高野山へ行ってみた 2(奥之院の思い出) | 50代親父の無為な日々

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変わり映えの無い50代の日乗とお寺巡り、モノづくりと外出の記録

(続き)

2日目は、西禅院の朝の勤行で始まった。西禅院本堂内は撮影禁止である。

しかし真言宗の勤行って、すごいのね・・・・

吊灯篭と蠟燭の灯明だけの幻想的な本堂に、澄み渡るような鏧子とシンバルのような銅鑼が鳴り響く。そして3人のお坊様の読経の完璧なハーモニーに陶酔してしまう。

1人で読経している途中で後から入ってくる2人の絶妙なタイミングが完璧で美しいことこの上なく、これが何度もあって本当に心地よいのだ。道明阿闍梨の話に出てくる、読経を聞きに来る神様もこうだったのだろうと勝手に想像したのであった。

 

さて、いよいよ奥之院である。中の橋に車を停めて、バスで一の橋へ戻る。

天気はまったく申し分ない。

晴天だが杉木立の中は涼しく、本当に気持ちが良い。ナイス判断だな、昨日の俺www

 

今回の一番の目的は、熊谷直実・平敦盛と昭和の宰相池田勇人の墓参りである。

まず熊谷直実・平敦盛の墓であるが、一の橋の歩き始めから2つに分かれた道が合流するポイントより少し手前にある。だが合流点を見過ごしてしまったようで、ボランティア清掃しているお婆様方に聞いてみた。

 

「あの、今どのあたりでしょうか」と地図を見せる。

「このへんじゃろ」といって司馬遼太郎文学碑あたりを指差す。こりゃいかんと思い、

「ありがとうございました、何とか見つけます」と言って戻る。

 

何で見落としたのだろう?と、合流点へ戻って墓を探していると、先ほどのお婆様方が来て

「あんた、そっち行っても有名な人おらへんよ。あっちへお行き」ときた。

つまり先へ行け、ということか。熊谷直実・平敦盛はお婆様方にとって???な存在だったのだろう。ようやく小高い場所に墓所を見つけ、お参りをする。

なんと隣には親鸞上人の娘覚信尼の墓がある。地味に密度濃いね、ここ。

私たちの後でお婆様方がその辺をウロウロして「誰の墓やろ?」と見ていたのもツボwww

だがこうした方々のおかげで奥之院はいつも清浄なのだ。この日、そういう方を何人も見た。

 

後は怒涛の如く大名の墓所または供養塔である。

御廟橋から向こうは写真無しのお約束

 

燈篭堂の階段を上ろうとしてふと右側を見る。

池田勇人元首相の墓所があるがね。それもすごい所に。

御廟のとんでもなく近くで、その隣は近衛家(近衛文麿元首相)の墓所である。

ここ、いくらかかるんだろう、と下種な勘繰りをしてしまった。

 

帰りは中の橋へ向かう。ご存じ企業エリアを通る。

 
ヤクルトやら福助やらたくさんあるのだが、多くの企業供養碑に「名刺受」があるのだ。

供養塔はまるでエンターテイメント空間、名刺受は社交場であるかのごとくである。

分かる人には楽しい所だね。つまりここは大人のテーマパークってこと。

 

考えてみれば、大名家はじめ明智光秀や石田三成まで供養塔が敵味方なく並んでいるのは、高野山ではみな平等、すべからく極楽往生を願う人々の気持ちが集まっているからである。墓所というより極楽浄土、楽しくない訳がないのだ。

 

というわけで、お坊様が普通にたくさん歩いていらっしゃる街の景色や、西禅院の朝のお勤め、浅田慈照師の法話など、普段ではあり得ない体験をさせてもらったことに深く感動したのであった。ブラタモリで言うところの「空海テーマパーク」、2日間満喫させていただきました。

 

(終)