猫と彼女がいた部屋「7」 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」
空を見上げると、ゆっくりと流れる雲が太陽をさえぎった。
辺りに広がる灰色の景色は、まるで思考を止めた僕の心みたいだった。

やがて雲の縁を白くしながら日差しが戻り、世界は彩られたはずなのに、僕の心に色は戻らない。

風が吹き、木々がざわめいた。遠くで鳥が鳴き、人が通り、車が走り抜けた。

若いお母さんが押すバギーが行き過ぎ、人の気も知らぬ子どもたちが駆けていった。

僕はここで何をしようとしているのか、それすらわからなくなっている。

あっ、僕は思わず小さく声を上げていた。
両手を広げ姿勢を低くして近づいてゆく。彼女と僕を結ぶ生き証人が現れた。

お前は何か知っているんだろう?

「うさぎ、おいで」しゃがみ込んで手を広げた。
うさぎはこちらを見て立ち止まった。

警戒感たっぷりに背中を低くした猫は、ダッと走って逃げた。

うさぎじゃなかった──。

ため息が、自分でも分かるぐらいに震えていた。膝に手をつき、重い体を立ち上がらせる。

気づかぬ間に影は長くなり、やがて夕方の気配が辺りを包み始めた。
答えはおろか、解き方さえ見つけられず立ち尽くす僕のコットンパンツを、夕焼けが赤くした。



やがて街灯がともり始めた。もしやと思いベランダ側に回ってみたけれど、部屋の明かりが漏れてくることもなかった。

彼女はもう、どこにもいないのかもしれない。冷える夜がやってきても僕は離れがたく、ただ立ちすくんだ。

僕たちは、もう二度と会えないのだろうか。それは何気ない日常に訪れた信じられないほどの欠落だった。

すれ違う人から見たら、彼女は一人の女性に過ぎない。けれど僕にとっては欠けてはならないパーツだった。
 
僕は大事なそれを失った欠片だ。誰も僕の原型なんてわからないぐらいの破片だ。

僕はぎゅっと目を閉じる。

歯を全開にして笑うと、空中を跳ねるドルフィンのように細く弧を描く目と、鼻の頭のちょっと横っちょにある小さなホクロ。まったく整えていないという凛々しい眉。

僕は彼女が大好きだった。

聞いてほしいことや知ってほしいこと。聞きたいことや教わりたいこと。
きっとたくさんあった気がするのに、もう叶わないのか。

冷やされた悲しみは尖った結晶になって降ってくる。チクリチクリと心に刺さりながら降り積もってゆく。

僕はここから、永遠に動けなくなるのかもしれないと思った。

頬に温かいものが当たった。あご先で冷たいそれが震えたとき、自分が泣いているんだと気がついた。


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