「そろそろモンドリを上げに行こう」


2人はモンドリを沈めたところまで帰ってきた。50cmくらいの川底に半透明のプラスチックの筒の中に銀色の魚がきらきらと光って泳いでいた。


隼人は縛っていたタコ糸をそーと引き上げモンドリが水面近くに来ると両手でモンドリを持ち上げた。中で10cmくらいの銀色の魚が100匹以上もぴちぴち跳ねていた。


「わーすごい。ものすごく獲れたね」


「腹の赤いくて大きいのは雄だ」大きい雄は20cm近くもあり5,6匹は入っていた。

「これだけ取れれば今夜のおかずは十分だ。さー帰ろう」


省三は両手でモンドリを目の高さに持って中でぴちぴち跳ねる魚を見ながら帰っていった。



省三と隼人が風呂から上がってくると父の秀雄が浴衣姿でビールを片手に小魚のから揚げを摘んでいた。


「これはうまい。生きた魚のから揚げは格別じゃ」


省三は父のうれしそうな顔を見てなお一層楽しくなって隼人と笑顔をかわした。



奥の台所ではキュウちゃんがキャキャ騒ぎながらから揚げを続けていた。


「どうしたの? キュウちゃん」


省三は台所のキュウちゃんの近くに行って声をかけた。


「あまり近くに来ないで。生きた魚を油に入れるとピ、ピと跳ねて油を飛ばすのよ。


きゃー」魚を油に入れるたびにキュウちゃんは悲鳴を上げている。


省三は丸く反り返った小魚のから揚げをお皿に盛って隼人のテーブルに持っていった。



「今日はどうだった」


「楽しかった。お父さん見て。これ全部ジャイアンツの選手のサインだよ」


省三は食卓のテーブルの横において置いた十数枚の色紙を父の前に広げた。


「別所も、川上も、青田のもあるよ」


「いいものもらったね。そこの公園でもらったのかい」


「そう朝早く行くと、巨人軍の選手に会えると隼人兄ちゃんに聞いて朝5時に起きて公園に行ってもらったんだ」


「ちょうど巨人軍が来ていてよかった。省ちゃんはよっぽど運がいいんだ」


隼人も今朝のサインをもらう時の省三のうれしそうな顔を思い出しながら言った。


秀雄はこの子は少し無鉄砲だがよほど運の強い星に生まれてきているかもしれないと


思い始めていた。

省三は白鳥の海岸で毎日のように泳いでいたので自信はあったが水の恐ろしさもよく知っていた。


「僕も白鳥の海で友達と2人でボートに乗っていて急に台風が来てボートが台風の波で木っ端微塵に壊れたことがあったんだ。あの時は本当に怖かった」


「へーそんなことがあったんだ。よく助かったね」


「海の波って沖より海岸の波打ち際のほうが怖いね。海岸から5mくらいのところで大きな波が上からバシャーンとボートに叩き付けるようにくる。3発くらいその波を受けたらもうボートはばらばらに壊れてしまって身体が波にさらわれないよう岸に這い上がるのが精いっぱいだった」


「友達も無事だったの」


「うん、2人で声かけながら必死で岸に這い上がったんだ」


「そのボートはどこのボートだったの」


「源じいさんが貸しボート屋さんからお古のボートをもらってきてくれたんだ。もともと古いボートだから底から水が入ってくるんで1人が水を掻き出し、1人がオールを漕いで乗っていたんだけどね」


「そんなボートでなんで台風の日に乗っていたんだ」


「その日は朝から風ひとつない静かな海だった。白鳥海岸から4kmくらい沖に一子島という島があるのは隼人兄ちゃんも知っているでしょう。友達と二人で1時間ほどかけてその一子島へ行っていたんだ。急に小豆島のほうに真っ黒い雲が現れたのでやばいと思って急いで2人で漕いで帰り始めたんだ。30分くらいたってちょうど半分くらい帰ってきたところで急に風が強くなって波もだんだん荒くなってきたんだ。ボートの後ろから波を受けると板をはがされるからボートの先を沖に向けてバックで岸に向かって必死で漕いだんだ。波打ち際まで何とかたどり着いたんだけど波うち際の波に叩きつけられてボートを木っ端微塵にされたというわけ」


「危なかったね。海も川も甘く見たらだめだよ」


「うん、それ以来ボートはやめて源じいさんの伝馬船に乗せてもらって遊んどる」


二人は武庫川の川沿いの小道を歩きながら水の怖さについて話し合っていた。真っ赤な夕日が遠くの山のかなたに沈み始めていた。




ー第21話に続くー

甲子園口の商店街で隼人は省三の下着やTシャツの着替えを買ってくれた。


釣具店ではモンドリというプラスチック製の丸い筒状の魚捕具を買ってくれた。


「これをもって武庫川へ魚とりに行こう」


「へーこんなので魚取れるの?」


「この中にさなぎ粉など混じった配合餌の団子を入れて川の中に沈めておくと一度入った魚は外に出られなくてこのモンドリの中は魚で一杯になるんだよ」


「どんな魚が取れるの」


「こちらではハヤ、とかハスとか言ってる魚だ」


「その魚なら知ってる。四国でもよく釣ったよ」


「から揚げにするとおいしいよ。キュウちゃんに今夜の夕食のおかずに作ってもらおう」


2人はまだ残暑が残っている武庫川の川原にモンドリと団子を持っていった。


1mくらい段差のあるコンクリートの堰きとめの下で水が激しく泡立って入るところにモンドリを沈め流されないようにタコ糸で杭に縛りつけた。

「30分くらい散歩してこよう。きっとたくさん入っているよ」





夏の武庫川の夕暮れは涼を求めて多くのアベックや老夫婦がそぞろ歩いていた。


水量は豊富で青くきれいに澄んだ水がとうとうと流れていた。淀んだところでは子供たちが水遊びしていた。


「家の近くにこんな川があるとはいいね。毎日でも遊びに来れるね」


省三は今にも川に飛び込みそうな姿勢で言った。


「子供1人で絶対川で泳いだらだめだよ。この川は見た目より流れは速いし急に深いところもあるし毎年何人かがこの川で死んでいるんだ」


隼人は厳しい口調で言った。


「わかりました。絶対泳ぎません」




ー第20話に続くー