その夜工場の片隅の住居で家族全員で夕食をした。省三が風呂から上がってくると先に風呂から上がった父はすでにゆかた姿で胸をはだけて内輪でばたばたと風を送っていた。食卓の真ん中に置かれた丸い鉄なべに牛肉がぐつぐつ煮えていた。

「暑いけど今日はすき焼きよ。何年ぶりかしら家族みんなでお夕食たべるなんて」

父の横で母の美奈子はうれしそうに終始ニコニコしていた。


高校生になって急にきれいになった姉の美里、野球部で連日しごかれ真っ黒に日焼けした中学1年の兄の忠義この3,4年で急に背が伸びてすでに省三よりはるかに背が高くなった小学3年の勇そして省三、の家族6人が全員そろって食卓を囲んだ。


「省ちゃん聞いたわよ。お父さんが家族みんなで住める新しいおうちを作ってくれるって。仕事の事しか考えていない自分勝手なお父さんが始めて家族のみんなに目を向けてくれたのよ」美奈子は今にも泣き出しそうな顔で苦しそうな笑顔を見せて言った。

「省ちゃんえらいわー。貨物船に乗ってお父さんに会いに行ったんですって」姉の美里が母の言葉を引き継ぐように言った。

「うん、それよりこの巨大なお父さんを揺り動かしたとはたいした奴だ」兄の忠義が牛肉をうまそうに頬張りながら言った。みんながあまりほめるので省三は恥ずかしくて仕方なかった。


第28話に続く

その日二人は夕方6時頃高松港に着いた。途中神戸港と小豆島の土庄港に寄った。

美しい夕日が瀬戸内の海のかなたに沈んでいくのを船のデッキで眺めながら二人はこれからのことをいろいろ話した。これから作ろうとしている家のこと、大阪の会社のこと、甲子園の家のこと、省三は父とこんなに話したのは初めてだった。もともと父は大阪でいることが多く年に1,2回白鳥に帰ってきても2,3日しか居ず仕事が終わるとすぐ大阪に帰って家族とゆっくり話すこともなかった。


「ところで省三、お前の学校のことじゃが甲子園の家で勉強して将来都会のええ学校を目指さんか。前山の家が出来あがるのに1,2年はかかるじゃろう。それまでわしも甲子園を離れるわけにはいかん。省三と一緒に住んだらわしも気がまぎれる」


高松から白鳥に向かう高徳線の列車の中で省三と秀雄は向かい合って座って話していた。高徳線は蒸気機関車だった。黒い煙を噴出しながら7両の客車を引っ張って徳島方向に走っていた。登り坂になるとシュッシュと吐き出す蒸気が悲鳴を上げているように聞こえた。窓を開けていると蒸気機関車の煙や煤が車内に舞い込んでくるので秀雄は夏で暑かったが窓を閉めた。。


「今の5年生が終わって6年生になる春休みに転校してもええよ」

「そうか。そうしてくれるか。隼人もキュウちゃんも喜ぶじゃろ」

鼻ひげを蓄えた父のいかつい顔が崩れてうれしそうな目が少し潤んだように感じた。

お父さんもやっぱり寂しかったんだ。省三は秀雄の潤んだ目を見て甲子園に行こうと覚悟を決めた。


第27話に続く

「省三。わしは白鳥に家を建てようと思うとる」秀雄が遠くの入道雲を眺めながらぽつりと言った。


「うわーお。ほんとう?どこに建てるの」

「白鳥の駅の向こうに小さな山があるやろ」

「うん知っとる、前山やろ」

「その前山が売りに出てるらしい」

「あの前山全部買うの、学校の遠足で行ったり、チャンバラごっこしたりあの山やったら僕よう知っとるよ」

「いや全部やない。駅の向こう側の南向きの裾の方や」

「駅の向こう側やったらちょうど平ったいとこがあるよ。今畑でサツマイモなんか作ってるよ」

「うんそこじゃ。これから大分手を入れて宅地用に造成せなあかんけどな」

「へー あそこに建てるの。工場から大分はなれるね」

「山越えしたら2kmくらいだろうな。ゆくゆくは工場も前山に移転するつもりや。今のように工場の片隅に住まわせてお母さんや子供たちにいつまでも仕事を手伝わせるわけにはいかん。それにやっぱり家族は一緒に暮らさなあかん。今回省三が貨物船に乗って会いにきてくれたのでそれがようわかった。それで父さん決心がついたんや」

「ありがとうお父さん。この話聞いたらお母さんもきっと喜ぶよ」

「うん、もっと早く家族のことを考えるべきやった」


第26話に続く