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#WeAreHere

Alicia Keysの楽曲「We are here」の公開にあたり、彼女がこの曲に対する強い思いをFacebookで語っていました。


その内容に感銘を受けたので私なりに訳してみました。
日本語として伝わりやすいように彼女の伝えたかったであろう内容を損なわない範囲で多少加筆修正してあります。


不明瞭な点や受け取り方の違い、語学力の欠落により間違っている部分等があるかと思いますが、ボンヤリとでも彼女伝えたいメッセージのアウトラインが伝わればと思いペンを取った次第です(ペンではない)。


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この曲を書いた日、私は様々な人達と輪になり、座って話していました。
その時、ある人が私達に「私達は何故ここにいるのか?」と一つの質問を投げかけてきました。

「何故私がここに?」この一言は私の心に響きました。

今まで誰もこんな質問を私に投げかけてきた事はありませんでした。


私自身が出産準備に入った今、私の赤ちゃんが産まれてくるこの世界の事を気にかけずにはいられません。

今の状況は世界のどこから見ても同じで、現状に対する不満が高まり、それをどうにか変えたいという強い力を世界中で感じます。

幸いなことに、私達にはその思い伝える事ができる「声」があります。 
今はその声をちゃんと届ける方法を知っておくべき時なのかもしれません。



私には「私が信じる事はただの夢ではなく、実現する事ができる」という信念があります。



私は信じています。人種や宗教、性別、出身、信仰、性的指向に関係なく皆が一人の人間として、本当の意味で平等に扱われるような世界が築かれる事を。

私は信じています。私達の多くを占める意見がしっかりと反映される為に、男女がそれぞれ産まれ持った特性を平等に扱う事のできるリーダーに個々の意見が届く事を。

私は信じています。将来の世界を救う事になるかもしれない、子供達に地球のどこで生まれようとしっかりとした教育が受けれる世界になる事を。

私は信じています。全ての国や人々がお互いを尊重し協力しあえる世界になる事を。
ブラックブラザー、シスター、全ての有色人種に対する不平等を終わらせる時です。

私は信じています。アメリカの獄産複合体が廃止され、公平で真実に基づいた司法制度に一新されると事を。

私は信じています。統合医療に基づいた世界共通の医療制度が構築され、一つのシステムで共通管理する事によりエイズやマラリア、結核、エボラ出血熱等の拡散を防げる社会になる事を。

私は信じています。貧困や抑圧、絶望を生む、テロリズムや暴力を自分達の手で終わらせる事ができる事を。

私は信じています。子供や家族、コミュニティを不必要な暴力から守る為の、常識の範囲内での銃の使用が守られる事を。

私は平和と愛と調和を信じています。

私は信じています。このビジョンが実現できると事を。





これは私だけの事ではなく私達の皆の願いです。

みんなで一つになれば安心して優しい平和な世界へ全ての子供達を送りだす事ができるのです。

私達の心はお互いを愛し合えるように一つになりました。 

We Are Here(私達はここにいます)

We are here for all of us(全ての人々の為にここにいるのです)

That's why ‪#‎WeAreHere‬(だから私達はここにいるのです)



Sent with Light(*1)(神が正しい道に導いてくれますように)



Alicia Keys




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なんとパワフルな女性でしょう。
あのマーティンルーサーキング牧師のスピーチに通ずる強い意思を感じ、鳥肌が立ちましたよ。

母は強し。




*1)Sent with Light
直訳すると「光と共に送ります」ですが、これは道に迷った者に対し神様が光を当て、道を示すと言う意味が込められた言い回しなのでこの対訳にしました。

proud to be


少し前の事を書こうか。


NBA開幕までそんな遠くないとこの時期にこれをフト思い出したんだ。
昨年のNBAプレイオフの中継の合間に流れたCM。

日本でも話題になるだろうと思って私はその時触れずにいたんだ。

アメリカ先住民、いわゆるレッドインディアンの人達が次々と出てくるCMだ。
説明は後回しでとりあえずちょっと見てくれ。


彼等は自分達の事を現す時、勇敢な者、忘れ去られた存在、インディアン、母、アパッチ等々さまざまな呼び名で表現しますが、ただ一つ彼等ネイティブアメリカンが絶対に使わない呼び名が『レッドスキン』です。

これはネイティブアメリカンへの差別的な呼び方で、例えばアフリカ系アメリカ人に対する『ニグロ』に相当する物です。
日本人に対する『ジャップ』よりも悪意のある呼び方でしょう。

このCMはこのネイティブアメリカンのマスコットと、レッドスキンという呼称を使用しているNFLのチーム『Red Skins』へ対するメッセージです。



このCMがただyoutubeに公開されたのではなく、全米が注目するNBAのファイナルの中継で流れた事に大きな意味があります。

どこかの誰かのとんでもない努力と英断があったと容易に推測ができますね。

【Negotiation】

著者くらいの年齢になってくると、よーやくある程度の社会性や分別も付き、若者に小言や苦言を呈してみたくなってくるものなのですが、完璧小うるせージジイ枠に片足突っ込んでる感じで、もう片方の足も親指位着きかけてるにっちもさっちも行かないゾーンにいるわけです。


そこで超高齢化社会の幕開けを華々しく飾るべく、意気揚々とミドルエイジに差し掛かろうかとしている我々が、M1層(20~34歳男性)やF1層(20~34歳女性)に100%の熱量でいくら訴えかけても寝耳に牛乳、豚にDiamond、のれんをプッシュ、晴天のムキムキ状態であり、いつに間にか『あっち側』と『こっち側』の溝ができてしまった相手には伝えたい事の20%、人によりそれ以下の情熱しか伝える事ができないと専門家は分析している。


それがいくら貴方が正しい事を言っていたとしても、送料や代引き手数料、時には関税まで取られ、きっちりと彼等のハートには届かないでしょう。


そこでポイント10倍!送料/代引き手数料無料!にする楽天のキャンペーンみたいなマジックワードが『説得力』なのです。


この、相手を『説得』するのに必要なのは単語のセレクトや文章力、表現力だけではなく、その人自身がもつ人間としての深みが大きく左右すると著者は考える。


ダライラマのスワッグなパンチラインをその辺の中学生に言わせたところで全く響かないでしょう。
ラマさん(ケンドリックではない)のバースはラマさん(ケンドリックではない)の口から発さられて初めて言葉に力が静かに宿り、リスナーの心を奪っていくのである(ケンドリックではない)。


説得とは読んで字のごとく相手に『説明』して『得』をさせなければいけないだ。



例えば著者がニューヨークのストリートコートに行って「ヘイ!マイ◯ガー、ゴミは捨てるなよ!」とか言ったらたちまちギャング崩れのボーラー達にファ◯クだの、ビ◯チだの罵声を浴びさせられながら暴行を受ける事になるでしょう。

靴とかも盗られちゃうかもしれない。



著者が『説明』したとこで彼等はなんも『得』しないからである。


しかし、もしMJ(マイケルジョーダン、マジックジョンソン、マイケルジャクソンどれでも可)が同じ事をしたらどうだろうか?

キッズ達はおとなしく言う事を聞くであろう。
スーパースターに会えた事で彼等はすでに『得』をしているからだ。


するといったい『得』とはなんぞね?という疑問がわいてくるが、それは様々なエレメントが渾然一体となった『リスペクト』と『信用』の間の子みたいな感じのやつだと著者は信じている。


思い出してほしい。昔あったイナタイ刑事ドラマを。

ユースケ・サンタマリア扮するネゴシエーターなんて現れるはるか昔、立て籠り犯説得の際には犯人のワイフかママがトラメガを握っていたはずだ。

人生を共にしてきた、リスペクトし、信用したパートナーに『説得』されるんだから犯人も自首しちゃうよね。


FBIのネゴシエーターも犯人と交渉する上で、限られた時間内でリスペクトさせる事は難しいからとにかく信頼されるようにするって聞いたし。


これらを踏まえ、著者なりな結論を導きだした。


若いヘッズに限らず、相手に重要な事を伝えたり、聞いてもらいたい時はまず、自分が相手から信頼され、どんな部分でもよいので少しは尊敬されるような部分も持ち合わせていないと相手の耳には届いても、ハートには素直に受け入れてもらえないでしょう。


これは著者自身が二十年余念を費やし、言われる側から言う側へと変化して行く過渡期を振り返り、分析した結果たどり着いた一つの答えであり、皆に当てはまる結論ではない事を最後に加筆させていただく。


何かの参考になればと思い筆を取った次第である(筆ではない)。



著:ルイテック

education

Teddyのインタビューをゆっくり読む機会があった。

詳しい内容は割愛させていただくが、インタビューの最後の方でインタビュアーの「今ストリートウェアに欠けてる物は何だと思いますか?」の問いに「教育」と答えていた事に甚く感銘を受けたのでペンを取った次第である(ペンではない)。


「教育」と言うと堅苦しく聞こえるかもしれないが「education」の対訳が「教育」なだけであって、この場合の「教育」を著者の感覚で表現するならば「知識」と「経験」の中間に位置する「刺激」に近いものであろう。


少し脱線したが、アパレルに落とし込まれるグラフィックや起用されるフォトにはそれぞれ意味がありメッセージが込められている物が多い。

特に小さなガレージブランドは、いわゆる大手ができない過激な風刺をタイムリーに送り込んでいたりする。この手のキワモノは買い手がブランドの背景やカラーを把握して初めてプロダクトとして完成すると信じている。


もちろん「かっこいいから」の理由で手にとってもらう事には大賛成である。それをきっかけにさらに深くブランドや作り手の意図、デザインの意味に思いを巡らせてみてはいかがだろうか?


著:ルイテック

#サンフランシスコの記憶

すると彼は額の汗を拭いながら2ヶ月しかもたない$50の靴を買うなら10年はける$600の靴を買うよと言った。

タックスはまけてくれよと付け加えるとニコリと笑った。


#サンフランシスコの記憶