<久々のミステリー>
186.「黒いトランク」
鮎川哲也
長編 天木一:解説 角川文庫
「和製フレンチ」こと鬼貫警部のデビュー作です。
1949年12月、汐留駅で引取人の来ない衣装トランクから異臭がするので、警察官立会いのもとに開けて見ると、羽織り袴姿の男の死体が現われた。
この事件を手始めに、やがてトランクの発送者と目される人物の死体が発見されます。
そしてその近松千鶴男と言う男は、鬼貫の大学時代の同級生でした。
しかもその近松と一人の女性を争って敗れたのです。
その女性――近松由美子と10年ぶりに会う羽目になった鬼貫ですが――。
メインとなる<探偵>のデビュー作には、こういった大まかな個人情報などが往々にして記されていますが、この作品もその例にもれませんでした。
しかし私はその事を今回読み返すまでは全く失念していました。
デビュー作で、かの有名な「黒いトランク」で、鬼貫の過去の経緯が取り沙汰されるエピソードががっちりストーリーに組み込まれていたとは……。
これは「火曜サスペンス」ずっと<刑事・鬼貫八郎>シリーズを見続けていた弊害(?)でしょうかね。
あのドラマでは奥さんも娘さんもいる設定になっていましたし、原作にはない【八郎>と言う名前もつけられていましたし――。
まあいいや。
鬼貫ものはこれからも読んでいきますから、その辺のすり合わせはおいおいと。
で、本編に戻ると、トランクをすり替える事によって、事件の捉え方が大きく変わってくる事に気付いた鬼貫は、列車の時刻表含め、様々な点から捜査を進めていく事になるのですが……。
【「鬼貫さん」
ふと由美子は、なにかを思いついたように語調をかえた。
「イギリスの推理作家のクロフツという人が書いた《樽》という小説が、この事件によく似ていますの。お読みになったことなくて?」
「ええ、丹那君(鬼貫の相棒)もそんなことをいっていましたよ。◯◯はクロフツの故智を模倣したのじゃあるまいか、とですね。しかしその《樽》から得た知識をもってしても、この事件の謎はとけないのです。やはりぼくは○○が独創したオリジナルなものとして、彼の頭脳にシャッポをぬぎますね」】
大団円近くの鬼貫と由美子のやりとりです。
アリバイ崩し推理の常として、犯人は比較的早めに特定されます。
跡は有無を言わさぬ物証捜し――。
それにしても、戦前や戦後すぐの推理作家はよく平気で、海外の先達たちの名前や作品名を自分の作品中に登場させますねえ。
ニヤリとするものもあれば、『それはネタバレになるから言いすぎだろう』というものもあります。
それはまた高木彬光・御大の作品の時に。
最後に鬼貫は由美子との結婚を薦められますが、やんわりと断ります。
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187.「猫は知っていた」 (乱歩賞)
仁木悦子
長編 大内茂男:解説 講談社文庫
<初代・和製クリスティー>仁木悦子さんの処女作であり、代表作でもあります。
また、現状のような、未発表の書下ろし長編推理小説を一般から募集してその入選作に贈られるようになった江戸川乱歩賞の、記念すべき最初の受賞作でもあります。
仁木雄太郎・悦子の<仁木兄妹>が探偵となるシリーズの一作目です。
ワトソン役は妹の悦子になります。
互いに大学生である仁木兄妹が、その二階に下宿していた、『箱崎医院』で起こった連続殺人事件を解決していく本格物。
素人探偵の二人は、父親の友人で御近所さんでもあった、峰岸”老警部”のツテで捜査に参加する事が出来るようになり、徐々に真相に近づいていきます――。
【――素人探偵兄妹の鮮やかな推理をリズミカルな筆致でさらりと描き、日本のクリスティと称されて今日の推理小説ブームの端緒となった江戸川乱歩賞受賞作。】
<ウラスジ>にはこう書いてありますが、この作品が発表された1957年(昭和32年)は、あの「点と線」が発表された年でもあります。
それから世の中は空前の<社会派推理小説>ブームになりますが、仁木悦子さんはちょっと違うスタンスを取っておられたような気がします。
仁木兄妹ものも書いておられましたし、あくまで本格物に拘っておられたような――。
社会派推理小説ブームが一段落着いた昭和50年すぎ、赤川次郎さんが登場してきます。
彼こそが仁木悦子さんの正統なる後継者かも知れません。
また同じ頃、<二代目(三代目?)・和製クリスティ>山村美紗さんも出てこられましたね。
188.「殺人鬼」
浜尾四郎
長編 春陽文庫
戦前の名探偵・藤枝真太郎 登場。
戦前の草双紙だ、怪奇趣味だ、活劇だ、が全盛の時代に、堂々たる風格でヴァン・ダインに挑んだ傑作本格長編推理小説です。
製紙会社を営む秋川家で起こる惨劇――まさに「秋川家殺人事件」とも呼べる内容です。
秋川家の長女・ひろ子の依頼で、藤枝真太郎が出馬します。
その後も次々と人が殺されていきます。
はたして、”殺人鬼”は誰なのか?その正体は?
春陽文庫ですから、二段組み、それでいて400ページをこえる小説です。
それでもあっという間に読んでしまった記憶があります。
依頼を受けた藤枝の事務所に早々とかかってきた『この依頼を受けるな』と言う謎の電話、そこから始まる謎や仕掛けの数々、ぐいぐい引き込まれていくのを止める事が出来ませんでした。
古色蒼然たるもの、時代錯誤的なもの、殆どそれも感じずにいられました。
ええと。
こっからあとはネタバレになりかねないので、動機の部分をしれっと短く。
【藤枝真太郎の問い。】
「妻を取られた夫が、わが子に復讐をふきこむとき、とるべき最も深刻な方法は一体なんだろう」
推理物の紹介には、常に<ネタバレ>という恐れがつきまといます。
その地雷を踏まないようにする書き方、という縛りにイラつく事もあれば、そこらへんを書かないで良いなら却って楽でいいや、と、ほっとする事もあります。
この「殺人鬼」においては――。
犯人は誰かと言う事でなく、さっきちょこっと述べた動機の事を、アンサーなしのヒントで。
江戸川乱歩。 横溝正史賞。
以上。
このあと、海外ものを挟んで、また乱歩だあ。