THE RUINS OF KOBE. -417ページ目

第三突堤~第四突堤。



 して、ノッケから第三突堤、第一突堤と同様に鉄道カーブを描いている三井倉庫。

 ただ、この建物は壁になっており荷役ホームがあった様子は見てとれません。

 さらに…第三突堤に見受けられる線路跡は残念な事に他に見当たらず…



 第三突堤は某フェリーの船着場になっています…

 倉庫等の建物はあるものの、やはり線路跡は見受けられません。

 …画像の建物、なんか…

 傾いているような(‥;)



 第三突堤よりメリケンパークを望む…



 この画像は第二突堤より、第三突堤に立ち寄った後に第二突堤へ再び赴くと入れたので。

 ナゼにシツコく写しますか?、それは…

 以前から少し触れている神戸が舞台の映画「シーズ・レイン」で、主人公ユーイチとレイコとのデートのシーンでここが出て…くるのですが…

 映画では'第一突堤'が使われていたのですが先述のように立ち入り不可、なのでこの第二突堤からの画像を代替に。

 撮影当時は'92年頃、まだホテルオークラもエスタシオンデ神戸も、画像左端に写るメリケンオリエンタルホテルもまだ無かった…

 では第四突堤へ。



 第四突堤にはポートターミナルがあり、またポートアイランドに繋がる神戸大橋が架かっています。

 ここ数年はQ.E.Ⅱ世号の2度の寄港をはじめ、大型客船が多々この第四突堤に着岸、またサンフラワーフェリーも数年前中突堤(メリケン波止場)からこの第四突堤へ船着場を変更した事によりポートターミナルもやや昔日程?の賑わいを見せています。

 画像はかつて汽車時代にこのポートターミナルに迄線路が設けられ、客船の到着に合わせ'ボートトレイン'という客車列車が運行され、船旅客を乗せていたそうです。

 その'ホーム跡'、白いヒサシがそのまま遺っており…

 残念ながらホームそのものはありません。

 では第五~第八突堤へと赴きます、次記事にて上げます。



 オマケ画像…第四突堤~第五突堤間より貿易センタービルを望む。

 以前にも上げましたが、神戸の開発行政全盛時代の象徴、私はいつも感慨深く見上げずにはいられません。
(続)

第一突堤~第二突堤。

 前回に続き第一突堤から考察してゆきます。



 第一突堤の付け根にある川西冷蔵さんの倉庫。

 この壁の'美しい'カーブは…

 そう、当ブログのメインテーマとして掲げている'神戸の遺構'、その中でも神戸港臨港線の解明は大きな命題としています。

 今回は今や港としての機能も薄れつつある第一~第八突堤に微かに遺る臨港線の'遺構'を探索させて頂きます。

 して、川西冷蔵さんの倉庫には第一突堤に向かって延びていた線路に沿って建てられていた、つまり…



 倉庫からの荷役をしやすいようにプラットフォームが設けられていた、という事の様です、この穴の中は見えませんが、荷役ホームが恐らくあった…

 今もあればいいのですが…

 で建物を過ぎて第一突堤方面を見ても前記事の通り何も痕跡は残されておらず、'更地'状態です。



 海側から見るとこんな扉が。

 非常口なのでしょうが、少しコワいですね(‥;)



 またこのヒサシ、よく見ると2枚重ね、近寄ると'チェーン'が付いています。

 スライド式?折畳み式?

 こんな必要はあるのかな??

 ともかく珍しい…ように私は思います。

 して、先程の山側からの撮影地点より反対側の線路跡は新しい建物に破壊されて消滅してしまっています。

 では一旦第二突堤方面へと赴いてみます。





 第二突堤の付け根には斯様に二箇所の明らかな線路跡があります。

 分岐していたのでしょうか。

 しかし此処も手前側には新しい建物が建ち、痕跡は見つけられません。

 この日は第二突堤内には行く事ができなかったのでそのまま引き上げようとすると…

 第一突堤、第二突堤と、神戸港駅へと続く線路跡は新しい建物に破壊されたもの、と諦めていたのですが、第二突堤から北に続く車道を歩いてみると…



 画像はその車道より東側、神戸港駅跡方面を望む。

 この撮影地点以西は何もないですが、この幅は線路跡に間違いない!

 との確信を持って、いざテクテクと^^;



 この単線幅故の扱いにくさ、それは駐車場としてさえも。

 画像の様に斜めに駐車枠が設けられている光景は他の廃線跡でも見受けられます。

 第二突堤分岐点跡はやはり残念乍ら無い、ですがこれで確信は確固たるものに。

 このまま第三突堤へ…

 と、次記事へ!><!



 最後オマケ画像、こんなんプチ有名!?でしょうか、フラワーロード以南にあります( ̄~ ̄)ξ
(続)

メリケンパーク~第一突堤。

 鉄!を'アツいウチ'にあと幾つか挙げたいのですが、一旦'RUINS OF KOBE'シリーズに回帰します。

 して、第一突堤…の前に、前回のメリケンパークの続きを…

 上げ忘れ? イヤイヤ…(‥;)



 来週7/15に赴きますメリケンパークよりポートタワー、元海洋博物館(現カワサキワールド)、ホテルオークラを欲張って。

 まあ、アリガチな画であります( ̄~ ̄)

 このメリケンパークは埋め立て地、その前は…

 無論海ですが、かつては…

 此処に繋留した船にお住まいの方がおられた様です、地下鉄海岸線の地下道にその様子が撮られた写真があります、私的に'神戸の原景'として大変興味深く、追って調査したい所存です。



 メリケン突堤端より和田岬を望む…

 て、メチャメチャ分かりにくい画像で申し訳ないですが何を云いたいか。

 海原遥か彼方(フッリーダイヤル、ハヨ・ミロ・ワレ。チナミにあのC.M.は神鉄の車内!!道場南口駅引込線でリハしてたのを知人が目撃したらしい~ー~)に見える第一防波堤、の奥に見えるはイタイ建築物に下り立つ為の誘導灯。点検用?櫓が組んであり、一見鉄橋に見えなくも。

 先の見えないクダンの建築物、私はアレがやがて天空へ向かって延伸されマスドライバーとなり神戸'宇宙'港になるんやないんかな~

 …とアホな考えを抱いていつも眺めていたので。

 ソレをいいたかったのネ、すみません。



 再びメリケンパークに戻り、川崎重工を。

 キリン君が大勢いますが、貨物船も発注が多々ある様でナンダカンダひっきりナシ、画像も'船尾部'が見えているのですが…

 あとキリン群の手前に数年前、T字型の構造物が生えては消えを繰り返し…

 ??…と思えば、神戸空港に架ける橋…の橋脚だった様です(T。T)

 そして…



 メリケンパークより第一突堤を望む。台風による大破より復活なった海王丸2世号。

 現在第一突堤にあった倉庫等の建物は全て撤去され数年後のウォーターフロントショッピングモール開業に備えている様です…

 交通の便もよろしくなく、敷地め限られている様に思いますが大丈夫なのかな(‥;)

 チナミに私はココで夜泣ラーメンを食べた事ありますが…

 '神戸ラーメン'と宣っていただけあって、…オイシかったですよ(^ー^;)



 第一突堤へテクテク赴き…海王丸2世号を柵越しに。

 そもそもこの第一突堤、貨物荷役が行われなくなった後は海王丸2世号の他に日本丸2世号(よく海王丸~との2ショットが話題になります)、銀河丸、大成丸等の練習船の船着場として長く使われましたがそれも後少し、という事になるのでしょうか…

 先日も整備されたポートアイランド西突堤に練習船が着岸していましたが、今後はあちらで、という事になるのやもしれません。



 「紺青」の船首像。大航海時代の象徴たる船首像も、輸送力重視の時代を迎え、直立型船首の汽船が主流となった頃に"ブーム"は去るも、突起型船首を持つ帆船には伝統的に設置され続け、エレガントな船姿を演出しています。



 これまた柵越しに第一突堤を。

 斯様に何も無くなってしまい…

 店舗施設を造るの?? 幅足りる??? 'ザブン'でオワリなんちゃうのんか!?!? ホンマ大丈夫???

 ウォーターフロント活性化は好ましいですが、今迄アンマシ巧くいっていない様に思われますが…

 ハーバーランドでさえ…(‥)

 では次回より暫し当ブログ'メインテーマ'に触れてゆきます。

シリーズ!?!? 昭和の遺物。

 日曜に紀伊半島の某県に赴いた道中に見た旧き…光景を少し撮ったのでUPします。

 

 某国道沿いの寂れたドライブイン…といっても自販機だけ、ひと~ふた昔前には少し郊外の国道を走れば斯様な自販機コーナーが多々ありましたが現在はかなり減ってしまっています。

 あっても意外にフツーやったりしてアンマシ面白くない…(‥;)

 全国に高速道路網が整備される以前の国道沿いはかなり'華やか'だった様です。

 地方の交通量の少ない国道を走れば田園風景の中にに100~200人!?は収容できるような大きなレストランの廃墟を繁く見かけ??…!、考えれば確かにかつては交通の動脈を担った国道の'オアシス的役割を果たし、観光バス等で賑わっていたんだ…と'夢潰えし跡'に暫し耽ってしまったり…

 その様に衰退の一途を辿る一方で、現存営業中のドライブインは「道の駅」として整備されコギレイになったりしています、無論好ましい事ではあるんですが私的には旅先の楽しみが味気なくなり一抹の寂しさを覚えてしまう…(´。`)



 壮絶に時代を感じさせてくれるボタンのイラスト、それが放つ朴訥?な雰囲気にひかれ思わず…

 買ってしまった事、あります…(-_-)



 まあ、こんなのもあるから品質には問題ない!?のでしょうが…この'日付ダイヤル'も懐かしいですね、私の幼少時の近所の牛乳自販機にも付いてました。

 …で、味…ですか!?

 …レンジで激ゲキ熱アツに温められ、冷まして一口…

 バンズはともかく…

 …

 ……

 何の肉だったんでしょうか!?全く体験した事の無い味でした…それ以上は言えません。

 私は食べれませんでした、コンビニとか無い頃は重宝されたんかいな~(‥)

 それでふと思い出しましたが十数年前に高校ラグビーで有名な近鉄の某駅前の弁当屋さんで焼肉弁当、と'称される'モノを買って食べたところ…

 и≒』『≦㌶㈱∮∵㍾£*※ゐゑヰヴΘΔγψ…

 特に味にはうるさくない私ですが、かなり濃いタレが施してあったにもかかわらず…

 一口食べて"これは…犬でも食わんぞ…"と即破棄。

 と思う位のエゲツナイ肉…

 \650でしたが。

 あんな濃いタレでもごまかせない肉って…

 何の肉だったんでしょうか!?

 オソロシかったです(‥;;)

 では話変わり…



 久々に'草群の英雄'シリーズ、これは初期のハイゼットかな?

 トラウマ級にカワイイ顔!?をしてます‥

 横から撮るのを忘れましたがシンメトリーを意識した(アンマシ意味無いような‥)?どっちが前かわからんデザイン、色と相まって'イモムシ'状態です(‥;)



 室内もアツく、ボタン式?のワイパースイッチ、懐かしいプッシュ式のラジオ(あの感触大好きでした^^;)、その上はコック式のスイッチ、極め付けはエラく粗チンマいシフトレバー…

 機械式然としたこれらの昭和の諸操作器類、それぞれ私は好きです。

 運転してみたいかと言われると…

 エアコン無しはツライナ、ヤッパシ(清)><

 して、後ろに写るはトヨタ・カリーナワゴン…

 2台とも後ろに車名書いてはありますが、共に私の幼少時頃のクルマ、私は当時からクルマの名前はカンペキ!?といってよい位把握してました、それは今でも、見なくても分かっちゃいます( ̄~ ̄)ξ

 カリーナ・サーフとかもありましたね…



 ホイールセンターキャップの懐かしい昔のトヨタマーク、けっこうイカツイ(‥;)



 最後オマケ!?画像、この信号、ご覧の様に横に各色の点灯時間が書いてありますが…

 その理由は、撮ってから気付いたのですがこの信号は交差点ではなく、この先離合不可区間を交互に通す為のモノやから…

 ってコトで、今記事はこれまでです!
(了)/~

有馬線のオマケ画像…。

 というより上げ忘れ、ですすみません。

 山口町迄遡ります。



 有馬線の橋梁地点にかかる人道橋'芽具実橋'。

 画像の現在のものは十数年前に架け替えられたものですが、一つ先代のものは微かに記憶がありますが鉄道橋そのものではなかった様に思います。

 恐らく戦時に鉄材供出と撤去されたのでしょうが…

 鉄道橋跡に設置されたのは特に意味があるのかないのか。

 ただ少し気になるのはこの'芽具実橋'は山口町の橋の'設置リスト'には載っていない事…

 廃線後暫くは鉄橋だけは残されていて人道橋として重宝された為、老朽化の際架けなおされたのが2代目、して現在のは3代目…との推察もできますが…

 ならば鉄道として設置された橋の'架け替え'扱いとして、'設置リスト'に載らないのは辻褄が合うような…

 フムム。

 あと、先記事で触れた橋台跡、有馬川のカーブ外側の部分を大水害から護り切った、との記録もある様です。







 画像は山口町郷土資料館で撮ったもの、上から有馬駅、有馬口駅時刻表、そして有馬口駅を恐らく南側から、以前上げた↓の画像と同地点と思われます。



 続いて有馬駅跡前の乙倉橋を。



 平成7年、震災に因り架け替えられた、とありますがどうも橋梁、橋台はそのまま使用されている様に見えます。



 橋脚の川上側を上より。



 川下側は普通…

 以前紹介した高砂線にも同様の措置を施された橋脚がありましたが、激流対策?川上に向かって'尖らせて'あります。

 あと、昨日'立読み'した蒸気機関車の本の末尾に'全機関車配置表'とあり、スワ見てみると…

 昭和4年時点に「3050型 三田駐泊所配置」とありました!

 この資料の信憑性も低くはなさそうで、間違いないでしょう。

 しかし、2100型と3100型の間にあるハズの'3050型'の記述は無く、その前後の2機の特徴を見ても車軸配置等から'近似種'ではあろうもののそれぞれに特徴があり、3050型との関連性は判然としません。

 また'3050型'はその2機のみであった様です。

 私が調査した範囲で取り沙汰される他の有馬線入線経験のあると思われる汽車'4500'型、'230型'、'C12'型に対しても有馬線との関連をほのめかすような記述はなく、更に鋭意調査をしたいところです。

 度重ねてお詫び申し上げますが、有馬線に関してはかなり長くなってしまいました…

 しかし、今後も精力的に調査を進め、解明していき記事に上げていく事をあらためて'宣言'し、今回の報告を終了させて頂きます。

 今回、最後迄お付き合い頂き誠に有難うございました。
(了)