寝言で声高に平和を訴える -7ページ目

デーブ記念日制定

今朝の「とくダネ」では例の宮崎勤事件の判決について
触れていた。
判決を聞いた宮崎の「何かの間違いではないか」という
コメントや「解剖は良いこと」などといった
精神だか人格だかが完全にぶっ壊れている発言を拾い、
「宮崎はこういう気持ちだったのでは」等、
宮崎の心情を推し量ろうとするとくダネのコメンテーターの後で
コメントを求められたデーブ・スペクターは、
「裁判に時間がかかり過ぎ。16年以上もかかるなんて、
 4歳で殺された少女の4倍の年数ですよ」
(ここで「倍」で表現する意味はないと思うけど)
「加害者の内面を理解しようとし過ぎ。
 内面がどうであろうとやった事は事実なんだから関係ない」
というような主旨の事を言っていた。
ちょっとうろ覚えだけど、ニュアンスとしては間違っていないはず。


自分はかれこれ20年近くも「デーブの言う事には耳を貸さない」
というスタンスを保ち続け、事実、自分がメディアで見る時の
デーブは、「共感」や「納得」とは程遠い発言ばかりを
繰り返していたので、自分のスタンスに一片の悔い無し、という
心境であった。
でも、今日のとくダネでのデーブの上記発言には
かなり共感した。
(裁判の年数を
殺害された少女の年の倍数として表現した部分は除く)


加害者の心情を理解するというか、宮崎のようなタイプの人間が
実在するという事を資料として残す為に、精神鑑定などの検査を
やる事は必要だとは思う。
それは加害者の為ではなく、今後被害者を生まない為に、
というのが大前提であって然るべきだと。
責任能力が無いと認められれば刑の減軽だとか、心身喪失であれば
不処罰とか、もういい加減にどうなんだろうか。
もちろん、責任能力の基準なんかもあるし、そんな簡単に
言える事じゃないんだろうけどさ。


まぁ、兎にも角にも今日は、初めてデーブの言う事に
ウンウンと肯いた。
よって、1月18日はデーブ記念日。(俵万智リスペクト)
来年の同じ日には、欠片ほども覚えていないと思うけど。
加えて、デーブに対するスタンスは今後とも変えるつもりは無い。

迷惑な自己認識

兼ねてより感じていたのですが、


「私(俺)って人に気を遣うタイプだから」


と自己申告する人は、かなりの高確率で
周囲に気を遣わすタイプの人が多い。
まぁ、考えてみればそれも当然で、
本当に気遣いのできる人間が、
「自分は気を遣うタイプ」と堂々と主張をする
というのは考えにくいですからね。
そんな事言われた日には、周りの人間も
先回りをしてその人に気を遣うようになるだろうし。


つーか、「気遣いタイプ」かどうかは
他人が相対的に見て判断すべきことじゃないだろうか。
お前が決めるな。もうちょっと気を遣って話せ。


モーゼの乳母車

最近やたらと目について腹立つ事。
乳母車押して歩いている母親でたまにいるんだけども、
スーパーとか道端とかで対面した時に
ノンストップでグングン突っ込んでくる奴。
そりゃあもちろん、こっちだって避けるつもりだよ。
でもさ、当然の権利のようにスピードも緩めずに
向かってくるって一体どういうつもりだ。
平成の神風特攻隊か。
中には混みあっている中を乳母車を人にあてながら
押し進んでくる奴もいるし。
当然、ちょっと強めに当たっても謝らない。
こんな事言うと
「赤ちゃんを連れた外出は何かと大変なんだからその位は」
とか、検討ハズレな母の正義を主張するママさん連合も
居そうだけれど、でも、こっちから言わせれば、
だからこそ、だ。
乳母車に乗せてるのが野菜や荷物なんかであるなら、
ただの「傍若無人」って事になるけど(それも嫌だけど)、
乗せているのは「我が子」なんじゃないのか?
大事な我が子を乗せた乳母車を自分が快適に進む為の
「道具」みたいに扱っているという、傍若無人の上に
傲慢だし、無謀でもある。単に一言で「バカ」と
置き換えても良いかもしれない。


もちろんそれはその人達の性格に因るもので、
そんな暴挙に出ない人の方が多いであろう。
でも、乳母車特攻隊に入隊する人達には、
「私は赤ん坊を産んで育てているのよ(多少の特権は当たり前)」
という意識が強く根付いている気がする。
仮に、というか実際に何かしらの特権や優遇される事が
あるだろうが、だとしてもそれは、
あくまでも子どもの為の特権であって、お前の為では、
決してない。そこを勘違いするな。

三つ子の魂+女心

「井脇ノブ子」
この人をテレビで見る度に、テレビ側の人間も
敢えて触れない部分があるように感じてた。
トレードマークとも言えるピンクのスーツや
耳上まで刈り込まれオールバックに整えられた髪形といった
関西出身の漫才師のような風貌も単にキャラクターを
形作るわかりやすい記号のように扱っておきながら
何か根底に別の含みを感じさせるものが
テレビの中の人間からも伝わってくる。
それは言うまでもなく「セクシュアリティー」という事なのだが。
神取忍を見る視線と同じと言えば分りやすいだろうか。要は
「で、この人って結局はそっち系の人なんでしょ?」
という非常に女性週刊誌的、ワイドショー的な
下衆な視線とも言える。


で、自分としては、他人のセクシュアリティーはどうでも良いのだが、
3歳児のような率直さで、
「ねーママー、何でこのおばちゃんこんな不思議な格好なのー?」
という疑問を抱いていたので、見かけるにつけ何か宿題を出された
ような気分になっていたのだ。


しかし、その疑問は彼女のHP を見る事でいとも簡単に答えが出た。
まずはプロフィール欄で見た生い立ち。


『大分県南海部郡鶴見町で漁師の9人兄弟の末娘として誕生』


ここで思わず膝を打った。
そうなのだ。あの耳周りはすっきりと短く、
TOP部分には多少ボリュームを持たせて後ろになで上げてある髪型は、
まさに、「漁師」のそれだったのである。
鳥羽一郎ヘアーと呼んだ方がわかりやすいだろうか。
彼女の脳内では常に「兄弟舟」がエンドレスで流れているのではないか。
海の男と言ってもやはり、晴れの場ではきちっとスーツにネクタイで
キメるのが粋というものだ。知らないけれど。
しかし、ここでもう一つ疑問なのはあのピンクというチョイスと
そのこだわりである。
これも、同じくプロフ欄の「好きなもの」という項を読む事で
一気に解明される。


『いちご・メロン・トマト・うなぎ・さざえ』


どうだろうか。いちご、メロン、トマト、という選択。
いくら何でもベタだろうと思えるほど、それは
「アイドル的」というか、「乙女的」なのである。
そう、あのピンクのスーツはキャラクター作りとかいう
打算が働いたものではなく、純粋に、というか単に、
「乙女の象徴であるピンク」という意味だったのだ。
そしてその後に続く「うなぎ・さざえ」。
この「好きなもの」という項目に書かれたものこそ、
井脇ノブ子そのものである言っても過言ではない。
もう一度書こう。
『いちご・メロン・トマト・うなぎ・さざえ』


漁師と乙女のコラボレーション。
乙女feat漁師。
漁師的センスと乙女の心。
これが井脇ノブ子の不思議なファッションの答えだ。
他の意味があったとしても、少なくても自分にとっては
これが正解。

浮かれやがって

兼ねてより、どこからどう見ても混じりっけ無しの
日本人面した方々が
「大体日本人はさー」とか「こういう所が日本人はね」
なんてしたり顔でヌカしているのを
実に苦々しい思いで見ていたわけですが、
この度、ORICON STYLEより発表された
『2005年 年間洋楽チャート』でNo1を獲得したのが
『DISCO-ZONE~恋ノマイアヒ~』だという事を
ネットニュースで知った時、
平面的な日本人面を引きつらせて鼻息も荒く、
「だから日本人はね」
と心の中で思ってしまいました。
あ、でも心の中ですぐに、
「あ、今のは嘘です、ごめんなさい」
と、自分の中の神様に謝っておきました。
誰も聞いてなくても自分自身を戒める事は大事です。
でも、小学生の時、「お岩さん」と言葉に出すと祟られる、
という話しを聞き、言えないとなると余計に
言いたい気持ちが高まり、
「お岩さん!」
と言ったすぐ後で速攻で
「嘘です、ごめんなさいごめんなさい」
と、恐らくそんな戯言は聞き入れてはくれないであろう相手に、
しかも心の中で詫びをいれたのとちょっと似てる。


まぁそれは良いとしても、ほんとにちょっと
「恋のマイアヒ」がTOPに輝く国民性はなんともはや。
ORICON STYLEから発表されたデータを鵜呑みにするのも
なんなんですけどね。