先日、神田神保町にある喫茶店「ミロンガ」の思い出を書いた。
その時に、当時通っていた定食屋の名前がいろいろと気になって、今どうなのかなと調べてみたら全部無くなってんのねwww
「ミロンガ」自体は一度しか行ったことが無いが、定食屋は結構あちこち通っていたので、無くなっていたのはさすがに残念であった。その中でも特によく通った「とんかつ駿河」について思い出したことを少しばかり・・・90年代前半の話です。
「とんかつ駿河」・・・お茶の水の明治大学のすぐ近く、記念館の下側(南側)にある。
当時は黄色ではなく、紫色の看板だったと覚えている。そして愛想のない親父・・・他の方のブログでおじいさん、と言われている・・・が明治大学のTシャツを着てとんかつを揚げていた。
私が通っていた頃は、店内へ入ると左側に厨房があった。一人で来て、店内が空いているときは右側のテーブルへ行ってはいけない。カウンターへ座れと言われる。
左側の厨房向きにカウンター席がずらっと並んでいて、親父は一番奥で黙ってとんかつを揚げている。つまりカウンター席の一番奥が親父の真ん前になる。私はいつもその一番奥の席に座ってとんかつを揚げている親父を見るのが楽しかった。ちなみに親父の真ん前周辺のカウンター席だと、揚げたてを親父から直に受けとれる。(だからといって別にどうということもないが)
当時のメニューはロース、赤身、カキだかエビだかのフライ、3種類だけだったような気がする。揚げ物の種類によって皿の色を変える。赤身は白に青の縁どり、ロースはベージュのような皿の色であった。
私はいつも赤身である。自分の順番を待ちながら親父がとんかつを揚げているのを見ていると、たまに親父と目が合う。ムスッとしたままである。
揚げ上がると親父が包丁で切ってゆくのだが、赤身は結構分厚かったので熱が入り切らず、親父が少し赤い切り身だけを2度揚げすることが結構多かった。そんなとき親父と目が合うことがある。しかし表情は変わらずムスッとしたままである。
山盛りのキャベツにとんかつソースはあったが、忘れられないのがマヨネーズである。プラのケースに入っていて自分でかけるのだが、これが普通のマヨネーズと味が違う(気がした)。何といえばいいのか、例えば普通のキューピーマヨネーズなどと比べるとあっさりした感じだった・・・ような、間違っていたら申し訳ないが、何か違っていた。
とんかつは大きくジュワッと旨味が出るのが何ともいえない(くらい旨い)が、それとこのマヨネーズのコラボ・・・これにハマった。しかもこのマヨネーズ、平日限定で日曜は出ない(実際に店のおばちゃんにそう言われた)。
よく「いもや」と並んで語られるが、「とんかついもや」は行く機会がなかった。「てんぷらいもや」は初めて行った時に若い店員が塩対応だったので2度と行かなかった。だからどこが本当に良かったのか今となってはわからないが、大きく厚いとんかつとマヨネーズと親父の3点セットで「とんかつ駿河」を超えるとんかつ店に出会っていないことは確かである。
ただ私も50代、あのボリュームは今無理だろうな。三重の員弁にジャスミン2(今はジャスミン東店)という喫茶店があり、ここのお昼のヒレカツ定食がちょうどいいのだ。店内は席の間隔にもゆとりがあって、雰囲気も静かで居心地が良い。食事はもちろんおいしい。
私ら夫婦の大好きなお店なのだ。
その点、とんかつ駿河(当時)は客が野郎ばっかで殺風景だったなwww。
(追記)親父さんずっと以前に亡くなってたみたい・・・(合掌)



