<牧野信一、
森内俊雄、
村松友視>
1378「鬼涙村」
牧野信一
短編集 保昌正夫:解説 旺文社文庫
収録作品
1.父を売る子
2.村のストア派
3.吊籠と月光と
4.西部劇通信
5.ゼーロン
6.酒盗人
7.泉岳寺附近
8.鬼涙村
9.裸虫抄
10.淡雪
11.サクラの花びら
12.文学的自叙伝
ドン・キホーテのロシナンテさながら、
駄馬ゼーロンを龍巻村目指して疾駆させるかと思えば、
「担がれる」と呼ばれる奇態な因習の遺る鬼涙村へ
読者を誘うマキノ幻想世界――。
本書は、
露悪的ともみえる筆致で父と子の愛憎を描き、
やがて牧歌的・空想的作風を展開して
無類の文学世界を構築した
鬼才 牧野信一の代表作11編と
「文学的自叙伝」を収めた。
<ウラスジ>
牧野信一。
前回の葛西善蔵、太宰の流れで読んだようなんですが……。
初期:私小説
中期:幻想小説
後期:再び私小説
中期は、文壇内で、
”ギリシア牧野” と呼ばれていたそう。
私小説の代表作が『父を売る子』。
彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。
或る事情で、或日彼は父と口論した。
その口論の余勢と余憤とで、
彼はそれまで思い惑うていたところの父を取りいれた
第一の短篇を書いたのだ。
その小説が偶然、父の眼に触れた。
父親は憤怒のあまり、
「もう一生彼奴とは口を利かない。
――俺が死ぬ時は、病院で他人の看護で死ぬ」
と顔を赤くして怒鳴ったそうだ。
この出だし、
”諧謔に充ちた自虐” の観が窺え、
陰鬱で内向的な私小説とは
一線を画しているようです。
幻想小説の代表作『鬼涙村』『ゼーロン』
同じ舞台が使われています。
「鬼涙沼」に「鬼涙村」
ある意味、幻想小説の常套手段、
場所や地域における、”異世界の構築” 。
世界的に言えば、”クトゥルフ聖地(?)” 。
「ゾティーク」「ヒュペルポレオス」「アヴェロワーニュ」
C・A・スミスの<クトゥルフ>に基づいた、
地域限定妖異譚。
<余談>
三島由紀夫が『作家論』の中で、
牧野信一を取り上げています。
内田百閒、稲垣足穂、と同じ並びで。
まず夭逝した作家を
梶井基次郎、中島敦、牧野信一、
と同列に置き、
牧野信一は前述の三人のうちでは、
又さらに異色の作家であって、
あとの二人のストイックな生き方と作品形成に比べると、
ヴァガボンド的要素に富み、私小説の系統ながら、
独自の幻想とどす黒いユーモアに溢れ、
文章も他二人に比べれば破格で、
それだけに他の二人よりも読者の好悪のある作家である。
本集に集めた百閒、足穂の間に置くと、
牧野信一は、その幻想味においては百閒にもやや近いが、
その無頼と放浪の生活、その日本的風土に託した西欧の幻想、
その知的ユーモア、その精神生活の飛翔による私小説からの脱却、
等の要素において、むしろはるかに足穂に近い。
<三島由紀夫:『作家論』より>
三島が取り上げるんだから、
まあ、太宰の系譜ではないんでしょうね。
少なくとも、三島の中では。
<追記>
牧野信一は1936年(昭和11年)、
40歳になる前に縊死自殺をしています。
1379「翔ぶ影」 泉鏡花賞受賞作
森内俊雄
短編集 奥野健男:解説 角川文庫
収録作品
1.駅まで
2.春の往復
3.盲亀
4.暗い廊下
5.翔ぶ影 (泉鏡花賞受賞作)
6.架空索道
妖精のような美しい少女を激しく恋した主人公。
二人の旅を、執拗に尾行しつづける影の男達。
生と死を超えた禁断の愛を、
ミステリアスな手法で展開した
表題の秀作中編「翔ぶ影」。
他に、
本書の序章的な好短編「駅まで」、
南紀への自転車旅行に
三人の高校生の友情と青春の鬱屈を
鮮烈に写す佳作「春の往復」
等五篇を収める。
絶望からの祈りをひめた独自の官能美を構築して、
かつて川端康成に絶賛された俊英作家の、
第一回泉鏡花文学賞に輝く珠玉小説集。
<ウラスジ>
何度も候補になりながら、
ついに<芥川賞>に手が届かなかった森内俊雄――。
早稲田の同級生だった宮原昭夫や李恢成はモノにしたのに……。
しかし、『翔ぶ影』で鏡花賞を受賞。
同時受賞はなんと半村良の『産霊山秘録』。
”森内俊雄氏の作品の特色として、
その一つに鋭い官能描写がある”
<吉行淳之介>
その道の達人が言うんだから間違いない。
さて、<ウラスジ>だけを読むと、
メルヘンチックな純愛物語風に
受け取られるかもしれませんが、
内容は全然違っています。
ここは太宰作品でお馴染みの
奥野健男さんの内容紹介をひとくさり。
ただのおとなしいサラリーマンが安い飲屋で、
相客から ”ためらい傷” だろうと
ホータイの傷を指摘されてから、
反撥するように女に積極的に働きかけ、
ついに結婚する。
しかしその女の影に暴力団の父がいて、
愛する娘をかすめ取った男を殺すことに熱情を燃やす――
<奥野健男:解説より>
「父が言うの。
自分の手でおまえを美しいものにするんだ。
そしてそのときがきたら、おれがおまえを女にして、
自分の気に入りの男に妻としてあずける。
ただし、おまえをもっと美しい女に出来て、
いつでもおれが自由に出来るところへおく条件つきでだ。
もし、傷物にでもしたら、
おれはおまえが夫を愛していても、その男を殺すだろう……」
こういう台詞が登場するや、
幻想的な意味合いは薄くなって、
散文的に堕してしまう恐れがありますが――。
『ロリータ』のハンバートに匹敵する、変態オヤジ。
しかも実の娘に対してのこの言い草。
三島の『女神』もそんな感じだったな……。
<余談>
私が「芥川賞」「直木賞」「乱歩賞」に次いで、
読む目安としているのが、「鏡花賞」。
なんたって、”またもや化物ばなし”
と囃された鏡花の名を冠した文学賞。
先の『産霊山秘録』をはじめ、
『消滅の光輪』(眉村卓)みたいな
ガチガチのハードSFも受賞している、
わたし好みの文学賞。
筒井さんも『虚人たち』で獲ってる。
<追記>
森内俊雄さんはもう一作、
『幼き者は驢馬に乗って』
が登場します。
1380「時代屋の女房・泪橋」
直木賞受賞作
村松友視
中編 椎名誠:解説 角川文庫
収録作品
1.時代屋の女房 (直木賞受賞作)
2.泪橋
〔時代屋の女房〕
銀色の日傘をさし、
ピンクのTシャツを着て、
夏の盛りにやってきた真弓が、
骨董店<時代屋>の女房として居ついたのは5年前。
4度目の家出をし、6日が過ぎた……。
東京の一隅にひそむ、
書割りのような二階家を舞台にした、
男と女の静謐な愛の持続。
そして、深夜に生気を帯びる男たちの、
苦い交流ゲーム。
〔泪橋〕
かつて、
女がらみで人に追われ、
ひと月ほどもかくまってもらった
鈴ヶ森刑場址近辺の家を訪ねてみると、
同じ部屋に今度は、
若い女がかくまわれていた……。
部屋を提供してくれる不思議な老人二人と
御仕置場の風にいざなわれ、
そそのかされるようにして、
<仮名の男女>が演じ合う、
夢幻劇にも似たひと夏の恋物語。
<ウラスジ>
<時代屋の女房>
歩道橋の上、
陽炎の中から、パラソルを廻しながらやってきた真弓……。
真弓は、これまでに三度、
同じように一週間ほど姿を消したことがあった。
だが、真弓はきっちり七日目には帰ってきた。、
今回も――。
とは言え、
時代屋の主人で夫の安さんは、一抹の不安を拭えません。
”戦場に出かけた兵士を待つ妻の涙をためるなみだ壺”
を前にして……。
しかし、杞憂とはこのことか。
「あいつ、やっぱり七日目に帰ってきやがった。
律儀な女だぜ……」
最後のシーンが余韻を残して終わります。
歩道橋の上の女は、
安さんに向ってパラソルで合図し、
ペコリと頭を下げた。
その姿が一瞬、
夕焼けに染まった
空の中へ溶け込んでしまったような気がして、
安さんはなみだ壺をもった右腕で目をこすった。
すると、
真っ赤な色の中へかくれようとした小さな影が、
徐々に輪郭をあらわし、
時代屋の女房の姿となって安さんの目にもどってきた。
私にとって、このエンディングの部分は、
アーウィン・ショーの『夏服を着た女』と
双璧をなすぐらいの印象を残しています。
<蛇足>
陽炎から徐々に姿を現わすのは、
『アラビアのロレンス』。
くるくる日傘を廻すのは、
『シャーロック・ホームズの冒険』。
<余談>
村松友視さんといったら、
小説より先に来るのが
<プロレス三部作>のエッセイ集。
『私、プロレスの味方です』
『当然、プロレスの味方です』
『ダーティ・ヒロイズム宣言 』
アントニオ猪木選手のカリスマ性に
一役買っているとの分析もされていました。
当時ベストセラーとなり、
早々と文庫化されたんですが――。
エッセイ集は賞味期限が短い。
角川文庫からはずれ、
ブックオフに並ぶこともなくなってしまいました。
結局読まずじまい。
読みたい。
新日は結構観てたのに……。
これで1380冊。