<パングボーン、
ハリスン、
バラード>
1438「オブザーバーの鏡」
国際幻想文学賞受賞
エドガー・パングボーン
長編 中村保男:訳 創元推理文庫
地球には、
実は三万年も前から火星人が住みついていた!
彼らは四本指で、
心臓の鼓動は一分間に一回きり、
そして火星人独特の匂いを放っている。
が、
彼らは手術で五本目の指をつけ、
臭跡消滅剤で匂いを消して、
人間の社会にはいりこみ、
将来の人間との「合同」に備えて
人類を監視している。
(オブザーバーの役目がそれである)
しかし、
火星人の中には、人類を憎んで、
目の敵にしている者がいる……
第一回国際幻想文学賞受賞の名作。
<ウラスジ>
まずは ”国際幻想文学賞”について。
この賞は、1951年~1957年の短い期間に存在した賞。
ただし、受賞作は、
『都市』 シマック
『人間以上』 スタージョン
そして
『指輪物語』 トールキン
と粒ぞろい。
1975年以降は、”世界幻想文学賞” に引き継がれるかたち、か?
”英国幻想文学賞” ってのもあるけど。
<本編>
主人公のエルミスはオブザーバーとして、
地球人の天才児アンジェロを見守っています。
そこへ、”元オブザーバー” で、
人類の存在を認めない<退官者>のナミールが、
良からぬ計画を実行し始めます。
アンジェロを使って、
人類を内側から根絶やしにしようというのです。
最初の企てはエルミスのお蔭で成就しませんでしたが、
悪の遺伝子を引き継ぐ息子、ビリー・ケラーによって
事は進展してゆきます。
「噂によると、そのウォーカーという男は
病原菌だか何かのはいった試験管を持っていて、
とびおりる前にそれをほうり投げたというんです」
「わたしはこう見るんだ――
人間どもは生きるのに適していないがゆえに、
人間どもが自滅するようしむけるのが
何よりよいことなのだ、とね」
結果、人類の手で作られた細菌兵器により、
地球は ”壊滅” の方向へ向かって行きます――。
……これ、バッドエンドで終わるのか?
最後の最後、
ずっとこの手記を書きつづけてきた(という設定の)
エルミスの言葉――。
うるわしき地球よ、
人間界の嵐が吹きすさぶ絶頂においても、
わたしは一度とておまえを忘れたことはない、
わたしの惑星「地球」よ、
おまえの森、
おまえの野原、
おまえの海、
おまえの山の静穏、
牧場、
流れつづける河、
めぐりもどる春を告げる不屈のきざし、
それをどうして忘れられようか。
……
これほどの<地球賛歌>で終わる
エンディングが他にあったでしょうか?
1439「宇宙兵ブルース」
ハリイ・ハリスン
長編 浅倉久志:訳 早川文庫
こいつあ掘出し物だ!
ボーナスでふくらんだポケットを想像しながら、
徴募係軍曹はケッケッとほくそ笑んだ。
かくて辺鄙な片田舎に住むビルの
平凡かつのどかな生活は終りをつげ、
かわってキャンプ・レオン・トロツキーでの
地獄のような訓練の毎日が始まった。
おりから爬虫人チンガーとの戦いは熾烈をきわめ、
果てはビルの属する訓練部隊まで狩りだされる始末。
だが戦況は不利だった。
戦友が次々と斃れて行くなかで、
面白半分にビルが触った原子砲が、
なんと敵宇宙戦艦に大当り!
かくして彼は一躍宇宙の英雄となったのだが……。
傑作戦争コミック宇宙大活劇!
<ウラスジ>
いろいろあって、順番に整理して行きます。
【その一】
この作品がかの有名な、
ハインラインの『宇宙の戦士』のパロディであることは、
SF好きなら先刻ご承知の通り。
で、まず、
そのオリジナルの『宇宙の戦士』を
先に取り上げることは、当然の習い。
映画『スターシップトゥルーパーズ』も
バンバン続編が作られているようだし――。
そんで、
その『宇宙の戦士』を探してみたんだけど――
――ない。
そう、
まだこの時点では読んでいなかったのです。
登場するのは<1850>番目。
【その二】
<ジェイムスン教授・シリーズ>
のところでも書いた通り、
表紙・イラストは ”藤子不二雄” 先生。
一見、それとは思えない画風。
「ドラえもん」や「オバケのQ太郎」ではなく、
「シルバー・クロス」や「スリーZメン」の絵柄。
多分、安孫子先生の分野。
【その三】
『宇宙の戦士』の相手は昆虫だが、
『宇宙兵ブルース』の方はトカゲ。
変身して人類にスパイとして潜り込んでいたりする。
そんでもって、
むりやり兵隊になったビルだが、
大殊勲を立てたり、大失態を犯して逃亡兵になったり、
何だかんだでお咎めなしで軍隊に復帰し、
あげく就いた役職が、自分をこんな目に合わせた張本人の
”徴募係軍曹” 。
そして自分と同じように
軍隊に引っ張り込もうとした若者は――。
コメディらしいオチの付け方。
1440「燃える世界」
ジェイムズ・グラハム・バラード
長編 中村保男:訳 創元推理文庫
自然は無限の浄化作用を失ってしまったのか?
人々は水を求めて海へと殺到した。
太陽は照りつけ、火災は頻発する。
世界はいまや無人の砂漠地帯に化そうとしていた。
海は蒸発機能を停止し、
海岸に集落をつくった人々は
海水を蒸留して生命を維持した。
その結果、
蜒々とつづく砂丘と塩の海岸線とが出現した。
徐々にもたらされた惨害、
乾燥する世界!
原因はなにか?
こざかしい人間の知恵をあざ笑うように
自然は沈黙を守った。
「沈んだ世界」「結晶世界」につづいて
奇才バラードが描く自然と人間との闘争。
<ウラスジ>
とにかく、
何をおいても、こちらのリンク先をば。
この作品に関しては、
山野浩一さんが、かなりの ”深掘り” をされています。
この作品では現実世界が重要な意味を持ち、
人の意識世界はあくまで現実に対応して存在している。
「内宇宙と外宇宙の出会う場所」が『燃える世界』の舞台で、
主人公は外宇宙の地獄をそのまま
内宇宙のシチュエイションとしてとらえようとし続けるが、
常に裏切られ続けていく。
登場人物は全て気まぐれで自然主義的に行動し、
様々な奇怪な衝動をおこしてゆく。
主人公はそうした人々を告発し続け、
自分自身のアイデンティティをとらえ切れないことに
いらだち続けている。
つまりこの『燃える世界』は、
どこまでもアイデンティティ(対他存在感)不在の世界で、
多くの登場人物の入り乱れる断片的な内宇宙がとらえられており、
そこには現在の状況そのままの、
孤立して連続性を失っている意識状況がある。
人と人の関係は意識世界から発生する衝動による
政治的行為として生まれ、
それは大局的なところでは
水という価値観をともなった経済にすら支配されている。
<山野浩一:『世界のSF文学:総解説』より>
……
キーボードを叩いていても、
何を言っておられるのか、
ちょっと……。
『結晶世界』でも少し触れたと思いますが、
バラード作品の解析に関しては、
”外野から抛りこまれた言葉”
が装飾として用いられることが多いような気がします。
もちろん、
バラード自身がフィクション以外の場面で
発した言葉に沿ったものなんでしょうが、
こと小説となると、
”インナースペース” だの、”スペキュレイティブ” だの、
といった言葉は顔を出しません(と、思う)。
この作品の最後に、
「心の中に運びつづけてきた内面風景」
とか、
「外面世界全体がその存在を失ってゆくようだった」
とか、
それっぽい言葉は出て来ますが……。
とにかく、
「こう読め」
「こう読み解け」
的な論評は参考程度にとどめておいて……と。
最後の最後、
大トリは、この文章。
しばらくたって彼が意識を失ったとき、
雨が降りだした。
これで1440冊。
……次からは日本のSFがメインに。