「どうですか?」椅子に座った高瀬は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「はい、大丈夫だと思います」わたしは頷いた。
「どうぞお掛けください」言葉に従って腰を下ろした。椅子のスプリングがギシッと音を立てて、月に一度の憂鬱な時間が始まった。
「大丈夫とは、すべてのことにおいて、と受け取っていいですか?」
「はい」
「嘘はついていませんね」
「はい」
これは、どんな思考の流れで出てくる問いかけなんだろう。嘘をつく理由などどこにあるというのだろう。

人って、信じていても裏切られたりする。だからと言って疑ってばかりいると、美玖ちゃん、あんたの顔が醜く変わっていくよ。時間をかけて、ゆっくりゆっくり醜くなる。
美玖は別嬪(べっぴん)さんだから、そのままずっときれいでいなさい。
騙されるのはいやだけど、騙すよりまし。死んだおばあちゃんの言葉が蘇る。
「彼の──門脇さんの言動に何かおかしなところは感じませんか?」
「いえ」軽く首を振った。
この人の目は笑わない。いつもそうだ。だから目は合わせたくない。
「では」高瀬が立ち上がった。「こちらへ。いつものように着衣を脱いで横になってください」ドアの向こうにはベッドがある。
「メンテナンスを始めます」
「あの……」
「はい?」高瀬が肩口に振り返った。蛍光灯の光を弾いた眼鏡のレンズで、その目は見えない。
この人は、何を求めているのだろう。
お金だろうか、地位だろうか、研究によって得られる名声だろうか。
「あの──高瀬さん、メンテナンスという言葉はやめていただけませんか」追いすがるように声を掛けた。
「それは失礼。では、検査を始めます」
始めからそう言えばいいではないか。初めて会った時、わたしまだ──血の通った人間だったのだ。
この人に、心というものはあるのだろうか。
肌寒い日に、つるりと冷たい陶器が二の腕の内側に触れたような嫌な感じは、どうにも好きになれない。
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