こんにちは。

瑠璃色の世界へようこそ Rinkoです。

 

 

先日から、本物の愛”とは、

について書いています。

 

 

前回の記事で、

 

 

依存を生じるものは、

愛ではない。

 

 

一時的に誰かに助けてもらっても、

その後はまた自分の足で歩こうとする

 

自立心 を持っておくことは大事です。

 

 

と書きました。

 

 

以前、こんなご相談がありました。

(プライバシーのために内容は

変えています。)

 

 

「私は困っている人を見ると、

 ついつい人に優しくしてしまいます。

 

 男性の人に優しくしたら、

 勘違いされて付きまとわれたことが

 ありますし、

 

 女性の人に優しくしたら、

 依存されてしまい

 一日に何度もラインで連絡が来ること

 になってしまいました汗

 

 

 男性の人は、『友人が少なく寂しい』

 と言っていたので、可哀そうに思い

 優しくしました。

 

 

 女性の人は、失恋して泣いていたので

 何度も話を聞いてあげて、一緒に食事

 に行ったりしました。

 

 

 でも、こんなことは初めてではなく、

 これまでに何度もこんなことがあり

 疲れてしまいました・・・。」

 

 

優しい人は、

 

 

困っているから

 

 

かわいそうだから

 

 

と、ついついいつも親身になって

手を差し伸べてしまうかもしれません。

 

 

これを続けていると、

あちこちで依存され、その人自身が

疲れてしまいます。

 

 

優しい人は、

目の前にいる困っている人を助けず

見逃すと心が痛みます。

 

 

そんな自分を冷たい人だと思い、

自己嫌悪に陥ったりもします。

 

 

でも、

 

 

依存されてしまって疲れ

その状況から脱出したい人は、

 

 

「目の前に困っている人がいても、

 その人の自立のために

 スルーする(助けない)許可」

 

 

を自分に出して下さい。

 

 

こんなことを考えていたときに、

この言葉が入ってきました。

 

 

 

愛  情 は、違う。

 

 

 

 とは、

 

他人を労わる気持ち

 

他人への思いやり

 

のこと。

 

 

他人への哀れみ 

 

というニュアンスもあります。

 

 

 

(労り、思いやり、哀れみの気持ち)

 

で行動することが

 

 とは、限りません。

 

 

愛  情 は違いますからキラキラ

 

 

どなたかの参考になれば幸いです。

 

 

それでは、今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

 

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