鈴木 彰の ミドル・シニアランナーのためのランニングブログ -87ページ目

鈴木 彰の ミドル・シニアランナーのためのランニングブログ

@runnerのCEO、e-Athletesヘッドコーチの鈴木彰が、なるべくプライベートな部分は避けつつ、主に概ね40歳以上のミドル・シニア(中高年!)ランナー向けにランニング関係のあれこれを綴ってみようかなってとこです。

 世界陸上、見てますかぁ?~私はあまり見ていません。。。


 「このあと、すぐ!」って何時間も引っ張られるのもかなわないので、きちんとタイムテーブルを確認してから見たいものだけ厳選中です。


 それにしても進行の織田さん、回を増すごとに良くなってますね。さすがはプロです。~初期の頃はルール無視で判定にイチャモンつけてましたからね。


 

 さて、競技に関しては私があれこれ言っても始まらないので。。。


 オリンピックとか世界陸上とかを見る場合、私には1つの着目点があります。


 ライバルをリスペクトすること~。 


 バレルだったかな、誰だったかな、「一緒に走るすべての選手をリスペクトする」というようなことを言ってたような気がします。


 競走競技の場合、リスペクト=敬意を表す姿勢は、スタート前、フィニッシュ後の握手等、健闘を称え合う姿で見ることができます。予選なんかはスタコラすぐに引き上げちゃう選手もいますが、トップで入っても、自ら全員に握手を求めにいく選手もいますね。


 メジャーリーグなんかでは、ホームランを打った時にハデなガッツポーズをすることは、相手のピッチャーを侮辱することになるんだそうですが、実は陸上競技でもそういうシーンはあります。


 跳躍や投てき競技の場合、そのほとんどは(100%ではありませんが)優勝を争うライバルの失敗、あるいは記録が及ばないことで勝負が決します。優勝の瞬間!というのは他力本願~しかも失敗なのです。その瞬間に大きくガッツポーズ!というのもどうか…ていうのがあるわけですね。もちろんこれはいろいろなご意見があるでしょうし、実際、トップクラスの選手の反応も様々です。


 歴史に残る名勝負と言われる91年東京大会走幅跳のルイスVSパウエル~ルイスの最後の跳躍が終わった瞬間に優勝が決まったパウエルは跳び上がり、駆け出し…まあ、悪いシーンではないのですが。。。


 一方、99年セビリア大会(だったと思う)ハンマー投げのコブス(だったと思う)は、ライバルの投てきがすべて終わり、自分の優勝が確定した後も顔色一つ変えず(そう見えた)、最後の投てきのためにサークルに入ります。

 しかしコブス選手、実は舞い上がっていてユニフォームの上のTシャツを脱ぎ忘れてノーゼッケン状態。普通、審判が咎めるものですが、もうどうでもよくなってます。儀式のようなコブスの6投目は腰砕けの凡記録。

 そして審判の「競技終了」の合図とともに、大声で吠えまくり、走りまくり、最後は3000m障害の水濠に飛び込むパフォーマンス付き。←このこと自体のモラルはどうよ?って話もありますが、正式に競技が終了するまで絶対ガッツポーズはしない!喜び1つ現さない!というドイツ人らしい気質はナイスでした。


 そんなんでこんなんで、私はけっこういろいろな選手の"勝ちっぷり"を観察するのが好きです。表彰式とかもそうですね。また、他のスポーツでも、勝利の瞬間のシチュエーションはいろいろですので、それも感慨深いですよ~。



 中学生の時、県大会で先輩が走高跳の優勝争いをしていたことがありました。2人に絞られ、もう1人が最後の跳躍に失敗した時、私たち応援部隊は思わず拍手喝采!!もちろん悪気はなかったのですが、顧問の先生に「お前らのしたことは最低のことだ!」とこっぴどく叱られました。~今では本当に良いご指導をいただいたと思っています。







 ジェフ・ギャロウェイ VS 鈴木 彰!?


 「ランナーズ」の対談です。

トレーニング方法やランニング事情など、日米の相違を2時間余り語り合いました。(優秀な通訳付き)


 ギャロウェイ氏は、独自のトレーニングプログラムで25万人をフルマラソン完走に導いたアメリカを代表するカリスマコーチです。


 対する"日本代表"は鈴木 彰!…で、いいのか?~金さんはベルリンに行ってるからなぁ。。。



 詳しくは9月発売の「ランナーズ」11月号で!!ってことで詳しい内容はまだ書けません。

 が、ページの都合で割愛されるところもたくさん出てくるでしょうから、このブログかメルマガ(たぶんメルマガの方)でも誌面で紹介し切れなかった部分も取り上げていきたいと考えています。


 キーワードは「トレーニングプログラム」「大都市マラソン」「女性のランニング」「走る楽しさとは?」てなところかな。

 1つずつのテーマで何時間でも話ができそうな感じでしたが、非常に共感できるところや、時代的に先行するアメリカの事情から教えを乞う部分も多く、個人的にも楽しく有意義な対談でした。


 



 前日の交流イベントの懇親会がハチャメチャだったので午前中はまだお酒が抜けず、ちょっとヤバかったですが、午後からだったのでギリギリ、セーフ!

 


 

 e-Athletesが有料会員制クラブとしてスタートしたのが2001年6月


 それから8年後―ランニングブームを経て続々発足した首都圏近郊の同様なクラブが結集しての交流イベントが渋谷の織田フィールドで行われました。


 参加クラブは リスタート、セカンドウィンドAC、ニッポンランナーズ、ハリアーズ、トップギア、そして私たちe-Athletes~。

 

 お盆の時期の昼間~5000mのトライアル!ってことで過酷は過酷だったのですが、最後はリレーでしめて、なかなかの盛り上がりでした。


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(提供;eA写真部 Mさん)

 形態を同じくするランニングクラブは続々と誕生しているようですが、ブームの追い風だけが頼りでは困りますので、これからはその質が問われていくことになるでしょう。

 

 有料たるだけの指導力、システムの完備、居心地の良さ。。。そもそもの目的、存在意義も多様化していくことも考えられますが、ブームが去った後の淘汰もあるでしょうから、私たちも老舗とはいえ、油断している場合ではありません。



 8年前―

 お金をいただいて市民ランナーの指導をする~ということで周囲や業界内からはクソミソに言われました。


  「不謹慎だ!」

  「誰がお金まで払って指導を受けるものか!」

  「ボランティアでやれ!」

  「上手くいくはずないだろ!」


  入会された会員さんたちも、周囲の反応はかなり冷ややかだった~と聞いています。さもありなん。

  それでも、「3年で10人」と思っていた会員獲得目標は、「半年で50人」と楽々クリア!今では600名を越え、嬉しい誤算というか、そうい需要が見過ごされてきたこと自体が問題でもあったのだと思いましたね。


 20世紀の日本のランニング指導は、まさにボランティアの手と足によるものでした。大学の専門の先生方や元トップアスリートの方々の善意で行われていたのです。私もそういうところのお手伝いとかから修業を積みました。


 ただ、こういう形では、より広く、たくさんの方々にサービスすることができません。「狭く・薄く」で、あとは本でも読んで自分で勉強してね~って感じです。


 「広く・厚く」を目指して行くにはどうしたら良いのか― そこで考えたのが、指導の有料化=指導者のプロ化と、ネット利用です。e-Athletesの原点はそこにあります。

 

 ランニング指導で生活できるコーチが増えれば、お金さえ払えば指導を受けられる市民ランナーも増える。~WIN-WINじゃん!


 ライバルクラブの増加は経営面ではマイナス要因でなくもないですが、理念の上ではむしろ大歓迎で、そもそもが望んでいたところでもあもるのです。


 足を引っ張り合っている場合ではありませんので、互いに切磋琢磨して、私たちももっともっと質を高めて行きたいものです。


 


 



 鈴木 彰です。


 ずっと「鈴木コーチはブログやってないんですか?」と聞かれ続け、「やってません!」とキッパリ答え続けてきましたが、いよいよ…とりあえずですが、始めます。よろしくお願いします。


 ホームページを開設したのがネット普及率が60%と言われていた1999年、メールマガジンを創刊したのが2000年ですから、ネット進出は早い方どころか、逸早く!てな感じだったのですが、ブログは出遅れたというか、あまり必要性を感じていませんでした。


 今も、そんなに必要だとは思っていませんが、とりあえず1つのツールとして―。あくまでもお仕事の一環でやってみたいと思います。

 

 毎週メルマガも出していますし、いろいろな媒体にあれこれ書いていますが、意外と「書くべきこと」、「書かなければいけないこと」というのは決まっていたりしますので、ここでは、「書きたいこと」、「ヨソでは書く機会のないこと」を書いてみようかな、と思っています。


 ただ、優先順位はどうしても低くなりますので適宜更新です。なるべく頑張りま~す。