青春LGBTQ+ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』のサントラを紹介する記事です。前回からだいぶ間が空いてしまったと思うのですが、今回はシーズン2をお送りしたいと思います!シーズン1の記事は下記のリンクからご覧ください。この記事には『ハートストッパー』シーズン2のネタバレが含まれています。必ずドラマを一度以上観賞なさってから読んでくださいね。
Maggie Rogers - Shatter(1)
Coming up for oxygen
(肺に酸素を入れよう)
The world's the same, but something’s changing
(前と変わらない世界 でも何かが違って見える)
...そんな歌詞と共にシーズン2のオープニングを飾るのは、グラミー賞にもノミネートされたアメリカの歌手マギー・ロジャースが歌う『Shatter』です。シーズン1のオープニング曲『Want Me』と同じように、この曲にも好きな相手への恋心が綴られていますが、その歌詞をドラマのシーンと重ね合わせて読み解いてみると、シーズン1でチャーリーが想っていたのはベン、一方シーズン2でチャーリーが想っているのはニックです。
シーズン1とシーズン2、双方のシーンとも期待を胸に学校へと登校するチャーリーの姿が映し出されますが、これはドラマや映画などで用いられる「コールバック」と呼ばれる仕掛け。同じ作品の中に、あえて似たようなシーンや台詞を複数作り出すことで、後に来るシーンを印象的に見せたり、前後のシーンとを比較させることで、物語の推移や登場人物の心情の変化などをより分かりやすく視聴者に捉えさせる効果があります。
また、この曲はコロナ禍で書かれたそうで、先述の歌い出しの歌詞は、コロナの明るい終息を願って書かれたようにも聞こえます。そんな同曲のサビ部分の歌詞がこちら。ちなみにマギー・ロジャースは『Alaska』という曲がシーズン1のハリーの誕生日パーティーのシーンでも使われていました。
I don’t really care if it nearly kills me
(どんなに傷ついたって かまわない)
I'd give you the world if you asked me to
(あなたが望むなら 私はすべてを捧げるよ)
I could break a glass just to watch it shatter
(グラスだって割っちゃう 砕け散るのを見るためだけに)
I'd do anything just to feel with you
(あなたと両思いになれるなら 何だってする)
Carmody - Paradise(2)
シーズン2の第2話、よく行く近所の公園で愛犬のネリーと共に戯れるニックとチャーリー。そんなふたりを優しく包み込むように流れるのが、大切な人との何気なくも幸せなひとときを「楽園」に例えて歌った、イギリスの歌手カーモディーの『Paradise』です。顔に笑みを浮かべながら家路につくチャーリー。ニックとの幸せな時間がチャーリーの世界を虹色に彩り、そんなシーンとも重ねて歌われる同曲のサビ部分の歌詞がこちら。
But oh, just to hold you in these arms, my friend
(あなたを この腕に抱けたなら 大切な友よ)
And we'll drink and laugh and sway again
(そうしたら また飲んで 笑って 体を揺らそう)
And I'll kiss you once, then I'll kiss you twice
(あなたに一度キスをして それからもう一度キスをする)
We'll call it paradise
(それを私たちは楽園と呼ぶ)
mxmtoon - mona lisa(4)
第3話から第6話にかけて描かれるパリ旅行では、エルベの『Trésor』、アレクシア・グレディの『Un peu plus souvent』、クリスティーン・アンド・ザ・クイーンの『Doesn't Matter』、女優としても活躍するルアンヌこと、ルアンヌ・エメラの『On était beau』といった、フランスのアーティストたちの楽曲も多く聞かれます。ちなみに『Doesn't Matter』(エッフェル塔のシーンで流れます)を歌うクリスティーン・アンド・ザ・クイーンは、パンセクシュアルとジェンダークィアを公言するアーティストです。
I wanna be a Mona Lisa, ah-ah
(モナリザになりたいな)
The kinda girl that you can dream of, ah-ah
(みんなが憧れるような女の子に)
And I always had the words, but I don't wanna say it
(ずっと言葉は浮かんでた でも認めたくはないの)
Wish I could paint a smile on my face
(自分の顔に微笑みを描けたらいいのに)
I wanna be a Mona Lisa
(モナリザみたいになりたいな)
...さて、そんな風に綴られた『mona lisa』という楽曲を歌うのは、SNSなどで若い世代から高い人気を誇る歌手のマイアこと、mxmtoon(エムエックスエムトゥーン)。彼女はフランス...ではなく、ニューヨークを拠点に活躍するアーティストなんですが、同曲はタオとエルがパリの芸術的な街並みを背景にアート巡りをするシーンにピッタリとマッチした曲になっています。
またバイセクシュアルであることを公言し、クィアアイコンとしても支持を集める彼女の曲は、シーズン1では『fever dream』という曲がボーリングのシーンで使われていて(よく聞かないと聞き逃すかも!)シーズン2でも第2話のオープニングシーンで『coming of age』という曲が使われています。
Baby Queen - Nobody Really Cares(5)
首のキスマークに気付いたチャーリーは、すぐさま寝起きのニックをバスルームへと呼びます。そんな第5話のオープニングシーンで流れるのが、書き下ろし曲とカバー曲も含めて、シーズン2だけでも6曲をドラマに提供しているベイビー・クイーンの『Nobody Really Cares』です。その歌詞に出てくる...
Write a song for Jodie Comer
(ジョディー・コマーのために曲を書いたって)
...という一節が指すのは、前回の記事で紹介した曲『Want Me』のこと。「恥ずかしいラブソングを書こうが、髪をバッサリ切ろうが、あなたのことなんか誰も気にしてないよ」つまり、そんなに自意識過剰にならなくてもいいんじゃない?と歌われる同曲の歌詞とは裏腹に、チャーリーの首についたキスマークは、その日から生徒たちの間で噂の的となってしまいます。
Cavetown feat. beabadoobee -
Fall In Love With A Girl(5)
なんだかもどかしい展開が続いたものの、シーズン2の第5話で、ようやくお互いの気持ちを通わすことができたタオとエル。ふたりはルーヴル美術館で初めてのキスを交わします。この最高にロマンチックなシチュエーションのキスシーンで流れるのが、イギリスの歌手ケーヴタウンことロビン・スキナーが、シーズン1にも楽曲を提供していたビーバドゥービーをフィーチャーアーティストに迎えたコラボ曲『Fall In Love With A Girl』です。
he/theyの代名詞を使うトランスジェンダーを公言するケーヴタウンが、同じくクィアアイコンとしても若者から支持を集めるビーバドゥービーとデュエットを披露した同曲は、ヘテロな恋愛関係に違和感を感じている女の子に対して、今の彼氏なんか捨てて女の子と付き合っちゃいなよと語りかけ、背中を押すような歌詞が並んだクィア恋愛応援ソングになっています。
そんなトランスジェンダーのアーティストが歌った楽曲が流れる同シーン、ふたりがキスした瞬間には蝶々のアニメーションが舞い、またタオが着ている洋服にも蝶のモチーフの絵柄が描かれていますが、この「蝶」は「トランスフォーメーション(転換)」を暗示させ、トランスコミュニティーのシンボルにも用いられることから、このシーンはトランスジェンダーの人々へと捧げられた象徴的なシーンであるようにも感じられます。
Gabrielle Aplin - Never Be The Same(5)
I don't know who I am without you
(あなた無しの私なんて 何者かも分からない)
I'll never be the same
(ずっと同じじゃいられない)
Don't recognise myself, my face, my name
(もう自分自身も 自分の顔も 名前も見分けがつかない)
No more
(これからは)
...そんな歌詞が歌われるガブリエル・アプリンの『Never Be The Same』も、個人的に印象深い楽曲のひとつです。この曲が流れるのは第5話の最後、ニックの父親に会うために、ニックとチャーリーが地下鉄に乗るシーン。
ちなみに、ドラマに出てくる地下鉄の駅の名前が「École du Coeur」。日本語に直訳すると「心の学校」となるそうですが、この駅は実在の駅の看板などを張り替えて作られた架空の駅。(撮影に使われたのは現在も稼働しているパリの地下鉄の駅ですが、駅の名前は架空のものです)また、ふたりがニックの父親と落ち合ったカフェは、実際にはルーヴル美術館のすぐ隣に位置しているため、わざわざ地下鉄に乗って移動する必要はないんだそう。
Holly Humberstone - Deep End(6)
第6話のラスト、パリ旅行の最後の夜から帰路につくまでのシーンで流れるがホリー・ハンバーストーンの『Deep End』。この曲は、彼女の姉妹が精神的に苦しんでいた時期に書かれたそうで、なんとかして姉妹の助けになってあげたいけれど自分には何ができるか分からない、そんな風に悩んだ自身の行き場のない思いと、それでも私があなたの力になるからね、という姉妹に対するメッセージを綴ったパーソナルな楽曲なんだそう。
Just hear me out and you might understand
(ただ聞いてくれれば きっと分かるはずだから)
We're made up of the same blood
(私たちには同じ血が流れてる)
I'll be your medicine if you let me
(あなたの治療薬になりたい あなたがそうさせてくれるなら)
Give you reason to get out of bed
(あなたがベッドから出る理由をあげる)
Sister, I'm trying to hold off the lightning
(姉妹よ 私が雷から守ってあげる)
And help you escape from your head
(あなたが悪い考えから逃げ出せるように)
Throw me in the deep end
(私を深い海に投げ込んで)
I'm ready now to swim
(泳ぐ準備はできてる)
...「deep end」というのは「困難な状況」のことを指す比喩。あなたに代わって私が深い海を泳いであげるよ、と語りかける歌詞は、『ハートストッパー』原作を読んでいて、この先の展開を知っている人なら、まるでニックの心情を表しているようにも聴こえて胸が痛くなります。また楽しかった旅が終わり家路につく途中の、どこか現実に引き戻されるようなセンチメンタルなムードも絶妙にメロディーに乗せられたエモーショナルな曲となっています。
Conan Gray - Crush Culture(7)
第7話、エルの作品が飾られる大学のアートエキシビションにて、あるひとつの芸術作品に目を奪われるアイザック。ここで彼は「アセクシュアル」、「アロマンティック」という性の在り方に触れます。このシーンで流れるのが、若者に大人気の米歌手コナン・グレイが歌う『Crush Culture』です。
Crush culture makes me wanna spill my guts out
(クラッシュカルチャー なんてヘド吐きたくなる)
...クラッシュカルチャー、いうならば「片思い文化」ともなる言葉は、この曲を書いた19歳の時点で、まだ一度も恋に落ちたことがないというコナン・グレイが生み出したもの。誰が誰を好きか、誰が誰と付き合っているか、そんな風な恋愛のゴシップに盛り上がったり、自身や他人の恋愛に一喜一憂したりする世の中の風潮や「恋愛至上主義」的な考えを真正面からディスったような歌詞が綴られ、それがアイザックの心情ともリンクする同曲は、アセクシュアル・アロマンティックのアンセムとしても熱烈に支持される楽曲です。MVも面白いので気になる方は見てみてくださいね。
ちなみに、本作の胸キュン青春ラブストーリーを生み出した原作者のアリス・オズマンも自身がアセクシュアル・アロマンティックであることを公言していて、『ハートストッパー』が生まれるきっかけとなった小説『Solitaire ソリティア』などといった別の作品では、アセクシュアル・アロマンティックのキャラクターを主人公にした物語が描かれています。
Wolf Alice - Blush(7)
第7話の最後のシーン、プロムに着ていく服をめぐって母親と口論になったダーシーは、その場の勢いで家を飛び出してしまいます。それまでタラも知らなかったダーシーの家庭環境が明かされる同シーンで流れるのが、シーズン2でも複数の曲が挿入歌として使われているウルフ・アリスの『Blush』です。
Are you happy now?
(あなたは今 幸せ?)
...そんな風に歌詞の中で問いかける同曲も、MVに注目!『She』という曲から繋がる二部構成のMVには、例えば女性はドレス、男性はスーツ、またダーシーの服装を「レズビアンっぽい」と言い放ったダーシーの母親が持つような固定概念や社会的ジェンダー規範から自身を解放して(=ジェンダーバリアンス、ジェンダーノンコーフォミティー)自分らしさを表現することに幸福を見いだす主人公の姿が描かれています。こちらも、ぜひ見てみてください。
...はい、というわけでいつものように、この記事もブログの文字数制限に引っ掛かってしまったので、急遽になりますが、前後編の2記事に分けてお届けすることにします!めちゃ長くなって申し訳ないのですが、この先もお付き合いいただけると嬉しいです。続き(後編)は下記リンクからどうぞ!