。
ただし、自殺だけは別です。あれだけはやってはいけません。自ら選んだ学びの場を自分勝手に放棄することですから」

「私は役者の話や自殺の定義など訊いてはいない! 妻は殺されたと言ってるんです!」

「殺されたりはしてはいません。だれも他の存在を殺すことなどできないからです」

「現に死んだんです。もうどこにもいないんです」

「陽が差せば影ができます。しかし、太陽が雲に隠れてしまえば、影はできません。夜になればなおさら」
ミシュアは、私にその情景を思い浮かべる時間を与えるように、静かになった。

「あなたはそれを実体が失われたというでしょうか」

声が途切れると深い静寂が覆う。私は何かを考えているようで、実は何も考えていないようにも思えた。
一人過ごす夜の無音の部屋でさえ、これほど静かではない。意識を向ければ、そこには時を刻む時計の針の音がする。部屋の片隅で、命を削っていく時間の音がする。

「言いま……せん」
「その現象をなんと言いますか」

無視をすればいいのに、私はなぜ、こんな問答をしているのだろう。しかしその声は、私に否応なしの回答を求めていた。

「曇ったとか、日が陰ったとか、日が落ちたとか」
「地上での実体は影に過ぎないのです。神は光そのものです。地上を去る者たちのために、神は自らの光を隠すのです。
だからこそ、かつて大地に影を落とした実体たちは、再び光を目指すのです」




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太陽

かなり寒いけど、思い切って外へ出て、空を見上げてごらん。
あ、手袋とマフラーも忘れないでね。

あはは、そんなに息を切らせるほど急ぐことはないよ。

何が見えた?

東の空にオリオン座は見えるかい。ぐるっと見てごらん。
ペテルギウスはどうかな。
冬の大三角形も見えるだろ? 木星に金星も目に届いたかな?

見えないって? もっと頭を上げてごらんよ。

まだ見えない? 
あぁ、そっかぁ、そっちは曇り空なんだね。

じゃあ、目を閉じてみようか。

耳元を吹き過ぎる、風の音を聞いてごらん。

凛とした冬の夜風を、頬で受け取ってごらん。

君の温かな息と、柔らかな呼吸音を、感じてごらん。

北の空には不動の北極星があるんだよ。それがポラリス。
その上にはカシオペア座。
今の時期は空高くに昇っているから、W字型ではなくてM字型に見えるんだよ。

北西の空には、大きな十字架が浮かんでいるんだ。はくちょう座だよ。
今の時間だと、本当に十字架のように見えるんだ。
だからといって、クリスマスがキリストの誕生日じゃないことぐらいは、君も知っているよね。

さあ、目を開けて、あごをあげて、空に浮かぶオリオンをイメージしよう。
大人になってから見えなくなってしまった、いろんなものを、君の五感で捉えてみよう。

そして、星に願いを。



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オリオン座
冬のオリオン


ビリー・ジョエル「星に願いを」
強がりも、ちょっと斜(はす)に構えた態度も、世の中をなめたような蓮っ葉な言動も、いつか気恥ずかしくなる日がやってくる。それが成長するということに違いない。

何かを、あるいは誰かを皮肉るのも、世を拗(す)ねるのも容易なこと。けれど、きっと、生涯嘘をつかないのは、君がこらえきれずに流した涙。
なぜなら、それが悲しみの涙であれ、悔しさの涙であれ、嬉し涙であれ、涙は君の虚を突くから。

思い出してごらん。涙を誘ったのは、君が持つ直向(ひたむ)きな感性だったということを。
それを錆び付かせぬように、失わぬように。
その涙の理由も記憶にとどめるように。そして明日に向かって、それを忘れてしまうように。

涙の雨の向こうには、いつも、虹が出たじゃないか。


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虹

井上陽水「飾りじゃないのよ涙は」

─アヌンナキ─

「アヌンナキのことをおっしゃっているのですね」
アヌンナキ? 初めて耳にする単語だった。呆気にとられた私は、もちろん無言だった。
「それはあながち間違いではありません。人類は知的生命体の手によって創造されたことは事実です」
「あながちって、どういうことですか」私は努めて平静を装った。
「ゼカリア・シッチンが読み解いた粘土板は間違いも多く、パーフェクトとは言い難いからです」

ゼ……ゼカリア・シッチン?

「人類はそれを、神と呼びました」

「あなたが口にしている神と、人類の神は違うものだと言うんですか」私の舌は少しもつれた。

「その通りです。では、宇宙に存在するあらゆるものを創造したのが、アヌンナキだとお考えですか」男は穏やかに問いかけてきた。
「私は知りません。でも、天地を創造したのは私の言う神です」
「天地を創造できるのは、大いなる存在のみです」

「全然話がかみ合わない! 天地を創造したのが、その大いなる存在とやらなら、なぜ、人類を創造したのが、宇宙人なんですか。宇宙の偉大なる存在エロヒムがすべてを創造したのです」

「大いなる存在が創造したのはアーキテクチャ、基本です。神は初めに宇宙を作りました。そしてそこに法則を埋め込んだのです。宇宙は今もそのプログラムを元に膨張を続けています。原初から現在まで宇宙ではいろいろなことが起こっています。その始まりから見れば、地球と人類はまだ非常に若い」男は柔らかな羽毛のように、きわめて穏やかだった。
このままでは平行線をたどるのは目に見えていた。

「私の妻はクリスチャンだったんです。なぜ救われなかったのですか!? 私のために夕飯のカレーを作ろうとして、その帰りに飲酒運転の車に轢かれて死んだんです」震えるほどの悲しみが、波のように襲ってきた。

「だから」息を吸って、ゆっくりと吐いた。そしてまた意識して吸った。「キリスト教の唱える神など糞くらえです!」
男は黙って幾度も頷き、わずかに微笑んだ顔で私を見つめた。それは、他に何か質問はないかと、問いかけているようにも見えた。私はその男の静かな目を黙って見つめ続けた。

「まことに残念ながら、キリスト教が唱える神は、いえ、もっと言えばイスラム教もヒンドゥー教も同じくですが、神の真の姿とはほど遠いものです。
神は創造主ではありますが、救い主ではないのです。神は、アルファからオメガまで、そこに在るものです。よって、賞賛や崇拝を求めたりはしません。
偶像を崇拝したり、バベルの塔を建てようとする人々を罰したりもしません。祈りに応じて人を助けたりもしません」
男はまくし立てるでもなく、静かに語った。私はただ、頭の中を通り過ぎるそれらの言葉を、黙って聞いていた。

「しかし、時として」男は確信を込めるかのように、小さく頷いた。
「人を救うことがあります。言葉を換えれば、その法則の一部は人の願いが叶うように神がプログラムしたのです」
「神がプログラム、した? 人の願いが、叶うように?」
「はい。ですから、神が直接個々人を選別したうえで、願いを叶えたり、手を差し伸べたりしているわけではありません。何度も申し上げますが、神は宇宙に一定の法則を埋め込んだのです」

「意味がよく分かりません」
「坂上さん、私はあなたに会うために、ここに現れました」
「え?」
この男、なぜ私の名前を知っているのだ。
往来で立ち止まる二人を避けるように、人々は足早に通り過ぎていく。冷たい師走の風も、吹き過ぎていく。

「ミシュアにお会いになりますか?」また訳の分からぬ単語が出てきた。それは私を現実に引き戻した。
「誰ですかそれは。私はこれから仕事で」腕時計をトントンと二度叩いた。「無駄話に付き合っている暇なんてないんです。人の不幸や死は宗教の飯の種ですか」強気な言葉を吐くものの、私は目の前の男に気圧(けお)されていた。

「宗教ではありません。真実です。では、時間を止めましょう」男は微笑み、人差し指を天に向けるように立てた。
「しばし、おつきあいください。では、行きます」

男の声と同時に、私は現実世界とも思えぬ不思議な空間に立っていた。


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天地創造
これまで出会った様々な人たち、いろいろな出来事に、さよならを告げよう。
心からの、ありがとうの言葉を添えて。

過去は過去、未来は未来。
過ぎたことは忘れればいい。まだ起こらぬことは放っておけばいい。
今を生きる以外に、君の居場所はない。
それらをすべて飲み込んで、受容して、初めて君の人生が始まる。

何もかも、すべて受け入れよう。そして、柳のように受け流そう。
たとえそれが、君の人生を邪魔していると感じたとしても、君に不要なことは君の身に起こらないのだから。

君は今、試されている。きっと自分自身に。
その悪巧みに嵌(はま)らぬように。心挫けぬように。

明日を夢見る力がなければ、今という瞬間を、ひたすら生きよう。
前を見る必要はない。到達点の見えない道は辛く、長いから。

足元を見よう。一歩一歩。
それでも、よろめきながらでも、前に進む左右の足に、感謝をしよう。
そして、笑顔を忘れぬように。
その笑顔は、きっと、誰かが見ている。




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道

大橋純子「たそがれマイ・ラブ」

─ゴッド─

「あなたはゴッドを信じますか」
吉野屋で牛丼を食べて会社に戻る途中、前方をふさぐ人物に問いかけられた。

アタマの大盛り牛丼380円に生卵、それが今日の昼食だった。
運ばれてきた牛丼に、周りがびっくりするぐらいの紅ショウガを入れて五分の二ぐらいを口にしてから、お醤油で溶いた生卵を投入して箸でかき回して食べる。
生卵をたくさん入れた牛丼は究極にうまいという噂があるが、やってみたことはない。コレステロールを気にしなくても平気な、若い頃に食べておくべきだった。

生卵を割って投入した牛丼は、卵牛丼だろうか、それとも、玉子牛丼だろうか? 待てよ、玉子牛丼だったら、卵焼きが乗っかっていそうな気配だな。だから当然、卵か。そんな、どうでもいいことを考えながら食べた。

「ゴッド? 何、それ」
「語弊を恐れず申し上げるなら、神です。すべての源となった大いなる存在です。それを信じますか」
「そんなもの、信じません」勢いよく口にしたら小さいげっぷが出た。それは紅ショウガの匂いがした。
妻がいなくなってから朝食はしなくなった。というか、できなくなった。そのせいで昼間にしっかり食べることになった。そして、案の定、眠くなる。

「それは、なぜですか?」男は外連味(けれんみ)のない、まっすぐな視線を向けた。
「妻が死にました」
なぜこんな、きわめて個人的なことを見ず知らずの男に口走っているのだろう、と考えて気がついた。妻がクリスチャンだったからに違いないと。
「それはそれは」痛ましげに語尾を濁した、白いスタンドカラーのシャツに黒いカシミア風のコートを羽織った男は、一見神父のようにも見えた。

「因果の法則を知っていますか?」私が質問すると男はちょっと困惑したような表情を浮かべた。
「すべての原因は、はっきりとした結果を生むのです。すべての結果には、原因があるのです。結果として妻を殺したのは私です。訊きますが、神とは何ですか」

男は微笑んだ。「大いなる存在はエネルギーです。ヴァイブレーションです。愛の波動です」

愛の波動?
かつて、最高ですか! 幸せですか! そう問いかける、詐欺男を教祖とする法の華三法行の人たちに出会ったことはあるが、これまた胡散(うさん)臭い奴に捕まったものだ。

「それで何か、救われるのですか?」ヴァイブレーションだの愛だの、脳天気なことを口にする男に、私は少し興味を持った。教祖様の話でやり込めてやろうかとも考えた。

「真実を分かれば、きっと魂が救われます」
「真実ってさ……本当に分かってるのかな。人類を作ったのは誰だか、あなた知っていますか?」
「大いなる存在です」
「全然分かってない! 宇宙人です」
「ああ、なるほど」男は頷いた。私の言葉に驚き、二の句が継げないはずだ。



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吉野屋