夏の終わりに熊野三山へ行く(まとめ編 速玉大社と感想) | 50代親父の無為な日々

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最後に速玉大社へ行った。

まだ昭和の頃の話だが、大阪天王寺発の「はやたま」という夜行普通列車があった。これは竜華機関区(今の久宝寺駅)のEF58牽引の旧客列車で、今ならマニアが泣いて喜ぶ編成の列車であった。

 

当時中坊だった私は「はやたま」が何なのかさっぱりわからなかったが、このたび熊野三山へ参詣することになり、40年たった今回ようやく意味が分かったのだった。

だから速玉大社へのお参りは、そういう意味で感慨深いのだが、嫁さんからすると「リュウゲ?キュウキャク?何それ?」である。そりゃそうだわなwww

それにしても美しい神社である。熊野御幸(行幸)の回数が皇族ごとに書かれていた。

歴史上何かやらかした方、ひとくせある方の回数が多くて面白かったが、花山法皇が1回というのが意外であった。

 

しかし朝からの疲れでもう思考停止状態www

こうして、足早ではあるが熊野三山を廻ったのであった。

 

家へ帰って、いただいた物を見直す。

これは熊野本宮大社でいただいた牛王神符である。速玉大社でも同じものを見かけた時、なーんだ、熊野本宮で買ったからもういいや、と思ったら微妙に違うんだとwwwガーン

さらに那智大社にも違うのがあるらしい・・・知らんがなwww

また行かなければならないね、これは。

 

しかし今回の訪問で、前回見えなかったものが見えてきた。

熊野本宮へいく途中に大峯奥駆道と吉野への道があり、高野山と熊野本宮と小辺路、そして本宮があるから新宮があり、など熊野古道の位置関係とその意義もはっきりしてきた。

熊野古道というものが少しだけわかってきた感じである。

 

(終)