─ゴッド─
「あなたはゴッドを信じますか」
吉野屋で牛丼を食べて会社に戻る途中、前方をふさぐ人物に問いかけられた。
アタマの大盛り牛丼380円に生卵、それが今日の昼食だった。
運ばれてきた牛丼に、周りがびっくりするぐらいの紅ショウガを入れて五分の二ぐらいを口にしてから、お醤油で溶いた生卵を投入して箸でかき回して食べる。
生卵をたくさん入れた牛丼は究極にうまいという噂があるが、やってみたことはない。コレステロールを気にしなくても平気な、若い頃に食べておくべきだった。
生卵を割って投入した牛丼は、卵牛丼だろうか、それとも、玉子牛丼だろうか? 待てよ、玉子牛丼だったら、卵焼きが乗っかっていそうな気配だな。だから当然、卵か。そんな、どうでもいいことを考えながら食べた。
「ゴッド? 何、それ」
「語弊を恐れず申し上げるなら、神です。すべての源となった大いなる存在です。それを信じますか」
「そんなもの、信じません」勢いよく口にしたら小さいげっぷが出た。それは紅ショウガの匂いがした。
妻がいなくなってから朝食はしなくなった。というか、できなくなった。そのせいで昼間にしっかり食べることになった。そして、案の定、眠くなる。
「それは、なぜですか?」男は外連味(けれんみ)のない、まっすぐな視線を向けた。
「妻が死にました」
なぜこんな、きわめて個人的なことを見ず知らずの男に口走っているのだろう、と考えて気がついた。妻がクリスチャンだったからに違いないと。
「それはそれは」痛ましげに語尾を濁した、白いスタンドカラーのシャツに黒いカシミア風のコートを羽織った男は、一見神父のようにも見えた。
「因果の法則を知っていますか?」私が質問すると男はちょっと困惑したような表情を浮かべた。
「すべての原因は、はっきりとした結果を生むのです。すべての結果には、原因があるのです。結果として妻を殺したのは私です。訊きますが、神とは何ですか」
男は微笑んだ。「大いなる存在はエネルギーです。ヴァイブレーションです。愛の波動です」
愛の波動?
かつて、最高ですか! 幸せですか! そう問いかける、詐欺男を教祖とする法の華三法行の人たちに出会ったことはあるが、これまた胡散(うさん)臭い奴に捕まったものだ。
「それで何か、救われるのですか?」ヴァイブレーションだの愛だの、脳天気なことを口にする男に、私は少し興味を持った。教祖様の話でやり込めてやろうかとも考えた。
「真実を分かれば、きっと魂が救われます」
「真実ってさ……本当に分かってるのかな。人類を作ったのは誰だか、あなた知っていますか?」
「大いなる存在です」
「全然分かってない! 宇宙人です」
「ああ、なるほど」男は頷いた。私の言葉に驚き、二の句が継げないはずだ。
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