もう一度福島心の琴線に触れる生き方 | だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

だれも書かない★ニューヨーク1%未満★

日本からは見えにくい、知られざるニューヨークやニューヨーカーのこと、たまにプライベートなことを書いています。

今日の記事は書くのもみなさんに読んでいただくのも辛い記事ですが、それでも最後まで読んでいただければ本当にうれしいです。







小高い山の上に立地するその施設は、仮設ながら周囲をぐるりと鉄柵におおわれていました。

二棟の簡易住宅が左右に並び、その間に車を停める場所と小さな畑があります。

ひとつの棟に近づくと、そこに暮らされている方々が、それぞれに自身の世界で完結しながら廊下で立ったりすわったりしているのが見えてきました。

近づくと、大きな声で何度も何度もまるで壊れた機械のように同じ挨拶を繰り返す方、ご自身の頭を容赦なくたたき続けわたしたちには聞き取れない何かを反芻されている方が長い廊下にたたずんでいらっしゃいました。

それは、こういう施設を一度も訪問したことがない方はショックを受けるかもしれない、わたしたちの見慣れた日常からはかけ離れた光景です。
けれどそれがここでは当たり前のように繰り返されている日常です。

それが東洋学園成人部の仮設住宅でした。

東洋学園

東洋学園成人部と児童部は、重度知的障害者の方々が暮らされる福島県福祉事業協会運営の施設です。


あの震災まで、福島原発から6キロ圏内に施設はあり、以後いくつもの避難所を転々とした挙げ句、現在はいわき市に仮設の施設を建て不自由な生活を送られています。

冬はあまりに寒く、夏はかぎりなく蒸し暑い毎日。


震災直後、この施設のことを知ったのはバニティフェア誌が特集していた記事の小さな写真でした。


それは大きなお風呂で、男性が、ひと目で重度の知的障害者の方だとわかる男性を湯船の中で支え体を洗ってあげている写真でした。


原発近くにそのような施設があり、全員が震災以来、最初の2日間で3度施設を移動したのを皮切りに最後は千葉の施設まで大所帯で流浪の旅を繰り返していらっしゃることを知ったのです。

原発事故と知的障害者終わり泣き流浪の物語

のちにブログを通じてお知り合いになった田中由里子さんがその施設のためにも尽力されていることを知り、微力ながらぜひお力になりたいと思ったのはそんな経緯があるのです。


 写真左から児童部の四条陽子さん、成人部の三瓶佳治さん、堀川国芳さん
とてもすばらしい方々で何度も駆け寄ってハグしたい衝動にかられました。
さすがに変な日本人と思われそうでそれだけはしませんでしたが。笑



職員の方々も仮設住宅暮らしの方が多いのが現状です。
仮設住宅から仮設の施設に通ってらっしゃるのです。

四条先生は、震災当日夜勤のため、小さな2人のお子さんはご両親とご主人に預けたまま、4日間安否もわからなかったとおっしゃいます。


利用者はてんかんなどの持病を持つ人が多く、発作止めや精神安定剤などを常時飲んでいます。

薬が切れれば情緒不安定になり、発作が連続すれば死に至ることも。

避難者にとって薬の確保は大きな課題でした。

そのため、
「夜中なら大丈夫かもしれない」。
話し合った結果、“決死隊”を組むことにし、警察の検問が終わる深夜0時過ぎを見計らい、ひそかに規制線を超えたこともあるといいます。

やっと園にたどり着いたものの、停電で電気がつかない中懐中電灯を使い、利用者約50人全員分の処方箋を探り当てていろいろなものを持ち帰ったそうです。


被爆うんぬんの怖さより、目の前の利用者の命を最優先させたのです。




児童部の管理栄養士小室幸織さん




小室さんが作られる1ヶ月の献立です。
その美味しそうなこと!
けれどほぼ一人で60人分を作るのはどんなにか大変な重労働かとお察しします。




小室さんはほぼお一人で毎日60人分の食事を3食作ってらっしゃいます。
お近くにお住いの方がいらっしゃいましたらボランティアかテンポラリーでもお手伝いをしてくださる方を募集してらっしゃいます。


小室さんは震災前までは南相馬から東洋学園のあった富岡町まで通勤されていました。
が、現在仮設施設のあるいわき市から南相馬までは、放射線被害のため居住できなくなったエリアを避けて通ると車で3時間半かかります。

そのため、現在は仮設住宅に単身で暮らされ、月に一二度、南相馬のご主人に会いに行く生活をされています。

ですが、お写真からもにじみ出ていると思いますが、本当に明るくて初対面のわたしをも包み込むような暖かさを感じさせる方でした。

感動のわたしは、ここでもハグしたい衝動にかられ抑えるのに一苦労でした。





みなさんからいただいたたくさんの真心といっしょにアクセサリーの売り上げからの収益、55万円を義援金として三瓶佳治さんにおわたししてきました。


この封筒の中には実は由里子さんにお手伝いいただいて作った目録だけが入っています。


実際はすでに直接銀行に振込すみでした。
まとまった金額のご寄付は通常、直接小切手で渡すか、銀行振込にするのが間違いのない方法です。



もし、みなさんの中に少しでもこの記事を読んでくださり何か感じることがおありでしたら、ぜひこちらにご寄付を。

今、やっといわき市内にまとまった土地が見つかりそうで本格的に施設の再建のめどがたったとおっしゃっています。



児童部
あぶくま信用金庫 夜ノ森支店
普通 30291
名義:福島県福祉事業協会理事長山田莊一郎
   フクシマケンフクシジギョウキョウカイリジチョウヤマダソウイチロウ


成人部
あぶくま信用金庫 夜ノ森支店
普通 30322
名義:福島県福祉事業協会理事長山田莊一郎
   フクシマケンフクシジギョウキョウカイリジチョウヤマダソウイチロウ



今回直接訪問させていただきすばらしい職員の方々が尽力されていることがわかり感激でした。

ご紹介くださった田中由里子さん、繰り返すようですが、いつも本当にありがとうございます。




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