有馬線のオマケ画像…。 | THE RUINS OF KOBE.

有馬線のオマケ画像…。

 というより上げ忘れ、ですすみません。

 山口町迄遡ります。



 有馬線の橋梁地点にかかる人道橋'芽具実橋'。

 画像の現在のものは十数年前に架け替えられたものですが、一つ先代のものは微かに記憶がありますが鉄道橋そのものではなかった様に思います。

 恐らく戦時に鉄材供出と撤去されたのでしょうが…

 鉄道橋跡に設置されたのは特に意味があるのかないのか。

 ただ少し気になるのはこの'芽具実橋'は山口町の橋の'設置リスト'には載っていない事…

 廃線後暫くは鉄橋だけは残されていて人道橋として重宝された為、老朽化の際架けなおされたのが2代目、して現在のは3代目…との推察もできますが…

 ならば鉄道として設置された橋の'架け替え'扱いとして、'設置リスト'に載らないのは辻褄が合うような…

 フムム。

 あと、先記事で触れた橋台跡、有馬川のカーブ外側の部分を大水害から護り切った、との記録もある様です。







 画像は山口町郷土資料館で撮ったもの、上から有馬駅、有馬口駅時刻表、そして有馬口駅を恐らく南側から、以前上げた↓の画像と同地点と思われます。



 続いて有馬駅跡前の乙倉橋を。



 平成7年、震災に因り架け替えられた、とありますがどうも橋梁、橋台はそのまま使用されている様に見えます。



 橋脚の川上側を上より。



 川下側は普通…

 以前紹介した高砂線にも同様の措置を施された橋脚がありましたが、激流対策?川上に向かって'尖らせて'あります。

 あと、昨日'立読み'した蒸気機関車の本の末尾に'全機関車配置表'とあり、スワ見てみると…

 昭和4年時点に「3050型 三田駐泊所配置」とありました!

 この資料の信憑性も低くはなさそうで、間違いないでしょう。

 しかし、2100型と3100型の間にあるハズの'3050型'の記述は無く、その前後の2機の特徴を見ても車軸配置等から'近似種'ではあろうもののそれぞれに特徴があり、3050型との関連性は判然としません。

 また'3050型'はその2機のみであった様です。

 私が調査した範囲で取り沙汰される他の有馬線入線経験のあると思われる汽車'4500'型、'230型'、'C12'型に対しても有馬線との関連をほのめかすような記述はなく、更に鋭意調査をしたいところです。

 度重ねてお詫び申し上げますが、有馬線に関してはかなり長くなってしまいました…

 しかし、今後も精力的に調査を進め、解明していき記事に上げていく事をあらためて'宣言'し、今回の報告を終了させて頂きます。

 今回、最後迄お付き合い頂き誠に有難うございました。
(了)