─そしてクミンの香り─
耳元で音がした。パイプ枕に顔を埋めていることに気づいた私は、寒さを覚えて布団を肩まで引き上げた。
カレー特有のクミンの香りは、やはり漂っている。
昨夜は何を食べたっけ……一人で、何を、食べたっけか。ダイニングの風景を思い浮かべる。キッチンを思い浮かべる。
何を、食べたんだっけ。
キッチンでパタパタとスリッパの音がした。
それはとても懐かしい音。そしてそれは、我が家の音。失くした音が確かにする。
「もう、起きますか?」
明日の朝は残り物のカレーでいいかしら。休日だし。確かに妻はそう言った。
そうか、そうだった。私はすべてを思い出していた。もう、一人ではないのだ。夢だか現実だか分からない世界のミシュアが、きっと約束を守って、妻を戻してくれたのだ。
あるいは、若かった頃には感じていた妻のありがたみを、いつしか当然のこととして忘れ去った私に、いっときの辛い夢を見せたのに違いない。
妻の問いかけに答えなかったせいで、パタパタとスリッパの音が遠ざかっていった。
毛布を両手と足で巻き込み、ごろりと右に寝返りを打って、幸せな微睡(まどろみ)に身を任せた。
「あ、らっきょうと福神漬けが少ないわ!」妻の声が聞こえてくる。
冷蔵庫の前にしゃがみ込み、そんな声を上げることがたびたびあった。牛乳がないとか、バターが足りないとか。
その配慮の足りなさを苦々しく思っていた自分が確かにいた。でもそれは、昨日までの私。
「よし! 俺が買ってこよう!」
睡魔を引きはがし、掛布団を蹴り上げた私は、勢いよく起き上った。
「な、なんですか!?」再びパタパタとスリッパの音をさせて妻が顔をのぞかせた。
「らっきょうと福神漬けは俺が買ってくる! 西友か? ダイエーか? どこに行けば売ってるんだ?」
妻の手が私の額に伸びてきた。
「熱はない」私は妻の手のひらに額をこすりつけるように、首を小刻みに振った。
「ダイエーのほうが近いけど」
そんなことは、言われなくても分かっているが……。
「よし、じゃあ、ダイエーに行ってこよう。近いしな」
「初めてのお使いね」
「こ、子供じゃない!」
「あ、雪が」額を離れた妻の手が、ベランダを指さす。
「も、もう騙されん」
「本当ですってば」
起き上がり、ふらつく足下でベランダに寄った。
「嘘です」
あなたがすがろうとした宗教が神の声を代弁し、そしてあなたを救い、癒すなどとはゆめゆめ思わないことです。
あなた方がもう少し進化すれば、地上から宗教は消え去るでしょう。
愛なら、今、何をしますか。それを念頭に置いて行動することは、けっして難しいことではありません。わたしたちはそもそも、ひとつなのですから。しかし人類はそれを忘れたかのように見えます。
他に道はたくさんあったとしても、たったそれだけを追いかければ、きっと真実が見えてきます。揺るぎのないものが姿を現します。愛を放射すれば、愛が返ってきます。なぜなら神は愛。
愛を映す鏡だからです。
原初から終わりまで、アルファからオメガまで、たったひとつのものしか存在しません。それが神、大いなる存在です。それ以外は存在しないのです。だからあなたもわたくしも神の一部なのです。
厳密に言えば、始まりも終わりもありません。時間というものも存在しません。あなた方の偉大なる教師仏陀は、それを無始無終と説きました。
余計なことは考えない方が賢明です。心を無にする時間を作ってください。
思考は悲観論者です。やがてそれは否応なく不安を呼びます。思考は不安の水先案内人ですから。
あなたが迷うのは自然のことです。しかしそれが、迷い苦しむ状況であるのなら、迷わないことです。我欲を捨てて即座に決断することです。
あなたの行く道は、迷っても迷わなくても同じです。しかし、我欲を捨てれば、少しだけ違った、素晴らしい世界へ移行できます。
あなた方の偉大なる教師仏陀は、その境地をなんと呼んだかご存じですか。
そうです、無念無想です。
過去でもなく、未来でもなく、今という一瞬を生きてください。
あなた方の地上での命には限りがあります。生まれいずる前はその期限を知っていたのに、人類は、あえて忘れるようにできています。今日を最後と思って、日々を大事に生きてください。地上での最後の日は、予期せぬ時に必ず訪れるのですから。
最後にひとつ。わたくしは十字架の上で磔になどなってはいません。妻や子とともに、創造主に呼び戻されるまでの命を全うしました。
ミシュアの声が蘇った。
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