ロシアで働いていた元料理人のブログ -35ページ目

オネーギン

オネーギン (岩波文庫 (32-604-1))/プーシキン




「オネーギン」を書いたプーシキンは、ロシアで一番愛されているといってもいい詩人であり作家である。
ちなみに、純粋なロシア人ではありません。
黒人の血が入っています。

「オネーギン」は、チャイコフスキーのオペラでも有名。
古い時代、翻訳の関係もあり結構読みにくいかもしれません。
苦手は人は、10ページも読まないうちに放り投げるでしょう^^

ストーリーはシンプルです。

時代の寵児、主人公のオネーギンが、田舎に引っ越し、そこで田舎娘タチヤーナと出会う。
タチヤーナはオネーギンに恋し、その気持ちを伝えるが、オネーギンは相手にしなかった上に、ひどい仕打ちをする。
その後しばらくして、社交界にてオネーギンは、美しく変貌したタチヤーナと久し振りに再会。
オネーギンは、その魅力によりを戻そうとするが、すでに結婚しているタチヤーナは、昔の恨みもありオネーギンを相手にしない・・・

こんな感じです。

受け取り方やフォーカスする場所はさまざまでしょう。

私はあまり感情が豊かではないので、正直さほど感情移入できず・・・
「仕方ないよ、オネーギン・・・」という感じです。

恋愛小説の原点を垣間見たい方は、是非読んでみてください。


■著者詳細

アレクサンドル・プーシキン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン (ロシア語:Александр Сергеевич Пушкин アリクサーンドル・スィルギェーイェヴィチュ・プーシュキン;ラテン文字表記の例:Aleksandr Sergeyevich Pushkin、1799年6月6日〔旧暦5月26日〕 - 1837年2月10日〔旧暦1月29日〕)は、ロシアの詩人・作家。
ロシア近代文学の嚆矢とされる。プーシキンははじめて作品のなかに積極的に口語を取り入れて独自の語りの文体を作り上げ、近代文章語を確立した。後代のロシア文学に影響を与えた。


■YouTube動画
このシーンは、社交界での2度目の再会シーン。

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カラシニコフ銃AK47の歴史

■カラシニコフ銃AK47の歴史 ~世界で最も愛された民衆の武器
マイケル・ホッジズ (著), 戸田 裕之 (翻訳)




カラシニコフは、ご存知の通り、ロシア生まれの銃である。
しかし、このカラシニコフは、ロシア以外でより多く使用されている。

既に誕生から60年以上。
AK47の「47」は、1947年の意味である。
いまだに現役だなんて信じられない。
しかし、この本を読めば、「カラシニコフ」が単なる銃、ブランドではないことがわかる。
ある意味、増殖する「意思」をもった武器であり、核よりタチが悪いかもしれない。

戦争、テロ、暴力などを「カラシニコフ」の視点から追った本編は、相当にえぐい。
リアルである。
しかし世界で起きている事実。

私は以前、ロシアで偶然、見てはいけない戦争の映像を見てしまったことがある。
それを見たときに、身体の芯からの恐怖と無力感を感じた。
「リング」のビデオを見てしまったといえばわかりやすいか。
この本を読むと、そのときの映像がはっきりと思い浮かぶ。

アメリカが手を焼いていること、日本のマスコミが表に出さないことを知りたいと思えば、是非読んでほしい。


■気づき・共感

・あの人たちにとって、カラシニコフは単なる武器以上の意味があるんだ。中東では、あの銃は抵抗の代名詞なんだ。だから、西欧の過激派を引き付けるんだよ。ジハードの理念に感化された若いイスラム教徒にとって、AKを持つことは、パレスチナ、アフガニスタン、イラク、そしてアル・カイーダの戦士全員とつながることを意味するんだ。(P176)


■カラシニコフ詳細

・AK-47
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

種類 軍用小銃
製造国 ソビエト連邦(開発国)
設計・製造 設計 ミハイル・カラシニコフ
製造 イズマッシュ造兵廠
年代 1949年
仕様
種別 アサルトライフル
口径 7,62mm
銃身長 415mm
ライフリング 6条右回り
使用弾薬 7.62x39弾
装弾数 30発
作動方式 長ガス・ピストン式
回転ボルト閉鎖
セミ/フルオート切替射撃
全長 870mm
重量 3.800g(マガジン無し)
4.300g(マガジン付)
発射速度 600発/分
銃口初速 730m/s
歴史
設計年 1947年
製造期間 1949年~現在
配備期間 1949年~現在
配備先 ソ連軍および旧東側陣営の影響を受けた多数の諸国
関連戦争・紛争 ベトナム戦争以降の多くの戦争/紛争
バリエーション “バリエーション”を参照
製造数 8000万丁~1億丁以上

AK-47(エーケーよんじゅうなな、エーケーよんなな、露: Автомат Калашникова образца 1947 года、ラテン文字転写: Avtomat Kalashnikov-47、「カラシニコフの1947年型自動小銃」の意)は、1947年にソビエト連邦軍が制式採用した歩兵用アサルトライフル。第二次世界大戦終結後、ドイツから抑留されたStG44の開発者であるヒューゴ・シュマイザーの技術的助言の下、ミハイル・カラシニコフが設計した。


・ミハイル・カラシニコフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ(ロシア語:Михаи?л Тимофе?евич Кала?шниковミハイール・チマフィェーヴィチュ・カラーシュニカフ、1919年11月10日 - )は、ロシア人の銃器設計者。史上もっとも成功した小銃と言われる「AK-47」(別名「カラシニコフ突撃銃」)の設計者であり、第二次大戦後の旧ソ連を代表する銃器デザイナーである。