等質な二度目 -8ページ目

等質な二度目

最短距離がベストじゃない。目指すは安住の地
there is no reason when we think about friends    by k.yokoyama

この年になって守るべきものもなく、失うものもほとんどない。

無為な生活をしているわけでもなく、毎日悔いが残らないように暮らしているつもり。

カネも散財するわけでもなく。

そんな自分が生きていけるのは、71年前から連綿と続く平穏な日々があるからこそ。

自身の人生の意味は、間違いなくこの戦後に起因している。

タダでくれてやる命ではないけど、そんなに固執もしていない。

もう精一杯生きてきた。

人生いろいろありすぎた。

もう自分に美しい未来など来ない。

でも、若い人にはまだまだ時間がある。

こんなクソみたいな社会を変えて下さい。

クソはさらにさらに異臭を放ってきている。

あなたたちの未来です。

無関心がカッコイイなんて、それは今の社会の刷り込みです。

自分の未来の青写真が、利己的なちっぽけなもので終わらないで欲しいです。

不寛容な世界を変えてください。

必要なのは、体と心と精神です。


真夏の会津。

半端なく暑かった。

水がお湯になる。

七日町では、余りの暑さに昼からビール。

美味しかった。

昼食をとった蔵屋敷の食堂、美味しかったです。

個人的にバス旅行は、旅行情緒を満たしてくれますね。

新木場のライブ。

KEN YOKOYAMA、OKAMOTO'S、ザ・クロマニヨンズ。

ものすごいライブでした。

シビレっぱなし。

伝説の甲本ヒロトさん、真島さんの演奏、すごかったです。

変わらないものなんて何一つ無いけど、変わるスピードが違ったんだな。

こんな素晴らしい歌を聴けるなんて。

存在の大きさを感じました。

興奮しっぱなしのライブでした。


予想してたけど、完全なる惨敗。

低い投票率で、全く都政に関心がなさ過ぎる。

世の中これでイイんでしょうね。


ゆとり教育、SNS社会等の弊害。

理由なんかいくらでも付けられる。

要は当人の考え方、生き方。

弱者に憎悪をぶつける人間以下の生き方。

「普通」からドロップアウトして、自分の力で這い上がれなかった。

心が弱い。

弱すぎる。


銀座シャネル4階にて。

シャネルに入る格好じゃないなと思いながら中へ。

写真は素晴らしかった。

鬱そうした緑が広がる写真。

瓦礫の中で、ポツンと佇む写真。

ビニールでラッピングした写真。

まさにフィクション。

超現実と言うべきか。

自分の日常の、すぐ横にある超現実。

沈黙した街の止まった時間。

凄惨な場所にスポットライトが当たる場所だけ、5年の時間が経った様な感じ。

不気味なフレコンの区画整理された、広大な土地。

原発なんていらない。


G・マーシャル監督、亡くなってしまった。

職人気質で、ハリウッド映画の王道を作り続けた監督。

軽い笑いと、じんとくる演出。

嫌いな人はいないでしょうね。

監督が全面に出てこない。

恋愛、友情、米国民のモラルを描いてきた。

薄っぺらいという人もいるでしょうが、これはこれで、なくてはならないジャンルだと思います。

名シーン、名セリフ、いっぱい残してくれました。

お疲れ様でした。


アジアとヨーロッパを結ぶ、魅惑の国トルコ。

素晴らしい旅行をした国だけあって、情勢がすごく心配。

あの旅行から、年々情勢が悪化していって、とうとうこんなことになってしまった。

ガイドのタネルはどうしているんだろう。

世界が混沌としている。

例外なく日本も同じ。

しかも何の違和感も感じさせず、静かに静かに、ひたひたとこの国を、異質な物へと変えていく。

この前の選挙が、完全にその土壌を形成してしまった。

もう後戻りは出来ない。

世界の混沌の中に、自ら足を踏み入れてしまった。

南スーダンでは、内戦が勃発。

自衛隊は、初めての、そう信じたいが、実戦をする命令を待っている。

善も悪もない、あったにせよ命令があれば殺すんだから。

殺すつもりでいるんなら、当然殺されることだってある。

イラク戦争で、サマワの駐屯地に棺桶を持って行ったそうじゃない。

コトは、既に国民の手から離れてしまった。

そしてそれは、残念な結果しか生まない。

黒テント最新公演。

今回は、茶房トンボロにて公演。

狭い空間を、少ないお客さんと俳優さん達で共有する。

山崎方代という歌人の話なんですが、黒テントらしい昭和感がすごく良かったです。

戦後間もない時代から、高度経済成長を迎える70年代。

泥臭く、人情味豊かな当時の文化を担っていた人達。

豪快な人も多く、その中に山崎方代もいた様です。

原稿が締め切り間近になると、編集者が先生の部屋に上がって、完成まで日夜共にするなんて話は、よくありましたね。

金のない奴は下宿したり、間借りしたり、けど酒は呑むみたいな奔放な生活が許されていた時代。

そんなノスタルジックな味付けが、台詞や当時の流行歌で何気なく感じさせるのが巧いんですよね。

時代と共に芸術家は育っていくのでしょうね。

今だったら差し詰め会田誠なのかな?


貫井徳郎著。

タイトル通り、伏線が張り巡らされ、乱反射のごとく、話が複雑に絡み合っていく。

小市民なら、誰でもしてしまうマナー違反。

一つのマナー違反が、連鎖して重大な事故に、もしなってしまったら。

まさかと思うが、そのまさかが現実になる。

その恐怖が、頭をよぎりました。

罪に問えないが、確実にその重大事故に関わっている。

しかし、当人が犯したマナー違反が糾弾されることはない。

実際、救急車が自転車の違法駐輪で、道幅が狭くなり、救急現場に到着できない話は、結構見聞きしてるし。

だからこういうことって、あっても不思議はないんですよね。

「自分が投票しても何も変わらない」、ってよく聞きますけど、これも自分の責任を感じない表れなのでしょうか。

逆説的に言えば、一人一人の一票が連鎖したら、世界を変えられるってことですよね。

小説の中身に話を戻すと、やはり技術が斬新だね。

事故が起こる日を、ゼロにして44から章を逆算していく。

ゼロに近付けば近付くほどドキドキは早くなるし、話も加速していく。

事故後は、ゼロから章が加算していく。

主人公の深い怒りや悲しみが、同時に増えていく。

そして最後のカタルシス。

なかなかな傑作でした。