
放課後の楽しみは、本屋とレコード屋と、パン屋だった。
活字と音楽と食欲。これが僕には必須の三大アイテムだった。
中でも揚げパンが大好きだった。
聴く音楽はほとんど洋曲だった。それまで僕の心を捉える日本の音楽はなかったから。
フォーク・ソングが登場し、その後、現在のJ-POPのはしりが出た。
ほとんどのアーティストがそうであるように、CDなどの音源であるレコーディングの歌声を、ライブで超えることはない。
けれど、これをやすやすと超える人が登場した。時が経つほどに情感が加わり、レコーディング時より心に迫る力を増していたほどだった。
いや、いたというといまだ現役の彼女に失礼になる。
1958年生まれ。医療機器専門商社「八神製作所」創業家の第4代会長の長女。
神の与えし声の持ち主、それが、八神純子
プレ・デビュー曲を除けば、本格的なデビュー曲となり、自らの作詞作曲による「思い出は美しすぎて」
ヴォーカルの合間に吹く首から提げたサンバ・ホイッスルが印象的だった

12万枚のセールスだったが、2枚目で失敗し引退の危機に瀕することになる。
そして、起死回生の3枚目のシングル「みずいろの雨」が60万枚のヒットを記録し、その後も「思い出のスクリーン」「パープル・タウン」「ポーラ・スター」などのヒットを飛ばした。

なんと艶のある声なのだろう。彼女はやはり、一種の天才と呼ぶべきだろう。心を揺さぶる力の強さにおいて、僕の中の2大巨頭は、八神純子と村下孝蔵に違いない。
過去に取り上げたけれど、村下孝蔵の極めつけの一曲「初恋」は今聞いてもグッと来る。

日差しの眩しい校庭、土埃の匂い、花壇に咲く花、オタマジャクシが泳いでいた、ちょっと変な匂いのする池、昼下がりの教室。
恋という、それまで出会ったこともなかった不思議な感情に心ときめかせた頃が、まざまざと浮かぶ。
そして無性に誰かの声を聴きたくなる。
冬に陸から海へ吹く風、夏に海から陸へ吹く風。
髪を乱して通り過ぎて行った、切なくも激しい、季節風だった。
小説を書く手が止まった僕は、こうやって間をつなぐ(苦笑)
それも、案外まじめに。
僕たちの年代には、こんなにもすごい歌手がいたんだぞ。いや、今も健在だけれどね。

「みずいろの雨」詞:三浦 徳子 曲:八神純子
「思い出は美しすぎて」 作詞:作曲:八神純子
ポチポチッとクリックお願いします。
短編小説 ブログランキングへ
にほんブログ村













