心の中の空と海 | H2のブログ

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いつ頃からだろう。


1か月あるいは数週間前から、

胸の内側に海が在るようになった。



溢れんばかりの豊かな水を満ち湛える。

さざなみが果てしなく水平線まで続く。


風もなく音もなくただただある。

空もまた一様にただただある。


浜辺も雲も太陽も何らの終わりもない。



霞がかったような灰白色の空と

それを照らす灰青色の海。


穏やかに静かにただある。

賑やかではないが寂しくもない。



時折、

淡い虹色の一筋の光芒が海面を照らすと

網の目のような虹色の道が波間に浮かぶ。



悲しみの海なのか、

ただ静穏の海なのか、

何の意味があるのか、

私には分からない。



「分かることはただいつも在ること」


「心中空海」





無口で厳しいあなたは姿を現さない。

顕すのは私の背後の大きな金色の真円だけ。



座す床から私を中心に収めて

手を広げても届かない大きな平皿のよう。

床や天井があろうがなかろうが知らない。



厚みは中心部分で20cm程はあるだろう。

薄い辺縁は私の向く方向に丸まっている。


ずっしりと重く堅いようなイメージにも

関わらず、重さは一分も感じない。

むしろ軽やかささえ伝わる。




私の左側で

無口なあなたは僅かに呟く。

何度も何度も同じ言葉を。



「自業自得」



良きも悪きも別なく、

すべては巡り還る。



「いつもここに在る」

「すべてを見透している」



ということですか。



あなたは土壇場ギリギリまで

手を差し伸べることをしないけれど、

最後には必ず手を差し伸べてきた。


厳しく温かいと理解すれば良いのですか。




あなたの金色の真円は、

いくらでも大きくなる。

いくらでも小さくなる。

いくらでも分かれる。

いくらでも増える。

いくらでも含む。




あなたはその性体を顕してくれますか。



私の心の中の空と海の境界線から

日輪と共にその御姿と御心を

顕してくれますか。



高いところから眺めるだけでなく、

低きところに菩薩に変わり降りて。




「人の苦しみをあなたの悲しみに転じ給え」

「人の悲しみをあなたの慈しみで包み給え」

「我彼の内にあなたが我在りと顕現し給え」




我彼とあなたは不可分なのでしょうから。

これまでもずっと。

これからもずっと。



私はただただ祈ります。祈るのです。




一字金輪仏頂尊(ボストン美術館蔵)



御真言





今日もありがとうございました。