10年ぶりの涸沢へ(後編) | 50代親父の無為な日々

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変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

(続き)

10年ぶりの涸沢だが、その時はヒュッテに泊まっている。初めての涸沢は12年前、涸沢小屋で宿泊したのだが、今回はそれ以来である。泊まる部屋は2Fの岳、大部屋カイコ棚で12年前と同じであった。ついでに寝る場所もほとんど同じ。

 

しかし以前は全部丸見えカイコ棚だったのが、現在はいくつかに仕切られ、夫婦2人で1スペース布団2組となっていた。個室ではないのでカーテンは無いが追加料金もなし。

 

コロナ以前の涸沢小屋は、混雑時でも予約者には布団1枚を約束する云々とあったので、その点でも安心な小屋であったが、これはものすごくイイ。嫁さん大喜びである。

こういう快適さを知ってしまうと、コロナが終わっても後戻りできんよwww

 

突き当りはカーテン付きで、多分女性ソロ専用スペース。

カイコ棚の前も、以前は布団がズラリと並んでいたが、今は間仕切りができて、個人スペースがたくさんできていた。

 

暇なのでヒュッテへ遊びに行く。この日の涸沢カールは平和な混み具合。

 

ヒュッテは昔とちょっとだけ変わっていた。

10年前はこんな感じ・・・今は手ぬぐいも変わってしまった(残念)

 

 

小屋へ戻ってだらだら過ごす。時間がゆっくり流れてゆく。

このまったり感は前回いつだったかな、と考えてみると2年前の常念岳であった。このときも常念小屋の裏テラスで美しく尖がる槍ヶ岳を見ながら、ゆっくりと時間が流れていた。

で、これがなんと9月19日、北アルプス周辺で大地震の起こった日である。

あの時アタシら夫婦は常念小屋でグラグラを喰らったのだったwww

 

夕食後にもう一度外へ出て、人慣れし過ぎたイワヒバリ(ええのか、これw)を見る。

しかし夜8時ごろ意識がなくなり、目が覚めたら朝4時50分。

モルゲンロート終わっとるがな。

 

6時に朝ご飯をいただき、下山である。

小屋の外へ出たら、スコーンと青空が突き抜ける前穂高・・・

なんとも言えんこの景色、何度見てもイイのだが、下山開始である。

 

陽が昇って暑い中、ようやく横尾へたどりつく。予定通りGOKURIを買う。

嫁さんひと口飲んで、そのまま自分でほとんど飲んでしまった。予想通りね・・・

アタシ「もう1本買う?」

嫁さん「えーもういいんじゃない?」・・・(´・ω`・)エッ?

 

徳澤園は登山客で大混雑。だが念願のピザをGETした嫁さん、執念深いな。

※しかし隣の人の野沢菜チャーハン大盛に目を奪われる。

 

明神・・・観光客も混じりさらに混雑

河童橋・・・晴天の日曜で言わずもがな。しかもあの「有名人」がいらっしゃる。

絵描きのおじさん・・・上高地へ来るたび何回も姿を拝見したが、今も元気に絵を描かれています。完全に上高地の景色の一部になってますな。

 

それにしても暑い。あかんだなへ戻り、すぐ「ひらゆの森」へ。

温泉のあと座敷「湯上り処」で昼寝・・・これぞ極楽。この座敷だが、コロナの最中は使用禁止だったので地味にうれしい。そして涼しくなってから帰るのである。

10年ぶりの涸沢を堪能した2日間であった。

(終)

 

おまけ・・・横尾と徳沢の間にいた○ッキー

嫁さん「そんなもん写真とるの?w」

どーでもええけど、これが何か分かった人すごいwww