THE RUINS OF KOBE. -359ページ目

先日の京都の帰り。 ~

 先日の京都行き、帰りは烏丸御池から京都駅迄歩いて。


 こんな、貴重なものを見つけました。



 日本初、の電車、とあります。


http://ameblo.jp/ruinsofkobeexplorer/page-4.html


 ↑の駅で述べた、京都駅にあった碑との関連は・・・


 調べないといけません。


 撮影しませんでしたが、軌間は、狭軌でした。


 


 スワ!? 2両!?!?、かと思いきや、後ろは鏡でした。



 集電ポール。


 この頃は、まだ・・・


 線路からのき電ではなく、+線と-線の2本の架線があり、



 この前後2本のポールを接触させて通電させていた様です、確かに、初期の方式です。


 京都に関しても、どんどん研究を進めたく、引き続き資料を探したい、と思います。


 歩みを進めると。


 


 もうすぐ、京都。


 見上げれば・・・


 


 月が、雲間から顔を覗かせてくれていました。

 


 京都北側の交差点、スクランブルクロスの歩行横断信号には、"通りゃんせ"のメロディーが。


 コレも動画を上げましょう、今となってはとても貴重ですから。


 かつて、ナイト◎クープで採り上げられたような岸和田の信号機とは違い、音を外すコトはありませんでした ̄~ ̄;;



 先にも記事に上げましたが、京都駅にあったツリー、とてもキレイ。




 帰りにはまた、駅のヴェンダマシン・・・


 この"おしるこ"、は頂かずに、


 ブナンにまたまたモカブレンドを飲んで、温まらせてもらってから、帰路に着いたのでした。


 では、この辺りで。

(了)














続々続々、鉄道博物館来訪記。


 続いて、101系電車の台車。


 30km/hまでの力行と、制動の実演をしていました。





 主制御器。


 カチャカチャと、抵抗器の切り替えが行われます。


 知りたい! 知りたい!! 知りたい!!!



 続きまして。



 特急「つばめ」号も牽引した、C51型蒸気機関車。


 メチャメチャ、キレイにしてあります。


 これは、碓井峠旧線で活躍したアプト式電気機関車のカットモデル。


 かなり、よくわかります。



 日本初の電化区間の横川~軽井沢間、電化前にはこんな、煙対策!?!?を施された蒸気機関車もあったみたいですが、アンマシ・・・イミナイような・・;


 これは・・・



 鉄道の、山岳区間の工夫を説明したレイアウト。スイッチを入れればスイッチバック区間→ループトンネル→レンガアーチ橋→下りループトンネルと、車両が動き出します。


 このレイアウト・・・


 ほぢい^^;;


 メチャホシイ> <


 これは、次記事に動画を投稿しておきます。


 今紹介したこれらは、万世橋時代から展示されていました。


 懐かしく、再会できてよかったです。




 ロッド式電気機関車、ED42。


 この、ロッドを軋ませた音を峠に響かせて走行する姿、音を目の当たりにしてみたかったです。



 この、横軽区間は無論当初非電化、トンネルが数多ある区間に架線を張ることができないので、足元の線路の横に第三軌条、という部分に電気が流され・・・



 この、集電靴(SHOE?)という、パンタにあたる部分から電気をひいていました。


 時にこの集電・・・靴、靴=SHOE。


 パンタグラフの集電部分は「集電"舟"」と云いますが・・・


 この"舟"、この"靴=SHOE"の誤訳!?!?説が、私の中でマコトシヤカに流れており。


 モ、ちょっと、調査してみます。


 して。


 なんと。



 この、鉄道博物館に来て、とても、とても、嬉しかったこと。


 それは・・・


 この、ラックシステムを。


 この、電気機関車の。





 下から、見ることができるんです!!!!!


 これは、メチャメチャ、嬉しかった!!!


 こんな体験ができるのは・・・


 ココだけ、大変、大変、貴重です!!!


 今度、もっと、もっと、時間をとって色々観察、考察をしまくりたいです。


 では、鉄道博物館探訪記、前編をココまで、とします。


 ・・・


 ?


 少し、京都、神戸の記事を挟ませていたぢたのち、とさせていただきます。


 では。

(続)























続々続、鉄道博物館探訪記。


 往年の逆台形型冷房装置、トワイライトエクスプレスの編成の中で1両だけこの屋根になっていますが、これは当時在来線「こだま」で活躍した特急編成の食堂車を流用しているから、ですね。


 上からみられるのもゼイタク、なモンです!



 昭和の小学生には思い出深き、修学旅行などの団体列車にも使われた車両の様です。


 と、



 ほう・・・


 「とき」って、こんな漢字ナノネ ̄~ ̄


 続いて・・・



 今や潰えてしまった寝台特急「あさかぜ」に使用された初代の寝台客車を考察してみましょう。




 東京~博多。


 新幹線ができるまでのほんの刹那、かがやいていた、ということになります。


 下関で直流機関車から関門トンネル専用の交直流機関車、そして門司駅で交流機関車に付け替え。


 そんな煩雑で時間のかかる作業が必要でも、それが一番早い移動手段だった時代。



 当時の憧れの、車内の風景。


 展示車両の中を覗いてみましょう。





モーレツ^^;



当時を偲ぶ。




 と。


 3段目まであるよ、大丈夫なんか!?!?


 でも、イッペン乗ってみたい・・・、けど当時の日本人にあわせてあるやろからかなり窮屈、ムリかな・・・


 


 初代20系の、後尾車両は斯様に展望デッキが。


 でも、よく見ると、片方は乗務員質なんか・~・

(続)

























続々、鉄道博物館来訪記。

 



 EF66型直流電気機関車。


 先にも述べましたが・・・


 ヒサシ無しは、ちょっと、コワイ・・;;





 ホッ、私の一つ年下か。



 特急車のヘッドマーク、タクサンあったのね。



 ちょっと前後してしまいますがコレは485系電車の説明です。


 車内に入ってみましょう。


 モーターマン、ですか。



 往年の特急車両のイス・・・



 車内温度計、でもJRマーク。


 お!見つけた、"JNRマーク"。



 冷房装置は任意ですか。



 送風部には昔の「東芝」マークが。



 この非常ボタンは"小糸"工業、とあります。


 今の「小糸製作所」でしょうか。


 この洗面所の、水飲器、ミズ飲めるのはいいけれど・・・


 容器は、この右側のハコから取り出す紙のんでしょ、アレは・・・


 なんか、検尿で使うヤツみたいでイヤやった^ヘ^;;


 では485に続き・・・

(続)




















先記事より続き、鉄道博物館来訪記。

 今回は、ちょっとやそっとでは終わりません、どうかご覚悟を・・;



 新幹線の車両、それこそグランドエフェクトもあるのでしょうか、すごく車高が低い、ですね。




 懐かしい、グッズの数々、当時の超特急への憧憬・・・





 文鎮、ですか。



 ホントに特急、超特急とありますね、愛称定着前?




 冷蔵貨車。当時の作業ぶりを再現しています。


 この人形見て小さな男の子がメチャメチャコワがっていました、確かに^^;;


 "彼は"館内随所にいましたから、さぞ・・・ "コワイ~"って、ママのもとへ駆けていっていました、ワカル^~^;;



 TR203型台車、貨車の歴史の大いに知る価値はあります、掘り下げたい処です。


 そういやこの車両形式は「レムフ」、と、いうことは・・・



 そう、車掌車=緩急車、たるこの"緩急装置"=手動ブレーキ装置ですが。


 当時の車掌さんの冷遇ぶりを揶揄して緩急車=寒泣車、と呼ばれたりもしますが。



 幸い!?!? この車両には暖房装置が付いていた様です。


 「戸口から戸口へ」、国鉄コンテナ。


 ホンマかいな、私の幼少時、また生まれる前は当時の私の家は甲陽園でしたが田舎の四国からおくられてきたみかんを西ノ宮駅までとりにいかねばならず、しかもかなり乱暴に扱われたようで、中身の大半、ダメになっていたそうです。


・・・

(続)