ZERO ONE「14」 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

「じゃじゃーん」袈裟に掛けたウエストポーチに手を忍ばせたとたん、美玖の眉が、ふん? と上がった。

「ご婚約おめでとうございます」指輪のケースを差し出し、恭しく頭を下げる。

顔を上げると、憂いいっぱいに眉をしかめた美玖の目は、うろうろと落ち着きを失っている。

「どうしたの」
「プロポーズ……だよね」
「これが、バカでかいチロルチョコに見えない限り、そうなんだけど……」

「涼ちゃん、ごめんなさい」美玖は俯くように頭を下げた。
「それは受け取れない」唇ときゅっと閉じた。

「今まで黙ってて申し訳ないけど──あたし、子供のできない体なの」
苦いものでも吐き出すように、言葉は連なり唇からこぼれた。

思いもかけない告白に僕は衝撃を受けた。けれど、子供が欲しいから彼女と結婚したいわけではない。

しかし、女性にとって子供ができないというのは、その存在を根底から揺るがすほどの負荷だろう。彼女はこんなものを背負っていたのか。

僕は言葉を探すように唇をなめ、つばを飲み込んだ。




「そ……そんなこと気にすることないよ。僕は子供が欲しいんじゃなくて美玖と一緒にいたいんだ。
子供ができないなら、できないなりの暮らしをすればいいんだ。ないものを望むより、あるものに感謝しながら生きることが大事なんだよ」

「でも」
こんなに悲しそうな顔をする美玖を見るのは初めてで、僕は混乱していたし、胸はひどく傷んだ。

「それでいいんだ。ふたりで生きて行けばいいんだよ。世界に意味のないことなんて起こらない。子供が生めないなら産めないなりの理由があるんだ。
上手く言えないけど──単に体のせいとかじゃないわけが絶対あるんだ。だから、それは悲観すべきことじゃないんだ。それが行くべき道なんだよ」

人生には、なぜだろう、どうしてあのとき、と悔やむことが少なからずある。その中には、人の力ではどうにもさからうことの できない力、不可抗力も存在する。

いずれにせよ僕は無力だったけれど、ここを、この場を、振り返ってみて後悔する場面にはしたくない。

「花に鳴く鶯(うぐいす)水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける──紀貫之だったよね」

うん。美玖が頷いた。古今和歌集、と目が少し笑った。
「僕はまだ君に、教わりたいことがたくさんある。歌を詠まずにはいられないことを僕たちはもっと経験できるはずだ」

「ありがとう」美玖が頭を下げた。
「だけど少し考えさせて。少しだけ時間をちょうだい。頑張ってみる」

「美玖……」
「頑張ってみるから」

自分の体のことで苦しむ美玖に僕はこれ以上何も言えずに、ただ頷いただけだった。


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