翌々日朝10時頃省三は秀雄に連れられ大阪の埠頭から関西汽船“るり丸”に乗って高松に向かった。1等の個室はデッキより一段と高いところにあり展望台のように見晴らしがよく部屋にはベッドが2つと窓際のテーブルには2つの肘つきの籐椅子があった。


出帆してまもなく船長がお盆に昆布茶を載せて挨拶に来た。父と顔馴染みらしくしばらく父と談笑して「どうぞごゆっくり船旅をお楽しみください」と省三にも丁寧に挨拶して出て行った。

「このお茶おいしいね」昆布茶に浮いている丸い米粒大のおかきは噛み砕くと香ばしい味がして昆布茶の塩味とよくあって海の汽船のお茶という感じがした。


「どうだ省三。来たときの貨物船とこの客船の違いは」秀雄は太い葉巻を口にくわえたまま省三に言った。

「そりゃこの豪華客船がよっぽどいいよ。貨物船の船底の畳で毛布に包まって寝るのとこの1等の部屋のベッドと比べると天と地ほどの違いがあるよ」省三はベッドで飛び跳ねながら父に言った。


「昼の瀬戸内海航路の景色はすばらしいぞ。少し外へ出てみようか」秀雄が先にデッキに出て行って省三もすぐ後に続いた。青い空に夏の白い入道雲がぽっかり浮かんでいた。青い海に緑の小島が転々と続いている。波は静かで秀雄と省三を乗せた白い豪華客船が島々の間をすべるように進んでいく。二人はデッキの手すりに寄りかかって海の風を全身で心地よく受けていた。


第25話に続く

スポーツ新聞には昨日の巨人、阪神戦が第1面で大きく載っていた。1対0で巨人が勝っていた。別所が完投し川上が7回にタイムリーヒットで1点を取っていた。

昨日の早朝、サインをもらった2人の写真が新聞に大きく載っており省三は「ヤッター」

と叫んで新聞を持って父のデスクのほうに走っていった。


「どうした、省三」秀雄は省三のはしゃぎふりに驚いて声をかけた。

「この新聞見て。別所と川上の写真が大きく載っているよ。昨日サインをもらった日の写真だよ」

「なるほどいい写真だ。サインの色紙と一緒にこの新聞も大事にとって置きなさい」

秀雄はスポーツ新聞の1面をさっと見て省三に言った。


「わしは昼は会合があるから隼人にどこかおいしいものを食べに連れていってもらいなさい。それからあさって8月28日じゃがわしは用が出来たけん白鳥の工場へ行く。

省三も一緒に帰るか」

「はい、そうします。今回は大変貴重な体験し、非常に収穫もありました。早く帰って友達にこのサインを見せてやらなくちゃ」

「わっははは、現金なやっちゃな」秀雄は大きな口をあけて笑った。


ー第24話に続くー

翌日省三は秀雄に連れられ秀雄の会社に行った。

秀雄は大阪の心斎橋に渡瀬貿易㈱という会社を経営していて手袋を国内、欧米に販売していた。支店は名古屋、東京、札幌、福岡にあり社員も150名以上いて手広く商いをしていた。白鳥町で出来る5割以上の手袋が渡瀬貿易㈱を通して日本全国、および世界各国に販売されていた。


心斎橋の6階建てのビルを見上げて省三は父の偉大さが想像もつかないほど大きく感じていた。また父の進学についてのプレシャーも小学5年生の省三には大変大きなものを感じていた。省三は6階の社長室の革張りの大きな応接用ソファーに座って父の仕事ぶりを見ていた。いろいろな社員が入れ替わり入ってきて父と相談したり書類に決済の印をもらったりしていた。蝶ネクタイに鼻ひげを蓄えた父は短い間に次々と大きな声でそれらの社員に指示を出していた。


やがて隼人がやってきて父と少し仕事の打ち合わせをして省三の座っているソファーのところへ来た。

「省ちゃん退屈だろう。後で心斎橋界隈を案内してあげる。何か飲む?コーヒーか、紅茶か、日本茶かなにがいい?」隼人は父にも省三にもいつも笑みを絶やさず他の社員より際立ってスマートに見えた。

「紅茶、お願いします」

省三も笑みを浮かべながら隼人のようにスマートな接客の出来る社会人になりたいなーと感じていた。


しばらくして父の秘書らしい黒のタイトスカートに白のブラウスを着た背の高い女性がお盆に紅茶と羊羹とスポーツ新聞を持ってきてくれた。

「秘書の梅川あけみです。なんでも御用があったらいってね」省三に優しく微笑みかけた。


ー第23話に続くー